第12話:少女の優しさは馬鹿にされるものっスか?
____________
_______
粉塵はそこまで巻き上げられた訳ではない。
精々朝方に漂う霧程度の濃度でしかないそれは視界の一切を封じる程ではなかったのだが、にもかかわらず勇矢の視界は乱れていた。
こころなしか息が苦しい。呼吸が安定せず穴のあいた風船のように息を吸っても吸っても酸素が溜まるどころか何処かから抜け出ている感じだ。
意識は上下左右に大きく振り回されたようにぐちゃぐちゃで頭から伝う熱い液体と全身を襲う痛みと重圧感だけが唯一認識できた。
「がはっ……げほ……ッ」
いたずらに吸い込んだ空気に粉塵が混ざっていたのだろう。勇矢はせき込むことで呼吸器につまった異物を吐き出そうとする。
すると異物と一緒に粘ついた血の塊までもが吐き出され地面を更に汚していく。
ここにきてようやくかき乱された意識が落ち着きを取り戻してきたのか自分の現状をゆっくりとだが理解しつつあった。
「(たしかアリスを庇って……落ちてくるコンクリートの塊から守って……それから…どうなったんだっけか……?)」
衝撃を受けるまでの行動は記憶に残っているのだが肝心のその後は全く覚えていないようだった。どうやら少しばかり意識を失っていたらしい。あるいは前後の記憶の錯乱が起こっているのか。
意識が安定するのにあわせて視界も徐々に定まってきた勇矢は自分の今の姿を確認する。
無造作に砕かれたコンクリートの塊が瓦礫となって自分の全身に覆い被さっている。といっても誰かに上から優しく乗せられたわけではなく、頭上から落下してきた塊を無防備にくらった結果こういう風になってしまったのだ。
かなりの質量が鈍器となって容赦なく全身を叩きつけたのだからその痛みは相当なものである。また瓦礫の中には鋭利な角が出来ているものもあったらしく太股の辺りからは全身を襲う鈍い痛みとはまた違う鋭い痛みが感じられた。
深く刺さっていないことを願いつつ勇矢はその場から起き上がるために力を込める。
腕立て伏せのような体勢から起きあがろうとするが、しかしどうにもうまく力が入らない。
ロボットの歯車が空回りして動かなくなるのと一緒で身体を襲う痛みは筋肉に無意味な強張りを発生させ力の伝達を阻害しているのだ。
くわえて身体の上には数十キロはありそうな塊が瓦礫となって乗せられているのだ。万全の状態であればそれくらいの重さであれば簡単にはねのけられそうなものだが、どう考えても今の自分が万全な状態とは思えなかった。
意識が鮮明になっていくにつれて誤魔化してきた痛みが全身を這いずり回る。悲痛な叫びを漏らそうにもそれを行う力もはいらなかった。
「(……アリスは……無事…なのか…?)」
ここにきてもなお他人の心配をする少年の耳に、ガラリと何かが崩れるような音が流れ込んできた。
最初周りに散乱している瓦礫の一部が崩れたのだろうと思っていた勇矢であったが、それにしては断続的ではなくある程度同じ間隔で似たような音が聞こえることに疑問を覚える。
音が鳴る度に自然と自分の身体を覆っている重圧感から解放されていく気さえした。
まさか頭に瓦礫が強く当たりすぎて感覚を司る部分に支障がでているんじゃないだろうか?と不安になる勇矢は錆び付いたネジを回すようなぎこちなさで首をまわし音の鳴る方をみる。
そこにいたの所々に切れ目や穴が空いたボロボロの白いワンピースを真っ赤に染め上げた守りたかったはずの少女。
「だ、大丈夫!?今私が助けるからもう少し我慢するの!!」
先程まで死んだようにぐったりとしていたとは思えない程大きな声をあげて、アリスは勇矢の身体の上にのっている瓦礫の数々をその華奢な腕に力を込めてどかしていく。
どかすといっても一人の女の子が持ち上げられる許容量をはるかに越えているため、実質転がして上から落としているだけなのだが、それでもかなりの重労働のはずだ。
「ア、リス…?」
息も絶え絶えにやっと出た勇矢の言葉にアリスは汗を浮かばせる顔に安堵の色を浮かばせる。それが勇矢の胸を強く締め付けた。
守りたい助けたいと思っていた少女にこうして救われていることに自分の弱さを痛感させられる。
そう思えること事態が強いのだと言ってくれる人もいるのかもしれないが、勇矢が今求めている強さとは心の強さではなくアリス=ウィル=ホープを救うための力だ。
