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パリス同盟にはエリンディル中原の幾つかの国が参加している。水の街で知られるクラン=ベルもその一つだ。この街は数年ほど前、『魔将戦争』と呼ばれる事件の舞台として甚大な被害を受けた。現在は市民らの尽力や神殿の働き掛け、何よりかの事件を治めた『クラン=ベルの四英雄』によってかつての美しい水の街の様相を取り戻している。
レンリ・ナーザがその身を癒していたのは、この水の街クラン=ベルの外れにある小さな診療所だ。遡ること数か月は前になるか――全身に傷を負い、この診療所の前に彼は倒れていた。幸い命に別状はなかったそうだが、治療後三日は寝ていたと、ここの主である女医から言われたときはさすがに申し訳なく思ったものだ。
「もう行くのね?」
不意打ちに声がかかる。物思いに耽るのもここまでのようだ。外に生える樹木にやっていた目を閉じ、声の主へ振り返る。
「あぁ。……長い間世話になりました」
「何もまた冒険者として行かなくても……ここで働いてもらってもいいんですよ?」
その声音は確かに彼の身を案じていて、敵わないなと思いながらも、その決断をレンリは変えるつもりはなく、ただ困ったように笑みを返していた。
「その申し出はありがたいんですが……やっぱり俺には冒険の方が性に合ってるみたいで。すまない、エレーナさん」
既に出立の準備は整っている。彼女、医者のエレーナも小言を言いつつ、荷物をまとめるのを手伝ってくれていた。だからこれは、あくまで善意として示してくれているのだろう。だからこそ本当に申し訳なく思うのだ。
「そう……」
軽めのため息。
「なら、もうこれ以上言うのは野暮というものね」
そう言って顔を上げたエレーナの表情と声音に、先ほどまでの心配の色は残っていない。彼女のこの辺りの切り替えの良さは、この数か月でよく見てきた光景だ。ふと、思い出したように彼女は入り口の裏手まで戻っていった。引き返してきたエレーナの両手には、一振りの
「これ、忘れ物よ」
エレーナはレンリの手を握り、その剣を丁寧に渡す。受け取るレンリの手はわずかに震えた。
「……そうか、忘れちゃいけないものを忘れていくところだった」
何を思い出したか、あるいは何を思ったか。それはエレーナの知るものではない。彼女が治したのは怪我であって、彼の内面ではないのだから。
「ありがとう」
渡された
「じゃあ、身体に気を付けてね。なんだったら、いつでも戻ってきていいからね」
本音か冗談か、頬に手を当てながらエレーナは朗らかに笑う。彼女の様子にレンリもまた「考えておくよ」と、苦笑交じりに返す。先ほどの小さな狼狽の影はもうない。灰色の髪と、同色の耳と尻尾を風に靡かせて彼は歩き出す。
ひとまず目指すは、最後の手掛かりの地に近い街。
――それが、およそ3週間前のできごと。彼は今、グランフェルデンの大神殿で。
「アイン、確かめもせずに勝手に頭数に入れないの。困ってるじゃんこの子」
「えーっ!だってだって、
「えっと、あのー……」
「だっても何もないってさっき言ったばっかでしょバカアイン!」
「バカって言う方がバカなんだよバカチェルナ!」
(……子供の喧嘩か)
やれやれと、目の前で繰り広げられる少女たちの諍い(?)を見ているのだった。
それが、彼らの出会いの一番最初のこと。
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