第11話:ストレス解消には何がオススメっスか?
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この騒ぎは一体なんだ?
ついさっき家電量販店にてメルヘンチックなドラマのワンシーンを演じてきたばかりだというのに今度はまさかのスタイリッシュなアクション映画の撮影でもするのだろうかと考え、うんざりとした表情を浮かべていた。
例の少年のおかげで恐らく去年あまりかかなかった恥の貯金を一気に消費した静音は、その時の状況を思い出しわずかに赤面する。
「(あいつのせいで店員からは生暖かい視線で見られるし周りの客からはニヤニヤニマニマと優しい笑みを浮かべられるしなんなんだよこれ!?私がなにかしたっていうのかいジョニー!?)」
心の中で英語の教科書にのっていた外国人の名前をおもむろに叫び、疑問と悶々とする自分の気持ちをそれにぶつける。
鞄の中で数冊のノートと他の教科書と共に見ていたジョニー(英語の教科書)であったが、恐らく一部始終を見ていた彼でさえ『あいどんとのう』とアホ面さげて言うことだろう。
そもそもがどういう理屈でどういう思考転換であのような感じになったのか今となっては確認する方法もない。
というか確認するしないの問題ではなく静音としては今すぐにでもこの記憶を消滅させたいという思いの方が強く働いていた。
もっともネットに公開した情報が消えないのと一緒で、人の中に生まれた恥というのも案外同じくらい拭い去れないものであったりする。
しかし自分がこうやって恥に耐え忍んでいる中、恐らく件の少年は呑気にお茶でもすすっていたりするのだろうか。
「(そういえば結局ハンカチのお礼とか出来なかったなー……なんだかあいつ目覚まし時計が欲しいとか言ってたし適当に見繕ってそれをお礼ということで渡すとしますか)」
適当に区切りをつけた静音はようやっと自分が今体験している騒がしい現状の確認をしようと思考の内容を変える。
「(まさか……これもあの馬鹿が関わっていたりなんてしてないわよね…?)」
少し不安になり辺りをキョロキョロと見回してみる静音。
人の悲鳴やら怒号が入り乱れるこの状況は凄惨たるものであるはずなのだが、ついさっきこの状況にいきなり放り込まれた静音からすればまたエリア4で学生向けのイベントでも行ってそれ関連の暴動でも起きたのだろう程度にしか思っていなかった。
状況の感じ方でさえも三者三様なのだと思い知らされる静音の態度は、しかし辺りを見回していくにつれて一変していく。
さすがにいくら鈍感な人間でもちょっと目を凝らして見てみればなんとなく状況の凄まじさというのは理解できる。
よく見てみると悲鳴をあげながら逃げ惑う人達の背後に何かキラリと光る物を確認することができる。
それは極太の刃のついた斧だ。
誰かが振り回したり投げ飛ばしたりしていないのにまるで生きているかのような生物的な動きをなして、それは周囲にいる人やら建物やらを獣のように荒れ狂いながら切りかかっている。
一瞬それを見てギョッとする静音だったが視野にいれていた斧のすぐ近くにも何本か同じように勝手に周囲の人や物を破壊している剣やら槍やらを見つける。
「………………………武具の暴走?」
あれがただの武器でないことは一目瞭然であったが、博識と呼べるほど自分の所有している武具以外の知識を持ち合わせてはいない静音からしてみれば一体あれがどんな武具なのかは判断できなかった。
もしかしたらああいう風に機能するタイプの武具なのかもしれないが、それにしてはどこか違和感があった。
人が操ると、どうしてもその人特有の癖というものがどこかしら見て取れるようになっている。しかし静音が今見ている武具からはそれが全くといって良いほど感じ取れなかった。
これでも音無静音は
他の武人に比べるとその観察力や戦闘力は数倍近くもの差がある。
そんな彼女が見ておかしいと思った。あれには誰かの意志が感じられない、と。
まるで紐が絡まったマリオネットを、絡まった紐を解くこともなくそのままにしてなお強引に動かしている。そんな狂気じみたものさえ感じ取れた。
とはいえあれが誰によるものか誰の武具かは知らないが、状況を知ってしまった以上、音無静音には選択権がたったの二つしかなくなってしまう。