結果、自分に力がなかったせいでこうして守りたい少女に心配をかけ更には助けてもらっているということに強い後悔が叫びをあげる。
「ア、リス……俺のことは…良い……から…早く逃、げろ…!」
「バカな事言わないの!勇矢が困っているのに逃げ出せるわけないの!」
「ふざ、けんな!俺なんか助けてる暇があるんなら……少しでも遠くに…逃げろ……ッ!」
神代勇矢は別に好きで戦っているわけではない。
自分よりも何倍も力の強い敵を相手にしているのだってアリスが傷のせいで身動きがとれなくなっていたからだ。
しかし今となってはさっき負っていた傷も治っており自由に動けるまでに意識も回復している。にもかかわらず自分のせいで折角出来た隙をみすみす逃してまた捕まるなんてことになれば本末転倒も良いところだ。
ならばここでアリスがとるべき行動は神代勇矢をおいて早くこの場から逃げ出すことだ。
それが自分にとってもアリスにとっても最善の方法であると思った勇矢はその旨を苦しげな声で伝える。
しかし。
「お礼」
アリスは短く言葉を返した後、説明になっていないと思ったのかもう一度声を発した。
「さっき私を助けてくれたお礼をまだしてなかったの。だから、これが今私にとって一番大事でやらなくちゃいけないことなの」
「そんな、こと……」
「そんなことじゃないの!私は勇矢のおかげで今こうしていられる!こんなに優しい人がいるってことを教えてもらえた!だから私が今やるべきことは勇矢の助けになってそれを恩返しすることなの!」
だから、といってアリスは勇矢の身体の上にのっていた最後の瓦礫を取り除く。
「勇矢が与えてくれたこの時間は!勇矢が教えてくれたこの温もりは!全部私にとって大切なものだから!短い間にここまでしてくれた優しい人にもうこれ以上辛い思いはさせたくないの!!」
神代勇矢がアリス=ウィル=ホープにしてやれたことなど、たかがしれている。
そもそも勇矢とアリスこの2人の間にそこまで深い関わりや繋がり、一緒に共有した時間がたくさんあるわけではない。
文章にすればたった三行あれば語れるような関係性に、しかしアリスは感謝をしていた。
時間の長さや関わりの深さだけが重要なのではない。その人が差し出してくれた優しさや温もり、心の癒しが実験のせいで心身ともに傷ついたアリスにとってなによりも嬉しいことでなによりも渇望していたものだった。
だからこそこれ以上そんな大切な人を傷つけるわけにはいかない。たとえそれが行動理念として間違いだとしても、決してこの気持ちに間違いはないのだから。
「茶番は終わったか?このクソガキ共がぁ……」
ゾワリ、と。瓦礫はとってもらったはずなのに全身を不気味な感覚が襲う。
乱暴な口調をした声の主はゆっくりと粉塵を払いのけて2人の前に姿を現す。それはついさっき殴り飛ばした際に負った顔面へのダメージを忌々しげに片手でさすりながら目に宿る戦意を以前よりも倍増させたメゾックだ。
立ち上がろうと力をこめる勇矢だがやはりまだダメージが残っているのか途中で崩れ落ちる。それでも歯をくいしばって立ち上がろうとする勇矢を庇うようにアリスが腕を大きく開いてメゾックの前に立ちはだかる。
驚愕の表情を浮かべる勇矢とは違いメゾックは馬鹿にしたような顔をアリスに向ける。
「どうした?偽りの心しか持たない兵器が、せめて行いだけは人らしくあろうとでもしているのか?」
「私の心は偽りなんかじゃないの!あなたなんかに私のなにが分かるっていうの!?」
「分かるさ!お前の化け物みたいな力から再生機能まで俺様はなんでも知ってる!だから言えるんだよ!お前は結局人に嫌われたくないから人らしく振る舞おうと必死になる哀れな兵器だってなぁ!」
そういってメゾックは武具を持っていない方の手でアリスの頬を横から勢いよくはたく。
バチィンッ!という破裂音にも似た音が響き、アリスはその場に倒れる。兵器といってもベースが女の子だということにかわりはない。
大人のそれも男が力任せに行った攻撃がたとえ横っ面をひっぱたくだけだとしても、それはアリスにとってかなりの攻撃となる。
メゾックに頬を強くはたかれたアリスは口の端から血を流しながらそれでもまた立ちあがり進行を妨害する。
