第10話:戦闘開始の合図って何っスか?


「そうだとしたらアリス自身の意志が関わってくる!あんたみたいな奴がどれだけその力を欲してもこんなことをする奴にアリスは力を貸さない!」


“神造兵器”に詳しくはない勇矢だが、“支配のクリアナイト”という力が“創造のダイアナイト”と同じ性質だとすればその力の保有者であるアリス本人の意志が必ず関わってくるはずだと予想した。


武具を生み出すには自身の中にある“創造のダイアナイト”を意識的に操るほかなく、他人の意志によって左右されるものではない。


だとすれば“支配のクリアナイト”を扱う権利はアリス本人にしかないはずだ。


たとえどれだけ彼女の力を求めようとも彼女自身が能力を行使しなければ何の意味もない。


そう考えると今メゾックがやっていることは明らかな遠回りどころか目的達成への妨害にしかなりかねない。


にもかかわらずメゾックは笑っていた。余裕しゃくしゃくといった調子で小刻みに肩をふるわせながら彼は口を動かす。


「君は素直だね。じゃあなんだい?私はそのためにご機嫌とりとばかりにこの兵器を女王様扱いしなければいけないのかい?そんなギャンブルみたいな賭けにわざわざ出なくても、もっと簡単な方法があるじゃないか」


それからメゾックは今までの中で最も極悪な笑みを浮かべる。


醜悪さや卑劣さ、もっと言い方を悪くすれば外道や鬼畜とさえ思える歪んだ笑みに自然と勇矢も足がすくむ。


「ようがあるのはこれにある“支配のクリアナイト”のみ……となればそれのみを手に入れることが出来たのならそれだけで事足りるというわけだ。分かるかい?なにもバカ正直にこれに力を求める必要はないんだよ」


「……力はアリス自身のものだろ?あんたらがどうこう出来るわけがない」


「だからこその実験だ」


「…………何だと…?」


短く発した言葉は、しかし嫌に勇矢の耳に残った。


実験という不穏なワードからどんなにポジティブに考えてもそれがアリスにとって喜ばしいものになるとは到底思えなかった。


気付けばギリリ…ッ!と勇矢は自分の歯を強く噛みしめていた。


「……何をした…?」


「おいおい…まさか兵器としってなお君はこれに人としての価値を見出そうとでも言うのかい?」


「何をしたった聞いてんだ!このクソ野郎が!」


怒声が闇夜に響きわたる。


メゾックは耳障りといわんばかりに鬱陶しそうな表情をした後、開き直るような罪の意識のない気軽さでこうも続けた。


「所詮これは“支配のクリアナイト”という力を宿した、ただの器だ。時がくれば器は用をなくす。そのために私たちは色々と手助けをしてやってるというわけだ。私たちが実験に成功し“支配のクリアナイト”を取り出せたのならこの兵器が“神造兵器”としての役目を果たすための手助けになるんだ」


それに、とメゾックは言う。


「新世界の存亡を左右するという重荷から抜け出せるんだ、感謝をされる筋合いはあっても罵声を浴びせられる理由はないね」


その発言がきっかけとなった。


気付いたときには勇矢の足は動きだし拳は堅く握りしめられていた。


勇矢自身は確認することは出来ないが他の人から見ればその顔からはとてつもない怒りと憎しみがにじみ出ていた。


「メゾックゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」


激昂する勇矢とは逆にメゾックは飄々とした態度はそのままに攻撃を迎え撃つ。


勇矢の堅く握られた拳が放たれるより早くメゾックは黒いローブを掴み、それを上から左斜め下に向けて大きく振り払う。


攻撃かと思われたそれはしかし勇矢の視界を遮るための行動だった。


拳を振り下ろすことだけに意識を集中させていた勇矢にこの迎撃は予想外のものであった。唐突に遮られた視界は一瞬状況を理解する為の脳を混乱させブラックアウトにも似た現象を体感させる。