一つは周りの人と同じくあのバーサーカーのように荒れ狂っている武具達から逃げること。
そしてもう一つはそんな回りくどいことはせず、自分の手で事態を収拾させることだ。
この二つの選択肢を、本来であれば大多数が前者を選ぶことだろう。別に自分がなにか悪さをして狙われているわけでもないのに、それを自分の身をていして止めたり立ち向かったりするヒーロー的な立場に好んで立つ者がこの現実世界においてそうそういるわけがない。
いたとしてもそれは自分の力を過信評価した夢見がちなやんちゃ少年などだろう。
恐らくは世間一般から不良と呼ばれている少年達やそれにあてられた周りの人間がそれぞれ果敢に立ち向かう姿もちょくちょく見られたが皆が皆きれいに反撃にあい少し頬を切られたり手の甲に爪かなにかで掻かれたような傷をつくっただけで泣きそうな顔をして逃亡に走っていた。
あの馬鹿ならこの状況をどうするだろうか。
音無静音はふと、どこぞの時代遅らくだいせいれの顔を思い浮かべる。
彼ならどちらの選択肢をとるだろうか、と。
それをふまえて考えた。考えたといっても悩んだり迷ったりすることはなく静音はものの数秒で判決を下し行動にでる。
その姿は他者から見ればどれほど愚かなものに見えただろうか。
「馬鹿やろう!何考えてんだ!?」
「おいおい変なものにあてられてんじゃねぇぞ嬢ちゃん!早くこっち来い!」
「そこの兄ちゃん達!どうせ逃げんならその姉ちゃんも連れてきてくれ!」
「ああ!くそっ邪魔くせぇなぁっ!!お前も死にたがりのヒーロー志望か!?勝手な責任感に浸るのも良いがせめてゲームの中だけにしてくれっ!」
屈強な肉体を携えた男達や喧嘩上等な不良達がそろいもそろって逃げ出す中、ただの一人逃げ惑う群集とは逆の方向に向かって足を運ぶ少女に走りすぎていく人々は口々に叫び引き戻さんと呼びかける。
しかし少女は…音無静音はそれら全ての声を雑音を聞き流すように冷めた顔つきで歩いていく。
人と人が作り出す肉の壁が静音の歩く道を狭め、これ以上の進行をするべきではないとでもいうように拒絶を示す。
だが静音は止まることはなく、どころか少しの遅れも生み出すことなく、ちょっとしたダンスのステップを踏むくらいの身軽さで僅かに出来た隙間をかいくぐっていく。
これがラグビーやアメリカンフットボールの選手が協力して完成させたディフェンス用のブロックならば肉体的な力のない細身な少女が抜けることは出来なかっただろう。
しかしながら今回はただの素人集団が意図せずして作り出した見せかけの壁だ。体格も背丈も違うのだからそこには当然ながら隙間が生まれる。
そしてそこを通り抜ける程度のことであれば三つ星の武人にとってなんら難しい事ではない。
「さ、てと……」
静音は窮屈だったと言わんばかりに大きく上にのびをする。
ある程度前へ前へと進んだ静音の周りにはもう進行を妨害する肉の壁どころか人の姿さえ見あたらなくなっていた。
それもそのはず。静音が今立っている場所には街や人を散々傷つけ壊した騒動の原因となっている複数の武具が宙に浮いた状態で近くにあったからだ。
草食動物が好んで猛獣のいる檻に入ろうとしないように、狂気性をもった暴れ狂う武具に近付こうなどと普通であれば考えることもないし実行もしない。
だがそれを実際にリアルタイムで行っている愚かな少女に暴走する武具から一定の距離をあけた人々が怒りと悲しみが混ざった複雑な視線をむけている。
静音の登場に暴れ狂っていた複数の武具の動きがぴたりと止まる。
突然の静止はまるで静音を品定めしているようにも感じられた。逃げ惑う人達も武人であることに違いはないのだが明らかに違う力の強さに同種の間でのみ生まれる無言のかけひきが行われる。
けれどそれはほんの少しの間起こった一時的な休戦に過ぎない。
グルンッ!!と。
まるで示し合わせていたかのように静音の頭上に浮遊する複数の武具達が刃先の向きを一ヶ所に向ける。
狙いは当然、異質ともとれるほど底の深い力をもった少女……もとい武人にむけてである。
またしても僅かに空白の時間があいたが、それから時間にして約3秒後。狙いを定めた凶器が一斉に射出された。
いくつもの神話を生み出す力を持ったそれらは天変地異も簡単に再現できる程の力を一人の武人に向けて容赦なく叩きつける。
