第一部-第二章『アウアー・ベース・ヒア・イズ・ニュー』
次の日、流輝の家に突然、ダーレスがやってきた。
朝の七時に呼び鈴の鳴る音が響き、先に朝ごはんを食べ終わっていたおばさんが返事をして、玄関に向かい応対する。
すると、暫く後に家に上がり、やって来た。
今度はダーレス一人で、手にはスーツケースを持っていた。
そして言った。
「流輝君、お迎えだ」
「死神ですか?」
「どちらかと言うと、救いの手だ」
「で、どこに?」
「私たちの本拠地だ」
そういうと、玄関に向かう。
「十五分、待たせてもらう」
「はい」
「急ぎたまえ」
流輝はおばさんの方を見ると、何とも言えない微妙な顔をすると、小首を傾げてこちらを見ていた。
「えーと……」
「おばさん、いいですか?」
「うーん、ま、仕方ないのかな?」
おばさんも良く意味は分かっていないらしいが、ダーレスについて行った方がいいと思っているらしい。
流輝は既に私服、と言うか制服だったので、何を用意したらいいのかよく分からなかったので、さっさと外に出てダーレスの後ろに立つ。
すると、家の前に黒いリムジンが止められているのが見えた。その高級さは、町の雰囲気と合っておらず、異質な感じがした。
「ダーレスさん」
「うん、いいのか」
「何がです?」
「何も持ってこなくて、ちょっと遠いぞ」
「はぁ、で?」
「いや、いい」
そういうと、車のドアを開き、流輝に入るよう促す。
流輝はそれに従い中に入ると、隣にダーレスが座り、何かの錠剤と、ペットボトルの水を差し出してきた。
酔い止めかと思ったが、メーカー名が印刷されていない、明らかに怪しい薬、いや、薬かどうかも怪しいものだった。
流輝はそれを受け取ってから質問する。
「なんです、これ?」
「睡眠剤だ」
ダーレスは悪びれずそう言うと、流輝を余計に困惑させた。
「どうしてまた」
「詳しい場所を知られたくない」
「こういうのって普通、ハンカチにでもしみこませた物を、無理矢理押し付けるんじゃないんですか?」
「そう言うのに憧れでも?」
「えぇまぁ、人並みに」
「…………」
ダーレスは、よく分からなないという顔をしたが、そのまま声色を一切変えず話を続ける。
「なるべくことを荒げたくないのでね、無理矢理やると怪しいじゃないか」
「確かにそうですね」
流輝は納得すると、錠剤を一錠だけ取り出すと、口に入れてペットボトルのふたを開けると、一息に飲みほした。
が、すぐには眠くならない。
なぜなら、車がガタガタ揺れていて、気分が悪くなってきたことと、錠剤であるため、すぐには効果が出ないからだった。
が、ゆったりと眠気を誘うような曲が流れていたこと、直前に朝ご飯を食べていたことから、錠剤もすぐに消化されたらしく、だんだん眠たくなってきた。
「すいません、ちょっと寝ます」
「いや、そのための薬だからね」
その言葉を最後に、流輝の意識は闇に飲まれていき、眠ってしまった。
そのため流輝は、道中リムジンが『シャンタック』の内部に収納されて、空を飛び、県境を超えて行ったことを知らなかった。
次に流輝が目覚めたとき、そこはどこかの部屋のべットの上だった。
飾り気のない部屋で、必要最低限の物しか用意していなかった。広さはそこそこあるものの、その広さを持て余している感じがあった。
「あの病室の方がまだ、生活感あるな」
流輝がそう呟いたとき、扉が開き、ダーレスが部屋に入って来る。
それを見た流輝はベットから出ると、そこに腰かけた。
「元気かね?」
「普通です」
「ここは特殊な施設で、私が率いる組織『イカン』が管理している」
「なんです、あの巨大ロボットに関することでも調べているんですか?」
「察しがいいな、その通りだ」
ダーレスはそういうと、指を鳴らした。
すると、壁に映像が投影される。
そこに移っていたのは――――
「『クトゥルフ』……!!」
「そうだ、君が扱える旧支配者だ」
「…………」
記憶には無いのだが、どうやらあの後、流輝を下ろした『クトゥルフ』は再び海に戻って行ったので、それを後日回収したらしいのだが、そんなこと知る術も無かった。