ローブを使った妨害により見えなくなった視界のまま、当たれば幸運とばかりに勇矢は闇雲に拳を振り放つ。


しかしそんな見え透いた攻撃が当たるわけもなく拳は無惨にも空をきるだけに終わる。


突然視界が暗くなるという事は戦闘において大きな影響を及ぼす。


人間は夜行性では無いため、暗闇の中での行動には不慣れである。暗闇の中で視界を得るためには網膜の桿状体が機能することが必要でありこれは暗闇に入ってからある程度の時間を要する。


桿状体は網膜の周縁部に集中的にあるため暗闇の中では視力を得るために対象物から少し視点をずらして見るという特殊な物の見方をする必要がでてくる。


移動においても暗闇は人間の感覚器官を鈍らせてしまうため障害物の有無や位置が確認しにくくなり通常の機動力と比べて著しく低下してしまう。


だが夜道を歩くではなく暗闇の中での戦闘となれば話はもっと単純だ。生死の駆け引きが行われる気の抜けない状況において行動を制限されるという一瞬一秒の隙が導くのは悲劇的な結末だ。


ジャリッ…という靴底を小石か何かが擦るような音が聞こえた。


つい先程の攻撃を思い出すにメゾックが次にどんなアクションをとろうとしているのかは不確定だがそれが自分にとってプラスになるようなものではないということは、はっきりと断定できた。


「(ちくしょう……ならもう一発…ッ!!)」


振り払った拳に再び力を込めようとした勇矢てあったが上下左右の違いすら一瞬戸惑ってしまうような唐突な迎撃をうけた今、現状を打破するためとはいえ新たな攻撃を行うというのはあまり良い判断ではないと瞬時に察した。


たしかにここで追撃を行えば拳を振り払う際に行う体重移動で興奮状態の脳と瞬間的な暗闇で著しく低下した身体機能とで誤差が生じ今度こそ完璧に体勢を崩してしまうだろう。


そうなってしまえばたとえ相手がプロであろうとなかろうと容易に攻撃をぶち込むことが可能だ。


ここだけとって言えばいかにも神代勇矢は戦闘経験豊富な人間に思えるかもしれないが、所詮はただの学生。自慢できるような偉業を成し遂げたわけでもないし、戦闘経験といってもせいぜい学生がやんちゃしてやるような小競り合いにも似た喧嘩くらいだ。


ならばなぜ瞬間的に拳をひけたのか。それは人間の本能的な部分である危機回避能力が興奮した思考回路に咄嗟に待ったをかけたおかげだろう。


追撃は無理。であればやるべきことは限られてくる。いくら暗闇状態といってもそれはローブが視覚を遮っているこの一瞬のみ。つまりメゾックからなにかしらの攻撃を受けたとしても、たった一度防いでしまえばそれで解決する。


「(防御するにしてもメゾックがどこから攻撃をしてくるか分からないんじゃ防ぎようがねぇ!こうなりゃ直感でいくしか…ッ!)」


肉体的ダメージを伴うリアル黒髭危機一髪のようにどこからクリーンヒットがくるのか分からないこの場において唯一状況判断の出来る音声情報に従って勇矢は防御態勢をとった。


先程耳にした小石を靴に擦り付けるような音の方向からメゾックの位置を大ざっぱに探知し、そちらにむけて腕を胴の前で交差させ防御の態勢をとる。


「____ふっ!」


短く息を吐いたあとメゾックはローブに視界を奪われ瞬間的な混乱状態に陥っている勇矢めがけて躊躇なく蹴りをいれる。


ドパァンッ!!とサンドバッグを殴るかのような音が炸裂した。


メゾックのシナリオでは綺麗に勇矢のわき腹に足がめり込み勢いそのままに吹き飛んで近くにあるコンクリートの壁に頭からぶち当たるという流れ作業のような終わり方を思い描いていたのだが、足に伝わる感触がそれを否定する。


