第6話

 駅舎まで、もう少しだ。

 伸一は興奮冷めやらぬといった表情で、歩いて行く。

 女性の髪の毛は強く、象をも引っぱる。

 そんな言葉を聞いたことがあるのを思い出していた。

 会社の受け付け嬢にしても、ミセス岩田にしても、いつの間にか、俺をとりこにしてしまっていると思った。

 もっとも、それは伸一だけに限ったことではなく、男だったら誰でもそうなることかも知れない。

 出勤時刻まで時間が、じゅうぶんある。

 伸一は最初にホームに入って来た普通電車に乗った。

 ガランとした車内。

 彼は、花束とケースを網棚にのせると、出入り口に近い、ふたりがけの椅子にすわった。

 どっと開放感がおしよせて来て、両足を思いきり投げだした。

 ワン切りの主は、女とは限らない。

 男かもしれないのである。

 それなのに、そいつを見つけだそうとしている自分が、なんともこっけいに思えた。

 知り合いばかりではなく、ふと袖すれあった人間をも数の内に入れると、数えきれなかった。

 艶っぽい話とは限らない。

 何らかの恨みつらみで、伸一の家族を困らせてやろうとしている。

 その線も捨てきれない。

 ワン切りなど、くだらんことだと気にしなければいいのである。

 なのに、これほどなんやかやと考えるなんて、謎めいたことが好きな俺らしいやと、伸一は自嘲気味に笑った。

 とにもかくにも、彼が鬱な気分におちいらずに済んでいるのは、網棚から時折風と共にやってくる春めいた香りのせいかもしれなかった。

 伸一はあらためて車内を見わたした。

 この車両に乗るのは初めてである。

 名前は知らないが、会社の社員食堂でよく見かける娘が乗り合わせているのに気づくのに、それほど時間がかからなかった。

 このままで黙ってやり過ごすには、惜しい気がする。

 だが、あえて話すのも気がひけた。

 ひと駅、ふた駅と、電車が進むにつれ、車内に人が増えていく。

 これじゃもう口を利くどころじゃない、彼女の姿さえ、人にさえぎられて見えなくなってしまう。

 未だかつて、女性とうまくいったためしがないと思ったとき、女房の史恵の怒った顔が、突然脳裏に浮かんだ。

 気持ちを切り替えようと、彼は窓の外を見つめた。

 電車の車輪が大きな音を立てはじめた。

 ちょうど大きな川を渡るところだ。

 両岸に近い水は、おそらく薄氷がはっているのだろう。

 ぴんと張りつめている気配がした。

 橋を渡りおえ、電車がゆるやかなカーブを曲がりはじめた。

 突然、カラカラという音が彼の耳に入った。

 目の前を、紅い空き缶が転がって行き、さっきまで見つめていた娘の足もとでとまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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