流輝はダーレスに疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「どうして……」
「なんだい、大きな声で言ってくれ」
「どうして僕は『クトゥルフ』を扱えるんです?」
「それはね」
そういうと、新しい映像が投影された。
そこには十年前の海難事故を大々的に報道した新聞記事、ニュースの動画、そして、事故に関する詳しい資料が映し出されていた。
船の破片、打ち上げられた死体
流輝は気分が悪くなるのを感じながらも、その映像から目が離せなかった。
ダーレスは流輝の事を一切気にせずに話を始めた。
「十年前の事故、よく知っているだろう?」
「……えぇ」
知っているも何も、自分がまきこまれた大事故だった。
「死傷者十名、行方不明者多数、世紀の大事故、実はこれは流氷による事故じゃない」
「え?」
「運悪く『ルルイエ』にぶつかってしまったが故の大事故だ」
「『ルルイエ』?」
初めて聞く名前に、流輝は首を傾げる。
ダーレスは新たに映し出された何かの破片のような物を指すと、説明を始めた。
「『クトゥルフ』達旧支配者は、異世界でのオーバーテクノロジーで作られた巨大兵器だ、正式名称は不明だが、名前はある。また、我々もその技術の恩恵を受けて『シャンタック』を製作したりした」
「はぁ」
そこまで言ってから、破片についての話を始めた。
「これは、『ルルイエ』の破片だ、『ルルイエ』とは『クトゥルフ』が封じ込められていたポットのような物で、星辰という物が揃うと、解放される仕組みになっていた」
「え?」
「ちなみに星辰とは、『クトゥルフ』を封じ込めた者たちの封印が弱まったことによって起きる現象だ、詳しい原理は省略する」
「??」
流輝はさっぱり話についていけてなかった。
が、ダーレスはマイペースに話を続ける。
「あの事故の際、君は偶然浮上していた『ルルイエ』の近くに行き『クトゥルフ』と契約を交わしたのだ」
「契約?」
「そうだ、何らかの見返りの代わりに、君は『クトゥルフ』を自由にすることができるようになった。そのため、君は『クトゥルフ』を扱えるのだ」
「はい?」
流輝は、あまりにもよく分からないことを大量に教えられたせいで、頭が混乱して来たので、とりあえず頭の中で整理することにする。
つまり、十年前に流輝は巻き込まれた事故で、自分が生還できた代償として、『クトゥルフ』を操縦することになったらしい。
ダーレスの話を自分なりにまとめると、こういう事になるのだろう。
と、ここで疑問が浮かんできた。
どうして『クトゥルフ』は、操縦できる人が欲しかったのだろうか。
「ダーレスさん、どうして『クトゥルフ』はそんなに操縦者が欲しかったんです?」
「それはだな、戦うためだ」
「何と?」
「君も戦っただろう」
そう言われて、流輝は思い出した。
あの『イタクァ』と言う、不気味な形をした巨大ロボ
確かにあれは『クトゥルフ』を狙って来ていた。
「つまりは、破壊されないため?」
「そうだ、それもある、『クトゥルフ』達一部の旧支配者はどういうわけか、電脳、つまり脳味噌が無く、自分だけでは動けない」
「なるほど……」
「だから、契約者を作る必要があったのだ」
「で、僕が選ばれた、と」
「いや、選ばれたのではなく、偶然そうなったのだ」
「つまりは、被害者と言うわけで?」
「そうだな、そして、彼女もその被害者の一人だ」
そう言うと同時に、ミリアと呼ばれていた女子が入って来た。まるで図ったかのようにピッタリだったが、本当に部屋の前で名前が出るのを待っていたのだ。
ミリアは少し疲れた顔をしていたのは、思いの外長い事待たされていたからである。
「ダーレス隊長、もっと早く呼んでくださいよ、あなたの言いつけどおり、ずっと待っていたんですよ」
「ふむ、悪いな」
「全然反省していませんね」
「はいはい」
ミリアは流輝の方を向くと、挨拶をした。
「初めまして、じゃないわね」