力のこもった蹴りを喰らったのはたしかだが、運良く勇矢はそれを交差させた腕で防ぎきっていた。


「…………ぐぅ…っ!?」


直撃は免れたものの攻撃を喰らったことにかわりはなく腕を痺れるような痛みが生物的な調子で這いずり回る。


だが横からの攻撃により視界を遮っていたローブから蹴り飛ばされ暗闇から解放された勇矢の目には明確な視界が取り戻される。


腕の痛みを押し殺して勇矢はとりあえずメゾックから距離をとる。


すると神様の粋な計らいか距離をとった時には地面に倒れ伏せるアリスを守るように勇矢が前に立ちはだかりメゾックと対面するという状態になっていた。


メゾックは蹴りを放った足を静かに戻し二本の足でしっかりと地面に立つと、面倒極まりないといった表情を浮かべた。


「口先だけかと思ったら逃げ足まで一級品ときましたか。おまけに無駄に強い精神力。私みたいな者からすれば君ほど嫌いなタイプはいませんよ」


「へっ、そいつは良いや。なんならこれからライオンとシマウマみたいに食うか食われるかの生存競争の追いかけっこでもしてみようか?」


強気な態度で出た勇矢であったが余裕を示す表情筋は嫌に痙攣しているのが分かった。未だに腕に残る痛みを我慢して、彼はちらりと後ろにいる少女の様子をうかがった。


忘れそうになるが今最も命の危険にさらされているのはプロの殺し屋に攻撃をうけている勇矢ではなく倒れているアリスなのだ。


ここまで連れてくるだけでもかなりの出血と体力を消費しているはずだ。それは自分の手にべったりとこびり付いた赤黒い液体がはっきりと証明している。


動く気配はなく辛そうに荒い呼吸を繰り返すその顔からはいやというほどの汗が大量にでている。


「(くそっ!早くこいつから逃げきらねぇとアリスの命が危ない!なんとかして隙をつくらねぇと…)」


ジリッ…と後ずさりする勇矢であったがメゾックはこれを愚かしく見ていた。


「まさか……その兵器を助けるためにここから逃げ出そうっていうんじゃないだろうね?」


「……だったらどうしたっていうんだ?」


「おいおい、あんなに大口たたいておいてそれはないだろう偽善者。君にはプライドというものがないのかい?」


踏まれて痛みに悶える虫をみるような冷たい視線を浴びせながら、メゾックは勇矢をあざ笑う。


「プライドどうこうの問題じゃねぇんだよ!こっちは一人の命が関わってんだ!アリスが死んで困るのはお前だって同じなんだぞ!?」


ここでアリスが出血多量で死んでしまえば困るのは神代勇矢よりメゾック=マヤノフの方だ。なぜなら最低な表現だが勇矢はアリスが死ねば精神的な苦痛を強いられるだけだがメゾックの場合は自身や組織がかかげた最終目標とやらを永遠に達成できなくなる。


そんなことをしてしまえばメゾックにとっても組織にとってもただのマイナスにしかならない。もっと悪くいけば同じ考えをしていた他の組織連中から逆恨みをうけ大規模な抗争になるおそれさえある。


それなのにどうしてこうもアリスの身の心配をしないのか、勇矢にとっては不思議で仕方がなかった。


思えばそんな大事な存在を簡単に傷つける事自体がおかしなことではあった。あれほどまでに崇拝していた“支配のクリアナイト”を失うかもしれないという恐怖はないのだろうか?


「何度言ったら分かるんだい?そいつはロキ様が直々にお創りになられた神の兵器。それがあんな怪我で簡単に死ぬようなやわな作りになっているわけがないだろう」


「てめぇの勝手な論理でもの言ってんじゃねぇぞ!よく見ろよ!お前の理不尽な攻撃のせいで今にも死にそうになってるこいつの顔を!」


「心外だな……君と違って私達はそれについて多くの情報を実験から得ている。そのうえで言わせて貰おう。君こそよくその兵器を見てみることだ。それでそいつが人間ではないということがはっきりするだろうさ」


