第5話:エレクトリックトラブル

あれ以上余計な一言や二言を口にしていたらそれこそ怒り狂う猛獣に上半身と下半身をブチッ☆と噛みちぎられそうだった勇矢は半ば追い出されるように学校から出てきた。


廊下を走っていた為に他の教師からのお怒りに触れるも自分の担任教師と比べると後者の方が何倍も恐ろしく早くこの場から去らねばという意志だけが働いてメガネをかけた老教師の制止を振り切って外へと抜け出すことに成功したのだった。


「…………しっかし、なにもあそこまで怒ることはないよな。あの人は血に飢えた狼か何かですか?」


今まで自分が教室だと思っていた場所はどうやら猛獣の長が餌場を取り仕切るテリトリーだったようで今後の方針……というよりも来週の月曜日にどんな顔をして会えば良いのかを考える。


向こうはこちらと違って酸いも甘いもききわけた立派な大人だ。流石に一度生徒に下着を見られたくらいでそれをいつまでも根にもつことはないだろうと勇矢はポジティブに物事をとらえた。


「さぁて、と。それじゃあいよいよ愛する我が家へ帰るとしますか」


勇矢は肩に掛けた学生鞄の位置を肩をすくめたり伸ばしたりして微調整しながら学校をあとにする。


どこの高校もよっぽどのことが無い限り下校時間は変わらないので、この時間帯は多くの学生たちが野に放たれた犬のようにあっちにいったりこっちにいったりして自由気ままに街を埋め尽くしていく。


校門を出て直ぐはまだ同じ制服を着た人数の割合が大半だが、一つ二つ路地を曲がってしまえばアメリカお手製人種のサラダボールと言わんばかりに学生のサラダボールが完成する。


東京と神奈川を一つにまとめただけあって鍛冶場フォージシティは破格の広さを誇っているが、その中はといえば建物や工場、研究施設や発電所、そしてメインの大小無数の教育機関などがバリエーション豊富に詰め込まれただけあって人の行き来はというと広い敷地面積に比べて存外滞った部分がある。


といってもそれは街の住民の大半が住むエリア4だけに限るのかもしれないが。


「それにしても今日は忙しかったなぁ。寝坊して遅刻して走って顔面スライディングして説教受けて財布忘れて喧嘩して説教受けて空腹に耐えて説教受けて廊下走って説教受けて……って、あれ?俺ってば説教受けすぎじゃね?」


たった一日で色んな教師陣に説教をくらっていることに首を傾げる勇矢。別に教師に刃向かう不届き者な不良少年でもないのに、この待遇はいかがなものだろうかと唸りをあげる。


何度も言うが教師陣は別に神代勇矢を敵対視しているわけでも問題視しているわけでもない。皆平等に差別なく接している中で勇矢本人か飛び抜けて問題児としての責務を見事にこなしているだけなのだ。


そこに気付かないところがまた高校生らしくもありガキ臭い男子らしくもありお馬鹿でもある。


「これからは遅刻しないように携帯のアラームに頼らずにちゃんとした時計でも買ってそれで起きるようにするかなー」


最近の時計には二度寝防止機能がついており一度鳴ったのにも関わらず使用者が寝続けている場合も考慮して日替わりの計算問題をパスワードとして設定し、それを解いて解除しない限り何度でも鳴り続けるというお寝坊さんにはぴったりな便利グッズとなっている。


とはいえ良い時計はその分そこそこ値ははるものである。一人暮らしプラス奨学金無しの貧乏学生には直ぐに手が出せるものではない。勇矢自身親からの仕送りで何とか生計をたてているが、そこに計算せずに無駄な出費をいくらも行うとあっという間に一日一食(たくあんとご飯のみ)の生活になってしまう恐れがあるのだ。


買うにしてもどのくらいの値段なのか知っておきたい勇矢は学生寮に帰る前に少し寄り道して、近くにある家電量販店へと足を運ぶことにした。


学生寮や学校がはびこる同じエリアに家電量販店やスーパー、ホームセンターなどがいくつもあるのは正に鍛冶場フォージシティならではの街作りといったところだろう。


学校側からしても必用な教材が安価で手に入り、店そのものが手近な場所にあるのでわざわざ予約などをしたり発注したりしなくとも当日まとめ買いするだけで済むという利点から多くの支持をもらっている。


