第8話:ヒロインとの出会いって何っスか?


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学生寮に帰るなり勇矢が発した一言は『やってくれるぜ』であった。


家電量販店での目的も終え、やっと寮に帰ってきた勇矢は早速空腹を満たすために冷蔵庫を勢いよく開けた。しかしながらそこには待ちに待った食材達は一つたりとも存在せず、あるのは一体いつ購入したのかも定かではないちくわ(開封済み)のみであった。


さすがの勇矢も一体全体何の菌が繁殖しているのか分かったものではないものを食べることは拒まれた。


出前をとろうとも思ったが布団の上に投げ捨ててあった財布を覗いてみれば、大量のレシートと小銭しか入っていなかった。


これはもう神様のお怒りにふれてしまったのだと度重なる悲劇を認めざるをえない状況に涙を浮かべた。


やってくれるぜ、と敵の下っ端が発しそうな捨て台詞と共に勇矢は再び寮をあとにした。


今日という日は本当についていないと稀にみる不幸すぎる日常に感動さえ覚えていた。


さて、寮をあとにした勇矢が次に目指すのは少し行った所にある安さだけが自慢なスーパーである。


ご丁寧に資金調達のためのATMまで設置してあるということで需要は高く、かくゆう勇矢もそこの常連であった。今回は見慣れた場所ということで迷うこともないだろうと気持ちも晴れやかに商品をいれる為の籠を左右に振ってみせる。


「明日から土日だし何度も来たくないから三日分一気に買っちゃうかなー」


ふむふむ今日は小麦粉が安いのかだったら適当に卵とかいれてお好み焼きもどきみたいなものでも作りましょうかねと家庭の食卓事情を担うやり手なベテラン主婦のごとく最安値で高品質のものを作らんと計画をねる勇矢。


大特価と大きく書かれた広告をバックに山のように積み重ねられている小麦粉を手にとって見てみる。ここで肝心なのは値段に見合った量や質かといったコストパフォーマンスもそうだがなにより注意するべきものは賞味期限である。


こういった他の店よりも安い1人暮らしの学生向けスーパーがどうして成り立っているのか、それは商品の賞味期限が安価な値段に大きく関わっている。


本来食品を売り出す場合生産されて直ぐのものを工場から直輸入するのが基本だ。しかしそれだとどうしても支出がかさんでしまい定価の値段かそれ以上の値段で売る他なくなってしまう。店側からしても売り上げアップのため多少は売り出す値段を低く抑えようと努力はしているが、それでも精々5~10円位の差しかでない。


しかしこういった学生のみならず大食漢が通うような大安売りのスーパーは、そんな事情など関係なしの驚きの値段で商品を売っている。その理由としては賞味期限ギリギリで処分に困っている大量の在庫を控えている他のスーパーから安価で買い取りそれを店頭にそのまま商品として出しているからだ。


普通のスーパーでは考えられないやり方だが鍛冶場《

フォージシティ》という学生だらけの街にとって購入者が求めているのは最も安く最も多くであり賞味期限などは育ち盛りの若者は直ぐに食べきってしまうため保存どうこうといった問題も関係ないのである。


「だからといって1人で大量の小麦粉を一週間食べ続けるっていうのはいかがなものか……」


いくら育ち盛りといっても同じものを何日も食べるとなるとそれはそれで別の話。料理の専門家でもないただの学生である勇矢に小麦粉一つから多種多様なアイデア料理を作る技量も豊富な知識も当然ない。


買っておいて使い切らずに捨ててしまうのは貧乏性な勇矢にはどうしても許せなかった。しかしこんなお得なアイテムを無視する方がもっと許せない。


「……………最悪赤木にあげれば良いか」


都合の良いベストフレンドに小麦粉の行く末を任せ勇矢は手に取っていたそれを籠にいれる。


それから卵やソーセージなどコストパフォーマンス優先のお手頃食品達を次々といれていき三日分の食料を片手にレジへと向かった。


ATMで引き出した二千円が千円になってしまったが、それでも都心で三日分が千円で済む買い物術は大したものだと勇矢は自画自賛する。


「よし、それじゃあそろそろ帰るか。いよいよ腹から何か怨念的なものが出てきそうな勢いだし」


一枚5円の有料レジ袋ではなく雑誌についてきた薄っぺらいマイバッグに食品を詰め、いそいそと早足で店を出る。今日は不幸の連続だった為、気分を少しでもあげようと贅沢に一本200円もするエナジー飲料を買ってしまった勇矢は明るい顔をしながらマイバッグからそれを取り出す。


やはり200円ともなると扱いが一級品なのか一本の為だけに無料の小さなレジ袋を使って丁寧にいれられている。


ここで飲んでしまおうと思った勇矢であったが、やはり楽しみは最後の最後にとっておこうと晩酌をねだる中年男性のような結論にいたり、手に握られていたエナジー飲料の缶を再びマイバッグの中へと忍ばせた。


