行間1


この世界において現在最も国としての力を有しているのはロシアだろう。


日本同様、鍛冶場フォージシティが建設されたロシアはしかしその規模は5ヶ所ある鍛冶場フォージシティの中でも群を抜いて大きい。元からどこの国よりも広い土地を持っていたということもあり首都であるモスクワを中心に大規模な街開発を行ったそこでは多くの武人達が生活している。


アメリカやEUご自慢の科学兵器があまり意味をなさなくなった今、戦力として期待されているのは武人の武具能力と彼らが無意識の内に発生させている莫大なエネルギー“創造のダイアナイト”だ。


日本の鍛冶場フォージシティは“創造のダイアナイト”のエネルギー開発に特化しているがロシアの鍛冶場フォージシティは武人の武具能力の開発に特化している。


他の鍛冶場フォージシティも勿論開発は行っているがこの二国は遙かその先をいっており残り三ヶ所ある鍛冶場フォージシティは、この二国の開発の協力を行っているというのが事実だったりする。


そんな裏事情が武人達の耳にはいってしまえばどうしてもロシアや日本に武人の人口比率が偏ってしまう恐れがある。そのため全ての鍛冶場フォージシティのテクノロジーはある程度の基準値を定義して他との差をあまり示さないようにしている。


俗にいう暗黙の了解という奴である。


とはいってもやはり開発に特化しているのは日本とロシアであることに代わりはないため必然的にこの二国の間には他とは違う明確な協力関係が築かれている。


「一体いつになったら連絡がくるの!?」


鍛冶場フォージシティロシア支部のど真ん中にある全長700mの『グレイスタワー』で苛立ちを含んだ声が発せられた。


声を発した人物は自分の背中の真ん中辺りまである長い赤髪の先端だけを三つ編みにした女性だ。


歳は20代前半といったところで着ているスーツはいかにも『私、仕事ならなんでも出来ますけどみたいな?』と自分の有能ぶりを表現したげな特注のブランド物を身にまとっている。


女性がいる『グレイスタワー』は鍛冶場フォージシティロシア支部において街のシンボル的ポジションに位置している。ラッパの面を下にくるように逆さにした感じの歪な構造は、しかしキチンと耐久性を考えて作られている。


表面には電波的妨害を一方的に遮断するナノレベルのチャフマシンが埋め込まれていて更にそれらを守るように爆撃や銃撃の威力を瞬間的に算出してそれに見合った防御壁を自動で生み出す“創造のダイアナイト”をエネルギー媒介とした電子レベルの見えない膜がタワー全体を覆っている。


何故ここまでするのかという疑問が生まれるのはこの街に住んでいる者からすれば当然のことだろう。たかだか街のシンボルというだけでここまでのセキュリティーシステムを用意するのは明らかに目に見えて不気味だ。


もしかしたらそこにはとんでもないものが隠されているのかも知れない。そう街の誰もが思っているが所詮は子供が新しい漢字の読み書きに疑問を覚える程度のこと。そこを命を懸けて追求する者は当たり前だが存在せず、かわりに確証性のない噂ばかりが流行していた。


タワー内部では実はとんでもない兵器が作られているとか。武人統括委員会の根城となっているとか。新世界を裏で操る『何か』があるなどといったどれも根拠のない薄っぺらな噂ばかりだ。


所詮学生の噂ごときで解明される問題でもなく結局のところ事実は迷宮入りとなっている。


もっとも武具能力の開発という神の領域に踏み込むような事をしているのだから簡単に見せられない『何か』があることは明確なのだが、そこまで理解が及ぶものは恐らくこの街にはよくて数人程度が妥当なところだろう。


街のシンボルだから何らかの意味を含ませた芸術的な建物にしたというわけではなくしっかりと特別な理由のもと作られたセキュリティーの城で、またしてもスーツ姿の女性の怒声が響く。


「最後に連絡があったのが7時間前。研究施設を脱走したところを捕まえたっていう馬鹿馬鹿しい連絡のね!だけどそれ以降何の連絡も入らないってどういうことなの!?研究施設に無事帰還したら連絡をいれるっていう言葉は嘘だったってわけ!?」


女性の怒声をひたすらに浴びているのは同じくスーツ姿の大柄な体格をした男だ。顎髭を生やし短い髪型をオールバックにした厳つい印象を放つ男は女性の金切り声を聞いてもなお愛想のない無表情な顔を貫き通していた。


彼女らがいるのは『グレイスタワー』のちょうど中間地点にある会議室だ。


本来はお偉い方々を数十人交えた終わりの見えないお堅い話し合いが行われる場だが今は片手で数える程度の人間しかいない。


1人は金切り声をあげている女性。そしてその対象となっている大柄な男。


そんな二人を椅子に浅く腰掛け会議用の机に脚をのせながら楽しげに見ているもう1人の男の計3人だ。


傍観者気取りの男は雪のように白い白髪と右目を覆う黒革の眼帯が特徴的で、スーツを適当に着崩したりチェーンやらリングやらを付けているせいかヴィジュアル系の人間を彷彿とさせる。


