第一部-第一章〈下〉 『ファースト・コンタクト・オブ・ザ・クトゥリュー』

 流輝の思考が混乱する。

 そして、体が勝手に動いてしまう。ロボットの後ろに回り、見上げる。そこには変な形をするバックパックがあった。

 すると、バックパックが二つに割れるようにして展開すると、内部にあるコクピットが開かれる。

 が、それでも全長二十m以上ある巨大ロボット、少し屈んでいるだけではコクピットには届かない。

 が、コクピット内部から触手のような物が出てくると、流輝の体に巻きついて来た。少し気持ち悪かったが、何となく反抗できなかった。

 そしてそのまま、されるがままにコクピット内部に入って行く。

 「……何でしょう、これ」

 流輝は、強制的に椅子に座らされると、そこで初めて触手が離れて行った。

 そして辺りを見渡してみる。コクピット内部には、巨大な椅子に、手すりとグリップのような物が付いたもの、そして、足を載せ、収めることができる所があった。

 周りには三六○度に周りの景色が映っていた。どうやら内部に外の風景が投影されているらしい。

 流輝はよく自分の置かれている状況が理解できていなかった。

 「良く分かりませんねー」

 よく分からないなりに、流輝はとりあえず足を載せ、グリップを握りこむ。

 すると、辺りに新しい映像が空中投影されていく。

 そこには様々な情報が出ていた。

 流輝にはそれらが何を示すのかよく分かっていないのだが、それでも、目の前に現れた、文字のみが出ている映像を見続けていた。

 そこにはこう出ていた。

 『Cthulhu』

 「クトゥ……リュー?ルフ?」

 流輝は発音に困る。

 が、声に出したことで目の前の映像が消え、流輝の意識が一瞬途切れる、その際に、隣に『精神同調開始』と出たディスプレイが目に入った気がした。

 次の瞬間

 流輝は意識が『クトゥルフ』と同化したのを感じた。

 自分がしゃがんで、町の中心にいることが分かった。

 首を動かして、辺りを見渡してみると、逃げ惑う人々や、こっちを警戒しているロボット達が見えた。

 すると、襲って来たロボット達に、名前のタグのような物が出たのが見えた。

 『Ithaqua』

 「えーと……日本語名は?」

 そう呟くと、文字が日本語に変わった。

 『イタクァ』

 「イタクァ?」

 流輝がそう呟くと同時に、『イタクァ』がバックパックにマウントとしていたレールガンを取り外すと、手に持ち構えてきた。

 「クッ!!」

 流輝は『イタクァ』が銃を撃つ前にかわそうと、『クトゥルフ』をジャンプさせると、その場から離れ、『イタクァ』の射線から離れた。

 そして、斧をとりあえずしまうことにする。

 『クトゥルフ』が提示した情報に従って、腰裏のアーマーに斧をマウントすると、流輝は銃口を『イタクァ』に向けた。

 「くらえ……」

 流輝は引き金を引くと、攻撃した。

 すると、触手のような形をしたものが二本飛び出すと、それが『イタクァ』に向かって飛んで行く。先端の部分は小型ブースターが搭載されているので、自動的に『イタクァ』を狙って行く。

 『イタクァ』は、まさか攻撃されるとは思っていなかったらしく、上半身に二本とも触手を受けてしまう。さらに触手は『イタクァ』に命中すると同時に、先端部分のブースターがより一層強く火を噴いた。

