第7章 カジノ(アイル編)

 ジンとクレスがこんな事になる2時間前、アイルはこじんまりした食堂の前に立っていた。少なくとも、今のウィルは酒場で酒はまだ飲めない歳であった。だったら、こういうところで腹ごなしをしているか、逆にバイトでもしているかだ。勿論、まだ、「あの職」についていなければの話だが。カロンコロンとドアベルがなった。アイルは店内に入っていった。


マスター「いらっしゃい・・・」


 必要最小限の挨拶が聞こえてきた。アイルがカウンターに座ると、つかつかと若いウェイトレスがやってきて、オーダーを取りに来た。


ウェイトレス「いらっしゃいませ。ご注文は?」

アイル「酒、おいているか?」


 アイルはろくにメニューもウェイトレスも見ずに、ぼそっと言った。


ウェイトレス「簡単なモノであればご用意出来ますが」

アイル「そうか・・・。ではビールにでもしようか」

ウェイトレス「かしこまりました、ビールをお一つですね。少々お待ち下さいませ」


 まさに食堂おきまりの「マニュアル通り」の応対であった。だからアイルも特に彼女に顔を向けなかった。取り出していた、ある写真をずっと眺めていた。


アイル(いったい、どこにいるんだ・・・ウィル)


マスター「どうかしましたか、お客様?」

アイル(ちょうど良い機会だ、マスターに聞いてみることにしよう。ここを利用した客にウィルがいたかもしれない)

アイル「すまんがマスター、この右側の女の子に見覚えはないか? 写真では子供だが、今は、そう、18歳位にはなっているはずだ」


 そう言って、マスターに写真を見せた。


ウェイター「どれどれ・・・・・・・」


 マスターはアイルが見せている写真を、メガネの奥の眼を細めながら、じっくりと見た。


マスター「ん? この顔立ちの女の子なら・・・」

アイル「知ってるのか!?」

マスター「ええ、知ってるもなにも、そこのバイトのウェイトレスじゃないですか?」


 いつも冷静なアイルだが、このときばかりは、席をガタっと立って、ちょうど注文した物を持ってくる所の、さっきのウェイトレスをまじまじと見た。


ウェイトレス「お客様? 私に何か?」

アイル「君・・・、ウィルか? ウィルなのか?」

ウェイトレス「は? あ、はい、ウィルと申しますが? それが何か?」


 さすがのアイルも、熱い物がこみ上げてくるのは押さえられなかった。口をわなわなとさせてさけんだ。


アイル「ウィル!!! 探したぞ! おまえ、なんでこんなところでバイトしているんだ! 本当に心配したんだぞ! ああ、良かった! まだあの職に就いていなかったんだな」

ウィル「え、もしかして、アイルお兄ちゃん!? なんか昔と感じ変わったから、わからなかったわ!ごめんなさい!」

アイル「いいんだ! いいんだ! はー、兄ちゃん安心したよ。これでやっとこ重荷が下りたよ!」

ウィル「うん、ごめん、いろいろあって、お金がなくなっちゃったんだ。ギルドにも登録していないから仕事こないし。だから、仕方ないからバイトしていたんだ」

アイル「大丈夫だ! 心配するな! マスター、このバイトは明朝、俺が連れて帰る!」


マスター「そうですか、ご兄妹だったんですか、それは良かったですね、ええ、何なりとどうぞ!」

アイル「すまないなあ、マスター。そうだ! 今日は祝勝会だ! マスター! 酒とうまい物をジャンジャン持ってきてくれ! 全部俺のおごりだ! ウィル! おまえもジャンジャン行きなさい!」

ウィル「良いんですか? 本当に?」

アイル「おお! 良いとも! バイト生活じゃ、たいそうな物食べてなかっただろ?」


ウィル「じゃ、お言葉に甘えさせていただきます」

アイル「そう、かしこまるなって!」


 マスターは店先に、「本日、貸し切り」の看板を掛けて、ドアを閉じた。


 客のいない、寂れたキッチンは、客は一人だけなのに、まるで混み合っている人気店の様になってしまった。アイルはこの再会がよほどうれしかったのだろう。


 そしていつの間にか2時間が過ぎた。キッチンのカウンターには、たくさんの食べかけの食べ物と飲みかけの酒があった。が、いつも見られる光景とは違った物もあった。その前の床に倒れているアイル、そして、巨大な異形の昆虫2匹。


キングマンティス「いやーあの冷静沈着な剣術士も妹には弱かったようだな。このシスコンめ! それにしても見事な変身だったぞ、ダイヤ」

ダイヤマンティス「いえいえ、ちょこっと、食事に睡眠薬をもっただけですよ。それよりキング様の迫真の演技の勝利ですよ」


キングマンティス「ふ、それほどでも、あるな。さて、それはさておき、ここで喰ってしまいたいのは山々なのだが、クイーン様の命令だからなあ、とりあえず、届けるとするか」

ダイヤマンティス「そうですね、命令守らないと、後でなにされるやら・・・」


 そう、アイルも、また、自分が欲しいと思っている事を現実にしたかのような、幻覚を見せられていたのである。自分の一番弱い所、「実妹」との再会に、いつもの冷静沈着さが完全に無くなってしまっていた。周りは真っ暗闇。しかも誰もいない霧深い森の中。アイルは彼らによって、いずこかへ連れて行かれてしまった。

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