「えーと……」
「私は篠崎ミリア、あんたと同じ、十六歳で、契約者、よろしくね」
「あ、はい、よろしく」
するとミリアが前に出て、片手を差し出してきたので、流輝はその手を取ると、固く握手をした。
ミリアの手は流輝の手より少し小さく、うっかり力を籠めすぎると、つぶれてしまいそうだった。
固く握りあったあと、手を放すと、ミリアは後ろに下がり、ダーレスが再び話を始めた。
「彼女の旧支配者は、『ナイアーラトテップ』またの名を『ニャルラトホテプ』と言う、君は一度会ったことがあるだろう?」
「え?」
流輝がそんなことあったかと思い返してみるも、心当たりが無い。
すると、ミリアが答えた。
「ほら、あの時の戦闘で『イタクァ』を三体落としたの、それが私」
「あー……」
そういえば、見えない何かが『イタクァ』を破壊していたのを思い出した。恐らくそれが、ダーレスの言うところの『ナイアーラトテップ』なのだろう。
どういう機体なのかよく分からないが、あの戦いぶりを見ている限り、相当強いらしかった。
「どんな機体なのかは後から教えよう、それより、君の敵を紹介しよう」
「え?」
そう言うとダーレスは、『イタクァ』を含め、他にも見たことの無い機体の映像を投影していった。
流輝はそれらを、目を丸くしながら眺める。
その間にもダーレスは話を続ける。
「敵は旧支配者を二体と、前日見た『イタクァ』その他数体の邪神を使い、『クトゥルフ』と『ナイアーラトテップ』最後に人類を狙っている」
「え?」
最後におかしな単語を聞いた気がして、流輝は顔を上げる。
すると、ダーレスは深く頷き、言った。
「驚く気持ちは分かる、どういうわけか、ここ最近になり、彼らは人類を滅ぼそうとしているのだ」
「はぁ」
「そして、それを阻止するために送られてきたのが『クトゥルフ』と『ナイアーラトテップ』私たちはそう推測している」
「なるほど…………」
筋は通っていた。
が、流輝はどこか違和感を拭い去れずにいた。
そして、違和感の正体に気付く。
「ダーレスさん!!」
「ん、なんだい?」
「敵の団体名は無いんですか?」
「……『レイク・ハス』私たちはそう読んでいる」
「なるほど、分かりました」
「他に質問は?」
ダーレスがそう聞いてくる。
流輝一瞬考え込み、何を聞きたいかまとめると、質問を始めた。
「えーと、『クトゥルフ』は旧支配者で、『イタクァ』は邪神、この呼び名の違いは?」
「うん、いい質問だ、ミリアと違い頭は切れる方らしいな」
「なっ――」
ミリアは顔を真っ赤にすると、ダーレスを睨みつけた。
ちなみに同じような時に、他に質問は、と聞かれたミリアは「夕飯まだですか」と、質問した。
これはミリアの黒歴史である。
まぁ、それは置いといて
ダーレスは流輝の質問に答えた。
「旧支配者とは、簡単に言うとオリジナル機で、邪神は量産機だ」
「なるほど」
「他に質問は?」
「敵さんは人ですか?」
「…………」
流輝が真剣な顔をして、ダーレスが黙る。
一気に場の空気が重くなり、ミリアはそれに付いて行くことができない。
一瞬の沈黙の末、ダーレスは口を開いた。
「機械だ、人の意志は介在していない、電脳で動く、一種のアンドロイドだ」
「敵の旧支配者も?」
「……あぁ」
「なら、どうして『クトゥルフ』達は電脳が無いんです?」
「…………」
「あぁそういう事」
ここでミリアは初めて、流輝の聞きたいことが分かった。
大きくため息を吐いたダーレスは、一度映像を切ると言った。
「君は本当、鋭いよ」
「そうですか?」
「あぁ」
「おほめに預かり光栄です」
そこまで言うと、流輝は「で?」とダーレスに返答を促す。後ろではミリアも聞きたそうな顔をしていた。
実はミリアはこの事に気が付かなかったのだ。が、ここで聞きたい、と言うのは恥ずかしかったので、こっそり聞くだけにとどめておいた。
と、おもむろにダーレスが口を開き、言った。
「君たちの旧支配者は、異世界『ゾス』での勢力争いに負けた機体だからだ」
「あぁ、そういう事ね」
