第9話:神造兵器って何っスか?
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「……神造兵器?」
神代勇矢はメゾック=マヤノフの発した単語をおもむろに口にした。別に確認作業とか聞き直したというわけではなく単純に疑問からでた行動である。
街の奥で聞こえる悲鳴の合唱に耳をやりながらも、意識だけはしっかりと敵対する男にへと向けられていた。
それがおもしろくないのかメゾックは小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「君…まさか本当に何も知らないでこれを助けようとしていたのかい?」
顎で地面に倒れているアリスを指し示しながらメゾックは言った。
相変わらずアリスを物扱いするメゾックの性格の悪さに顔に熱が籠もっていくのが分かる。しかしここで激情してしまえば全てがうやむやのまま進んでしまいそうな気がした勇矢はひとまずそれを抑える。
「俺は偶然その子の近くを通っていただけだ。お生憎様俺はあんたみたいにどこぞの組織に入っているわけでも特別な立場でもないただの学生なんでね」
「ならこれ以上自分が介入していない意味の分からない物事に巻き込まれたくはないだろう?それに知ったところで君は間違いなくこれを見捨てる。なぜならそれが人として正しい行動だからだ」
「それは俺自身が決めることだ。もっともこのまま敵対した所で俺に勝機があるのかは怪しい。さすがの俺も組織なんかに入ってる戦闘のプロに勝てるなんて甘いことは考えていないからな」
「なら、早く立ち去ってはくれないか?私もいつまでも君みたいな無能な原始人を相手にするのは疲れてきたところだ」
「だったらその無能な原始人に神造兵器って奴のことを少しでも教えてくれよ。いいだろ?どうせ俺はもう直ぐあんたの手際の良い殺害術でやられるんだからさ」
敵の手慣れた戦闘スタイルや組織というワードから戦闘経験豊富なプロということは何となく予想がついた。
これといった戦闘技術も命をかけた戦闘経験もない一般人代表の勇矢からしてみれば明らかに負け試合同然の戦いである。
しかし、勝敗は関係ない。
「(ようはあいつの隙をついてアリスを逃がしちまえばそれが俺にとっての勝利になる!)」
明確な勝ち負けにこだわる必要など勇矢にはない。どこぞのRPGのように必ず敵とエンカウントしたら倒すまで逃げられないなどという仕様ではないからだ。
勿論倒すことができればそれにこしたことはないが恐らく可能性は数パーセントあるかないかといったところだろう。
つまり勇矢のすべきことはいかに相手の隙をついて逃走に転換するかということだ。
しかし、ここで急に意識をそらすための話題をふったところで疑問に思われ戦闘開始になるのが関の山だろう。よって勇矢はメゾックの提案した話題にのることで情報の取得と逃走経路の逆算をする時間を稼ぐことにした。
メゾックは若干の沈黙をもって勇矢の問いかけにどう答えるかを考える。ここで一番最悪なパターンは問いかけに応じず、いきなり蹴った殴ったの殺し合いの開始となる事であった。
世の中はどちらかといえば良い予想より悪い予想の方があたるものである。それを知っている勇矢は即座に対応できるように気を緩めることなくメゾックの次のアクションを注意深く窺う。
「………まぁ、事情も知らずただで死ぬというのも納得はいかないか。それにこのまま君を殺すことは簡単だがそれだと私がただの快楽殺人鬼と思われそうだ」
天使の幸福かはたまた悪魔の罠かは知らないがメゾックはこれに応じてくれた。
こちらのことを思ってというよりは自分の中にある何らかの美学に当てはまらないからその下準備をしてやろうといった感じだ。
理由はどうてあれ結果的には勇矢の求める運命へと路線は切り替わった。
後はいかにこの時間を有効に使うかが鍵となる。
「“神造兵器”というのはこの新世界をお創つくりになられた偉大なるお方ロキ様が生み出した絶対的な兵器だ」
「それは俺たち武人の事だろ?アリスが兵器と呼ばれるなら俺もあんただって兵器と同じじゃねぇか」
