第16章 ジン達と魔剣士アイル

 ジン達一行は、北への道を500m位進んだ地点にいた。なぜここで彼らが止まっているのか。理由は簡単だ。目の前の道路上に、剣を持ったヒトらしきモノが仁王立ちしていたからだ。そのものの姿を説明すると、両目が赤くぎらぎら輝いており、髪は黒く、黒いオーラを放っており、そしてなにより目立っていたのは、右手に真っ黒の剣をしっかと握っていた事だ。


ジン「ゾディさんとガルダが言っていたことが本当なら」

ドクター「ここにいる・・・人型の化け物が」

クレス「魔剣士・・・アイル・・・さん?」


ウィル「お兄さま・・・な・・・の・・・・・・・・・・・・・・」


 その黒い化け物は意外にも慎重にこちら側の様子を伺っていた。しかし、なにも喋らない。ジンは口火を切った!


ジン「て、てめーが、アイルなのかよ! このジン様を忘れたとは言わせねーぞ! 答えろ!」

魔剣士アイル「・・・・・オマエ・・・・・ジン・・・・カ?・・・・・」


 やっと喋ったが、完全に心、ここに無しの状態である。うつろで首の周りと、左手の指をこりこりっと言わせながら、答えを待っていた。


ジン:「ああ! そうだ! 正真正銘、ここにいるのは、てめーの良く知っている、ジン、龍神 仁様よ!」


 しかし、できるだけ戦闘に入りたくないクレスは、必死で叫んだ。


クレス「私よ! クレスよ! 思い出して! 私たちはあなたとは絶対に戦いたくないの! お願い! 目を覚まして!」


 アイルはクレスの方を見ながらつぶやいた。


魔剣士アイル「・・・クレ・・・・ス・・・・」


 ドクターもなんとか、医術の知識を使って、彼の呪縛を解きたいと思い、必死に考えていた。しかし、知っている範囲の医術ではどうにも成らない、という結論に達した。風水の方の知識も引っ張りだしてみたが、残念ながら解決策は見つからなかった。仕方ないのでありきたりの表現の言葉をかけることにした。

ドクター「アイル! 私だ! ドクターだ! 目を覚ませ!」


 さっきと同じくドクターの方を向いていった。


魔剣士アイル「・・・ドク・・・・ター・・・」


 彼らの叫びは勿論全て心の底からのモノであった。しかし、言葉に込められた想いの深さでは、彼女の言葉に勝るモノはなかった。ウィルである。涙目になりながらこう叫んだ。


ウィル「お兄さま・・・・・どうして・・・・どうして、こういう形しかなかったの! お兄様! あなたの探していた妹、ウィル、ノーザン=ウィルは、あなたの目の前にいます。お願い! せめて、一言でも良いから、「ウィル」って言って!」


 また同じようにウィルの方を向いた。しかし、顔はいたって変化がないのだが、今度は少し体がぐらついていた。


魔剣士アイル「ウ・・・・・・ウィル?・・・・・・グァ!!!」


 魔剣が黒光りした。どうやら、彼の意識と動作を支配しているのは、マンティスの洗脳だけではなく、この漆黒の魔剣グングニルのようだった。


***


ジン「おい! ドクター! あんたが洗脳されていたのを解呪したのは誰だ!」

ドクター「ガ、ガルダ・・・・だ・・・・・」

ジン「ガ、ガルダ?! くそ! 何だってこう大事なときに! ガルダの奴!」

ウィル「・・・残念ながら、2つの呪縛がいっぺんにかかっている状態での解呪は・・・おそらくガルダ様でも出来ません」

ジン「くそ!!!! もうどうすりゃいいんだ!! 戦うしかないのか?」


魔剣士アイル「ソノトオリ・・・・オマエラヲ・・・・コロスノハ・・・・ワタシダ!」


 そう言ったかが早いか、剣を構えて猛スピードでジンに向かっていった。人の限界速度はとっくに超越していた。ジンはとっさに剣で防御したので、アイルの魔剣とつばぜり合いの様な状態になった。


ジン「くううううううううう、なんて・・・・・力だ!・・・・・・・」

魔剣士アイル「ウウウウウウウウウ!・・・・シネ!・・・・・・・・」

ジン「目をさませっての!」


魔剣士アイル「シネシネシネシネシネシネシネシネ!・・・・・・シネ!」


 アイルの力はさらに強くなっていた。もはやつばぜり合いと言うより、アイルの魔剣をジンが剣で防御している状態だった。


ジン(こ、こ、これは・・・・・・まずは距離を置こう!)


 そう思って、足でアイルの腹に思いっきりけりを入れた! しかし、期待通りの反応がなかった。アイルは何ともなく、距離も取れなかった。ますます、アイルの魔剣の刃がジンに近づく。


ジン(ど、ど、どうなってるんだ?)