「え、一度負けてるの?」
「ミリア、君にも説明していなかったな、ついでだ、聞きたまえ」
そう言われたミリアは、嬉々とした顔で流輝の隣に来て、ベッドの上に座ると、ダーレスの方を見た。
「いいか、詳しいことは解明されていない」
「はぁ……」
言い方に少し違和感を感じたが、ここはスルーしておくことにする。
「分かっていることだけ言うと、君達の旧支配者は、戦いに負け、追放されるところを地球を救う為に送り込まれた、そういう事だ」
「はぁ」
「逆に言うと、それしか言えない」
「…………」
そう言うと、ダーレスは不思議な形をしたマークを浮かび上がらせた。
そのマークは、バックに刀身が曲がった偃月刀と言ったタイプの剣があり、それを覆い隠すようにして、親指、中指が伸ばされ、他の指が全て折られた手のマークがあった。
そしてそれらを円が囲み、まるで校章のようになっていた。
「担当直入に言わせてもらう」
「はい」
「立木流輝君、君には私達『イカン』の仲間になってもらう、ここで暮らし、『レイク・ハス』と戦ってもらう、いいな」
「はい」
「あれ、素直」
「拒否権は無いようですし、『クトゥルフ』への恩返しならいくらでも」
「義理堅いんだね」
「ただ……」
「ただ、なんだい?」
「おばさんはどうしようか……」
流輝がそう言って頭を抱えると、ミリアは何とも言えない顔をして、「そこか……」と呟いていた。
ダーレスも、微妙な顔をしていた。
もっと、なんというか厳しいことを言うのかと持って、身構えていたのだが、あまりにも簡単なことだったので、拍子抜けしたのだ。
が、流輝としては重大な問題だった。
今まで育ててもらったのだ、恩返しもできていない。
それを察したダーレスは流輝の心境を配慮して言った。
「……おばさんにはいろいろ謝礼をする、心配するな、それにすべてが終わったらちゃんと帰れるから」
「そうですか……なら、いいんですけどね」
そう言うと、ダーレスはミリアの方を見ると、話しかけた。
「ミリア、君にはここの案内と自分が契約者になった成り行きを、流輝君にでも話すがいい」
「あ、はい」
「私は仕事に戻る、火急の案件があってな」
「あ、はい」
「それじゃあ、流輝君、期待しているよ」
「どうも」
ダーレスは部屋から出る直前、一回振り返ると、流輝に向かって質問をした。
「ところで」
「なんです?」
「君は一人称が『僕』だよな」
「ええ、そうですけど」
「……やはり、か」
それを最後に、ダーレスは部屋から出て、特務室へと戻って行った。
部屋に取り残されたミリアと流輝は、特に何も喋らず、ただただ座っていた。と言うか、会話の糸口がさっぱりつかめなかった。
が、このまま黙っているのも不毛だと思ったので、ミリアが何か言おうと決心した時
突然流輝が口を開いた。
「えーと、ミリアさん」
「ひゃい!?」
「あ、噛んだ」
「う、うるさい!!」
「えーと、ごめん、喋らない」
「いや、それはそれで気まずい」
「え、どうすればいいの、僕」
「…………」
ここでミリアは自分がかなりの無茶振りをかましていたことに気が付いた。
「ごめん」
「いえ、別に気にしないでくださいミリアさん」
「あ、あのさ、さん付けは止めて」
「え、どうしてです?」
「くすぐったい」
「はぁ、じゃあミリアで」
「うん、それがいい」
そう言うと、ミリアは立ち上がり、言った。
「さ、ここの案内をするよ、ちょっと広いから、急ぎ足で」
「あ、はい、ありがとうございます」
「……」
「なんです、その目は」
ミリアはジト目で流気を睨みつけていた。
「いや、ね、どうして敬語?」
「はい?」
「あのさ、同い年なんだから、ため口でいいよ」
「はい、分かりました」
「あ、駄目だ、習慣付いてやがる」
「まぁ、そうですね」
流輝はこの口調で今まで過ごしてきたので、今さら直せと言われても如何ともしがたかった。
ミリアは小さくため息を吐いたが、そのまま部屋の外に出る。
「ほら、はやく来なよ」
「あ、はい、よろしくお願いします」