 すると、先端部分は『イタクァ』を貫き、『イタクァ』の体に巻きついて行った。

 と、『イタクァ』は目の光を失うと、機能を停止してしまう。どうやら、弱点を撃ち抜いたらしかった。

 「ううん?よく分からん」

 流輝は自分の攻撃が、あまりに予想外で、少し驚いてしまった。

 と、警告音が響き、右に矢印が表示される。

 流輝は右――と言うよりは『クトゥルフ』のサブカメラがとらえていたもの――を見ると、そこにはレールガンを二つ構えた『イタクァ』の姿があった。

 「撃たせるかよ!!」

 流輝は叫ぶと、銃を手にしている左手を振るうと、確保している『イタクァ』ごと銃を動かし、こっちを狙って来ている別の『イタクァ』に命中させる。

 と、ぶつけられた『イタクァ』はレールガンを取り落とし、そのまま捉えた『イタクァ』と絡まりあって倒れこむ。

 すると、いくつかの家が潰されていく。

 「クッ……気をつけなくちゃ…………」

 と、動ける方の『イタクァ』が自分の体の上に乗っている動かない『イタクァ』をどけ、自由になろうとする。

 それを見た流輝は確実にとどめを刺すことにする。

 一度はしまいこんだ斧を取り出すと、構える。どうやら斧の名前は『ダゴン』触手射出装置は『ハイドラ』と言うらしい。

 その時、気付いた。

 「俺、どうして戦ってるんだ?」

 流輝は気付いていなかった。

 今、自分の事を『俺』と言っていたことに、

 「ま、いっか」

 流輝は開き直ると、倒れている『イタクァ』に向かって走って行く。

 それに気が付いた『イタクァ』は何とか自由になった右腕を動かすと、ビーム砲を構えると、適当に乱射して来た。

 が、流輝はそれらを全て躱すと、飛び上がり、着地と同時に斧を叩きこむ。

 すると、斧は『イタクァ』二体を軽く切断し、完全に機能停止へと陥れて、『クトゥルフ』が離れると同時に爆発した。

 ちなみに『ハイドラ』の触手は回収され、もう一度射出口にマウントされていた。

 「よし、終わったか」

 その間に、もう一体残っていた『イタクァ』は、謎の襲撃者によって、沈黙させられていた。

 流輝は一息つくと、辺りを見渡した。

 いつの間にか被害は拡大していて、まれに見る大災害となっていた。町の四割は崩壊、もしくは焼失していて、家事による被害は増える一方だった。

 が、流輝はそれを見ても、特に何も感じていなかった。

 それよりも、気がかりなことがあったからだった。 

 それは三体の『イタクァ』を葬った謎の襲撃者である。

 「どこにいるんだ」

 流輝はそう呟くと、辺りを見渡し、襲撃者を探した。


 同じころ、『シャンタック』内部にて、搭載されている観測機をフル回転して『クトゥルフ』の情報を得ていた、情報処理班の男が一人が声を上げた。

 「大変です『SANレベル』が低下しています」

 その言葉を受けて、特等席で戦闘を見ていたミゼルは、反応し、問いを投げかける。

 「何?それは本当か?」

 「えぇ、これ以上刺激するのはよくないかもしれません」

 「そうか……」

 ダーレスは数値を見て納得すると、通信回路を音声のみにして開き、今、戦闘中のミリアに連絡を取った。

 「ミリア、撤退だ、これ以上刺激してはマズイ」

 『え……でも……』

 「いいから、契約者は割り出せると思うから、はやく」

 『しかし奴らが回収するかも知れませんし…………』

 「その点は大丈夫だ、半径一〇〇㎞圏内に敵の反応は無い、それに『SANレベル』が低下している今、お前の反応が消えれば、契約者の安全から、『クトゥルフ』は帰還する、だから大丈夫だ」