ウィル「グラビティショック!」


 ウィルは蒼天の杖を掲げて、唯一知っている天体士の攻撃系魔法「グラビティショック」を唱えた!杖から発生した球体は高速でアイルに突撃していき、そして彼の背部に直撃した。しかし、それだけではなかった。そのあたった場所の「場」がゆがんできたのである。アイルの姿もそれに合わせて変形した。しかし、その後、瞬時に元の形状に戻った。変形速度より、明らかにこちらの方が速かった。急激な「場の歪み変化」であった。


魔剣士アイル「ウォォォォ!!!!」


 あのけりにも動じないアイルだったが、今度のは効いたらしい。やっとこジンはアイルと距離を置けた。しかし、ウィルは複雑な思いがした。彼女としても、断腸の思いだったのであろう。


ジン「ウィル! 助かったぜ!」

ウィル「出来ればこういうことがないようにして下さい。私も・・・」

ジン「すまん! 相手の力量を見るためだったが、今回ので十分すぎるほどわかった。あいつの太刀筋は基本は変わってないが、かなり荒っぽい感じになっている。俺を斬る覚悟も十分にあって、迷いがない! それよりなにより、「力」が尋常じゃない!」


***


 横で様子を見ていたクレスとドクターは、一応言ってみた。


ドクター「ところで、わしらは攻撃して良いのか?」

クレス「ウィルさん、あなた達のような一番身近な人の意見を聞かないと手出しできないの!」


 正直、ジンは困っていた。ここで甘い考えになって、攻撃をやめれば死ぬのは間違いなくこっちだ。しかし、殺ってしまえば、いや、殺ることが出来れば、それまでだ。ここは自分よりもウィルさんの結論を聞く方が最良だという結論に達した。


ジン「こんな事態で訊くのは酷なんだが、ウィルさん、最後の決断を訊きたい。こいつ、魔剣士になったアイルを殺しても、いや殺せるのなら、やってもいいのかい?」


ウィル「う・・あ・・・え・・・・・」


ジン「頼む! こいつは、力も心ももう尋常な状態じゃないんだ! やらなければ、やられるのはこっちだ!」


ウィル「あ・・・・・え・・・・・」


ドクター「ジン! せかしちゃいかん!」

クレス「ジン! ウィルさんを責めちゃ・・・・・え?」


 魔剣士アイルは、どういう訳か、今度はドクター達に襲いかかってきた!


魔剣士アイル「・・・・・ソッチカ!・・・・・ジン!・・・・」


ジン「???? 俺はここだ!」


 それでもアイルは聞く耳を持たなかった。クレス達の方へ突撃していった。


ドクター「うわ!」

クレス「きゃ!」

ジン「二人とも! どういうことかいまいちわからないが、とりあえず、死なない程度の攻撃を加えて置いてくれ! 今の奴のことだ、相当な攻撃を打ち込んでも大丈夫のようだ。ウィルさんの回答はまだ期待できそうにない!」

ドクター、クレス「わかった!」


 ドクターとクレスの攻撃が始まった。


ドクター「アイル、すまん! 龍雷!」


 竜頭の雷の矢がアイルに突き刺さる。


クレス「ごめんね! キャッツャーンブレス!」


 大きく口を開けて息を吸い込み。その状態で、反り返って、反動を付けて、振動波を発射した。衝撃波はアイルに直撃した! しかし・・・


魔剣士アイル「・・・・・・ショウシ!」


 まるで効いてなかった。簡単にあしらわれてしまった。


***


クレス「どうしよう! ドクター!」

ドクター「くううう、塵も積もれば何とやらだ! クレス、連続攻撃だ!」

クレス「はい!」


 これらの攻撃は複数回繰り返された。とりあえずアイルの体力をそぎ落とそうと思ったのだ。連続攻撃はことごとくアイルにヒットしていった。彼はガードする事を知らないらしい。だが・・・・・・


魔剣士アイル「・・・ヌルイワ!!!!!!!!!」


 全く効いていないどころか、ますますいきり立ってしまった。


クレス「全然効かないよ! ドクターの攻撃もだめだなんて! もう、どうすればいいの!?」

ジン「くううううう、アイルの野郎! 外見はヒトっぽいのに、中身が全然違うじゃねーか!」


 ジンも困ってしまった。そこで、危険な状況の二人から、注意を逸らすことにした。


ジン「おい! アイル! ジンは俺だ! そっちじゃねえ! こっちこい!」


魔剣士アイル「ジ・・ン・・・・ソッチカ!・・・・」


 今度はしっかりとジンの方を振り向いて突進していった。


ジン「きさらせ!・・・って、ありゃ? なんだあいつ! 「そっちか」って、あったりまえじゃねーか!」


 明らかにアイルの行動は不可思議だった。


ウィル(お兄さま?・・・も、もしかして・・・・・)


