第8章 カジノ(ドクター編)
ドクターはまだ引っかかるところがあったが、解散してからとりあえず街をぶらぶら歩いていた。
実は「金の事もある」とは言ったものの、それほどカジノでの賭事に執着しているわけではなかった。それよりむしろこの街がどういう感じなのかを詳しく知りたかった。
ドクター(全くどこを見てもギャンブル屋ばかりだな。まあ看板に「ギャンブルの街」って書いてあるのだから、当然といえば当然か。しかし、なにか他に、カジノ以外の面白い店はないのか? ついでに宿の目星も付けて置いた方がいいしな。集合したときに便利だろう)
そんなことを考えながら歩いていると、カジノとカジノの間にひっそりと佇んでいる小さな店を発見した。間違いなくカジノではなかった。夜中だというのに店内にはまだ明かりがかすかに灯っていた。ドアの前には「営業中」の札もかかっていた。こんな時間なのにまだ営業しているのである。
ドクター「ほほぉ、こんな遅くまで、しかもこんなギャンブル街にお店を開いているとは、感心感心。実に面白そうな店だ。どれ、どれ、どんな感じの店だ?」
店の横に、なにやら書いてある黒板が椅子の上に立てかけてあった。よく見てみると、
「面白い雑貨、珍しい雑貨の専門店 万屋」
「本日入荷! 夢のオルゴール 詳細は店内にて!」
と書かれてあった。どうやら雑貨店のようだった。
ドクター「なるほど、雑貨屋なのか。そうだ! 雑貨屋だったらクレスの好きそうなモノも置いてあるだろう。それと・・・「夢のオルゴール」か。面白そうだ」
珍しいモノ好きのドクターらしい行動であった。きいいいいっと、きしんだ音を立てながらドクターはドアを開け、薄暗い店内に入っていった。そこには、期待通りに、クレスの好きそうな、いろいろな小物がおいてあった。
小さな花瓶、手鏡、ヘアバンド、リボン、髪飾り・・・。無論、ドクターは見てはいるものの、それらは特に珍しいモノではなかったので、単なる閲覧状態になっていた。しかし、あるところでピタっと止まってしまい、眼がそこの品物に釘付けになってしまった。
オーナー「お客さん・・・いい目をしていますねえ、それはお薦めの商品「夢のオルゴール」でございます」
ドクター「興味がある。詳しく教えてくれ」
オーナー「かしこまりました」
オーナーは丁寧な口調で説明を始めた。
オーナー「このオルゴールは、普通に聴いているだけですと、単なる曲を奏でるオルゴールでございます。ですが、このオルゴールにお手を触れて、目をつむって頂き、頭の中で自分が一番欲しい物、一番会いたい人、一番行きたいところ等を1つに絞って集中して思い浮かべながらお聴きになりますと、本当に現実になると言う、夢のようなオルゴールでございます」
ドクター「なるほど、店先の黒板に書いてあった「夢のオルゴール」ってのはこれか。しかし、本当に夢のような商品だな。だが、そんな突拍子な事、にわか信じられん」
ドクターも今回は慎重であった。興味をもって入ったものの、いかんせん、こんな場所にあるギャンブル以外の店、それに、店内も薄暗く、あげくに信じられないような効果の商品である、誰でも慎重になるのは至極当然のことである。
オーナー「ごもっともでございます。では、ちょうど奥の方でそれをご所望のお客様にお待ちいただいておりますので、そのお方でご確認頂ければどうでしょうか?」
なんと、この店には、ドクター以外にもう一人客がいたのだ。店内が薄暗かったせいか、姿はおぼろげであり、顔はよくわからなかった。
ドクター「いくら何でもその客に失礼ではないか? それに一個しかないのだろう?」
オーナー「いえいえ、まだ少数ながら在庫はございます。シリーズ物ですから。それに先にも述べたとおり、そのお客様は、自分からご所望なのですよ」
ドクター「んんん・・・わかった、とりあえず横で見ていることにする」
オーナー「わかりました。あの~、奥でお待ちのお客様、このオルゴール、お買いあげになりますでしょうか?」
客「よろしいのですか? 隣の方も欲しがっているようですが?」
オーナー「いえいえ、シリーズ物ですからご安心下さい。それに、私がご説明いたしました所、どうも信じられないとの事なのでございます。そこで、先に、まずはあなた様がご使用になられた後で、お決めになって頂けるそうでございます」
客「わかりました。どういういきさつがあれ、私はそれを買わせていただきますから」
オーナー「それでは、どうぞ」
客はオーナーから夢のオルゴールを受け取った。一方ドクターは、その客の声が聞こえてきてから、ずっと首を傾げていた。どうも引っかかるのである。そこでその客に訊いてみることにした。
ドクター「ちょ、ちょっと待ってくれ。さっきから不思議に思っていたのだが、あなたの声、どうも昔聞いたことがある様に思えるのだが・・・。いかんせん店内が薄暗くて、顔がよくわからん。すまんが、まずは、君の名前を教えてくれないか?」
客「答えなければ、わかりませんか?」
あまりにも意外な返事が返ってきたので、ドクターは面食らってしまった。少し間をおいて、その客にまた質問する事にした。
ドクター「どういうことだ?」
客「顔を見せなければ、そして名乗らなければ、わからないのですか、レイス先生?」
さらに意外な回答が返ってきてしまって、ドクターはかなり混乱気味であった。
ドクター「? なんで俺の名前を知っているんだ? ドクターじゃなく、本名の方を!」
客「忘れちゃったの? 声だけでわからないの? レイス先生?」
ドクターは、やっと、その客が話す「先生」のフレーズを理解し始めた。そのフレーズが頭の中を駆けめぐった。そして、記憶の断片から、1つの大事な思い出が浮かび上がってきた。しかし、それは、今ここで再現されるはずのない事だった。