メゾックの言葉に対して何を…と小さく言い返しながらも勇矢は無意識にアリスの方に視線を再度移しその身体をよく見てみる。


視界に映った現象から咄嗟に頭にわいたイメージは映像の巻き戻しであった。


ついさっきまで深くえぐられていたわき腹は血管や肉、皮膚までありとあらゆるものがまるで怪我をする前に戻るように肉体の構造を作り直し復元させていた。


それは背中や身体に刻まれた細かな傷も同様で、まるで何事もなかったかのように肉体が再構築され修復していた。


明らかに人為的なものではない現象に思考がぐらつく。今の自分は生まれて最も目を大きく見開き今世紀最大の驚きを表現していると勇矢は頭の隅で思った。


「どうだ、これでやっと理解したかい?それは人間じゃない。もちろん武人でもない。ただの兵器だ。見よう見まねでいたずらに自意識を生み出し人のようにあろうとした哀れで愚かな兵器の姿だ」


吐き捨てるような言葉には一種の嫌悪感さえ含まれていた。


まるで自分が虫かなにかと同列視されているかのような物言いでメゾックはアリスを侮辱する。


「それに“支配のクリアナイト”の力が宿っていなければ今すぐにでもなぶり殺しにしてやりたいところだ。もっとも自己修復なんてプラナリア並の回復力があってこそ実験の幅も広がるというものなんだけどね」


「……………………」


「あまりの光景にショックを受けたかい?自分が危険な目にあってまで助けようとしたものが人ではなくただの兵器だという事に」


「……………………………………………」


「だけど君には悪いけどここで死んでもらわなくちゃならない。君はこちらの世界を知りすぎたからね。その代償はしっかりとはらってもらうよ。まあ、君としては損した気分だろうね。自分の命と引き替えに守ろうとしたものが死なない偽りの心をもった兵器だったんだからね!」


楽しげな声を発しながらメゾックは黒いローブをなびかせて勇矢に一気に近づき、距離をつめる。


最早回避さえ難しい距離でメゾックは呆然と後ろを見ている勇矢の後頭部に狙いを定めて鋭い蹴りを放つ。


ニヤリと口角を上にあげていたメゾックであったが、即座にそれは真逆に下に垂れ下がった。


必中とまでいきそうな程、正確な狙いを定めたメゾックの蹴りは勇矢の後頭部に当たることはなくそのまま空をきった。いきなり予想していた未来とは違う展開になったことに驚くメゾックであったが、彼はそこで目の当たりにする。


自分の蹴りを頭を下げることで回避した少年が刃のように鋭い眼差しでこちらを睨みつけるその瞬間を。


「……れが…ど…した…」


消え入るような言葉は、しかし次の時には轟音となって炸裂する。


「それが……どうしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」


腹の底から出された勇矢の怒声はメゾックの感覚を一瞬ひるませるほどであった。そしてそれ程の隙ができたのならあとはプロであろうと素人だろうと“その強く握りしめた拳は容赦なく気にくわない相手の顔面へと叩きこめる”!!


頭を下げただけかと思われた動作はしかし拳を叩きこむ前に腰を一段低くするという準備からきたものであった。


血が出るのではと思うほどに固く岩のように強く握りしめられた拳を、腰を使った回転をいかして振り払う。


ただの学生だと甘く見て不用意に近付きあまつさえ攻撃をかわされ足を無防備に空に泳がせている哀れな姿のメゾックに逆に深く踏み込み、その拳を顔面めがけて全力で叩きつける。


ゴッ!!!という鈍い音が闇夜が取り囲む空間で炸裂した。


メゾック=マヤノフの細身な体が大きく後ろに飛ばされる。ズジャジャジャッと地面に散在している砂利や小石を巻き込むように殴り飛ばされた体は驚くほど綺麗に滑り標識板がつけられた細い鉄柱にぶつかってようやく止まった。


「ぎっ……ぎざまぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」


顔面の正面から拳を叩き込まれたメゾックの鼻は明らかに変形しておりそこからはとめどなく血が流れ出ている。少し舌足らずな感じになっているのもおそらくはそのせいだろう。