「…………なんか先輩の気分」
「はい、何か言いましたか?」
「いや、何も」
流輝も部屋の外に出ると、そこそこ広い廊下に出た。
流輝の部屋は隅っこで、そこから見ると廊下は二十mぐらい先まで続いており、部屋が等間隔にあった。
どこかのホテルの一室のようで、少し寒々しい感じがした。
「ここが寮だ、地上七階建てで、部屋数は四二○ある、ここは三階ね」
「え、そんなに!?」
「あぁ、基本ここで働いている人たちはここに住んでるからね」
「町とかないんですか?」
「ここから三時間かかるところに」
「……ここってどんなところにあるんですか……」
「まぁ、後で説明するよ」
「頼みます」
「任せて、あ、次はこっち」
そう言うと、ミリアは流輝の部屋と反対の隅に行くと、そこにあるエレベーターに琉生と一緒に乗り込んだ。
そして、一階まで行くと、そこで下りて寮から出ようとする。ちなみに一階には食堂があって、料理を作るおばさんが暇そうに煙草を吸っていた。
「ミリア」
「ン、何?」
「あの人は?」
「うん、あぁ、住込みの家政婦さん」
「はぁ……」
何とも言えなかった。
二人は外に出ると、舗装された道を通り、歩いて行く。ミリアはどこに向かっているのか分かっているようだが、流輝はさっぱりなので、後をついて行くしかなかった。
辺りは自然に囲まれていて、ところどころに巨大な施設が見えたりしていた。
人気があったくなく、とても静かな場所だった。
流輝の住んでいたところも相当田舎で、静かな物だったが、それでも人気はあった。ここはまるで墓場のようだった。
しばらく歩いた後、大きな施設の中に入る。
海に近い所らしく、ほんのりと潮の香りがした。
ミリアはその施設に入る際に、入り口の機器に腕に巻いていた端末を近づけると、何らかの承認を済ませ、自動扉を開いた。
「ここは?」
「あー、ここは『ナイア』とかを収納しているところ、ここで調整とかしてるの」
「あれ」
「ん、何が気になったの?」
「『クトゥルフ』とかってオーバーテクノロジーで作られたらしいですよね」
「あぁ、そうだね」
「なら破損とかどうしてるんです、どうあって修理しているんです?」
「知らないのか、旧支配者達には自己修復能力があるんだ、それで自分で直している」
「へー、すごいですね」
「でしょ?」
「ミリアがすごいんじゃないです」
「うっ……」
施設の中には意外と人がいて、忙しそうに歩き回っていた。
手には安らかの情報端末や、小型のパソコンのような物を持って歩きまわり、それぞれ資料を探したり、どこかの部屋に入ったりしていた。
「ここの地下十五階に、『クトゥルフ』と『ナイア』が格納されている」
「それで?」
「見に行く?」
そう言うと、ミリアはエレベーターを指さした。
流輝は唾をのみ、意を決すると答えた。
「ぜひ」
「そう来なくっちゃ」
そう言うと、二人は道行く人の間を縫い、エレベーターに乗りこみ、地下三十階に行くようボタンを押す。
すると、鈍い音を立ててエレベーターは下がって行く。
ちなみに乗り込んだのは二人だけだった。
その道中、ミリアが話を始めた。
「私さ、帰国子女なんだよね」
「へー」
「母さんがイギリス人でさ、父さんが日本人だったんだ」
「と言うことは、イギリスに?」
「いや、アメリカのウィスコンシン州って言うところに、親の仕事の都合でね」
「うん?」
どこかで聞いたことがある気がした。
記憶を遡ってみると、半年ほど前にニュースで大々的に報じられていた気がするが、詳しく覚えていない。すぐに下火になったからである。
何やら考え込む流輝を見たミリアは、何を考えているのか察しがついたので、その答えを口にした。
「あれだよ、半年前に小さな森が焼失したでしょ、その事件現場」
「あぁ、あの」
言われてみればそうだった。
半年前に小さな森が丸々燃えて、完全に消失するというちょっとした大災害があったのを思い出す。
原因不明の大火事として、世間でちょっと騒がれたのだ。
「私は五歳の時、その森で迷ったことがある」
