第一部-第五章〈上〉 『インプレス・デュー・トゥ・テンポラリー・マッドネス』

 次の日

 流輝はミリアや黒服の男達と車に乗り、転入準備が整った学校に向かっていた。

 車で町まで三十分、車は町にあるマンションの地下駐車場に出ると、そこで降り、十五分かけて学校に向かう。

 そこにあるのが西国高等学校

 流輝はそこに一年のクラスに転校した。

 この間の戦いの最中に教科書等が届いたらしく、朝早くに起こされたと思うと、突然、学校に行くよう言われたのだ。

 はっきり言うと疲れが抜けておらず、休みたかったのだが、初日ぐらいは行こうとミリアに説き伏せられ、行くことになったのだ。

 流輝は道中不機嫌そうな顔で、ぶつぶつ文句を言っていた。 

 「本当に気乗りしないんですがね……」

 「そんなこと言わないの」

 「午前中で帰っていいですか?」

 「今日は午前授業」

 どうして午前授業なのか気になったが、それより気になることがあった。

 「なのに、どうして購買で昼食を買うてめのお金を持たされたんですか?」

 「え、そうなの?」

 驚くミリアをよそに、流輝は新調された制服のポケットから財布を出すと、それを振って見せる。

 ちなみに中には三千円が入っていた。

 「はい、黒服の人からミリアはお菓子を買うから、と言われて二人分」

 「……ハハハ」

 ミリアは乾いた笑みを浮かべると、そのまま歩を進めていく。一方の流輝は今までで一番大きいため息を吐くと、後を追って行くことにする。

 ここで置いて行って帰ってもいいのだが、そうすると『イカン』に戻ってから面倒な目に合うのは目に見えているので、大人しくついて行くことにする。

 正門から他の生徒に交じり校内に入り、まずは職員室に向かい、流輝が転入するクラスの担任と光緒先生、その他の先生に挨拶をする。

 流輝の態度が良かったこと、丁寧な口調だったことから、好印象を持たれたらしく、先生たちはみんな笑顔だった。

 そして、編入するクラス一年三組の教室に担任と共に向かい、教室に入ると、名前を黒板に書き、クラスメイトとなる人たちに挨拶をする。

 「初めまして、立木流輝です、よろしくお願いします」

 そう言って、頭を下げる。

 ちなみにクラスにはミリアもいた。

 教室に一番隅の席で寝ていた、というか寝たふりをしていた。

 どうしてそれが分かったかというと、一瞬顔を上げると、小さく手を振って再び机に突っ伏したからだった。

 「…………」

 どうやらミリアはぼっちのようだった。


 「ミリアって友達いないんですね、初めて知りました」

 「別に―、いらないし」

 「ま、僕も人の事言えませんがね」

 午前中に学校が終った二人は、お腹が空いたので近くのコンビニで弁当を買うと、そこから少し離れた公園のベンチに座り、ゆっくり食べていた。

 流輝はざるそばを食べていた、つゆ一滴もこぼさずない所はとても器用だった。

 ミリアは普通にから揚げ弁当をぱくついていた。

 ちなみになぜ四時間だったかというと、何かのテストがあったらしく、それの採点作業があるかららしかった。

 ミリアは流輝の言葉を聞くと口いっぱいにご飯を頬張りながら言った。

 「ひゅうひはほのふひょうほほうひかふれはひひほほほふほ」

 「ミリア、ちゃんと飲み込んでから話してください、汚いですよ」

 「ん……」

 流輝がそばを啜りながらそう言うと、ミリアは大急ぎでご飯を飲み込み、お茶で流し込むとさっきの言葉を言い直した。

 「流輝はその口調をどうにかすればいいと思うよ」

 「うーん、難しいですね」

 「そんなに?」

 「ええ、小学校四年生の時からずっとこれですから」

 「……すごいね、でも、それまたどうして?」

 ミリアがそう訊ねてくるので、流輝は最後の一口を啜り、温かいお茶でのどを潤すと、答えた。

 「あのですね、おばさんに習いました」

 「おばさんは一体何を?」

 「ジャーナリストです」 

 「へー」

 「それでですね……」

 「あ、ちょっと待って、先に食べ終えちゃうから」

 ミリアは残ったから揚げと、一口大の白ごはんを口に含み、しっかりと噛んでから飲み込むと、貰ったお手拭で口元を吹いて、流輝の方を見た。

 そこで、流輝も話を始める。

 「ちょっと、気になることがあるんですよ…………」

 「え、なに?」

 「あのですね……」

 と、そこまで言った時、突然腕の端末が大きな声で鳴り、着信アリの表示が出た映像を投影する。

