今日、海を見た。
「ねえ、お兄ちゃん」
水平線が遠くに映り、その手前を大きいか小さいかもわからない船が通過するのをぼくらは浜辺に立って眺めていた。
「世界の果てって、あるのかな」
「さあ、どうだろうね」
ときどきなんだけれど、イズミは回答しづらい質問をする。
「ねえ、思うの。世界の果てはね、終わりも始まりもいっしょの場所なんだって」
「うん」
そんなとき、ぼくはうなずくだけにする。
「そこでなら繋がり合えるかな」
「ううん」
自分の意見がないときは、せめてイズミの言うことを理解して受けいれようって。
「だめ?」
見上げたイズミは少しだけ上気した顔だ。
「ここでいいよ」
ぼくは彼女の頭に手を置く。そこでぼくはひとつだけ気づく。
「そうだね。お兄ちゃん」
「そうだな」
「ねえ、お兄ちゃん。海だね」
「海だな」
夏だというのに人の少ない浜辺で変なことを確認する。消失点のあたりにそびえた入道雲が、水平線をぼかしてゆらゆらと進む。
「泳ぐ?」
今日のイズミはやけに質問が多いものだ。
「冗談。替えの服なんか持ってきてないよ」
「これだけ汗だくなら、どこ行っても同じ」
「かもね」
背中にはりついたインナーがじっとりと不快な存在感を強めてくる。イズミは胸のあたりを少しだけはだけ、すこしばかりしめった身体を潮風にさらす。
「なんで、ここまで来たんだっけ」
「バスですが」
「海って広いね」
水面に浮かぶ灰色の影と晴天を鏡のように映した深い青が、視野におさまりきれないほどのサイズで眼前に広がっている。
「色んな国につながってる」
目をつむり感慨深げな横顔のイズミが妙に詩的な言いかたをする。
「ここから行けるとしたら、どこに行く?」
「ぼくはどこでもいいかな」
「でもね、パスポート無しで行けるのは天国だけだよ」
この子は、世界の端っこの話がほんとうに好きだな。
「イズミさ、風邪ひいてるよね」
「ひいてないよ」
「デコを貸しなさい」「むー」
不満げな彼女の意志をよそに、ぼくは額を当て体温を確認する。至近距離で衝突する瞳は、伝わってくる熱のせいか潤んで見えた。
「はい、帰ろうか」
そう告げるとイズミはまた不満そうな顔をした。額を離そうとする。
「むー」
今度はイズミがその額を押し付けてくる。離す。ぐりぐり。離す。ぐりぐり。
「……くしゅんっ!」
何度かそんなことを続けるうちに、イズミがくしゃみをした。
「ほら」「ひいてないです」
「お前は引くことを覚えなさい。恋愛の基本の一つだ、それは」
「おお……」
微妙に話を逸らすと、イズミは感心した。
「もう立っていられません」
ああ、引けといっただろうこのやろう。
ぼくは彼女の次の一手が、それはもう手に取るようにわかった。
「お姫様抱っこ」
おんぶして帰ることに決めた。
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