第2話 博士と自転車

 まるい屋根に、しかくい煙突、窓はすべてさんかくの、きらり輝く銀色の建物。とびらには、「立入禁止」のはり紙がしてあります。

 ここは、博士の研究所です。

 ブクブク、コポコポ、ジュワー、ボンッ、ギー、バッタン、カチャカチャ、キュキュッ。

 中からは、いつものように、にぎやかで不思議な音がきこえます。よくきけば、博士のひとりごともまじっているようです。

「偉大なわしは、それに合う、偉大なものを作らねばならん。なのに、どうしたことだ」

 カツカツ、カツカツ。ちょっと、いらいらした感じの足音です。

「ただの自転車じゃ話にならん。空飛ぶ自転車でもいまいちだ。なのに、もっとすばらしいアイデアが、まったく出てこんとは」

 カツカツ、コポコポ、ブクブク、コポコポ……ガッチャン。

「これではだめだ。ぜんぜんだめだ」

 カツカツ、カッカッカッ、カツンカツン。

 ぱたりと足音がやみました。

「そうか、そういうときは、本人にきいてみるのがいちばんだ。それに今まで気づかんとは、なんとも今日は調子が悪い」

 ギーギー、ガチャガチャ、ジュー……。

 研究所の煙突から、もくもく白いけむりがあがります。

 ガチャカチャ、カチャ、カチリ。

「さあできた。しゃべってみたまえ、ゆっくりとな」

「なに、なに、なにごとなの。ぼく、気持ちよく眠ってたのになあ」

 博士の低くて重い声に重なって、高くひびく声がします。

「よし。ちゃんと人間の言葉をしゃべれるようになったな。すばらしい」

 博士は、得意そうな声で言いました。

「まずは説明しよう。君は自転車で、わしが君を作ったんだ。そこで、聞きたいのだが」

「えっ、じゃあさ、この重くて熱いものをぼくに取り付けたのも、ええと……」

 高い声の持ち主は言葉につまったようです。

「わしのことは、博士と呼びたまえ。そうだ、その機械はな、空を飛ぶために取り付けた」

「そら? あ、空って知ってるよ。ぼくが前にいたところから見えたんだ」

「そうか。君はごみ捨て場の上のほうにあったからな。そう、その空を飛べるのだよ」

 博士の発明品はごみ捨て場から生まれます。特別な金属を使ったり、高い薬品をまぜたりはしないのです。ごみ捨て場で材料集めをする、博士をよく見かけます。

「でね、空は青いんだ。体をぴかぴかにみがくと、ぼくも空みたいに青くなれるよって。ええと、だれにきいたんだっけ」

「そうそれで、その空が飛べるのだがな」

「青はいいよね。ぴかぴか光った色だよ。灰色はだめだな。あたりが灰色のときは体がぬれてさびてしまうよ」

「それでだ、その青い空のこと、いや、その空を飛べる機械のことなのだがな」

 博士の声はじれったそうに、だんだん早口になっていきます。

「うん、空はいいよね。青いからね。あれ、博士、ぼくになにかききたいんだったよね」

 そこで、博士はおほんとせきばらいを一つ。

「つまり、君にききたいのはだ、自転車くん。君は、そのお気に入りの空飛ぶ機械のほかに、どんな機能がほしいかね。どんなわがままなものでもいいぞ。わしが作ってあげよう」

 鼻高々に話す、博士の姿が目に浮かぶようです。

「だけどね、この空飛ぶ機械、ぼくいらない」

「なぜ、なぜだ? 君の好きな空が飛べなくなるのだぞ」

 声が驚いたように、急に大きくなりました。

「だって、空を飛ばなくても空は見えるし」

「ううむ、そういう考え方もある……」

 それきり、声はきこえなくなってしまいました。

 それから、十分ほどもたったでしょうか。

 博士は、研究所のさんかくのとびらを開けて出てきました。「立入禁止」のはり紙がはずされます。

 博士の顔は、なんだか楽しげです。

 あの会話の続きはどうしたのでしょう。わたしは、とても気になってきいてみたのです。

「こんにちは、博士。楽しそうですね。すてきな発明品ができたのですか」

「今回のは、特別すごいぞ」

 博士は、後ろにのけぞるくらい胸をはりました。そして、にやりと笑って言いました。

「とてもよく、走るんだ」

 わたしの目の前を、自転車に乗った博士と、博士を乗せた自転車は走りすぎていきます。

 ふたりの前方には、緑の野原の真ん中をぬけ遠くのびる、ゆるやかな上り坂。そして、太陽がぴかぴか光る青い空。

 こんな気持ちのいい日には、上り坂だって、いつまでもどこまでも走っていけそうです。

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