誰もが少女の終わりを思い描いた。
極太の斧が身体を二つに両断し、剣や槍が空を裂きながら四肢を切断する悲劇的な光景がそれを目の当たりにしていた人々の脳裏をよぎった。
思わず逃げるための足も地面にめり込んだように動かなくなる。
「__________勝手なことで悪いんだけどさ」
殺意の塊が襲い来る身も凍るような時の中、音無静音はいたって冷静に口をひらいた。
「私の憂さ晴らしに付き合ってもらうわよ」
直後に轟音が鳴り響いた。
バシュウッ!!という空気を圧縮したようなクリアに響く音が場の沈黙を打ち破る。
いや、この場合は撃ち壊したという方が状況説明としては正しいだろう。
真っ先に向かってきた細身の剣や不自然に曲がった槍が誰かを突き刺すことはなかった。
もうこれ以上の被害を生み出さずに済んだ。
なぜならそれはもう武具として機能しなくなっていたから。
「はい…まずは二つね」
ゲームのキャラでも倒したような調子で音無静音は呟いた。
その身体には一切の変化がない。剣による切り傷も槍による刺し傷もない。ただ唯一変わったところといえばその手に先程までなかった一丁の拳銃が握られていたことか。
新世界になる前の世代の警察官が持っていそうなオートマチックピストルのような見た目をしたそれは不気味なほどの光沢を放っている。
その銃は三色で構成されていた。スライド部分とトリガーは黒、銃身がある部分には細長い逆十字架が赤で刻まれており、その他は銀で統一されている。
一見デザイン性を重視した拳銃に見えるが、それは違うと誰もが断定できた。理由は簡単で、ただの拳銃が武具を木っ端みじんに撃ち壊すなんて荒技をこなせるわけがないからだ。
銃の名はデア・フライシュッツ。
武具の中でも数少ない銃。生み出されたのはドイツの民話伝承から。
1700年代初頭という他の武具に比べて浅い年数しか経っていないが、その内容はあまりにも驚異的だ。
そもそもデア・フライシュッツとは銃そのものを指し示しておらずそこに装填された魔法の弾丸の方を指し示している。魔法円に入り裸になり神を否定する儀式を行い一発作るごとに怪しい物事が起きるが決して口をきいてはならないという決まりのもと作られた悪魔の弾丸。
その威力は凄まじいもので、たとえ射程外だったとしても必ず狙った獲物に百発百中命中するという程だ。
静音の転生武具はその弾が籠もった銃を扱い勝手の良いオートマチックピストルと同じ作りに構造変換したものだ。
本来であれば形を変えることは即ち武具の力を発揮できなくするのと同じことなのだが、所有者の武具に対する理解と技術が基準値を大きく越えていればこそなしえる達人芸である。
銃口からうっすらと煙を漂わせる拳銃を静音は片手でクルクルと回しながら余裕しゃくしゃくといった表情を浮かべていた。
「まあ暴走してるみたいだし、計画性のない攻撃なんて所詮この程度か」
建物を豆腐を切るように簡単に切り分けるほどの切れ味と目で追うのも難しい速度で動き回る刃先をみてランク3の武人はこの程度と称した。
この場にも武人は山程いる。その全員がそれぞれ同じく伝承や伝説にのるほどの武具をもっているのにもかかわらず逃げるだけになってしまったのは暴走する武具が対処できるレベルを超えていたからだ。
もっとも武人だからといって全員が武具をうまく使って戦えるわけではない。そこには当然戦闘経験というものが大きく現れてくる。
とすれば音無静音の戦闘経験値は果たしてどのレベルまでいっているのか。戦闘経験の浅い素人集団が束になって考えたところで答えも、そこにある重みも分からないだろう。
そんな周りからの同情や賞賛などといった表面上の物事に興味はない静音は物足りなさげな顔で空中に浮かぶ他の武具に視線をうつす。
確認できる数は残り八つ。といってもここから更に数が増えるとなれば話はまた変わってくるわけだが、そうだとしても静音の絶対的優位にかわりはない。
むしろ自分をヒヤリとさせるスリルがこの後に待っているのだとすれば、それもまたアリだとさえ思っていた。
「ほら、早く来なさい。怖じ気ついて来れないんだったら……」
静音はクルクルと回していた拳銃を持ち直し、宙に浮く武具の一つに照準をあわせる。
「こっちから行くわよ?」