口の端も切れていてそこから赤い血を垂らしながらメゾックは恨みのこもった叫び声と共にその場からゆっくりと起きあがる。


怨念のこもった幽霊のような負の感情を身体から放出する姿は勇矢にとって恐れるに値しなかった。


未だに強く握りしめられた拳にはアリスの血とメゾックの血、そして爪がめりこんで滲んだ自分の血と三つの血がついている。


勇矢はメゾックを殴った部分についた血だけを腕を強く振ることで払い落とした。それすら許せなかった。


ここまで歪みに歪んだ人間に関わりのあるもの全てがどうしようもなく今の勇矢にとっては汚らわしくて仕方がなかった。


「さっさと起きあがれよ、このクソ野郎」


声は深く重みがあったが、そこには僅かな震えがあった。


だが、それは別に恐怖からくるものではない。


それは怒りだ。


必死に生きている少女に対してただの一度でさえ人間扱いしなかったこと。


死なないからと平気で痛みを与えたこと。


力が欲しいあまり実験などという非人道的な行動をとっていたこと。


それら全てが怒りの根源であったがなにより許せなかったのはアリス=ウィル=ホープの心を偽りだと侮辱したことだ。


兵器のくせに人のようにあろうとした。見よう見まねで偽りの心を生み出した。


力だけを求めて平気でアリスを苦しめていたこんなゲスに果たして彼女のなにを知ることが出来ただろうか。


こんな拙い手に感謝しあんなに綺麗な涙を流した彼女に偽りなどあるだろうか。


助けて欲しいのに自分の面倒事に他人を巻き込ませまいとはねのける強さを見よう見まねなどという言葉で収められるだろうか。


たとえアリスが兵器だとしてそこに心が生まれるのはおかしいことではない。間違いではない。逆に心が人にしか生まれてはいけないなどという固定概念が果たしていつ作られたというのか。


恐らくメゾックはアリスの事は何も知らないだろう。


いくら実験で彼女のことを調べたといってもそんなものはなんの意味もない。苦痛を強いるだけの実験とやらで理解できるものなどあるはずがない。


彼らが知っているのはアリスではなく“神造兵器”だ。そんなものがイコールとして彼女の在り方に当てはめられるなどそんな事があるわけがない。


神代勇矢は“神造兵器”について詳しいことなど全く知らない。そこにどれだけの価値があるのかもただの学生が理解できるわけもない。


だからこそ神代勇矢はそんなものになど興味はない。


ただ一人の強い少女を。アリス=ウィル=ホープを拙い手で救い出すことこそが自分にとって最も価値のあるものだと勇矢は確信していた。


だからこそ少年は立ち上がる。


無力な拳をしっかりと握りしめて。


「てめぇみてぇな三下がアリスの誇りを踏みにじってんじゃねぇぞッ!!」


泉から水がとめどなくわき上がるように勇矢の心からあふれ出る怒りは抑え所をなくす。


勇矢はそのまま地面を強く蹴りヨロヨロと起きあがりつつあるメゾックに一気に近付いていく。


また強烈な一撃をあの飄々とした態度を崩さない顔面に叩き込み今度こそ確実に仕留めにかかる。


だが。


「_________償いを示せ」


血塗れの顔を俯かせ、滑らかな口調でメゾックは呟いた。下を向いた顔から輪郭に沿って血が滴り落ちるが、そんなことなど気にもせずメゾックは更に口を動かす。


「我に与えた痛みを、その身を絡め斬り償いの儀とする!」


叫び、メゾックは黒いローブを脱ぎ捨てる。


直後メゾックを中心におかしな風の流れが生まれる。脱ぎ捨てたローブは地面に落ちることもなくそれにのってはるか上空へと吹き飛んでいく。


「なっ…!?」


明らかに近付くべきではない状況にいやでも頭が冷静さを取り戻す。勇矢はそれ以上近付くのをやめてメゾックのアクションに目を凝らす。


やがてメゾックの手から“創造のダイアナイト”の光が溢れ、そこから物質が構築されていく。


メゾックは光を放つ手を前につきだし、より一層力を込める。するとつきだした手のひらから浮かび上がるようにして一本の剣が表出する。


最初ノイズのはいった映像のように乱れていたその剣は手のひらから溢れ出る“創造のダイアナイト”が消えていくのに伴って確固とした形を作り上げていった。


そうして完璧に光が消えた後、メゾックの手には先程までなかった明確な武器が握られていた。


西洋剣の形を模してはいるがその柄は象牙で出来ており、なにより特徴的なのは剣が闇夜を照らす蝋燭のように“創造のダイアナイト”とは違う剣自体がもつ微かな光を刀身から発しているところだろう。