いつものメゾックであれば冷静に物事を判断しアリスを気絶させてさっさと組織とやらに戻ったことだろう。しかし今の彼の頭には自分に刃向かった生意気な学生を叩きのめすということしかないようで、すっかり冷静さを失っていた。
「たとえ私が偽りの心だとしても、あなたみたいな人にとやかく言われる筋合いはないの!こんな平気で人を傷つけるような人こそ私からしたら人じゃないの!あなたこそただの兵器だ!」
「貴…様………ッ!!」
メゾックは再びアリスの頬に掌を強く打ち付ける。またしてもすごい音が鳴るがアリスは踏ん張り倒れるのを必死にこらえる。
そしてそのままアリスは強い意志のこもった目でメゾックを正面から見据える。
「あなたは私を知っているというけれど私から言わせてもらえばあなたは一体なにをもって私を語れるというの!?あなたなんかに私を語ってもらいたくない!語る資格なんかない!」
「……いい加減にしろよこのスクラップがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
メゾックの怒りが限界点を突破したのか彼はアリスのふわふわとした長い金髪を掴んで、そのまま力任せに下に叩きつける。
地面に強く叩きつけられたアリスに、しかしメゾックは攻撃の手を止めることはしない。自身の胸にわだかまる怒りを発散しようという身勝手な思いからきた行動はあまりにも暴力的でメゾックは倒れ込むアリスに何度も何度も容赦のない蹴りを放ち続けていく。
肉をうつ原始的な音が連続的に発生する。必死に蹴りを防ぐアリスを無視してメゾックは自分の怒りが命じるままに何度も蹴り続けた。
やがて肩で息をするほど呼吸を荒げたメゾックは蹴りを放つのをやめ、かわりにゆっくりと武具を真上へ振り上げた。
勇矢の心臓が異様に脈立つ。その後の凄惨たる光景が嫌でも脳裏をよぎるからだ。
「これで………少しは静かになる…」
アリスが死なないことを良いことにメゾックは己の武具を再び彼女につきたてるつもりのようだ。最早人間性を失ったといっても過言ではない行動に勇矢は激しく動揺する。
「ア、リス…ッ!」
急いでメゾックの行動を止めようとするが足に力が入らずその場にもつれ込むようにまた倒れてしまう。太股に刺さったコンクリートの破片が足を痛みで無駄に振るわせているのだろうかと勇矢は考えた。
しかし下手に抜き取るべきではない。医学の知識もない者が下手に手を加えれば血管を傷つけ筋肉の断絶を起こしてしまう可能性も決して少なくない。思わず歯噛みする勇矢はそれでも必死に立ち上がろうと躍起になる。
だが忘れないで欲しいが本来あそこまで大質量の落下物を全身に強く打ちつけられたら人間は立ち上がることはおろか言葉を発することも難しいはずだ。
表面上の痛みだけではなく内蔵にも深いダメージをうけているのだから当然といえば当然のことだ。しかし勇矢はその限界を無視してまだ動こうとする。
脳がこれ以上動けば肉体の崩壊に繋がると危険信号を放ち行動を抑えるために意図的にセーブをかけていることに気付かず、それでも勇矢は無理をする。
脳からくる命令を払いのけ、一人の少女のもとに向かおうと改めて全身に力をいれる。
「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁあっ!!」
獣じみたうなり声をあげながら勇矢は震える足に鞭打ってその場に二本の足で立ち上がる。
それが出来たのは心の力や意志の強さなどというものではなく、痛みを誤魔化すために分泌されたアドレナリンの働きによるものだが、そんな細かいことなど勇矢にとっては知ったことではない。
今こうして動ける。それだけが彼にとって一番重要なことだからだ。
チートな彼女と武具転生 -生まれ変わったら武具になってるってマジっすか!?- お豆三四郎 @omame3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。チートな彼女と武具転生 -生まれ変わったら武具になってるってマジっすか!?-の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます