第3話 はんぶんこロボット

 ぼくの家にお手伝いロボットがやってきた。

「近くの電器屋でさ、安かったんだ」

 大きな箱をかかえて帰ってきた、とうさんが言った。

「毎日の家事、全部やってくれたら、らくちんよねえ」

 箱を開けながら、かあさんが言った。

 ぼくは、二人の後ろから箱をのぞきこんだ。

 大きな段ボール箱から出てきたのは、ぼくの背たけの半分くらいの人型ロボット。顔もうでも足もみんな丸っこくて、かわいらしい。

「ねえ、ぼくがスイッチ入れてもいい?」

 いつもそうだけど、新しい機械のスイッチを入れるときって、なんだかわくわくする。どんな動きをするのかな、どんな音がするのかなって、いろいろ頭にうかぶんだ。

 おしりの下のスイッチを入れると、ブーンと音がしてロボットの目が赤く光った。

 ええと、それから、そのあとはどうするんだろう。あわてて説明書を開いた。

〈名前を入力してください。ロボットにむかって声をかければ入れられます。〉

 名前か……。

「名前を入れるんだって」

 ふりむいて、とうさんとかあさんに言った。

「てきとうでいいんじゃないか」

「そうそう、何でもいいのよ。箱に書いてある言葉とか、そんなんで」

 二人ともいいかげんだなあ。ロボットの入っていた箱を見ると、横に小さく文字と数字が書いてあった。

〈商品番号 250631〉

 そうだ、ニコにしよう。「25」をとって「ニコ」。なんだかいつも笑っているような、楽しい感じの名前だし。

「ニコ」

 声をかけると、ロボットの目の色が緑にかわった。

〈お手伝いの種類を声で入れてください。〉

 説明書にそうあったので、かあさんに聞いてみた。

「何か、お手伝いすることない?」

「じゃあねえ、この部屋のおそうじでもしてもらおうかしら」

「わかった。ニコ、この部屋をそうじして」

 ぼくの声に反応して、ニコが動き出した。うでの先がパカリと開いて、その中にゴミを吸いこんでいる。

 ウィーン、ウィーン。

 そうじ機のような音を立てながら、ニコは軽やかに動いている。

 ウィーン、ウィーン、ウィーン。

 そんな様子が五分くらい続いただろうか。とつぜん、ニコがパタリと動きを止めた。

「あれ、まだ部屋の半分くらいしかきれいにしてないよ」

 次のしゅんかん、ニコがしゃべった。

「はんぶんこ、はんぶんこ」

 そう言いながら、ぴょんぴょん飛びはねている。

「なんだ。半分だけしか手伝いしないってことか」

 とうさんが、首をひねった。

「あら。らくしないで、あとは自分でやりなさいってことかもねえ」

 かあさんがケラケラ笑った。

「まあ、しようがない。安かったから、な」

「そうねえ、しようがないわね。安かったんなら、ね」

 そして、ニコはぼくだけのものになった。

 次の日、ぼくは学校が終わるととんで帰った。ランドセルも下ろさずに、ニコのスイッチを入れる。

「何か、お手伝いない?」

 ただいまより先に、かあさんに聞いた。

「じゃあ、おふろそうじやってね」

 かあさんが、キッチンでそう言ってる。

「よし、ニコ、おふろそうじだ」

 ニコのうでがパカリと開き、タワシが出てきて動き出す。やっぱり、きのうと同じで半分こ。ふろがまを洗ざいであわだらけにしたところで、止まってしまったけれど。

 でも、ぼくは「なんだ」なんてがっかりしない。

「いいか、ニコ。洗ざいつけたら、水で流さなくちゃだめなんだよ」

 ちゃんと、ニコにそう教えた。

「はんぶんこ、はんぶんこ」

 ニコは、あいかわらずぴょんぴょん飛びはねている。

「しようがないなあ、よく見てて」

 ぼくはお手本に、ホースでふろがまに水をかけた。手間がかかるなあ。でも、なんだか弟ができたみたいで楽しい。

 ほんものの弟は、かあさんに言っても「そのうちね」ってはぐらかされるだけだし。これからは、ニコが弟だ。

 皿洗い、洗たく、トイレそうじ。

 それから、ぼくは毎日お手伝いをするようになった。もちろん、ニコと半分ずつ。

 とうさんもかあさんもわかってないな。半分しか動かなくたって、ニコはじゅうぶん楽しくて役に立つんだ。