 それを見て、流輝は驚き、呟く。

 「あそこって圏外なのに、ここまで通信できるんですね……」 

 「え、そこ?」


 一方、『イカン』の観測室では、異常な物が観測されたとの報告が届いたため、てんやわんやとなっていた

 と言っても、観測された熱源は四六

 そのうちの四五の反応は既に登録されていたデータから『イタクァ』であることが分かったのだが、残り一つが明らかにおかしい反応があった。

 なぜなら、その一つの熱源からは旧支配者の証である『無限機関』の反応が三つ観測されたからだった。

 「ダーレス隊長!!」

 「あぁ……分かっている」

 こんな常識はずれの旧支配者、そんなものの心当たりはダーレスと『イカン』の職員たちにとって、一つしか無かった。

 「『クトゥグア』!!」

 「はい、間違いありません、それに……」

 「その数だ、どうせ『ガタノトア』が来ているんだろう?」

 「はい、簡易量産型無限機関の反応が確認できました、間違いありません」

 「ちぃッ!!」

 ダーレスは舌を打ち、次の指令を飛ばす。

 「今すぐ『コス―GⅡ』の出撃準備を整えろ!!そして、パイロット候補達に出撃命令を、はやく!!」

 「はい、今すぐ連絡します」

 「急げ!!」

 オペレーターの女性が通話もできるヘッドフォンを頭に着けて、『イカン』の全館放送を開始させると、ダーレスの言葉を伝えた。

 『今すぐ『コス』の起動準備を整えてください、また、待機命令を下されていたパイロット候補達はコントロールルームへ向かってください、繰り返します…………』

 ダーレスはその放送を聞き流しながら、自身の腕の端末を起動させると、流輝とミリアに連絡をする。

 

 『というわけなんだ』

 「そうなんですか」

 流輝は端末の通話に出ると、ダーレスからの連絡を聞いていた。

 どうやら敵が襲ってきているらしく、電話から漏れてくる騒ぎ声のような物が場の緊張感を表しているように思えた。

 が、それより気になることがあった。

 ミリアの様子がおかしいのだ。

 座ったままの姿勢で連絡を聞いた途端、無表情になり、真っ黒な目を端末から出る映像に向けていた。

 ダーレスはそのことに気付いていないようで話を続ける。

 『そこでだ、君達にはそこから少し離れた空き地でそれぞれの機体を呼んでくれ』

 「え、どうしてですか?」

 『今から戻っては間に合わない、そこから飛んできてくれ』

 「あぁ、そういう事ですか、分かりました…………」

 と、そこまで言った時

 突然ミリアがベンチから立ち上がると、片手を天に向かってあげると、暗い顔のままそれに合わない大きな声で叫んだ。

 「『ナイアーラトテップ』!!!!」

 「なッ!!」

 次の瞬間に『ナイアーラトテップ』がミリアの後ろに召喚された。

 何故か後ろを向いていたが、バックパックにあるコクピットへの入り口が開き、中から触手が出てくるのを見て、すぐにミリアを早く乗せれるように後ろを向いているのだと気が付いた。

 そして、ミリアは無言のままコクピット内に入って行く。

 そこで、流輝は思い出した。

 『クトゥグア』はミリアの敵だということを

 ミリアは『ナイア』を立たせると、高機動型の反重力発生装置を起動させると、地面を強く蹴り、大きな跡を作ると、宙に舞い空を飛んで行った。

 流輝は衝撃にバランスを崩し、しりもちをついたまま呆然と『ナイア』の後ろ姿を見送るしかしかなかった。

 と、まだ通話が繋がっていたので、ダーレスに話しかける。

 「ダーレスさん」

 『あぁ、分かってる』

 「じゃ、僕もミリアを追いますね」

 『あぁ、早くしてくれ』

 「?」

 ちなみに流輝は『SANレベル』等について詳しく知らないのだ。

 が、ダーレスの切羽詰った声から、結構やばいことだと見当ついたので、流輝も急いで『クトゥルフ』を呼ぶことにした。

 流輝は宙を見て雲を睨みつけると、あまり大きくない声で叫んだ。

 「『クトゥルフ』!!」


 流輝は『ハイドラ』に『ク・リトル』と『リトル』を装着すると、『ダゴン』を腰裏にしまうと、最大速度を出すと、大急ぎで『イカン』に向かって真っすぐ飛んで行く。

 『ナイア』の姿は見えているので、流輝刃少し安心ながら『イカン』に向かっていたのだが、その安心は『クトゥグア』の姿を確認し、全体像を確認した瞬間、吹き飛ぶこととなった。

