第9章 ジンと黒い鳥が向かった先
黒い鳥「ふう、随分来たようだな。確かここらに腕利きの医者がいるはずだが・・・。いかんせん昔のことだから、場所を正確に特定できん。とっさの思いつきでここまで飛んできたのだが・・・・。ん? あの明かりがそうか。時間がない。行ってみよう」
ジンを掴んだまま、急旋回、急降下して、その明かりの下にたどり着いた。しかしここで1つ問題があった。彼はしゃべることは出来ても姿は大きな鳥である。普通の感覚を持った医者が相手では、治療どころか逃げられるか、逆に撃ち殺されてしまうだろう。
黒い鳥「さてどうしたものか・・・。仕方ない、時間はないが、急がば回れだ。少しだけ様子を見ることにしよう」
医者らしき影「正直、もう一度君に会えるとは思ってなかったよ。心からうれしいと思っているよ」
???「ワタシモ、ウレシイワ、コンナメグリアワセモアルモノナノネ」
医者らしき影「一度は旅に出た私だが、もう、どこにも行かないよ。ここで君と、あのころのように、治療業に専念するよ」
???「ソウネ、ワタシモアノコロノヨウニ、カンゴフトシテ、アナタノソバデ、オテツダイシマス」
医者らしき影「おお! ありがとう! ここで一緒にまた頑張ろう!」
???「ハイ、ワタシモ、セイイッパイ、ガンバリマス」
医者らしき影「全く、あの雑貨屋のオーナーのおかげだ! 今でも感謝している」
???「ソレハモウイイワ、ソレヨリ、コレカラノコトデショ?」
医者らしき影「いや~、昔と変わらず、君には勝てないな。そうだったな。これからだったな。よし、手始めに・・・、そうだ、飯でも食おうか! 私の荷物に食材がいくらかあったからな。それを使おう」
???「モウ、ショクザイハ、メノマエニ、アルジャナイ。オイシソウナ、オニクガ」
医者らしき影「? 肉か・・・お、あったあった、干し肉があったよ。こいつをちょっと調理すれば、美味しい肉料理の完成だ!」
黒い鳥は不思議そうにその光景を眺めていた。先ほどまで明かりの具合でよく見えなかった正体不明の方の姿がようやく見えるようになった。それは・・・・、
黒い鳥「う! なんだあれは、肉塊? いや、人の姿に近い・・・。女性の面影も・・・ある。全身血だらけなのか、いや、体の一部を床に落としながら、あの医者らしき・・・いや、医者に・・・・、喰いつこうとしている! まずい、あのままでは!」
状況を窓越しの明かりで察することの出来る彼の眼と頭脳も凄いが、それより、この医者、レイス=ハートの応対と、ヒトの形をした肉塊であるリビングデッドの醜さは異常極まる物がある。黒い鳥はなぜか前より小さくなったようであった。ドアのノブを壊し、とっさに救助に入る黒い鳥!
ドクター「なんだおまえ・・・って、鳥か? 返り討ちにして、焼き鳥にしてくれるわ! ちょっと待っていてくれ、ナーシー。食事のおかずが一品増えそうだぞ!」
ドクターは黒い鳥の方へ猛ダッシュで突っ込んできた。大きめの体なのに、いやに俊敏だった。室内がそれほど大きくなかったため、彼が鳥のいた位置に到着するのはあっという間だった。しかし、鳥は、そう、「いた」であった。とっさに別の位置に逃げていた。
ドクター「くううう、逃げ足は速いようだな!」
黒い鳥(これではらちがあかない! ここは一つ仕掛けてみるか)
そう言った後、すぐに、体の向きをドクターの方へ変えて、攻撃を仕掛けた!
黒い鳥「疾風斬!」
そういって数回羽ばたくと、周りと違う気流の断層ができ、一種の風の刃のようなものが出来て、ドクターに襲いかかった!