流石は学生を主軸においた街作りを目指しているだけあってメリットはあれどデメリットの少ない効率的な街作りになっている。


まさかこの街の建築士は自分たちと同じ学生なのでは?と突拍子のない予想を勇矢はしてみせる。


そのまま歩くこと数分足らず。


いくつか他の学校の学生寮を抜けた辺りで目に悪そうな電飾をピカピカと光らせ目立ちやすさナンバー1を目指したお目当ての家電量販店へと到着した。


自動ドアをくぐり抜けるとやかましい騒音が両耳をせわしなく攻め立ててきた。最新型のテレビや掃除機やらのCMを流すだけ流しまくって店内は結局の所なにを一番に売り出したいのか判断に困るカオスな雰囲気になっている。


そのやり方自体は別に構わないが勇矢としてはコスプレをしたかわいらしい女の子たちが甘い声を出しながら商品の説明をする方がよっぽど嬉しい。


「あんまり長居もする気はないし、さっさとお目当てのものを探すか」


入り口近くにある二階建ての店内の全体マップに目を通す。一階には携帯やパソコン用品、Wi-Fiルーターなど情報端末系のものが売っており二階では洗濯機や炊飯器や掃除機といった生活家電用品が売られている。


しかしながらそのどこにも勇矢のお目当ての時計という項目は存在しない。


「うーん生活家電用品のところにあるのかな?一階には見た感じ時計は売ってなさそうだし」


あまり来ることがない家電量販店の内部構造に時計なんてもしかしてないんじゃないかと不安を抱く勇矢だがとりあえず見るだけ見てみようと二階へと続くエスカレーターに乗る。


エスカレーターに乗って二階へとやってきた勇矢は明確な目的地も分からぬまま店内を大雑把に見て回る。平日のはっきりと夜とも言えない時間帯もあいまって店内には勇矢以外の客の姿は数える程しかいなかった。


若干迷子に近いこの状態を他の人に見られるのはなかなかどうして気恥ずかしいものがあり、勇矢としては願ったり叶ったりな状況であったりもする。


炊飯器や洗濯機はやはり売り上げが良いのか店内の目立つ場所へ置かれているが学生寮にあるもので十分なので特に注目することなく時計コーナーをキョロキョロと首を回して探し歩く。


あまり挙動不審な動きをしていると万引き犯と間違われそうなものだが流石にそこまで不幸が舞い込むことはないだろうと、こればっかりは少し不安げに思う勇矢。


というのも現在の勇矢は財布を持っていないのだ。ここで万引きを疑われ不審者扱いを受けた場合、所持品を確認されでもしたら財布もないのになにしに来たの?ということになりかねない。


また日を改めて来れば良いものを、めんどくさがりが顔を出すという自堕落な理由で勇矢はなにがなんでも値段を確認しようとおかしなスイッチが入っていた。


そんなわけで速やかに時計コーナーを見つけたい勇矢なのだが、いかんせん無駄に広い店内では探すのも一苦労だ。


もう妥協して店員に場所を聞こうかと単独探索プレイに見切りをつけより効率の良い探索方針に変更しようとした矢先、勇矢の目の前に見知った顔の少女が現れた。


一言で説明しろといわれればボーイッシュという言葉が一番しっくりくるだろう。


刀のように鋭くも透けるような儚さも併せ持った銀色の髪の毛は肩にかかるかどうかといった長さをしておりカチューシャの代わりに黒いリボンをつけてオリジナリティーを出している。整った顔立ちは上品な魅力を醸しだし正に美少女と呼ぶに相応しい。


そんな女の子らしい少女をしかし勇矢は清楚系女子だとか綺麗系女子といったジャンルにいれることなく、あくまでボーイッシュな少女と思考の中でジャンル分けをしていた。


その理由は外見とは異なった内面、つまりは彼女の性格に起因している。それを知っている勇矢は喜怒哀楽のどれにも当てはまらない、なんとも例えのしづらい微妙な顔をする。


「(向こうにはバレてないみたいだし、早く場所を移ろう。また面倒事になるのはごめんだし)」


触らぬ神に祟りなしと同じく触らぬ知り合いに面倒事なし。勇矢は少女に自分の存在が気づかれる前に別の方向から時計コーナーを探そうと踵を返す。が足を踏み出そうとしたところで背後から声が聞こえてきた。


「あれ?ちょっと。………ねぇ、ちょっとってば!」


「聞こえない聞こえないなにも聞こえない。そうです私はミスター難聴」


両耳を手で覆い隠して知らぬ存ぜぬの態度を貫く勇矢。歩く速度は既にギア2へと移行しており、もう少しで助走も終え本格的に走り出すギア3まであと少しというところで今度は言葉の制止ではなく行動による制止が加えられた。