ちょうど勇矢が街の違和感に気付いたのはそのあたりだろう。


「(この時間帯の割にはやけに車の数が多いような…?)」


エリア4は学生の出入りは多いがそれ以外の人間の出入りとなると教師か用務員といった学校の関係者くらいだ。よって車に乗っているのは学校の関係者かエリア4に隣接しているエリア3やエリア5にある施設や仕事場に向かう大人たけなのだ。


しかし時間帯はまだ夜の7時。学生はともかく大人が帰るにしてはあまりにも早すぎる。くわえてエリア4に車がこぞってやってくるという事自体おかしい。


学校行事も街のイベントもない日に限ってここまで道路が車で埋め尽くされているのは車をもっていない素人からしてみても不思議に思えた。


「(もしかして事故かなんか起こったのか?よく聞くと悲鳴みたいな声も聞こえるし……)」


神代勇矢はボランティア精神溢れたお手軽ヒーローではない。にも関わらず勇矢が騒ぎの方へと足を運んだのには単純に興味があったからに他ならない。若者特有の底なしの野次馬根性が目の前で起こっている事態の確認をしたいと少年を行動させる。


自分が住んでいる学生寮とは反対の方向だが目の前に人参をぶら下げられたら馬のように目の前の事態しか見えなくなっていた勇矢は気にせず騒ぎの方へと進んでいく。


近付くにつれ悲鳴や叫び声が大きくなっていき、それがどことなく悲観的な想像をさせる。まさかテロリストが乗り込んできたんじゃないだろうなと生唾を飲み込む。


鍛冶場フォージシティを良く思っていない人間は当然いる。というのもそこは見るも珍しい武人達が一つに纏められ、それを用いて勝手に自分たちの気がむくままに研究や開発を行っているから。武人という予想できない戦力を大量に所有しているから、など理由は様々だが不満をもっている人間がいるということだけは確かだ。


そのため街を破壊するためのテロリストの存在自体は珍しくはないのだがそれが街に入ってきたというケースは学生の勇矢は聞いたことがない。


仮にセキュリティーシステムを突破してやってきたとなれば命にかかわる問題でもある。


これ以上はまずい。


咄嗟にそう判断した勇矢が回れ右をして騒ぎの方から足を遠ざけようとしたその時。


ガサリ、と。


何かが擦れるような音が勇矢の足を止めた。


普通であれば野良猫かなにかだと思って気にもとめないだろう。が、しかし今街に起こっている状況が普通だとはどれだけポジティブに考えても到底思えなかった。


勇矢が真っ先に予想したのは目下騒ぎを起こしている犯人が人だかりを離れて逃亡のチャンスを伺っているのではないかだ。犯人はいるのかという前にそもそも現場の状況自体をまともに知らない。


もしかしたら自分が知らないだけでエリア4で大規模なイベントが行われているのかもしれない。事件といっても酔っぱらい同士が道路で喧嘩して車の走行を妨害しているだけかもしれない。


無知なだけに悲観的な想像だけではなく楽観的な想像も予想の範囲内だ。だが勇矢の頭に浮かぶのはお世辞にもそんな綺麗事ではなかった。


あるのは明確な恐怖。今の勇矢は無知といっても全く状況を理解しきれていないわけではない。無数に行き交う車に連鎖反応的に放たれる悲鳴にも似た叫び声。明確な情報さえないが断片的なものであれば既に彼は取得していた。


断片的で明確性もないその情報は、しかしそれ単体で見てみると、どう視点を変えてもマイナスなイメージしかわいてこない。アイドルや俳優を見てあげる歓喜の悲鳴とはまるで違う本当に恐れている悲鳴が勇矢を底なしの想像の沼へと沈めていく。


状況……というよりも環境は人間の心理に大きな影響をあたえる。例えばアフリカのサバンナをイメージしてほしい。何の装備も持たずに裸一貫で誰からの助けもなしに放り投げられたとしてまず真っ先に感じることは何だろうか?


それはもちろん予想のつかない恐怖だ。


茂みに近付けばそこで息を潜めている獰猛な肉食動物に首をかっきられる。目を瞑れば次に開いた瞬間には獣達に周りを囲まれている。少しでも気を抜けば毒蛇に足を噛まれて毒死するなど環境によってプラスのイメージよりもマイナスなイメージの方が優先して脳内に予測状況として展開されていく。


「……………………………」


唾を飲み込む喉の調子がおかしい。緊張のせいか筋肉が強ばり正常な働きをこなしていないのだ。


さっきまで流暢に動いていた足が重い。まるで地面に貼り付けるように固定されている窮屈な感じが勇矢を支配する。


さっさとこの場から立ち去りたいはずなのに視線はゆっくりと、錆び付いたネジが甲高い音を発しながら回るようにぎこちなく動いていく。


怖いものみたさとは違う強大な『何か』に引っ張られていく。重力とも違う別種の引力を操って自分側へと獲物を引っ張ていく未知の存在に、しかし体はおろか心までもが抵抗を示さない。毛穴という毛穴が開く謎の開放感さえ感じながらそれでも勇矢は音のした方へと足を運んだ。