ドクター「乱気流の盾!」
一見、突撃しかできそうもないと思えたドクターから、意外な言葉が出てきた。風属性の攻撃または魔法を防御する魔法である。風水士の6つの防御系魔法の一つ! ドクターは幻術にかかっていても、魔法を場面に応じて使いこなせるだけの頭の回転は維持しているらしい。しかもこの状態だとおそらく自分がまだ所持していない物まで使えるようである。小さく回転する気流の「円」がドクターの周りに集まって、黒い鳥が放った風の刃を防いで、いや、無効化してしまった。
黒い鳥「! なぜ幻術にかかっている状態で、自分の術を使えるんだ!」
ドクター「は! この程度か? なんなら、もっと高度な奴を使ってきても良いんだぞ! 全て防いでやる! いや、跳ね返すことも出来るぞ!」
黒い鳥(・・・、これは幻術の高度さだけではない。おそらく「あの相手を守りたい」という、彼の潜在意志も介入してきている。まずいな・・・)
ドクター「どうだ、やるかい?」
ドクターはやる気満々である。
黒い鳥(・・・この状況で手加減は命取りのようだ。幻術が相当にたちが悪い事もある。視覚、嗅覚、聴覚、思考回路、全てだめだ! しかも彼自身が同調してしまっている。仕方ない、ここは少々荒っぽいが・・・)
そう思ったのが早いか、ドクターが襲いかかるのが早いか、あまりの瞬時のことで判断しかねるが、とにかく、コトは一瞬だった。黒い鳥は、口からわっか状の光る光輪をいくつも出して、ドクターに向けて発射した!
ドクター「なんだ!、属性がわから・・・・・」
光輪の速度は尋常ではなかった。全ての光輪が立て続けに直撃した!
ドクター「ぐうううううううううおおおおおおおおおおお!!!!!」
その光輪が持つ、波動エネルギーの直撃によるあまりの激痛に、防御魔法も張れずにもろに喰らったドクターは丈夫な体格だったが、もんどりをうって倒れた。しかし、気絶はしなかった。数秒は倒れていたが、頭を降りながら、ふらふらと起きあがってきた。
ドクター「うう、な、なんだここは? わ、私は・・・確か、ラースの街の雑貨屋で・・・そうだ!ナーシー、ナーシーはどこだ!」
どうやら正気に戻ったようだ。しかし、彼は起きあがらなかった方がよかった、とも言える。これからの過酷な現実を知らない方がドクターのためであったかもしれない。
黒い鳥「ナーシーと言うんですか、このヒト型の肉塊は」
ドクター「!? しゃべる・・・鳥? な、なんだこのにおい!!」
黒い鳥「この肉塊の物ですよ。腐乱しているのでしょう。おそらく、このモンスターは、リビングデッド。生ける屍。よほどたちの悪い幻術士の仕業でしょう。それにしても、あなた、もうちょっとでこいつに喰われる所だったのですよ。幻術も解けたのだから、今のこの現実を冷静に・・・」
しかし、この鳥の最初の一言以外、ドクターはほとんど聞いていなかった。いや、聞きたく無かったのか、それとも、聞くことすらできなかったのか、理由ははっきりしなかったが、かなりうつろな状態で立ちつくしていた。
ドクター「リビングデ・・・。ま、まさか・・・本当に・・・あれが、ナーシー・・」
リビングデッド「チ! モウスコシデ、ヒサシブリニ、フレッシュナニクガクエルトコロダッタノニ!エエイ! イマカラデモ、オソクナイ! コノ、バカイシャ、ト、ソコノクロイトリヲ クラッテクレルワ!」
黒い鳥「危ない! 早く逃げ・・・・・・・!」
突然、病院が揺れ始めた。いや、この近辺全てが揺れているようであった。そして揺れだけではなかった。
黒い鳥「な、なんだ! 病院が、揺れている? しかも、この地鳴りは!」
ここに居合わせているモノの中で、一人、リビングデッド以上に異常な状態になっているモノがいた。ドクターである。
ドクター「うううううううううう!!! うわああああああああああああ!!!!!」
正気に戻ったドクターは、冷静に考える事が出来るようになっていた。そして、考えた先にあった結論は、自分の判断の甘さ、油断、等もあったのだろうが、それより、なにより、自分の最愛だった女(ヒト)、かけがえのない女(ヒト)が、こんな姿で、しかも、自分を襲って、喰おうとしている、ということだった。並の人間なら発狂するか、落胆するか、逃げられもしないのに逃げまどうかだろう。しかし、ドクターの反応は明らかに違っていた。それはまさに、鬼神、雷神のたぐいと例えられよう。際だって顔つきは、元のドクターの面影はあるが、ヒトと例えて良いのか、疑問となることである。同時に、電気が消えてしまって、室内であるのに、真っ暗闇になってしまった。しかも病院の遙か上空に、怪しげな暗闇雲が突然発生していた。
黒い鳥「これは・・・覚醒の刻! まずい! このままでは巻き沿いを食らう! 脱出だ!」
