第1話:鍛冶場って何ッスか?
どうやらこの世界は現実世界と全く似て非なるものらしい。
とある知略の神の手により新しく創造されたこの新しい世界は世間一般に知られている現実世界と一見してみればなんら変わりはないように思えるかもしれない。
空に大きなドラゴンがいるわけでもなく海に巨大なクラーケンがいるわけでもない。
空には飛行機が通常運転のように飛び交っているし地上には普通の格好をした普通の人間もちゃんといる。
ただ唯一違うことといえばそこに
武人。
ロキが武具を人の形にして転生させた新たな人類。
身体的特徴に関していえばなんら一般人と変わりはないのだが最たる特徴としては神話を彩る武具の力を所有していることに尽きる。
武人には一人一個、武具の力が備わっている。
例えばアーサー王伝説にものっているデュランダル。
英雄ローランが持つこの聖剣を軸として転生した武人がこれを生み出すと、その剣は伝承通りの見た目と力を備えているというわけだ。
形状はロングソード、黄金の柄の中には聖ペテロの歯やバジリウスの血、聖ドニの毛髪が納められており、その力は岩をも断ち切り切れ味・硬度その両方に勝る物は無い。
北欧神話も東欧伝説も関係なく境目無しの神話と神話が入り乱れているこの新世界が革命戦争が勃発的に起こることもなく国家が転覆するような事案も起きず未だに平和を維持できているのはしっかりとした管理を行っているからだ。
さすがの知略の神も力任せの原始的な破壊生活は美学に反すると思ったのだろう。
武人達がろくに教育も学ばず原始人さながらの行動をとらないようにと彼はあるものを作り上げた。
あるものというのは別に小難しい法律や制度などではない。
そもそもその堅苦しい法律に左右されず世界を好き勝手に変える為に武人という存在を生み出したのであって、仮に小難しい法律を作ったとしてそれを守るものはごく少数だろう。
ならばどうやって管理をしているのか。
答えは簡単で武人を教育するため専用の巨大な都市を丸ごと作り出し、そこに彼らをぶち込むことであった。
街の名前は『
武人を教育するための大規模な都市であるそれをロキは世界5ヶ所に造り上げ、そこに武人達を学生として招き入れたのだ。
そこでは多くの武人達が学生として過ごしており、専門的な教育はもちろんのこと将来は
いわゆる武人による武人のための都市として
世界5ヶ所に建てられた
東京・神奈川を丸ごと一つの都市としてまとめて開拓した日本の
大小様々な教育機関はもちろんのことレジャー施設やショッピングモール、研究施設や発電所といった学生が求めるもの生活に必要なエネルギー開発は全て最新鋭のものをとりいれており、どんなニーズにも応えられるようになっている。
一つの国だといわれてもなんら支障が無いほどに開発が進んでいるこの街では500万人もの住民が住んでいる。
そんな街を場違いな調子で駆け回る一人の少年がいた。
少年の名前は
黒というよりは灰色に近いくすんだ色をした髪に、長袖のTシャツとその上に学ランを羽織った適当に着崩したスタイルのとある共学の高校に通う高校二年生の少年は汗を滝のように流して街を走っていた。
今はまだ5月1日。
外は熱くもなく寒くもないちょうどよい気温となっているわけだが、そんな事情などお構いなしに流れ出る汗を勇矢は袖で拭う。
横断歩道にさしかかった辺りでタイミング悪く信号が赤に変わり、いくつもの車が待ってましたとばかりに勢いよく路上を走り抜けていく。
いつもであれば信号など無視して駆け抜ける勇矢だが、この無数の車が行き交うデッドロードを命をかけて渡るというのは流石に無理があった。
これも体力の回復だと思い仕方なく信号を待つ勇矢の頭の中では今まさに遅刻をしているこの現状の打破と、最悪の事を考えての言い訳の言葉選びという二つの問題が考察されていた。
「はぁ…はぁ…とりあえずこのクソ長い横断歩道につかまった段階で遅刻は確定…かぁ……」
トホホと肩をおとす勇矢。
彼がこの清々しい朝を走っていたのは発言内容からも分かるとおり遅刻をしてしまったからだ。
携帯でアラームをセットしたまでは良かったのだが、肝心の携帯を充電することを忘れていたらしくあえなく電池切れ&アラーム無しの休日よろしくな時間での起床。
くわえて途中で見計らったかのようにおばあさんが腰を痛めて倒れているし、女子高生がひったくりにあっているしで更に時間を浪費した。
その他にもなんやかんやがあって結局朝のホームルームが始まっている時間になってしまった。