ドクター「・・・・、! ナ、ナーシー? もしかして君は「アンヘル=ナーシー」なのかい?」
ナーシー「やっと思い出してくれたの?」
にわかどころか、絶対信じられないことなのである。ある理由がドクターの疑心を生み出していたのだが、もう耐えきれなくなり、うっすらと涙目になったドクターは声をふるわせながらこういった。
ドクター「わ、忘れるわけ無いじゃないか!・・・でも、ずっと前に病死した君がなぜここに?」
そう、ここにいる「アンヘル=ナーシー」という女性は、ドクターがまだ旅に出る前までやっていた病院の、たった一人の看護婦なのであった。そして同時に、ドクターの恋人でもあった。
しかし、彼女はドクターが旅に出る数日前に病死してしまった。病名は未だに不明だった。ドクターですらわからなかった。彼女が死んでしまったときのドクターの落ち込み方は半端ではなかった。
だが、気を取り直して、自分の職、「医術士」の腕を上げて、ナーシーの様な病名が不明な重病患者も治療できる様になることを目的に旅に出発したのであった。そして、少ししてから、オーナーが説明をし始めた。
オーナー「ここ、ラースの街では、夢が現実になるのでございます。たとえそれが信じられないような事でございましても。私が思うに、このお客様はどうやら死者の世界に入る前に、この街の施設「輪廻の館」に立ち寄られたようですね。そこで元の姿と同じ物を手に入れ、転生して、ここへやってきたようでございます。はい」
ドクター「そんな、そんな事が・・・」
ナーシー「まだ信じられないの? こうして私は先生と再会できたのよ?」
すこし考えていたドクターであったが、腹を決めたようだった。
ドクター「・・・・わかった、ここでは否定した感情を持つといかんらしい。信じよう。君の事もオーナーの説明したことも」
ナーシー「うれしいわ! ありがとう!」
オーナー「どうもありがとうございます」
ナーシーとオーナーは二人とも軽く頭を下げた。そして、オーナーは話を続けた。
オーナー「そこで一つご提案なのですが、あなた様方のご再会を祝しまして、ナーシー様がお持ちの夢のオルゴールを私の方から1つプレゼントいたしましょう。このオルゴールは触れている方が複数でありましても、願いが同じでございましたら、お二人とも同時に願いが叶うようになっております。但し同じ願いを思い浮かべれば、のお話なのですけれども」
ずっと見つめあっていたドクターとナーシーだったが、二人ともオーナーの方を向いた。
ドクター「おお! ありがたい! だが、心配ご無用! 彼女と私は、今、同じ事が願いのはず。なあ、ナーシー? 勿論」
ナーシー「はい。あの私たちの病院ね」
ドクター「そうとも! 頼む主人。ひとつ取りはからってくれないか?」
オーナー「かしこまりました。それでは、お二人で手をおつなぎになって、もう片方の手をオルゴールに触れてくださいませ。そして目をつむって頂き、同じ願いを思い浮かべて下さい。オルゴールは私が開けさして頂きます。曲が終了する頃には、あなた方はその願った場所に一緒にいることになります」
ドクター「いいかい、ナーシー?」
ナーシー「はい、先生」
オーナー「それでは、お二人とも、宜しくお願いいたします」
ドクターとナーシーは、二人で寄り添いながら手をつなぎ、もう片方の手をオルゴールに触れ、目を閉じ、あの懐かしい病院を思い浮かべた。オーナーがふたを開けると、曲が流れ始めた。この世界で「懐かしきあの思い出」と呼ばれている曲だった。曲はゆっくりと流れ、区切りの部分が近づいてきた。
オーナー「それでは、お二人に、幸おおからんことを!」
曲が終わった直後、オーナーがそう叫ぶと、二人の姿は無くなってしまっていた。オルゴールが、コトっと床に落ちた。
オーナー「あなた様に・・・おまえに永遠の夢を。そう、永遠に夢を見ているがよいわ!」
オーナーはそう吐き捨てた。そして一息ついた後、さらにぼそっと語り始めた。
オーナー「ふぅ、全くもって面倒なパーティだったな。一番やっかいなこいつには依頼人様がおっしゃったとおり、この作戦が覿面だったようだな。奴はスタート地点にザップしてやったからな。ついでに幻術にもかかっておるし、永遠に戻ってこれまい」
オーナー「それにしても、あのヴォイスの小娘にしても、シスコンの剣士にしても、やはり家族には勝てなかったようだしな。あいつらはローパーとマンティスにまかせてあるから、大丈夫だろう」
明らかに別人のよう、いや、別人だった。いつの間にかオーナーは、人に近いモノに変わっていた。
オーナー「ただ・・・予想通り幻術にかけるのが一番簡単だった、あのアホ剣士だけが、どうも気になる・・・・・。まあ、あれだけのクリーピングコインにはいくら何でも勝てまい。今頃肉塊になって、野獣どもの餌になっていよう」
オーナー「そもそも、依頼が無くても、このラースの支配者「グラン=パリス」様の聖域に近づいたものどもは、全て抹殺することにしているがな! 愚かな馬鹿どもめ! 地獄で後悔するが良いわ!」
広場の看板、案内所のおじいさん、雑貨屋のオーナー、全てがグランが変身した姿であった。ジン達はこの化け物が支配する幻の街「ラース」という蟻地獄にまんまと吸い込まれてしまったのである。
グラン=パリス「・・・さて、ちと疲れたわい。今日は引き上げるとするか」
そういって闇夜に消えていった。その場所を含め、ラースの街、すべてが消えていた。そして変わりに真っ暗闇で不気味な霧深い森が現れたのであった。
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