「(まさか本当に鍛冶場フォージシティに反対するテロリストとかじゃねぇだろうな……)」


不安を感じながら勇矢は音のした路地裏に近づき、そしてスパイ映画のごとく壁からギリギリ顔を出してその奥を覗き込む。


そして驚愕した。


そこにいたのはテロリストでもなければ異形の怪物でもない。


それよりももっと現実味があり同時に分かりやすい絶望だった。


「…だ……大丈夫かっ!?」


こそこそと隠れていたとは思えないくらいに大きな声をあげ路地裏にある深い闇へ、そこにいる自分を引き寄せていた存在の方へ駆け寄る。


そこにいたのは1人の少女だ。


ふわふわとした金髪に整った顔立ち。首には南京錠付きの首輪がはめられており抜けないようにしっかりと締め付けられている。真っ白な何の装飾もない白いワンピースは既にボロボロになっており、所々にある生傷が何となく悲痛なイメージを勇矢に思い浮かばせた。


路地裏に倒れ込んでいる少女に近づきその体を起こす。ヌメッとした粘着質な感覚が少女の体を起こした手から感じられる。見てみればやや黒みがかった血がそこにはべっとりとこびり付いており、そこから少女の傷の深さが伺える。近くで見てみると体には細かいものから大きなものまで無数の切り傷や火傷の痕が痛々しく主張しているのが分かる。


「…ん……っ……」


起きあげた少女の口から小さな声が漏れ出た。なんとか意識はあるようだ。


閉ざされていた瞳が僅かに開き、そこから覗く瞳は宝石さながらの輝きを放ち、その色から日本人ではないことは容易に想像がついた。


鍛冶場フォージシティでは国籍などで分別を行ってはおらず武人であれば日本だろうが他の支部であろうがどこにでも定住権はあるのだ。そのため日本人だけでなく外国人も勿論この街に住んでいる。


だがどうにもこの街の住人には見えなかった。いや、住人であることは変わりないのだろうが自分達とは住んでいる世界が違うと勇矢は思った。


それは別に国籍や上下関係やレア度や立場から思ったことではない。自分が今まで足を踏み入れたことさえない異次元。想像を越えた『何か』が蹂躙する深い闇。


様々なifの世界が勇矢の頭に次々と流れ込んでいく。


「……あ、なた…は、誰……?」


まだ焦点の定まっていない蒼い瞳でこちらを見ながら尋ねてくる少女に勇矢は慌てながら答える。


「俺は神代勇矢、ただの学生だ!そんなことよりお前どうしたんだよ!?一体何があった!?誰にやられたんだよ!?」


「ゆう……や…?…へへ、良かった……やっとあの人達以外の人に…出会えた、の………」


敵ではないと察したのか少女は訝しげに潜めていた眉を元に戻し息を整えることだけに集中する。


「私はアリス…アリス…ウィル………ホープ…。ちょっと色々とあって……組織の人間に、追われて、いるの…………」


「追われてるって?ふざけんな!これのどこが追われてるっていうんだよ!?完全にじゃねぇかっ!?」


細かい事情など勇矢は知らない。ただこの少女が言った追われているという事だけは間違いだと確信した。


太股や膝の怪我は動きを止めるためにやったとして、わき腹や背中などにある切り傷や刺し傷はどう考えても牽制の度を越えている。


明らかに少女を追っているという組織の人間は少女を殺そうとしている。


「と、とりあえず警備隊や病院に連絡を…」


ズボンのポケットから携帯を取り出し鍛冶場フォージシティの警察的存在でもある警備隊に連絡をする。しかしどれだけかけても電話に出る者はいない。ならばと次は病院にかけるがそれも同様の結果しか返ってこない。


「くそっ!どうして肝心な時に誰もでねぇんだよ!この税金泥棒共が!」


またかけ直すが、やはり誰も出ない。流石におかしいと思った勇矢は電話ではなくネットを開く。すると途中でネットそのものが繋がらなくなった。何度更新しても一向に回復の兆しをみせない所から一つの推測をたてる。


「(もしかして近くで起こってる事件と関係あるのか?)」


あまりにも多くの人間が連絡を同時に大量にすると回線そのものがダメになる場合があり、年末年始にメールが届きにくくなるのは正にその対象だ。


鍛冶場フォージシティの治安を守る警備隊への連絡はエリア1にある倉庫番ゲートキーパーを介する必用がありそこが警備隊の本部である。


果たしてそこ一ヶ所だけに何百もの連絡が行き交えばどうなるか。回線はパンクし連絡の一切を使用不能に追い込むだろう。


本来はそういったことはないのだが、ここはエリア4。本当に助けを求める人は勿論の事、おもしろ半分に状況を我が物顔で連絡する学生も当然いるだろう。そうなってしまえば実際に現場に居合わせていない者からいる者まで一緒になって連絡をしてしまい結果的には自分達で自分達の首を絞めているという状況を作り出してしまっているのだ。

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