すると金切り声の対象は大柄な男からヴィジュアル系の男の方へと向けられる。


「これは私達にとって由々しき事態です!グレンさんもそんなにのんびりしてないで何か考えてくださいよ!」


グレンと呼ばれた男は金切り声を鬱陶しそうに片手で払いのけ眠そうな目で女性を見る。


「おいおい……レイナ。お前も“レジスタンス”の一員なら上司の命令なしでも1人でなんとか出来るようになれってぇの」


「そ、そんなこといっても向こうの状況が分からない以上何も出来ないじゃないですか!」


「それが出来てこその“レジスタンス”だ。お前もガキじゃねぇんだからそれ位の簡単な事そろそろわきまえろってぇの」


特徴的な語尾のグレンは金切り声をあげていたレイナの被害にあっていた大柄な男ディールを気遣う。


注意をうけたことに不満を抱いたのかレイナは頬を軽く膨らませて斜め下に視線をずらす。エリートと呼ばれる人間は誰かから指摘をうけることに慣れていないのかすぐさまやさぐれる為、指摘する方もそんな子供じみた態度を許すそれなりの器をもっていなければいけない。


そう考えると見た目に反してグレンは人としてかなりの器の持ち主だと言えるだろう。グレンはやれやれと両手をほぼ水平に近い位置へ広げて肩をすくめる。


「とはいってもレイナの言うとおり少し気になるところだな。こいつはちと悪い予想が当たったんじゃねえかってぇの」


グレンの発言に先程までレイナの金切り声を受けてもなんの反応を示さなかったディールがピクリと眉を動かす。


「………………それは“神造兵器”がまた逃げ出した、という事ですか?」


「そういうこった。といってもその場合最初みたいに隙をついて逃げ出したって事はねぇだろ。考えられるとしたら自分テメェを取り囲んでる武人達を何らかの方法で撃退して悠々と逃げたって所かってぇの」


グレンはスーツの上着の内ポケットから煙草のケースを取り出すがディールがその手を掴んで止める。そのままもう片方の手で近くの壁に取り付けられた焦げ茶色の看板を指し示す。


そこには煙草に大きくバツ印が描かれたイラストがあり下には喫煙禁止と書かれている。


「……………………………………」


グレンは忌々しげにその看板を睨み舌打ちをしてから再度煙草のケースを内ポケットに入れ直す。


煙草を吸えず不完全燃焼気味に深く息を吐くグレン。それでもやっぱり口に何かないと物足りないのかポケットの中に救いを求めて軽く漁ってみせる。


だが、あるとしたらライターやポケット灰皿など全て煙草関連なことに再度悶々とした感情をたぎらせる。


それを見てディールは自分のスーツの中に手をいれ眠気防止用の強烈なミント味のガムを差し出す。最初『え、お前そんなみてくれでこんなの食ってたの?』とでもいいたげにディールの顔と差し出されたガムを交互に見ていたグレンであったが妥協も大事とそれを受け取る。


暫く上司二人のやりとりを見ていたレイナだったが、やがて我に返り首を左右に振る。


「で、ですが報告を聞く限り“神造兵器”にはまだそのような力は確認されていません!グレンさんの予想は少しばかりマイナス思考過ぎるかと……」


そういってノートサイズの電子端末からデータ化された報告書を開いてみせるレイナ。


ディールはそれを受け取り指を使って巧みに画面を下にスライドさせながら報告書を読む。レイナが確認した段階ではかなりの量だったはずだがディールは早急にそれを読み終える。


報告書を読み終えたディールはそのまま携帯端末をグレンに渡そうとするが彼はそれを片手を軽く振って拒絶する。どうやら既に報告書の内容は頭に入っているらしい。


へたに主張しないグレンの見た目に反したエリートぶりに目を輝かせ尊敬の眼差しをむけるレイナ。そんな眼差しを向けられていることなど気付きもせずグレンは先程ディールにもらったガムを包みをはがしてから口に放り投げる。


しかし想像を越えた舌を焼くような辛さに目を見開き体を丸めてうずくまる。さっきのクールさはどこへやら子猫のように身を震わせ自身の口内を支配する刺激に悶え狂う。


「ま、まぁどっかの根暗研究者共の報告書だけを参考にしているようならお前もまだまだってことだってぇの……」


「……グレンさん。これどうぞ」


ディールはポケットティッシュからティッシュを一枚抜き取り、それを目尻に涙を浮かべながら悶えるグレンに手渡しする。


それを強奪するように受け取り口にある辛さだけが取り柄の忌々しい固形物を吐き出しぐちゃぐちゃに丸めて隅に置いてあったゴミ箱に向かって投げつける。


普通であればゴミ箱の角に当たったりとかではずしそうなものだが、そこは腐ってもエリートということか綺麗に中へと投げ入れることに一発で成功する。


「その報告書を見る限りだとガキの絵日記みたいなもんで“神造兵器”にやってるバイオレンスな実験方法をただ書いてるだけじゃねぇか。そんなもん見たところでなんの参考にもなりゃしねぇってぇの」