「転生武具……ッ!」


神話や伝説を簡単に作り出すことの出来るこの新世界において最も力をもつ武器……転生武具。


完璧な理解なくしては伝説通りの力をふるうことは出来ないが、だとしてもそこから生み出される能力が人の常識をはるかに超越した凄まじいものであることにかわりはない。


人類が知略の神の恩恵により、その領域に踏み込んだ証たる武具をメゾックはキッチン用品を扱う程度の調子で掴んでいた。


「さっきはよくもやってくれたな……」


メゾックは手に持った剣の切っ先を勇矢に向けて、怒りの声をあげる。


「ただのうるせぇ善人気取りのクソガキが!俺様に仇なしたこと後悔させてやるわぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」


今までとりつくろっていたのだろう話し方はどこへやら。メゾックはこれが自分の本性だとばかりに乱暴な言葉を並べていく。


そのまま感情をぶつけるようにメゾックは手に持つ刀身が怪しく光る剣をその場で振り払う。


刀身の長さは精々70センチ程度であり勇矢との距離はその倍ほどはあった。リーチ的にどう考えても届かない攻撃は、しかし直後に変かを及ぼす。


グググッ……という固い物を押しつぶすような重低音が聞こえたのと同時、先程まで70センチ程度の長さしかなかったメゾックの剣が一気に3m程伸び上がったのだ。


「………っ!?」


予想だにしなかった刃が伸びるという攻撃にワンテンポ反応が遅れる。


先程同様、腕を交差させて守るにしても今度は蹴りではなく殺傷能力の高い剣だ。ダガーナイフ程度の切れ味であれば腕に切り傷が出来る程度で済むだろうが相手は転生武具。


腕を交差させたところでまず間違いなく切断され、そのまま喉元をかっきられるだろう。


身の毛もよだつ嫌なビジョンが脳裏をよぎるが黙って立っていればその結末を待っているだけのようなものだ。


勇矢は地震で机の下に隠れるようにその場でしゃがみこみ身体を小さく丸める。そのおかげでメゾックの伸張した剣は勇矢の髪の毛を数本斬るだけに留まった。


これでひとまず攻撃は終わりかと思った勇矢であったが、メゾックの振り払った剣は近くにあったコンクリートの壁に直撃した。


直撃したといっても車がぶつかったような衝撃がそこで発生し、コンクリートの壁は爆発したように盛大に破片を飛び散らせながら破壊される。


破壊されたコンクリートの大小様々な破片は勢いをのせて四方八方へと飛び散っていく。意外と破壊されたコンクリートの壁の正面にいた勇矢は位置的なものなのかなんとかその被害にあうことはなかった。


が、そのかわりとばかりに近くにいた勇矢など見向きもせず地面に倒れ伏せていたアリスめがけてコンクリートの破片が一直線に襲いかかっていくのが粉塵にまみれた視界の端でとらえることが出来た。


「やばっ……アリスゥゥゥゥゥッ!!」


しゃがみ込んでいた姿勢から一変して今度は敵に背を向け走り出す勇矢。ただ走るだけでは絶対に間に合わない。


このままではアリスの頭にコンクリートの破片が直撃してしまう。


いくら再生能力がすごいといっても脳を破壊されて平然と生きていられるとは思えない。なにより守るべき少女がこれ以上傷つくのはもう見たくなかった。


そう思った頃には野球選手のダイビングキャッチのごとく勇矢は前方へ大きく飛び上がっていた。


その後、ドドドドドドッ!!!という大質量の物が地面に着弾する音が盛大に鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る