「へぇ……」
「で、そこで『ナイア』……『ナイアーラトテップ』と出会ったんだ」
「!!」
「どうやらその時、私は『ナイア』と契約したらしい、どんな内容だったかは思い出せないけど、とにかく契約者となった」
「…………」
「そして、半年後、森ごと『ナイア』を焼こうと一体の旧支配者がやってきて、攻撃したんだ」
「あ……」
そこで、流輝にも見当がついた。
「そうだ、そこで私は初めて戦った、けど、惨敗だった」
「…………」
「その時、私は闇雲に逃げて、街中に出てしまった、そこには私の家もあった」
「…………」
「その時の流れ弾で、町は壊滅、みんな死んだ」
「!!」
流輝は驚く。
何に驚いたかと言うと、ミリアの豹変ぶりにだった。
ミリアは憎悪に滾った目をすると、真っ直ぐ前を向いたまま、拳を血が出るぐらいの真で握りしめ、今までとは打って変わって平坦な声で言った。
それの姿は傍から見ると、少し恐ろしかった。
が、流輝は一切目を背けることなく、ミリアの話を聞いた。
「私にとって世界を救うとかどうでもいい、ただ、両親の敵を討つ、責任を果たす、ただそれだけ…………」
「それは…………」
流輝が何を言うべきか迷っていると、それを察したミリアは一転、普通に戻ると、両手を振って明るく話しかけてきた。
「あ、ごめん……暗くなっちゃたね、気にしないで、今のは」
「…………」
そう言っている割には、ミリアの手には爪の傷が入っていて、少し、血が滲んでいた。それは、とても痛々しかった。
が、目を逸らすことができず、それを凝視してしまった。
ミリアは、流輝が何を見ているのか見当がつかないらしく、きょとんとした顔をしてこっちを見ていた。
と、そんなこんなしている内に、エレベーターは地下三十階に到着すると、扉が開いた。
二人は一瞬、固まるも、すぐに出る。
そこは巨大な倉庫のようなところで、目の前には『クトゥルフ』が収納され、周りには数人の人が作業をしているのが見えた。
真っ暗な中に『クトゥルフ』が浮かび上がっているのがよく分かった。
と言っても、顔だけで、胴体部分は全てもっと下の方に格納されているらしかった。
目の光は失われていて、混沌の色をしていた。
その隣には黒い機体が収納されていた。
「これが?」
「そう、私の『ナイアーラトテップ』」
全身像を窺い知ることはできなかったので、具体的な形はよく分からなかったものの、何とも言えない形状をしている頭部は印象的だった。
が、顔、と言うには微妙な物で、他にどんな顔でも違和感は生まれないだろう、と言う感じがした。
「で、その隣にずらりと格納されているのは?」
「あれは『コス―GⅡ』鏑木工業旧支配者を元に作った、対邪神機動兵器、こっちの量産型」
「へー」
「『レイク・ハス』に対抗するために作られた物、この間三十機納品されたんだ」
「へー」
「でも、まだパイロット候補が来てないんだ」
「これってどうやって動かすんです?」
「遠隔操縦でね、こことは別な棟にあるコントロールルームで操るんだ」
「へー、それなら安心ですね」
「だね」
そう言うと、二人は邪魔にならない程度に歩き回り、色々と見学する。
はっきり言って何をやっているのかさっぱりだったが、目の前にある巨大ロボットを見ているだけでも面白かった。
と、そこでダーレスと会った。
「やぁ、流輝君、待っていたよ」
「え、ここでですか?」
「あぁ、そうだが」
「ちなみにいつから?」
「さっき来たばかりだ」
「え?」
流輝とミリアは面食らった顔をすると、ダーレスの顔をまじまじと見る。
と、そこでダーレスが手にしていた腕時計のような端末を取り出すと、流輝に直接手渡してきた。
流輝はそれを受け取ると、何の気も無しに腕に巻きつけた。
「それはここで使われているパスのような物だ、特に名前は無いが、携帯のようにも使用することができる、いろいろ便利に使ってくれ」
「あ、はい、ありがとうございます」
「さっきそこで残ったのを調整したばかりだ」
「そうなんですか、ほかに何か用でも?」
