第4話 迷子の羊達
ガッデン・ストレージは
天使のたまごが
多くの場合、書いた人や考えた人が持ち主になるのだが、約束事でそうはならない場合がある。「書かせた人」や「丸ごと買い取った人」がいた場合、書いた人たちのものにはならない。そして、中には誰のものか誰も知らないものがある。書いた人はもちろん、その持ち主すらよくわかっていないものだ。
ゼロがガッデン・ストレージに来るのはしばらくぶりだった。ひとまずいつもの喫茶店で聞き込みをしよう。ちょうどランチの前で、店が開きはじめている。インフィニティのことが脳裏をよぎったが、まあ自分がいなくても勝手にやってくれるだろうと、ゼロは思った。
「やあおやじさん」
「おや、チビ助。探し物かい?」
「オレはずっとチビ助なのかい」とカウンターに座りながらゼロは笑った。最初に来たときはそうだったかもしれないが、今ではおやじさんと大差ないぐらいには成長しているのだ。足だって床に付く。インフィニティには、まだ追いつかないが。
「コーヒーでいいのかい?」店主のクロンプが聞いてきた。そういえば朝食がまだだった。
「トーストはある?」
「あるよ」
「小倉?」
「あるある」
「セットで」
「あいよ」
セットにすると少し安くなる上に、6Pチーズがひとつ付く。
クロンプがトレイに一式を載せて出した。コーヒーをひと口飲んで、小倉トーストにかじりつく。伝統の味。この味がなかなか家で出せないのだなあ。ゼロはうなりながら堪能した。
とりあえず食べるだけ食べたところで、クロンプに聞いた。昼がすぎて客が増える前に済ませてしまうべきだ。
「おやじさん、天使のたまごって知ってるかい?」
「ん? 図書館には行ってきたのだよな」
「もちろん」
「この辺にいそう?」
「かもしれない」
うーん。とクロンプは唸って。
「うちには来てないな」
「知ってはいるってこと?」
「いや、そういうわけじゃない。うちの客にはいない」
「そっか」
一軒目の聞き込みで事が済むとは思っていなかったが、クロンプの情報網はこの街でも一二を争う。今回は苦労しそうだ。なにか手掛かりでもあればいいのだが、とゼロは思った。どんな姿なのか、顔はあるのか、そういうこのが一切わからない探しのものは難しい。聞きようがないし、答えようもないからだ。ずばり本人を知っている場合しか、明確な答えを出すことができない。
コーヒーを飲み終えると、徐々に客が増えはじめたので、代金を支払って店を出た。クロンプは常連客が来たら聞いておくから、帰りに寄れと言ってくれた。セットを頼んだから気前がいいのだな。たぶん。
表通りに出ると、この街の奇妙さが際立つ。東西に走るメインストリートの両脇に建物が並んでいるのだが、北側には食べ物の店ばかりが並び、南側には空っぽの暗闇を抱えた建物がずらりと立ち並んでいる。
ゼロは、北側の店は陽当たりがいいので、客足が伸びるから栄えて、南側の店は北向きになっているから廃れたのだと思っていた。そうインフィニティに言ったら、それは違うのだと。かつて、その南側の店は光に満ちていたのだが、
だから、この街に来るときは、いつもゼロ一人で来ることにしていた。
五軒目の喫茶店で、天使のたまごを知っているという常連客に会えた。ファクチュアルというその男は、そいつは上品そうな老婆だと言った。それはたぶん違う。ゼロは依頼者エアステンスの外観をできるかぎり説明した。ファクチュアルは、なるほど確かにその老婆に似ている、しかし、天使のたまごもまた、その説明通りのものだと言った。
エアステンスは自分を探している? どうしてそんなことになるのか、ゼロには皆目見当がつかなかった。もう少し探してみて、夕方までに見つからなかったら、一度エアステンスに会おう。そして、それはあなた自身ではないのかと聞こう、と思った。
他に有力な話は聞けず、ガッデン・ストレージでの聞き込みはもう一巡したので、最後にまたクロンプの店に寄った。クロンプが嬉しそうな顔で手招きした。
「チビ助よろこべ。知ってる客がいたぞ」
「ほんとですか!」
「おうとも。ホレ」
クロンプはゼロに一枚の紙切れを渡した。
絵が二つ描いてあった。ギザギザした十字架のようなものと、ワニのような乗り物だった。乗り物に見えたのは、たくさんの車輪があるように見えるからで、これは動物かもしれない。乗り物のようなワニである可能性もあるということだ。
「ヴェニスンの裏路地にその赤いワニ戦車が置いてあるんだが、そこにいる爺さんが天使のたまごを探しているらしいんだ」
「探している?」
「そうだ。もう長いこと探し続けているらしい。その十字架みたいなのは、そいつが持ってるのだと」
「そいつが天使のたまごではない?」
「そりゃわからん。とりあえず行ってみたらどうだ」
「ありがとうおやっさん」
ゼロは礼に、クッキーを二枚買って、店をあとにした。
ヴェニスンは隣の街だからそう遠くはない。まだ陽は高い。間に合いそうだ。
ゼロは深淵の街ガッデン・ストレージをあとにした。ここはいつも心を覗かれているようで、落ち着かないのだ。
つづく
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