第6章 カジノ(ジン編)
ジンはクレスが思った通り、女性ディーラーだけのカジノに入っていた。しかもディーラーを見やすいように、テーブルゲームの椅子に座って、ディーラーを眺めていた。
ゲームはルーレットだった。
女性ディーラー「これで、規定人数になりました。それではゲームを開始いたします。この卓ではルールを極めて単純にしてあります。通常のルーレットは赤と黒、そして数字にしてありますが、この卓は、赤も黒もありません。書いてある数字にコインをおいて賭けていただきます。賭けるコインの枚数も特に上限は設けてございません。但し、賭けられるのは1カ所のみです。それと、私がボールを投げ込む前に全ての賭けを終了させて下さい。ボールが投げ込まれた後に通常使う「ノーモアベット」(これからは賭けられません)は行いません」
ジン「説明はもういいよ、さっさと始めようぜ」
女性ディーラー「では、ベットして下さい」
ジン「おお! ベッドへ直行か? いいぜ! いつでもお相手に、」
女性ディーラー「ベットです。卓の上の好きな数字にコインをおいて、賭けるんです」
ジン「ちぇ! 知ってるよ、それくらい。かってえなあ」
さらっとあしらわれたジンだった。まあ、ギャンブルをするために来たのだから、と、あきらめて、ジンは適当に自分の年齢の「24」の数字が書いてある場所にコインを24枚おいた。
ジン(ゲン担ぎ、ゲン担ぎ)
女性ディーラー「皆さん、ベットは終わったようですね。それではボールを入れます」
ディーラーは流れるようにボールを投げ込んだ。ボールはこの卓専用のターンテーブルを軽快に転がっていった。
ジン(たのむぜ! ボールちゃん!)
まもなくしてボールはある数字のかかれたところで止まった。「24」と書いてあった。
ジン「や、やったぜ!」
女性ディーラー「おめでとうございます。あなたの一人勝ちです。それでは、他の皆さんのコインと今回の倍率に応じた額のコインを差し上げます」
と言って、結構な額の賭けられたコインと、それを大きく上回るコインを、ジンの座っているところに置いた。
ジン「1回でこんなに? おかしくねえか?」
女性ディーラー「ここは倍率が高く設定された、ハイリスク、ハイリターンの卓です。それでは、次のゲームに移りましょう」
ジン(こりゃ、ひょっとして、ひょっとするんじゃねーか?)
***
それから1時間位たった、別の場所で、ジンのカジノを目指していたクレスは、なぜか道に迷っていた。
クレス「まいっちゃったなあ、完全に道に迷っちゃったじゃない! もう! ジンの奴! もうちょっとわかりやすい所に入ればいいのに! ・・もう、しょうがないなぁ、えーとどこか道を訊けるところは・・・あ! あった! インフォメーションって書いてある!」
確かに小さな場所だが、インフォメーションと書いてある看板がかかっている施設があった。でもひとけがなかった。
クレス「あの~、すみません。誰かいますか?」
奥の方からおじいさんがゆっくりとクレスの方へ歩いてきた。
クレス「あ! 良かった! すいません、道を教えて頂けますか?」
おじいさん「どんな施設じゃ?」
クレス「カジノです。えーーーーっと、その、女性ディーラーしかいないカジノなんですが・・・」
おじいさん「ちょっと待っててくれい、今調べるから」
クレス「はい。お願いします」
そう言うとおじいさんはゆっくりとここの案内図を広げた。いやに大きいものだった。
クレス「ここって、そんなに広いんですか?」
おじいさん「そうじゃよ、それにいろんな施設があるんで、わしも覚えきれんのでな、こうやって・・・、お! あったあった! 1つだけあったぞ。大きいカジノじゃな」
クレス「どこですか?」
おじいさん「そうじゃな・・・・、ありゃ、あんた、そのカジノとは随分反対方向に来てしまったようじゃな。ちと、ここからは遠いんじゃが、それでもかまわんかい?」
クレス「大丈夫です」
おじいさん「それじゃ、今簡単な地図を書いてあげるから、それを頼りに向かってみてくれるかのう」
クレス「ありがとうございます」
数分後、おじいさんから地図をもらったクレスは、足早にそのカジノへ向かった。
おじいさん「ふう、これで多少時間稼ぎができるわ。あのアホ剣士にはたんまりと儲けておいてもらわないと困るからな。あの小娘にもあのカジノへ行ってもらわないと・・・、しかも遅れて、でな」