「うむ、それだけだ」
そう言うと、再びダーレスは消えていった。
二人はその後ろ姿を見送ると、流輝がふと呟いた。
「あの人、何がしたかったんですかね」
「さぁ、ちょっとおっちょこちょいなところがあるからね、あの人」
「はぁ……」
興を削がれてしまった二人は、何となく見学していく気が失せてしまったので、その施設から出ると、別なところに行くことにした。
外に出て舗装された道を歩きながら、流輝はミリアに話しかけた。
「あの……」
「何さ」
「ここってどこです?」
「さぁ?」
「さぁって……」
「詳しくは知らないけど、ダーレス隊長が言うには紅霧っていう土地らしいよ」
「ふむ……あかむ……ですか」
「あぁ、紅っていう漢字に霧って書いてそう読むらしい」
「ほぉ……」
初めて聞く名前に流輝は首を傾げるが、元々地理は得意ではないので、習っていたとしても記憶にないので、考えるのを止めた。
と、またしばらく歩いた後に海とまた別な施設が見えてきた。
今までの施設とは少し違って小さめで、何となく目立たなかった。
「これは……」
「みすぼらしいだろ」
「海が見えます!!」
「え、そこ?」
「はい?」
流輝が何を言ってるのかよく分からない、と言う顔をしてミリアを見る。
ミリアは呆れたように溜め息をつくと、腕の端末をかざして扉を開く、そこには無機質な部屋がずらりと並んでいた。
「ここは?」
「さっき言ったコントロールルーム、最近できたばかりで、まだ竣工中らしいよ、でもあと三日でできるって言ってた」
「へぇ……」
「ま、こんな案内できるのはこれぐらいかな?」
「そうですか」
「本当は、さっきの格納庫の裏にある施設に、私たち専用の出撃するための出入り口があるんだけど、そこはまた今度ね」
「あ、はい」
そう言うと、二人は一度寮に戻ることにした。
その間もミリアは説明を続けた。
「ここのふもとにある学校に通う事になるから、学業面は心配しないで」
「はい」
「まぁ通いたくないときは別に通わなくてもいいから」
「はぁ、それでいいんですか?」
「いくない」
「正しく」
「よくない」
そんなことを話している内に、寮に到着したので端末をかざして中に入ると、二人で流輝の部屋に行くことにする。
エレベーターの乗り、上の階まで行き廊下の隅にある部屋まで行く。
そして、部屋に入る。
と、ベッドが整えられ、机の上にYシャツとズボン、その他諸々が畳んでおかれていた。
一応サイズを確認してみると、ピッタリだった。
「……抜かりないですね」
「ま、ねー」
そう言うとミリアはベッドの上に座り、勝手にくつろぎだす。
そのせいで整えられていたベッドが崩れ、汚くなるが、流輝はそんなこと気にしないことにした。
「で、何の用です?」
「用が無いといけないの?」
「はい」
「……流輝って結構毒舌だよね」
「よく言われます」
そう言うと、机の上に置かれていた本を手に取る。それは流輝がよく読んでいる本で、お気に入りの一冊だった。
ミリアはつまらなさそうに口をとがらせると、言った。
「だってさー、ここに未成年って私と流輝だけなんだよ、話し相手ができてうれしいんだよ」
「僕なんかと喋って楽しいですか?」
「うん、周りのおじさんとは話が合わないから」
「はぁ……」
流輝にはミリアのいう事がよく分からなかった。
今まで学校の人と話をして、つまらないと言われたことはあっても、楽しいと言われたことは無かったのだ。
なので、一体何を楽しく思っているのかよく分からなかったのだ。
「で、何の話をします?」
「何でもいいけど」
「今度いつ戦うことになります?」
「さぁ、敵に聞いて」
「では電話を」
「…………繋がらないよ」
ミリアは呆れたように答える。
と、そこで流輝は思いついた。
「ミリア一つ、いいですか?」
「何」
「ふもとに町があるんでしょ、行ってみたいです、案内してください」
「んー、いいよ!」
ミリアは楽しそうにそう答えると、端末を起動させ、空中に投影された画面をいじくると、どこかに電話をかけようとしていた。