 ウィルはなにかに気づいたようだった。そして、クレスの方へすばやく走っていって、小声でこう告げた。


ウィル「クレスさん、あなたのヴォイス能力の中に確か、「メモリーヴォイス」って言うのがありましたよね?」

クレス「?? は、はい、あります。声を特定の場所に固定する能力です。あんまり使い道がないのですが。それより、なんで知っているんですか?」

ウィル「それは後でお話しします。それよりいいですか? 龍神さんのラストネームをそうですね・・・・そこの大きな岩にメモリーしてくれますか?」

クレス「はい。できます。でも、それでどうなるの?」

ウィル「見ていればわかります。さあ! 早く!」

クレス「わかったわ」


 そう言ってから、クレスはまた深呼吸したあと、一瞬とも思える時間に「ジン」と発声して、その言葉の「音」が込められている「玉」を口から発射した。


魔剣士アイル「・・・ジン・・・ソッチカ!」


 アイルはクレス達の方を振り向いて、そちらに突撃しそうになった。しかし、先ほどの「玉」が大岩の表面に到達すると、メモリーヴォイスの能力通り、岩の上から「ジン」というクレスの声が何度も繰り返して聞こえてきた。すると・・・・


魔剣士アイル「・・・・ウヌヌヌヌ・・・・・ソッチカ!」


 アイルはその岩から聞こえてくる「ジン」と言う言葉に反応して、大岩に突進していった。


クレス、ドクター(????)

ジン「??? あいつ、どうしたんだ? 俺はこっちだぞ?」


ウィル「龍神さん! こっちに早く!」


 なぜかウィルは、ジンの事を呼んでいるのに、ファーストネーム、つまり「名字」を使った。ウィルの手招きの動作は大げさだったのですぐわかった。


ジン「え? 俺? あ、ああ、わかった」


 ジンは駆け足でウィル達と合流した。


***


(魔剣士アイル対策)


 アイルは向かった先の「喋っている」大岩を剣で何度も斬りつけていた。大岩もたまたま堅かったのか、砕け散るにはそうとう時間がかかるようだった。


ジン「ウィル、どういうことなのか説明してくれないか?」

クレス「私もなんだかわからないわ。どうして、私の能力で大岩に固定した・・・」

ウィル「その先の名前はここにいる全員、絶対に喋らないで! お願いします!」

ジン、クレス、ドクター「は、はい」

クレス「・・・で、そこへ何でアイルが突進していったのでしょう? あの・・・この人は全然違うところにいるのに」

ジン「全くだ! 今でもああやって、狂ったように剣で斬りつけてるぜ!」

ドクター「・・・・まさかとは思うんだが、そのまさかか?」

ウィル「さすが名医ですね、ドクターさん。ご名答です」

ジン、クレス(???)


 二人にはまだわからないようだった。そこでウィルは静かに説明を始めた。


ウィル「お兄さまは目で見た相手をはっきりと確認できないらしいです。つまり、決定手段は耳で聴いた言葉だけだと思います」


ジン、クレス「!!!!」

ドクター「やはりか・・・」

ウィル「これまでのお兄さまを冷静に判断しますと、あなたの名前に最も敏感に反応してましたから、おそらく命令した相手は、お兄さまに私たち全員の名前を告げたわけではないようです。たぶんあなたの名前だけ。後はなんとか「達」とか言ったのでしょう」


 そう言ってジンの方を向いた。他のメンツも、少し考えていたが、しばらくして頷いた。


クレス「なるほど、確かにそうね。この人の名前が出た所にばかり移動していたわ」

ドクター「なるほど、そう言う意味では言葉以外関係ないこっちへも攻撃してきたな」

ウィル「そこで、それを利用しようと思うのです」

クレス「利用する?」

ウィル「クレスさん、あの能力で張り付いた「声」はどれくらい保ちますか?」

クレス「そ、そうねえ、とっさに喋った位だったけど、あの岩、大きいみたいだから、壊されなければ、今から・・・・・・5分くらいかな?」


ウィル「十分です!。その5分の間に簡潔にこれからの作戦をお話しします。皆さん私の側に来て下さい」


 ジン達はウィルのそばに集まり、ウィルを中心に、こそこそっと話をし始めた。そして約4分が経過した。


ジン「わ、わかった。とにかく、それ以外にどうしようもなさそうだ」

ドクター「さすがの私もそこまでは考えつかんかった。とにかくやってみる!」

ウィル「クレスさん、あなたのあの能力が鍵です! 頑張って下さい!」

クレス「わ、わかった! 失敗は許されないわ! とにかく頑張ります!」


ウィル「私も心が揺れてましたが、もうはっきりと決めました。大丈夫です。決して迷いません。それでは皆さん、先ほど話した場面になったら、作戦を開始します!」

ジン、クレス、ドクター「了解!」


 魔剣士アイル攻略作戦は開始された。

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