そう言うと、ドアを壊して外に出て、素早くジンを掴んでその場から100m位離れた平野に避難した。
リビングデッド「ナ、ナンダ、コレハ、コンナノハ、キイテイナイゾ!」
黒い鳥「始まる、アノ力が解放される・・・あの医者が持ち主だったとは・・・しかし、無意識下では制御が出来ないはず・・・・・」
ドクター「・・・テンチ、テンクウヲ、タバネル、ヒカリノセイレイタチヨ、ワガマエニ、アラワレシ、イギョウノモノヲ、メッサンガタメ、ソノ、オオイナルチカラヲ、ワレニアタエン・・・・・・」
リビングデッド「ウルサイ!」
ドクター「天雷!!!!!!!!」
それはこれまで見てきた自然現象とは明らかに違っていた。そう、まるで神というモノがいるのであれば、その力だと例えられるのだろうか? いや、それをも凌駕する、すさまじき力であった。突然ドクターの周りを無数の光の輪が取り囲むと、それらが病院の天井を消滅させながら、遙か上空に超高速で飛んで行き、あの暗闇雲に届いたと同時に、雲は光に包まれ、その後、光り輝く無数の雷の矢が地上めがけて落ちてきた!。リビングデッドへの直撃、または周りの地面に当たった光は色が真っ赤に変化し、さらに先端が龍の形をした紅蓮の炎に変わり、リビングデッドめがけて全ての火龍が一斉に攻撃していった。
リビングデッド「ウ、ウ、ウ、ウギャアアアアアアアア!!!!!!」
火龍が出現した所からは一瞬だった。まさしく「地獄の業火」である。リビングデッドの全身の肉塊は一瞬で燃え尽き、灰となって地面に粉状になって落ちていった。しかし、ここからまた、信じられない光景を見ることになった。醜かった肉塊が灰となった場所から、美しい女性の姿が浮かび上がった。そして、なにやら口の部分をごもごもさせながら、空へと消えていった。それと同時に、あれだけ派手に飛び回っていた火龍も暗闇雲も、全て瞬く間に消え、ドクターはその場に倒れてしまった。
黒い鳥「・・・? どういうことだ? てっきり制御不能になって暴走すると思っていたのだが・・・」
もうこういう状況なら、鳥がしゃべっても珍しく思うまいとふんで、黒い鳥はジンを掴んだまま、ドクターのそばに近づいた。
黒い鳥「・・・名医のレイス=ハートさんですね。私はしゃべる事が出来る鳥ですが、どうか真剣に・・・!」
冷静な黒い鳥もこのときは驚かずにはいられなかった。ドクターは、もう気を取り戻していた、が、うなだれて、号泣していたのだった。
黒い鳥「ど、どうしたのです! やはりアノ力はまだ・・・・・」
ドクター「・・・違う! あの・・・あの化け物が・・・灰になったときに、何か・・・何か見えただろ! 天に向かって飛んでいく、女性の姿が・・・あれが、本当のナーシーなんだ!」
黒い鳥「どうやら成仏していく、彼女の本来の意識のようですね」
ドクター「そうだ、彼女の意識だ・・・私は、私は彼女を・・ナーシーを・・・」
黒い鳥「しかし、アノ状態では、これしか・・・」
ドクター「例えあんな化け物になっていても、彼女は彼女だ・・・。でも、それだけじゃないんだ!彼女は天に帰っていくとき・・・」
黒い鳥「そう言えば、なにか口の当たりがごもごもしていましたね」
ドクター「「ありがとう」・・・と言っていたんだ。確かに聞こえたんだ!!」
ドクターにとっては人生の中で、上位、いや一番上になるであろう、心臓をつらねかれんばかりの場面であった。
黒い鳥「・・・・・・・あなたは彼女を殺してなんかいませんよ」
ドクター「なぜだ! 私はこの手で、この力で・・・!」
黒い鳥「たちの悪い幻術士に無理矢理肉体を渡されて、受け入れたくもない命令を受けていたと思います。それでも彼女が、本当に望んでいたモノ、それは、あなたにもう一度会うこと。そして、会って、あなたの手で、成仏させてもらいたかった・・・。違いますか? レイス先生?」
ドクター「ああああああああああああ!」
その場に居合わせた者は瀕死のジンと鳥とドクターだけだったが、もうこれ以上の慰めの言葉は、かえってドクターを傷つけてしまうだろうことは、明白だった。しかし、ドクターの号泣は、意外にも、そう長くはなかった。
ドクター(今度こそ安らかに眠ってくれ、ナーシー・・・)
ドクター「・・・君の名は?」
黒い鳥「まだありません。でも名前を決めて下さるのは、このジン様だけです。それ以外の方の銘々はお断りしております。あ、忘れておりました。瀕死のジン様を・・・」
ドクター「わかっておる。私がここを出て旅に出発する前に、ここの医療施設は、すぐ近くの建物に移動しておいた。ここからわけない。そこで治療を行う。連れてきてくれ!」
黒い鳥「わかりました。助かります」
ドクター「彼も私の大切な仲間だ!」
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