「違う違う。私たち武人はロキ様から新世界を統一し牛耳る為の力を権利を平等に与えられたいわば生きる革命、生きる神話だ。しかしこれは違う。これはただの兵器であり器であり願望機だ」
願望機……?と勇矢は聞き返す。
「君は考えたことはなかったかい?大地を創り海を干からびさせ天を割る力が散在する神話の武具が一斉にこの新世界に現れたのにもかかわらずどうしてまだこの新世界は形を維持し続けていられるのか」
「それは街の上層部がちゃんと法律も決めて
「おいおい馬鹿な事を言うのもたいがいにしてくれよ。君は法律や教育なんかで武人達の力を完全に御しきれるとでも思っているのかい?その剣をふるえば地が崩壊するのに?その槍をつけば天が落ちてくるのに?たかだか上っ面だけの言葉や文書の鎖が私たち武人を御し切れるとでも?」
嫌な鼓動が胸の内から響く。
メゾックの発言一つ一つがまるで今まで自分が培ってきた常識の全てを打ち壊していく感覚がした。正しいと思っていた世界の理が土台から拒絶され崩壊していくような不気味な恐怖がズルズルと這いずり回ってくる。
「この街にはランク3の武人が存在している。彼らは皆この新世界を容易に変えることができる力を秘めている存在だ。しかしおかしいとは思わなかったのかい?なんでそんな力がありながらわざわざこの世界の理に従う必要があるのか、と」
確かに心のどこかでは疑問に思っていた。
何故世界を幾千幾万と好き放題に改革していった武具があるのにもかかわらず、誰もその力をもってこの新世界を心の赴くままに歪めないのか。
気分次第でいつこの世界が壊れてもおかしくはない状況を、ならばどうして未然に防ぐことが出来ているのか。
いくら厳しい法をつくってもそれはメゾックの言うとおりあくまで上っ面だけの言葉の鎖だ。それらを振り切って自身の武具の能力を行使して世界が終わったとしても何ら不思議ではない。
なのにどうしてこうも世界は小綺麗な平和に包まれていられるのか。
「それはね、やりたいやりたくないの問題じゃない。出来ないんだよ。私たち武人は自分が転生した武具の力を最大限に使うことが出来ないようになっているんだ」
「けれど武具の能力は自身の理解力によってその力を増していくはずだ。本来の力を発揮できないのも今はまだ自分の武具を理解しきれてないから出来ないんじゃ……」
「その理解とやらも完璧にではないだろう?」
正面からの論破に勇矢は言葉を詰まらせる。
「たとえどれだけの時間をかけどれほどの教養を得ようと実際にその場に居合わせなかった者が物事を全て完璧に理解できるわけがない。この作品での作者の気持ちを述べよという問いかけに困るのと同じだ。実際に見ても聞いても話してもいない相手のことを語れるわけがない。それはあくまで机上の計算と同じレベル、すなわち想像にすぎない」
確かにメゾックの言っていることはもっともだ。
百聞は一見にしかずとは良く言うが正しくこの言葉が最も当てはまる例といっても過言ではない。
武人は武具が人に転生したものだ。よって彼らには己の武具を理解しそれをどういう風に使うのか考える必要がある。
武具への理解はそのまま能力の向上に繋がり、使える能力の幅もそれに伴って広がっていく。もっともあくまで武具本来の力が解放されていっているだけでありそこに新たな力が芽生えるようなことはない。
ゲームのようにレベルアップに従って魔法や特技を覚えるのと一緒で武具は理解の深さに従って本来の力を取り戻していくのだ。
メゾックが言いたいことは武具を完璧に使いこなすには完璧な理解をという事。しかしこれは無理な話だろう。
というのも人間が武具についての理解を深める唯一の方法は書物や伝承といった文字を用いて築かれた形あるもののみだ。
それもそのはず人類が別次元に別世界に足を踏み入れることは先ず出来ないからだ。
武具を生み出すにいたった経緯や作業工程、作り手の感情は実際にその場で見て聞いて感じなければ意味がない。
真の理解とはいえない。
たとえそれが事細かに書物に纏められていたとしてもそこには必ず書き手の思いが混ざり込み純粋な理解を妨げる。