 そんなある日、ふと思った。そういえば、ニコには説明書がついていたんだっけ。はじめの日に読んだきりだ。

 もしかしたら、ニコはほかにもいろいろできるのかも。

 机の上にほうり出してあった説明書をひさしぶりに開いた。説明書には、このあいだ読んだ部分のあとに、まだまだ続きがあった。

〈お手伝いのほかにできること。〉

 ベッドにねころがって続きを読んだ。

〈かんたんな会話ができます。「行ってきます」「ただいま」と声をかけてみてください。「いってらっしゃい」「おかえりなさい」と返事をします。〉

 ぼくは、体を起こした。

〈ほかにもいろいろな場面で声をかけてください。思わぬ返事が返ってくることも。〉

 ちょっと待って。ぼく、お手伝いするときに、いつもニコに声をかけてなかったっけ。ニコの返事はいつも「はんぶんこ」だった。

 何か、おかしい。

 ぼくは、説明書を持ってかあさんのいるキッチンにとんでいった。

「もしかしたら、こわれてるのかもねえ。お手伝いロボットなのに、半分しかお手伝いしないなんて、変だとは思ったのよ」

 ニコがこわれてる? ううん、そんなことない。だって、ちゃんと動いてお手伝いしてるじゃないか。

 自分に言い聞かせたけれど、なんだか不安になった。こわれてたらどうしよう。このままにしてていいのかな。

「心配なら修理に出してみたら」

「うん……」

 そうだよね。こわれてたらなおさなくちゃ。それに、なおしてニコと話せるようになるなら、そのほうがずっといい。

 ニコは、買ったときの段ボール箱に入れられて、遠くの工場へ運ばれていった。

 ニコが家にもどってきたのは、それから一週間後。

〈このたびはお客様には、たいへんごめいわくをおかけしました。無料で修理いたしましたので……〉

 そんな書き出しで始まる手紙といっしょだった。

 ニコと何を話そう。

 ぼくは、ニコを平らなゆかにきちんと置くと、どきどきしながらスイッチを入れた。きんちょうで少し指がすべった。

 ブーンと音がして、ニコの目が緑に光る。そして、ニコが動き出す。

「こんにちは。ぼく、ニコです。きょうは何をすればいいかな」

 ニコがなめらかに話し出した。本当にとてもなめらかに。

 しゅんかん、ぼくは思ってしまった。これは、ニコじゃない。

 ぼくは、思わずスイッチを切った。

 ニコに話してほしかったけれど、これはぜったいニコじゃない。ニコなら、なんて話すだろう。ニコなら、きっと「はんぶんこ」って言う。

 そうか。

 ぼくは、とんでもないまちがいをした。

 「はんぶんこ」しか言わないところも、半分しかお手伝いをしないところも、ぴょんぴょん飛びはねるところも、全部あわせてニコなんだ。

 ぼくは、ニコを消してしまった。

 ぼくは二度とニコのスイッチを入れなかった。こわくて入れられなかった。


「最近、ニコで遊ばないのねえ。もうあきちゃったの? だめよ、ものは大事にしなくちゃ」

 かあさんが、ぼくの部屋をのぞいた。部屋のはじっこには、ニコがほこりをかぶって転がっている。

 ぼくは返事をしなかった。

「そうそう、それでね、話はかわるんだけど。前からご希望の弟は、来年の夏になるのでよろしくね」

「えっ……」

「そうだ、もうすぐおにいちゃんだぞ。しっかりしなくちゃいけないぞ」

 いつの間にか、とうさんまでいた。

 ぼくに弟ができる。ぼくにほんものの弟ができる。

 二人に何も言えないまま、ぼくはゆかを見た。そこには、ニコだけどニコでないものが転がっていた。

 ニコを消してしまったぼくは、ちゃんとおにいちゃんになれるだろうか。弟をニコのように消してしまったりしないだろうか。

 スイッチを入れていないニコは何も言わない。ただ、光らない暗い目がぼくを見ていた。

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ネジたちのおしゃべり そらきめぐむ @meguaosora

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