 なぜなら『クトゥグア』の姿はそれほどまでに異形で、圧倒的な物だったからだ。

 流輝は驚きのあまり、小さく呟いてしまう。

 「……あれは……何?」

 そこにいたのは巨大で歪な球体に小さな下半身が付いたかのような形をしていた。

 その大きさは『クトゥルフ』や『ナイアーラトテップ』と比べてみると、数倍以上の大きさがあった。

 それゆえ、周囲を飛び回る『イタクァ』がまるで羽虫のように見えた。

 歪な球体というのはどういう事かというと、そこにはいくつものレーザー光とレーザー砲、いくつかのミサイルポットが搭載されていたからである。

 下半身は、球体と比べるととても小さく、足のような物が折りたたまれてあったが、球体に反重力浮遊装置が搭載されているため、足の用途がよく分からなかった。

 と、そこで『ナイア』に異変が起きた。

 四八連ミサイルポットと二連のビームカノンを召喚、装着すると、ミサイルとビームを『クトゥグア』に向けて斉射した。

 「ミリア!?」

 「アァァァァァァ!!!」

 二筋のビームといくつかのミサイルは途中に数体の『イタクァ』を破壊しつつ『クトゥグア』に向かって行った。

 流輝は驚きながらそれを見る。

 『クトゥグア』はまず、ビームを躱すよう大きく移動する、が、ミサイルはロックされているため、自動的に追尾する。

 が、それが命中することは無かった。

 『クトゥグア』は球体にあるレーザー砲を起動、ミサイルに向けて一斉に放射し、ミサイルを撃ち落とした。

 宙で大爆発が起き、小さな黒煙が上がる。

 それでも『クトゥグア』は無傷のまま宙に浮いていた。

 「すごいな」

 「クソッ!!」

 ミリアは悪態をつくと、ミサイルポットとカノン砲をパージ、大剣と一度解除した高機動型の反重力発生装置をもう一度装着すると、そのまま『クトゥグア』に接近戦を挑もうと、突っ込んで行く。

 流輝もその後を追おうと思うが、ダーレスからの連絡が来たので、一度動きを止める。

 『流輝君、君には『イタクァ』の排除を頼みたい』

 「え、大丈夫なんですか?」

 『あぁ、ミリアは強いし、それよりも『コス―GⅡ』の方が心配だ、いいな』

 「『イカン』の建物は?」

 『大丈夫だ、地下に収納しているからな、森が焼けるのが心配なぐらいだ』

 「分かりました、じゃあ僕は『イタクァ』をやります」

 『悪いな』

 「いえ」

 ミリアの事は心配だったが、確かに強いし、すぐ近くで戦っているから助けに行こうと思えばいつでも行ける、それよりは『コス―GⅡ』の方が心配だというダーレスの言い分もよく分かった。