「どうしたんです?」
「ダーレス隊長に許可貰わなくちゃいけないからね、車も用意してもらわなくちゃ」
「へー、町まではどれぐらいかかるんです?」
「普通に行くと三時間かな」
「本当だったんですね……」
「当たり前じゃん」
話には聞いていたが、思ったより時間がかかるので、流輝は改めて驚いた。
ミリアは操作をしながら、どういうわけなのか話を続ける。
「ここは三方向が森、残りが海に面していて、道路が通じてないの」
「え、じゃあどうやって行くんです?」
「地下道がってね、そこを通って行くんだ、ざっと三十分ぐらいかかるかな」
「なるほど、それは早いですね」
と、そこまで来てようやく、電話がつながったらしく、ミリアが画面に向かって話しかけ通話を始めた。
「あ、ダーレスさん、ちょっと出かけたいんですけど、いいですか?」
『いいぞ、車を用意させる、ゲートまで来てくれ』
「分かりました」
そう言うとミリアは電話を切り、通話を終了させると、とても楽しそうに言った。
「流輝、許可出た!!」
「そのようですね」
「じゃ、準備してくる、ここで待ってて」
「はい」
ミリアは一旦部屋から出ると、自室に戻り、準備をしに行く。
流輝はそれを見て、いりあの方が楽しんでいるな、と少し呆れて笑った。
十分後
私服に着替えたミリアと、制服のままの流輝はゲートと呼ばれる施設の前で佇んでいた。
と言っても、ただ単に地キア駐車場に通じる入り口、と言った形でしか無く、施設と呼ぶのもためらわれる代物だった。
が、そこには立派なリムジンが止まっていて、頃服の男が一人、運転席に座っていた。
「さ、はやく乗ろう」
「はいはい、分かっていますよ」
二人が乗り込むと同時に、車は出発し、地下道を通って行く。
明らかに法定速度を超えているスピードだが、ここには警察もいないので、問題は内容だった。
高速道路のトンネルと似た構造をしたそれは、いくら走っても景色が変わらず、ただ灰色の壁があるだけで、とてもつまらなかった。
ミリアは楽しそうな雰囲気を纏って、ニコニコ笑っていた。
「そんなに楽しみですか?」
「うん!!だって久しぶりの町だし、一人じゃないし」
「はぁ、でも僕何も買いませんよ」
「別にいいんだよ、いるだけで」
「はぁ……」
流輝が納得できない、と言う顔をしているので、ミリアは説明を始める。
「あのさ、黒服と行ってもつまらないし、一人で行くのは虚しいからさ、気軽に話せる人がそばにいるだけでありがたいんだ」
「そうなんですか」
「だからさ……」
「はい?」
「そんな他人行儀な喋り方やめてよ……」
ミリアが流輝の両肩に手を置いて、懇願してくる。
流輝はその姿を見て苦笑すると、なんというか憐れみを感じたので、とりあえず返事をしておくことにした。
「善処します」
「だーかーらー、そのですます口調を止めて」
「えー」
「えー……って疲れないの?」
「うーん」
流輝は少し考える。
今までほとんどこの口調で通してきたのだ、今さら疲れるとかそういうことは無い。
「はい、疲れません、それに……」
「それに?」
「一人のときは多少砕けた喋り方になります」
「…………」
「おばさんが言うにはそういう事なんです」
「はぁ……」
ミリアはよく分からない、という顔をすると、とりあえず、と話を切り出してきた。
「ま、砕けた喋り方ができるように、私が協力してあげるから」
「……はぁ」
「ま、任せなさい」
「……よく分かりませんが、よろしくお願いします」
「それでよろしい」
そう言うと、ミリアは小さい胸をドンと叩いた。
ちなみに、小さいとはサイズの事であって、体の大きさの事ではないので、あしからず。
その後、流輝は二時間もの間、ミリアの買い物に付き合わされ、荷物持ちとしてこき使われた挙句、話し方の矯正も受けることになり、疲労困憊のまま、その日を過ごしたのは、また別な話である。
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