当然スクールバスも出ておらず、やむを得ず走っての登校を余儀なくされ現在にいたるというわけである。
「ちくしょう!なにが良くって5月のはじめにいきなり遅刻なんてしなくちゃいけないんだよ!?なに、え、そう言う不条理が俺を襲ってるのか?そうなのか!?」
不条理といっても元々の原因は買ったばかりの漫画を読むために夜更かしをして眠気眼でキチンと携帯の充電をしなかった全くの自己責任なのだが、こうでも言っていないとやさぐれてしまいそうだった。
人っ子一人としていない横断歩道の前でギャーギャー騒いでは勝手に泣き崩れる勇矢。
どうして人がいないのかというと理由は単純で時間が時間だから。
皆、学校へ行ったり仕事をしたりしている中で健康至高主義でもあるまいし健気に全力ダッシュをしている自分が恥ずかしくなってきた。
そもそも遅刻というか寝坊をすること自体が高校生としてどうなの?と意地の悪い教師陣に言われそうなものだが、そういった考えたくないことにはすぐさま蓋をして見えなくする。
何事も前向きに考えていかなければやってられないぜアッハッハと爽やかな笑顔と共に結論づける勇矢であったが信号の色が青に変わるのと同時にその顔はまたもや苦悶の色に染まる。
「…………このまま家に帰って録画してたドラマでも見ようかな…」
待ちわびていた信号機の青い点灯ランプにナーバスな気持ちがふくらんでいく。
青は人の精神の高ぶりを抑制する効果があるとは聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。
勇矢はわき上がるお家に帰りたい衝動と抗いながら横断歩道を渡る。
心なしか足が重く感じられる。
これが精神的なところからくるものではなく単に走ったことへの疲れだと信じたい。
いきなり学校に隕石とか落ちて休みにならないかな?と少しばかり真剣に願ってみる。
長くも短くもない微妙な距離の横断歩道を渡り終え、あとは道なりに五分くらい進んでいけば待ちに待った(心の中では全く待ち望んでいないむしろ帰りたい)学校だ。
ここまで来たら適当にタイミングを見計らって教室に潜り込もうとゆっくり足を動かす。
汗まみれで教室にヘッドスライディングでもすれば先生も、ああ頑張って走ってきたんだなと感動の涙をぽろりと流すかもしれないが生憎これ以上中に着ているシャツを汗でびしょびしょにするのはごめんこうむる。
汗くさいシャツを着て一時間目から帰りのホームルームまで怪訝な表情をすることもなくいつも通りの学生生活をなんて器用なことは出来ない。
既にこの段階で汗を吸ったシャツが肌にはりつく嫌悪感に苛まれているのに、これに更なる水気を追加注入☆など決して喜ばしいものではなかった。
汗を吸ったシャツを片手で掴んで少しでも乾くようにとパタパタと小刻みに振りながら歩いていると最近出来たばかりのコンビニが目に入った。
「(立ち読みでもして教室に潜り込むタイミングを見計ろうかねぇ)」
どうせ遅刻するのならとコンビニに入ろうとする勇矢であったが、入り口の扉を開ける前に店内にたてかけてあった時計が目にはいる。
そこには八時半を示す指針と下に小さく金曜日を表すFridayのFriという文字があった。
さっきまでの余裕そうな顔はどこへやら。勇矢の表情はみるみるうちに強ばっていく。
「今日って金曜日だったのか!?くそったれ!最低の曜日で寝坊しちゃってんじゃねぇかよ!やばい……早くしないと斉藤先生の授業が始まる!!」
授業が始まる五分前には自分の席に座っていないと怒ってくる短気な年増女性教師(独身)の存在に勇矢は口角をひくつかせる。
勇矢が斉藤先生なる教師に恐怖を抱いているのには理由があった。
かつて授業をおざなりにしていた不良少年が斉藤先生の授業を遅刻したところ喧嘩上等!先公なんて怖くねぇ!と口々に言っていた彼が生気の一切を取り払ったかのような青白い顔になったのを思い出す。
罰として一日で終わるわけもない大量のプリントに反省文。
きわめつけに校内の掃除と説教数時間。この出来事だけで両親がなにをいっても言うことを聞かなかった不良少年がたった一夜にして真面目な少年になるくらいの恐ろしさがそこにはあるのだ。
「のんびり歩いてる暇なんてなかったのねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!??」
清々しい朝に溶け込む叫び声をあげながら勇矢は再び武人の街を走る。
全ては明るい放課後の為に。
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