言葉が終わるのと同時にデア・フライシュッツが弾丸を放つ。どんなに射程がずれていても照準が誤っていたとしても狙った獲物にまっすぐに進んでいく百発百中の魔弾が空気を押しのけて勢いよくターゲットに向かって突き進む。
デア・フライシュッツに弾丸を装填する必要はない。そもそもデア・フライシュッツは弾丸を中心軸において作られた武具だ。よって弾丸を放つ銃はあくまで能力発動のための器でしかない。
しかしながら無限に弾数があるわけではない。
デア・フライシュッツについて書かれている伝承において百発百中の魔弾は63発しか作られていない。
この話が静音の持つ武具にも当てはめられているようで一丁の拳銃から63発の弾丸しか撃てないようになっている。
63発撃ち終わると新たに弾丸が装填されている拳銃を生み出す必要がでてくるわけだが、その所要時間は1分と戦闘時においてあまりにも長い無防備状態が続くことになる。
そのため常に弾数を気にする必要があり、むやみやたらに乱射もできないという弱点がある。
だが三つ星の武人にとってそれくらいが逆に良いハンデとして機能する。
静音が放った弾丸は正面から極太の刃がついた斧に向かっていく。大地をまるごと割りそうな巨大な刃をタイミングをあわせて後ろにひき、それから向かってくる弾丸めがけて切りかかった。
ズバヂィッ!!という回転の向きが異なる回転刃がぶつかったような耳をつんざく音が発生する。
しかしそれはどう考えても不釣り合いな結果であった。
上から振り下ろされた刃に切断されることもなく、たった9ミリ程度の大きさしかない弾丸一発が力を込めた一撃を耐えている段階で、そこに圧倒的な差があることは明白であった。
ビキビキッ……と鳥の雛が内側から卵の殻をつついて割るように斧の巨大な刃にヒビがはいっていく。
次第に崩壊していく斧に対してデア・フライシュッツの魔弾は威力をおとすこともなく、勢いそのままに刃を突き破っていく。
斧が撃ち壊されるのに時間はそうかからなかった。
被弾してから、たったの6秒で破壊された巨大な刃をもつ斧はこれ以上の現状維持が出来なくなったようで、そのまま空中分解を起こし消失した。
消えたといっても武具は転生した武人がいるかぎり何度でも作り直すことが出来る。そのため武具の破壊というのは戦闘においてちょっとした隙をつくる程度の意味でしかない。
もっとも破壊されるわけがない武具を破壊するのだから、そこまでされれば所有者からしても力の差を思い知らされるだろうし、なによりそのちょっとした隙における対策をしている者はそういないだろう。
多少の対策が武具による攻撃を耐えれるわけもなく結局は無防備となんら変わりないからである。
「一番強そうなの狙ったんだけどな……これだと他の武具にも期待はできない、かな?」
これじゃ憂さ晴らしにもならないわね、と吐息混じりに小さく呟く静音。
ここで大きな声で言わなかったのは周りから弱き者を救うヒーロー的な視線を浴びているのに、まさか憂さ晴らしのためという目的“も”あってやっているとは声を大にして言えるはずがなかった。
やれやれ自分もなんて面倒な事に首を突っ込んでしまったのだろうと頭を掻く。
一昔前の自分からは考えられないような行動力に、なにかしらの陰謀を感じてしまう。他の誰かに任せておけば解決するだろうと思っていた過去の自分が逆に今となってはランク3の武人としてというよりも人としてどうだったのかと疑問に思えてしまう。
それが人としての成長なのか、あるいはあの時代遅らくだいせいれの影響なのかは自分にも定かではないが主にプライド的な問題で前者であってほしいと静音は願う。
「(まあ、どっちでもいっか。別に悪い方に転がってるわけでもないんだし)」
人としても武人としても成長した(胸囲を除く)静音は改めて自分の転生武具を宙に向けて突きつける。
「ちんたらと時間をかける必要もないし、一分で終わらせてあげる。あんたらと戦うより早く帰って特番のアニマルベイビー特集を見て画面越しに動物とじゃれあってた方がよっぽどストレス解消になりそうだし」
生死と動物番組という不釣り合いすぎるものを秤に掛け、ランク3の武人は容易にその場を蹂躙する。
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