くわえて書物に纏められているといっても石の剣や風の斧など詳細を記さず中略されたものが多く、果たしてそれらを見たところで理解の範囲に入るのかさえいささか疑問であった。
「だからって、それがアリスと何の関係があるって言うんだよ?」
「関係ならあるさ……いや、むしろ我々武人の全ての願いといっても過言じゃないくらいにね」
メゾックはニヤリと口角を不気味に歪める。
「ロキ様は真にこの世界が狂いに狂うことを望んで今の新世界をお創りになられた。だが、折角与えた力をうまく使いこなせずに満足のいかない結果に終わるのは嫌だろう?世界を変える力があるのにもかかわらず教養や見聞の乏しさだけで分別してしまったら知識の高い者しか恵まれないだろう?」
何かを仰ぎ見るように語るメゾックの理解しがたい不気味さに自然と顔が強ばる。
パンドラの箱を連想した。
興味や好奇心のあまり開けてしまった不浄の箱。開き見れば自分にとって災いにもなりかねないメゾックの言葉を、しかしどうしても止めることは出来なかった。
興味や好奇心とはまた違った本能的な何かが彼の言葉を世界の真理を渇望しているように思えたのだ。
「良いかい少年?明確なゴール、確実な結末がなければこの新世界を統治する王は生まれない。皆が皆どんぐりの背比べのように知識や理解を深めていってもその結果はたかが知れているからだ」
「明確なゴールに確実な結末……だって?」
「あるいは絶対的な安心とも言う。ロキ様はそんな哀れで醜い我々に奇跡の一品をお創りになられた。誰もが王になれ神になれ世界になれる究極の一品を!」
「それが……“神造兵器”…?」
勇矢の言葉にメゾックは左様、と含み笑いを交えながら答えた。
「“神造兵器”とはロキ様が1からお創りになられたオリジナルの兵器。どの伝承どの神話にものっていない正しく神の一品!これを手に入れることが出来たのなら我々武人は誰しもが神の座を勝ち得ることが出来るんだよ!」
「それは無理な話だ。あんただって言ってたじゃないか、完璧な理解が出来ない奴は武具を完璧に使いこなせないって。たとえオリジナルだとしてもその原理は変わらないんじゃないか?」
ロキ本人が直接考え生み出したというオリジナルの兵器。だとしてもそこにはやはり武人と同じ理屈が当てはまるのではないだろうか?
仮にアリスが完璧に己の存在を理解していたとしてそれならばメゾックの言う王や神とやらにアリスはとっくのとうになっていることになる。
だがそれだと今回の件は茶番劇になるのではないか?
というのもそれほどの力をもった存在が果たしてこんな1人の武人に遅れをとるだろうか?1人とは言わず2人3人だとしても、完璧な理解をし天変地異の力を存分にふるうことが出来る絶対的な1人にはなにがあってもかなうわけがないのだから。
大多数をもってしても不完全な存在が完全な存在に勝てるわけがないのだ。
「あぁ、そうだ。確かにそういった。だがそれは普通の武具ならということであってこの“神造兵器”にその理屈は通じない。もっともこの兵器はそんな次元におさまる代物じゃないんだ」
「どういうことだ?アリスを手に入れれば神にもなれるってことはこの子を味方にすればどんな武人にも負けないってことじゃないのか?」
「それでは私たち武人が神になったのではなくこの兵器が神ということになる。そんな見え透いた兵器にロキ様は興味はない。だからロキ様はもっと高貴な思考をこの兵器にとりいれたのだ」
「じゃあ一体なんだって……」
「“支配の
勇矢が疑問を提示するより早くメゾックはある単語を口にした。
聞き覚えのない単語に更に疑問をふくらませる勇矢の顔を楽しげに見ながらメゾックは続けた。
「武人が無意識のうちに発しているエネルギーの動力源は“創造の
「それくらい知ってる。けど、それがさっき言ってた“支配の
「“支配の
「自在に操るって……そんなこと出来るわけがないだろ!?もしそんなことが出来たら…!?」
「ああ、もしそんなことが出来たのなら新世界にいる武人の全てを無力化する事が出来る。だがそれだけじゃない!自身の“創造の
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