「たしかにそうですけど……でも他に参考になる資料もありませんでしたし。ところでグレンさんはどうしてそのような予想に?」


「ん?そりゃそれしかないからだよ」


簡単な調子でグレンはレイナの質問に答える。


「日本の鍛冶場フォージシティの暗部連中や組織がどこまでやんのかは知らねぇがそれでもただの嬢ちゃん相手に肉弾戦でやられるなんて事はねぇだろ?腐ってもあいつらは一応経験豊富な武人様らしいしな」


若干の皮肉を交えてグレンは言う。ただし頭の固いレイナにはそこまでは理解できていなかったらしくなんとも微妙な表情をして反応に困っている。


「………しかしそれでは“神造兵器”が起動したということになりますが…」


「上に報告するってか?そいつはまだ早すぎるってもんだってぇの。実際に俺たちが目の当たりにしたわけでもねぇものを報告して、はい僕らの勘違いでしたーで済むほど“レジスタンス”は甘くねぇんだってぇの」


それに、とグレンは続ける。


「“神造兵器”が動き出したにしちゃあ変化がなさすぎる。あいつはそういうレベルのもんなんだからな」


「でも、それじゃあやっぱりグレンさんの予想は外れているんじゃ……?」


「だとしたら日本の鍛冶場フォージシティは終わってるってぇの」


グレンの言いたいことが分からないらしく悶々とするレイナにディールが補足説明をする。


「…………意志による能力の誤作動…といったところだレイナ」


誤作動?と首を傾げるレイナにグレンはやれやれと吐息を漏らす。


「過去にも数回“神造兵器”による誤作動は見受けられてる。誤作動というよりは暴走といった方が正しいんだろうけどな」


「……実験開始から1年目、2年目、3年目と誤作動は過去に3回発生している。そのどれもに共通するのが“神造兵器”がまだ意識を保っていたということだ」


「そんなこと報告書には書かれてないんですけど……」


「情報ってのは自分てめぇの足でとってくるもんだってぇの。いちいち甘えんな」


グレンの厳しいお言葉に何も言い返せずレイナは顔を下に伏せて萎縮してしまう。


周りに比べて少し優秀だからと今まで散々大人からチヤホヤされてきたのがまるで手に取るようにわかった。


「過去の事例から考えるとどうも“神造兵器”の誤作動ってやつは感情が一定のラインを超えちまうと発生する仕組みになってるらしい」


「…発生するって、もうそれ誤作動じゃなくて一種のセキュリティーシステムじゃないんですか?」


「まだ仕組みが分かってねぇんだ、それが本当に自分テメェの命を守るために起動したってんなら実験の度に毎回起こってるはずだろ?もしかしたら感情と行動の不一致による精神的なところからくる誤作動かもしれない。ようはまだはっきりとしてねぇから誤解を生まないように誤作動ってことで統一してるってことだってぇの」


まぁ内容はセキュリティーシステムで間違ってないんだが、と付け足す。


「レイナの大好きな報告書でも分かることだが三年目以降はまるで壊れたように全く反応を示さなくなったみたいだしな。多分今回何らかの意志が働いて意識を取り戻し脱走したってのが事の始まりだろうな」


「そ、それじゃあ“神造兵器”が誤作動を起こしているから日本の鍛冶場フォージシティから連絡がこないってことですか!?」


「あくまで予想だがな。ただそれくらいの出来事が起こってるのならもうとっくのとうにこちらに連絡がきてるはずなんだが……どうやら向こうは向こうで事態を隠蔽したくて仕方がないってか?」


「だとしたらそれは罰せられるべきです!こちらは日本の鍛冶場フォージシティの方が“創造のダイアナイト”の研究に特化していると聞いて彼女を渡したのに!それはあまりにも身勝手すぎます!」


「わーわー騒ぐなってぇの。どのみち本当にやばくなったら向こうから連絡がくる前に上が動くだろう。俺たちが出来ることは確証性のねぇ推測でも民間人の無事を祈ることでもねぇ。いつでも出発できるよう準備しておくことだってぇの」


グレンはそれだけ言うと再び会議室の机の上に組んだ足を置いて目を閉じる。すると話が一段落するのを待っていたのかタイミング良くグレンの携帯端末から着信を知らせるバイブ音がスーツの中から鳴り響いた。


レイナとディールの意識は自然とそちらの方へとむかい、意味深な沈黙が部屋全体を覆っていく。


「あぁ……了解、すぐにでもむかえます。えぇ…えぇ、はい分かりました。速やかに準備を終わらせます」


数回のやりとりの後グレンは通話を切り携帯端末をズボンのポケットにしまい込む。そして机の上から組んでいた足を離しその場から優雅に立ち上がった。


その行動から全てを察したのかディールもレイナもグレンの一挙一動全てに集中力を使う。そんな部下二人の気合いのはいった視線を浴びながらグレンは誇るように呟いた。


「こちとら準備はとっくに出来てるってぇの」

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