ガシィッ!!と学ランの端を掴まれた勇矢は未練がましく足を動かすが後ろからの無慈悲な引力には逆らえずその場で行進するだけで終わってしまう。


「人が声をかけてるっていうのに無視とはどういう了見よ?」


「……………聞こえないし誰にも触られてない聞こえないし誰にも触られてない聞こえないし誰にも触られてない」


「ちょっとー?思考内容が脳から口に向かって洪水起こしてだだ漏れになってるわよー?っていうかあんた失礼過ぎんでしょうがこの野郎」


「現実逃避も時には大事なんだよバカ野郎」


やれやれと外国人さながらに両肩を大きくすくめた後、勇矢はしつこく自分の服を引っ張ってくる少女の方へとようやく視線を移した。


「よう、音無後輩。元気にしてたか?」


「これはこれは神代先輩。散々人の存在を空気に扱っていたくせに良くもまあそんな言葉がはけますね」


勇矢の取り繕ったような言葉に先程のお返しか嫌味満々な態度と発言で音無静音おとなししずねは対抗した。


勇矢と同じ学校の制服を着ている静音は先の会話の通り先輩後輩の位置関係にあり、セーラー服の胸元には一年生の学年を表す緑の校紋バッジが付けられている。


そういえばそんなバッジもあったなと自分の部屋のどこかに封印されている二年生を表す青の校紋バッジの存在を勇矢は思い出す。


そもそもYシャツではなく中にTシャツを着ているような着崩しライフスタイルな少年が律儀に校則を守っているわけがない。


とはいえそれは別に神代少年にのみ当てはまることではなく他にも似たような格好をした者達は大勢いる。


だからといってそれそのものが正当化されるわけではないのだが、どの範囲までが良くてどの範囲までいくとダメなのかを知っている彼らにとってはお構いなしだ。


そんなちょっとした自由を得た勇矢にとっては律儀に校則に従って制服を着る静音は損をしていると思った。別に着崩すことが格好いいと思っているのではなく居心地が悪くないのかどうかが重要なのだ。


三年間という長い学生生活の上で学校の着せ替え人形のように毎日毎日堅苦しい格好をしているのは居心地としてどうなのか。


そんなことを思いながら見ているとはさて知らず。静音は勇矢の無言に最初疑問の表情を浮かべていたが、直後に顔を真っ赤に染め上げる。


「あっ、あんたねぇ!人様の身体をジロジロと見てんじゃないわよ!このスケベと変態が交差したキマイラめ!」


「おいおい……言いがかりは止めてくれ。流石の俺でも分別は出来てるつもりだ。主に胸囲で判断しているが」


「OK。この場でぶっ殺す」


ワナワナと拳を堅く握り始めた静音に恐怖を感じた勇矢はすかさず距離をとろうとするが背中には商品棚があるため身動きがとれない状態にあった。


このままでは歯の一本でも折られかねないと思った勇矢は、とりあえず話題を変えようと適当に口火をきった。


「そ、そんなに喧嘩っ早いと怪我しかねんぞー、と先輩でありトラブルメイカーでもある神代さんからのありがたいお言葉に耳を傾ける気はないかね?」


「悪いけど別に私バーサーカーとか目指してるわけじゃないから。って確かそれ関連でアンタに何か言いたかったことがあったような………?」


しばらく首をひねった後。あ、思い出したわ!と静音は手を叩く。 


どうやら上手く話題を変えることに成功したようだ。


「あんた購買や食堂にいないのはまだ分かるけどさ、教室行ってもいないってのはどういうことよ?こっちだって貴重な青春の一分一秒を無駄にして行ってやってるっていうのに」


「………………いきなりなに言ってんだお前?俺のストーカー志望か何かなの?」


勇矢の冗談混じりの一言に静音は自分の足を杭打ち機のように鋭く勇矢の足に向けて叩きつける。


しかしすんでのところで勇矢は足を引っ込め、静音の攻撃はダンッ!という床に激突する豪快な音が鳴るだけに終わった。


「なにすんだよっ!?お前は俺の足をペラッペラのライスペーパーにでもする気か!?」


「あんたが気色悪いことを言うからよ!誰があんたなんかに惚れるかっての」


「………真面目な話どうして俺のこと探してたんだ?何か悩み事でもあんのか?」


「あんた……本当に何も覚えてないのね…」


はぁ……と、静音はわざとらしくため息をつく。


「最後に会った時、あんた自分のハンカチ破いて私の傷の手当してくれたでしょ?そのお礼がしたかったのよ」


「最後に会った時っていうと………あー…あれか?お前が性懲りもなく戦ってた」


「性懲りもなく言うな。別に私が喧嘩ふっかけてる訳でもあるまいし」


勇矢の言葉に静音は不機嫌そうに頬を膨らませる。


膨らませているその頬に容赦なく指を突き刺し口内の空気を暴発させてみると今度こそ静音の杭打ち機が勇矢の足と床を同化させるように打ち込まれた。

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