あきらかに先ほどと口調が違っていた。
おじいさんだった人物「道も複雑にしたかいがあったわ。そうそう、ついでに逆の方向にマッチョカジノも作っておいたしなあ。さて、それでは、例の所に移動するか」
そうつぶやいた後、その人物は消えてしまった。ついでに案内所も、周りの施設も。
(2時間後)
ジン「あ、あれ、ここは・・・、そうだ、カジノに入ったんだ、俺。で、綺麗なねーちゃんがディーラーの・・・ルーレットテーブルに参加して・・・あれ? なんだ? この金貨の山は? え? もしかして、俺、馬鹿勝ち・・・、そうか! そうなんだ!! やったぜ! これでビンボー暮らしともおさらばだ!」
クレス「はー、もう、本当に遠いんだから! なんでここってこんなに広いの? しかもこの女性ディーラーオンリーのカジノに入る時の、気まずさったら! もう、恥ずかしくて恥ずかしくて・・・・って、あ! いた! ジーン!」
このカジノは基本的にどこも薄暗かった。だからクレスが駆け寄ってくるときも、まさしく、「どこからともなく」の状態であった。
ジン「お! いーところに来たなあ、クレス! おめーもこのカジノにいたんか? 聞いたか? 俺の勝利の雄叫び? そう! 俺様はこの時を持って、億万長者よ! 見てくれ、この金貨の山を!」
クレスは、数字の並んだ緑の卓の前を、目を細めてしげしげと見たが、そこにはなにも無かった。
クレス「・・・・え? どこ? そんなの無いよ?」
勝利者気分を満喫していたジンも、さすがに水を差された感じがして、むっとした。
ジン「おいおい、しっかりしてくれよ! このテーブルに山積みになっている、俺の金貨が見えねえってのか?」
クレスは、もう一度、緑の卓をじっくり見たが、そこには、やっぱりなにもなかった。
クレス「だ・か・ら、ないっての! しっかりするのはあんた!」
さすがにキレた!
ジン「よけいなお世話だ! おめー! これがみえねーっての? この・・・・まあいいや、この喜びを知らない奴には、見えない仕組みになっているのかもな。昔、そんな話もあったしな」
クレス(それって「裸の王様」? それじゃ、全然意味違うんじゃ・・・)
ジン「なあ、美人のディーラーさん?」
と言って、ジンはこの卓の前の方にいる女性ディーラーの方へ目線を向けた。ついでにクレスもつられて、ジンの目線の先の人物を見ることになった。その女性は黒のバーテンダーの様な服を着た、すらっとした綺麗な女性だった。でも、クレスはなにか引っかかった。そこでよーく見ると・・・・、
クレス「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・お、お姉ちゃん?」
キレていたジンだが、さすがにその一言には驚いたようだ。
ジン「へ?・・・・・・・お、お姉ちゃん? それって・・・」
クレス「お姉ちゃーーーーーーーーーん! フォルテお姉ちゃーーーん!」
さすがにこのときばかりは、あのクレスも涙目で彼女に駆け寄って行った。ついでにジンを突き飛ばしてだが。ジンは2m位、卓からすっとんだ。
クレス「お姉ちゃん! もう、すっごく探したんだよ!」
女性ディーラー「・・・・・・」
クレス「でも、なんで、こんなところでディーラーなんかやってるの? どうして? お金無くなって、バイトでもしてるの?」
女性ディーラー「・・・・・・」
クレス「どうして黙ってるの? 忘れたの? 私だよ、クレス、ミューズ=クレッシェンドだよ! ねえ!」
女性ディーラー「・・・・・、そう、あなた、クレスって言うの」
クレス「え? お姉ちゃん、どうしたの? なに言ってるの・・・・、ちょっと! 違う! お姉ちゃんじゃない! そっくりだけど、お姉ちゃんじゃない! もしお姉ちゃんなら・・・」
女性ディーラー「お姉ちゃんなら?」
クレス「抱きしめてくれるはず!」
女性ディーラー「じゃあ、抱きしめてあげるわ!!!」
その声と同時に女性ディーラーの両手は醜い触手となり、クレスを羽交い締めにした。そして、クレスの胴体の腰の周りにきつくからみついた。必死にもがいてはずそうとするが、触手はさらにきつくからみつく! 触手は枝分かれしていって、クレスの体全体を覆っていった。クレスは最後の力を振り絞って、ヴォイス能力を1回分使おうと、大きく口を開けた!