 なので流輝は『イタクァ』の方に向かって行くと、途中に狙いを定めて『ク・リトル』と『リトル』からビームを放つと『イタクァ』を三機落とす。

 と、数体の『イタクァ』がこちらを向き、飛んできた。

 地上では『コス―GⅡ』が手にしたレールガンやガトリングガンを乱射して自由自在に宙を舞う『イタクァ』を落とそうとしていた。

 すでに数機落としたらしく、残骸が転がっていたり、爆破の跡が見えたり、森に少し引火していたりするのが確認できた。

 「来ました…………」

 流輝は『ハイドラ』の引き金を引き触手を放つと、一体の『イタクァ』に命中、巻きつかせると、そのまま横に振るい並んで飛んでいた『イタクァ』を巻き込む。

 そして、動きが止まった『イタクァ』にカノン砲の砲口を向けると――

 「落ちろ」

 ビームを放ち、四機の『イタクァ』に同時に命中、大爆破を起こすと、破片が森に向かって落ちて行った。

 火の粉が飛んで引火するのかも、と心配になったが、それより先に『イタクァ』を全機落とすことにした。

 「行きますよ……」

 流輝は『ダゴン』を取り出すと握りしめ、戦場へと飛び込んで行った。


 一方のミリアは焦っていた。

 なぜなら一向に『クトゥグア』に近づくことができないからである。

 接近すると、ミサイルやレーザー、ビームカノンに狙われ、後退を余儀なくされ、遠距離からの攻撃だと装甲に阻まれて大したダメージを与えられない。

 カノン砲などは連射ができないうえ、思いの外機動性が高い『クトゥグア』に命中させるのは意外と難しかった。

 やはり、接近して叩くのが一番なのだが、それができないのだ。

 不可視迷彩で近づこうにも、高速移動をすると効果が薄れ、すぐに見つかってしまうので接近戦の場合、あまり効果が無いのだ。

 「はぁ……はぁ……この化け物が……」

ミリアは悪態をつくと賭けに出ることにした。

 先ずは一度距離をとり、肩にアーマーと、その上に小さなミサイルポットを召喚する。

 そのアーマーは大きく展開し、『ナイア』の体を覆うような形になるとミリアは最大出力で『クトゥグア』目がけて突っ込んで行った。

 すると『クトゥグア』はレーザーで『ナイア』を撃ち落とそうとする。

 その前にミサイルポット内のミサイル六発を発射した。

 すると『クトゥグア』はミサイルの方を先に脅威と判断、レーザーで撃ち落としてから『ナイア』に攻撃を仕掛ける。

 しかし、体を覆うシールドとミサイルを撃ち落としている間にある程度近づいていたこともあって、『ナイア』にダメージは殆ど無かった。

 そして、肉薄するとシールドを解除して、大剣で切りつける。

 ガツン、と鈍い音が鳴り大剣の動きが止まる。

 どうやら、分厚い装甲が邪魔して大剣が途中で止まってしまったらしかった。

 「クソッ!!ふざけるな!!」

 ミリアはそれを悟ると、一旦大剣を手離し腰にミサイルポットを召喚すると、少し上を向けてミサイルを発射した。

 すると、球体の上の方でミサイルが命中、大爆発を起こし、機体が大きく揺れる。

 「よしっ!!」

 その攻撃に気をよくしたミリアは、至近距離なら何とかなると思い、新たにビームカノンを召喚しようとした、その時

 機体が何かに掴まれ、大きく持ち上げられるのを感じた。

 「何!?」

 『クトゥグア』に腕は無いはず

 そう思ったミリアが辺りを見渡して何に拘束されているのか確かめると、そこには『クトゥグア』の下半身の足と思われた部分が展開し、腕のようになり、『ナイア』を掴んでいるのが見えた。

 「うっ!!」

 機体が悲鳴を上げるほどの力で拘束されており、何とか抜け出そうともがいてみるが、全くと言ってもいいほど効果が無かった。

 ところが『クトゥグア』に握り潰しつもりは無く、大きく腕を振るうと、そのままの勢いで『ナイア』を投げ飛ばした。

 「あぁ!!」

 何十mか吹き飛ばされるも、反重力発生装置を駆使して体勢を立て直し、もう一度体勢を立て直し、少し遠くなった『クトゥグア』を睨みつける。

 「はぁ……はぁ……」

 正直なところ、ミリアは『クトゥグア』には勝てないかもしれないと思っていた。

 勝てる兵装はあるものの、それを使うにはデメリットが多すぎて、どうしても使う気にはなれなかった。

 その時、一体の『イタクァ』が『ナイア』を襲おうとするが、ミリアは一切そちらを見ず、レールガンの弾をその顔面にぶち込み、黙らせた。

 「…………あぁ!!」

 あまりのいらだちに、ミリアは小さく呻く。

 恐らく一㎞も離れていないであろう、『クトゥグア』との距離

 しかし、それはあまりにも遠くて……

 でも、勝てないと、自分が戦ってきた意味、今生きている意味が無くなってしまう。

 両親の敵討ち

 力があるのに見殺しにしてしまった罪悪感

 それは『クトゥグア』を倒すことでしか晴らせない物だった。


 でも、勝てない

 

 だったら私は何のために?

 ミリアの思考が歪んでいく。

 辺りが暗くなり、闇が手招きする音が聞こえる。

 ただ、頭の中で文字だけがクルクルと踊っている。


 勝つにはあれを使うしかない


 でもあれを使うなんて正気の沙汰ではない


 あ、そうか


 正気じゃなきゃいいのか


 次の瞬間


 ミリアは『ナイアーラトテップ』に呑まれていき―――――――


 一時的狂気に陥った。


 さぁ、狂気の始まりだ。

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