 『……わかりました、撤収します』

 ミリアは渋々ながら納得すると通信は切って、その二分後には無事ミリアは『シャンタック』に撤収した。

 大きな物がいきなり乗ったため、一度ガクンと期待が沈み込むが、すぐに持ち直すと、元の高度に戻った。

 そして『シャンタック』は大きくUターンすると、『イカン』に向けて進路を取り、帰ることとなった。

 が、流輝がその姿を見ることは無かった。

 なぜなら、いきなり『クトゥルフ』内部の映像が消え、真っ暗になり、それと同時に流輝の意識も消えたからだった。


 次に流輝が目覚めたとき、そこには知らない天井があった。

 薄目を開けて天井を見上げているのだが、そんな不明瞭な視界でも、知らない天井を見上げているのだと分かった。

 それだけ見慣れない物だったのだ。

 「…………」

 流輝は何とか体を起こし、辺りを見渡すと、そこには地元の少し大きい病院の個室であるということが分かった。

 近くのダッシュボードには籠に入ったリンゴや桃、他に花瓶に活けられた百合の花が飾れていた。

 頭に違和感を覚えた流輝は、触ってみて初めて頭に包帯が巻かれていたのだ。

 その他、体に包帯が巻かれているのがはっきりと分かった。

 その上、右腕には天敵が施されていて、よく分からない液体がチューブを通じて体内に入って行った。

 正直動きづらい。

 ちなみにこの病院に流輝が入院したことは無いが、二年前におばさんが盲腸炎で入院した時に、毎日病院に通っていた為、一目で分かったのだ。

 「……どうして……ここに?」

 流輝は枕元にあるナースコールを手に取ると、スイッチを押して誰かを呼ぶことにした。

 なんだか状況がよく呑み込めないので、説明が欲しかったのだ。

 と、それを見計らったかのように、誰かが入って来た。

 突然来た人は四人で、一人は女、と言うか女子。

 多分年齢は同じぐらい、髪は銀髪で短めに揃えられていた。凛とした顔だとだが、まだ幼さが強く出ているので、少し背伸びをしているようにも見えた。

 残りの三人の内、二人は黒服の男で、背が高く、筋肉質だった。多分護衛だろう。流輝はそう見当を点けた。

 そして、最後の一人は不思議な雰囲気を纏った中年のおっさんだった。

 いや、おっさんと決めつけるのはよくないかもしれない、はっきり言うと年齢不詳の怪しい男だった。

 流輝が初めて見る人たちに、訝しげな顔を向けると、何をどうしたらいいのかよく分からなくなってきていた。

 「えーと……」

 口を開いてみるも何を言ったらいいか分からない、色々なことがありすぎて、頭が痛くなってきた。

 流輝が困った顔をして頭を抱えるのを見た年齢不詳の男は、口を開くと言った。

 「先に挨拶させてもらう、私はダーレス・L・クラフトという、残り三人の事は気にしなくていい、また今度説明させてもらう」

 「ダーレス隊長!?」

 女子が素っ頓狂な声を上げて、ダーレスの方を見る、が、ダーレスはそれを完全に無視すると、話を進めた。

 「九頭流輝君、いや、今は立木流輝君か」

 「はい、去年、養子縁組しましたし」

 「三日前、君は巨大ロボットに乗って戦った、違うか?」

 「…………」

 流輝はぼんやりと思い出す。

 謎の巨大ロボット『クトゥルフ』や『イタクァ』そして不思議な形をした飛行物体と、自分が自分でなくなるような感触。

 そこで完全に思い出した。

 と、そこで流輝は違和感に気が付いた。 

 「え、いつの間に三日経ったんですか?」

 「え?」

 「そこ!?」

 もう一度、後ろに控えていた女子が叫ぶ。

 ダーレスも微妙な顔をして固まっていた。

 黒服の男達の表情は窺い知ることができなかったが、笑いをこらえているのが、何となく感じられた。

 と、そこで気を取り直したダーレスが答える。

 「そうだ、君は三日間寝たきりだったんだ」

 「あ、あと、はいそうです」

 「何がだ?」

 「ロボットに乗りました」

 そういうと、渋い顔をしていた女子含め、全員の雰囲気が変わり、場の空気が一気に重くなった。

 ただ流輝だけが、とぼけた顔をして小首をかしげていた。

 ダーレスは厳しい顔をしたまま、流輝に顔を近づけると、警告した。

 「いいか、そのことは誰にも言うなよ」

 「え?」

 「本日は後始末に追われて、君を迎え入れる準備はできないのだが、近日中に必ず、君を呼び出す、それまで、誰にも喋るなよ」

 「えーと…………」

 「喋るなよ」

 「……はい」

 あまりにもダーレスが頼み込んで来るので、流輝はつい、返事をしてしまった。

 と、それで満足したのか、ダーレスは再び顔を上げると、背を向け病室の出口に向かいながら話を続けた。

 「その黒服二人は君の護衛だ、雑用、パシリ、なんにでも使うと良い」

 「はぁ……」

 よく分からないが、護衛らしい。

 流輝が黒服を見上げると、二人は安心しろ、とでも言わんばかりに、力強く頷いてくれた。

 おかげで、少し安心した。

「ミリアは私と帰るぞ」

 「あ、はい」

 どうやら女子の名前はミリアと言うらしい。

 ミリアはダーレスの後を追うと、てこてこと歩いて行った。

 ダーレスは最後、手を振ると一言付け加えた。

 「その果物はお見舞いだ、好きにしたまえ」

 「あ、ありがとうございます」

 流輝の礼が言い終わるか終らないか、と言うギリギリなところでダーレスは外に出ると、扉を後から出たミリア閉めさせると、帰って行った。

 流輝は微妙な顔をすると、先が見えぬこの後に一抹の不安を覚えた。

 そして、その不安は的中することとなった。

 その後、流輝は取材に来た記者や、警察、その他諸々の人々に事情を聞かれることとなったのだ。

 結構重体の身としては、きついものばかりだったが、黒服の男たちが追い払ってくれたので、そこまで嫌な思いをすることは無かった。

 おばさんは足をくじいていたが、それだけで済んだらしく、面会許可が下りると、すぐにお見舞いに来てくれた。

 「死んだ姉になんていえばいいのか分からない」と言うおばさんをあやしながら、流輝は着々と回復していった。

 二日後には立てるようになり、一週間後には退院の許可が下りた。

 「ありがとうございました」

 「はい、お大事に」

 お世話になった病院の人達に挨拶をして、流輝はおばさんと一緒に家に向かって行く。

 黒服の男たちは、家の周りにいる取材陣を蹴散らすために一息早く家に戻っていた。

 本当に有能な人たちだった。

 そして、約二週間ぶりに家に戻って来た流輝は、すっかりあのダーレスとかいう男の事を忘れていた。

 が、あの巨大ロボット『クトゥルフ』の事は忘れることができずにいた。

 あの時、握ったグリップの感触、ロボットと一体化したかのような感触、それらすべてを忘れることができずにいた。 

 今でも、目を閉じたら克明に思い出すことができる。

 でも、分からないことがある。

 「どうして……」

 「ん、流輝君、何か言った?」

 「いえ、なんでもありません」

 「明日の学校はどうする、休む?」

 「いえ、行きます、クラスの皆も心配しているでしょうし」

 「そう……ならいいけど」

 「はい」

 おばさんは、何とも言えない顔をすると、鍵を取り出して、家の中に入る。

 流輝は顔を俯かせると、考える。

 どうして、自分があのロボットを扱えたのだろうかと

 「ま、いっか」

 考えても仕方ない

 流輝は明日の学校の準備をすることにした。

しかし、流輝が学校に行くことはもう無かった。

 

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