怪物「それもお見通しなんだよ!」
怪物の触手がさらに急速に枝分かれし、その1本がクレスの唇に触れた。そして瞬時に口の周りを覆ってしまった。
クレス「ムグ! ンーーーンーーーンーー!!!!」
眼を大きく開いて、体がそりかえんばかりの状態になって、激しく苦しむクレス。
怪物「ヴォイス士なんて、腹と口を封じればかわいい赤子同然! さあ、これからお姉さんとたっぷり楽しみましょう!」
そう言った直後に、怪物とクレスは、急に姿が薄くなっていった。
クレスにすっ飛ばされたジンは気を取り直して、クレス達の方へむき直したが、すでに消える寸前だった。異形の怪物「ローパー」と、口を封じられ触手に絡まれてぐったりしているクレスを見て、愕然とする、と、思いきや、意外にも現状を一瞬で悟った!
ジン「やべえ! こいつは幻術士の幻術! しかも相当規模がでかい! クレス!!」
ジンはローパーの近くにダッシュして近づき剣を振り下ろした! しかし、時すでに遅しだった。剣は空を切った。
ジン「くそ! もう、実体はここにはないのか!」
姿はもう少しで消える寸前だった。その時、フォルテと同じ女性の顔の部分を持ったローパーが、ジンに向かってこう言った。
ローパー「おまえも自分の大好きな金貨に殺されるんだったら、本望だろう? だから素敵なショーを用意しておいたよ。たっぷり楽しみな! クリーピングコイン! 奴を始末しろ!」
そう言ったと同時にローパーとクレスは消えてしまった。その代わりに、周りの金貨に鋭利な刃物が飛び出し、大群でジンに襲いかかろうとしていた!
ジン「クレス!!! くっそぉぉぉぉぉぉ! 遅かったか!」
クリーピングコインの群は、まるでこの時を楽しむかのように、まずは1枚、急速に近づいてきた!
ジン「く! この数! こいつは、やべえ!!」
いったん待避しようと、周囲をぐるっと見渡したが、状況がさらに最悪なものだった事を知ることになるだけだった。テーブルはいつの間にか無くなっていて、しかも周りは全部不気味なコインの群だった。
ジン(逃げ場なしか・・・・)
そう思った矢先に、1枚目のコインが高速回転してジンの左足の脛をかすめた。
ジン「う!!! くっそぉぉぉぉ、いってえじゃねえか!」
2枚目、3枚目が360度のどこからか、高速で突撃してくるが、何とか剣さばきで両断し、撃墜!
ジン「俺様をなめるな! そう簡単にくたばってたまっかよー!!!」
ジンはマジモードになっていた。しかし皮肉なのは、全部自分が手に入れていたモノであったことだ。オールレンジで、ランダムに突撃してくるコインの群も凄いが、それらの攻撃をぎりぎりでさけて切り捨てるジンは、いつもの彼ではなかった。まさしく「マジ」であった。
そして、数分の激闘の結果・・・・・・、大量のコインが両断され、殲滅されていた。が、ジンも無傷ではなかった。全ての攻撃を避けていたわけではなかったのだ。衣服は破られ皮膚も切り傷だらけであった。それでも不幸中の幸いというのか、運良く急所は切られてなかった。しかし、全身からの出血は相当だった。
対してコイン軍団の方はあれだけの量を切られているのにいっこうに数が減っていなかったのである。いや、むしろ増えている様に見えた。
ジン(くっそぉ・・・ここまでか・・・。せっかく・・・綺・・麗な・・ねー・・ちゃんの卓で・・・大儲け・・・して、良い・・・夢、見て・・いたのに・・そう・・か、夢だったん・・・だよな)
薄れゆく意識の中、ジンはこう思った。
もう、足で立っていられず、とうとう倒れて、気絶してしまった。すでに周りの景色は派手なカジノでも、光がぎらぎらしているギャンブルの街でも無かった。鬱蒼と生い茂る森の中・・・。そして、その場にいたのは、土の上に倒れているジンと不気味にうごめいているクリーピングコインの群だけだった。
誰がどう見ても、ジンの最後は明白だった。すくなくとも「彼」が現れる迄は・・・。そう、「彼」と表現するべきか、多少疑問だが、とりあえず、今は「彼」と言っておく。で、彼は、どこからともなく飛来してきた。
そして、その場に参入し、その翼を高速で羽ばたかせて強烈な突風を作り、その場にいたクリーピングコインの大群を一掃してしまった。まさに一瞬の出来事だった。そう、彼は、黒い姿の「鷹」に似た、大きな鳥であった。鋭い眼光、黄色の大きな両足、コインどもを一掃できるほどの力を秘めた大きな翼。ここまでの説明では「大きな鳥」だったが、これからが違っていた。
黒い鳥「ジン様、気が付いて下さい! ・・・無理か、完全に失血多量で気を失っている・・・ならば・・・」
と言った後に、その大きな両足で倒れているジンの体を掴み、闇夜の空へ飛んでいった。そう、彼は、しゃべることが出来る鳥だったのである。
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