A-1-6 種族自決

 エディラカ星系



 <スピラ>ステーションが物体を捕捉したのはニュートリノ検出から四時間後だった。距離は第二惑星から一億キロ彼方、ベクトルは第二惑星。その物体は光速の七十パーセントというとてつもなく大きな速度を持っていた。その時点で到達までの時間は五〇〇秒を切っていた。

 シャウォを含む宇宙機エンジニアによる推測は悪くも当たった。それは地球人類の分類で言うところの、相対論速度線形加速砲による攻撃が行われたというものだった。

 これは連続的な核融合や対消滅による爆圧で物体を一気に高い速度に加速して撃ち出すもので、中でも光速に近い終端速度を持つものを相対論速度兵器と呼ぶ。これらの兵器は星系内宇宙機には実現できない高速をもって星系の重力勾配こうばいを打ち破り、標的にほぼ直線の軌道で砲弾を投射することができる。惑星間距離において亜光速を得る利点は、発射に気づかれたとしても阻止のための対応時間を与えないことにある。光速に近い砲弾は、それ自体の発射を知らせる放射の伝達速度に迫るからだ。<スピラ>ライブラリには構想としてそのアイディアが含まれているだけだったが、かつての第一星系での戦争では敵側がその兵器を使用していたと思われる観測情報が伝えられている。

 連続核爆発の閃光が探知されなかったのは、全長数光秒に達する線形加速砲の正面に巨大な遮光用のライトセイルが展開されていたからだと推定された。さらにこの攻撃者は、セイルを貫いて届く核融合ニュートリノを欺瞞するために、発射のタイミングを超新星爆発の瞬間と同期させたのだ。その精度は超新星爆発の最終フェイズを一秒以内の誤差で予言しており、恒星物理学への極めて高い理解を誇示するかのような正確さだった。

 もちろんこんなものをエディラカ人が撃てるはずはない。

 <スピラ>はこの攻撃を予測するとすぐに<星教>へ緊急事態の通報を行い、同時に<星教>の可否とは関係なく、第二惑星および本星の<スピラ>ステーションを守るために防衛兵器を作り出した。しかし物質があればどんな構造物でも短時間に作り出すことが可能な<スピラ>のテクノロジーも、軌道上で利用できる物質を無限に増やせるわけではなかった。

 他方、全土が祝賀ムードのエディラカ文明はまともな対応が可能な状態ではなかった。惑星上の観測・軍事リソースの緊急運用どころか、大博覧会に追われる<星教>の権力者全員に緊急招集を呼び掛けるまでが限界だった。

 軌道上での交戦はエディラカ文明がほとんど気付かないうちに行われた。

 それは亜光速の砲弾群が射程距離内を駆け抜けるわずか数秒間の戦いだった。砲弾群は大きく分けて二通りの軌道に分かれており、一つは軌道上の<スピラ>ステーションを狙うもの、もう一つは第二惑星を狙うものだった。宇宙戦闘能力を持たないエディラカ文明に代わって<スピラ>は両方の迎撃を引き受けた。ステーションの大型核融合推進器を変形させた相対論速度ビーム砲とレーザー砲が、多数に分離した砲弾群を迎撃した。

 結果、<スピラ>ステーションは破壊され、第二惑星の夜側の大地には無数のクレーターが穿たれた。


 シャウォは再構築された衛星軌道上ステーションから、忸怩たる思いで無数の戦火に彩られた第二惑星を見ていた。軌道上からでも、第二惑星は大陸の所々に赤々と光るクレーターが残り、エディラカ文明の主要都市全てから炎と煙が上がっている様子が見て取れた。

 最初の攻撃によって、軌道上最大の戦力だった<スピラ>ステーションの機能は破壊された。<スピラ>は攻撃を受ける直前にステーションを放棄し、メインのステーションを星系外縁部に作ったステーションに移すと共に、衛星軌道上の小規模なステーション群に前線拠点を移した。住人と保有情報はバックアップのステーションに移動させ、地上で爆発に巻き込まれたごくわずかな住人もバックアップから復旧したため、事実上損害は皆無となった。星系規模での冗長じょうちょう系を持つ<スピラ>に情報的な損害を与えることは難しい。ステーション自体も残骸からの自己再生が行われ、質量の何割かを取り戻して反撃と防御を継続した。

 一方、生身を地表に晒すエディラカ文明は大打撃を受けるかに見えたが、<スピラ>が優先的に迎撃した結果か攻撃者が意図した座標を狙ったのか、迎撃し損ねた砲弾群が着弾したのは人口過疎な内陸部の砂漠ばかりだった。

 しかしそれは陽動だった。<スピラ>が索敵能力を星系外側に向けていた数時間の間に、第二惑星昼側の海洋で核融合反応を示すニュートリノが多数出現した。深海底から浮上した未知の機械が次々と全大陸の海岸線に上陸、都市に向けて侵攻を始めたのだ。機械は沿岸地域に並ぶエディラカ文明の都市を襲撃し、都市の中心に自己増殖するプラントを作り出した。洋上にいたエディラカ各軍の艦艇は海底からの核融合魚雷により一瞬で蒸発、海軍港と空軍港は大陸間誘導弾の攻撃で機能を失った。

 それでもエディラカの各勢力は残された大気圏内の軍事力を総動員して都市奪還のための作戦を開始、双方の交戦はエディラカの都市圏に莫大な死傷者を計上し続けていた。超新星の明るい夜空は、燃え盛る都市の炎と煙で覆い隠されていった。


 攻撃者の正体が判明したのはその後だった。星系外縁部からの通信文を受信したのだ。

『我々はスーリー(エディラカ人の言語に翻訳済み)。三百光年以内に本拠地を置く恒星間多種族文明。この星系に住む二つの種族に告げる』

 通信文はそう始まり、その二つの種族に宛てた別々のメッセージに分岐した。

『原住種族エディラカ人へ。スーリーはこの宇宙域の永遠の平和と安定のために結成された連合文明である。これ以上の貴種族の犠牲者を出さないために、地上における全ての戦闘を停止せよ。我々は無用な虐殺を望まない。そしてあなた方を独裁的な恒星間文明から守るために、我が恒星間文明に加わることを要求する。そうでない場合、我々はあなた方が敵性文明の手に落ち、敵として立ち塞がる危険を取り除く義務が生じる』

『恒星間種族スピラ人へ。我が連合に加わらないのであれば、即刻宙域を離脱せよ。抵抗を試みれば、我が連合は誓に基づきあなた方を実力で排除しなければいけない』

 エディラカ人に向けた通信の”立ち塞がる危険を取り除く”とは、エディラカを滅ぼすという意味であることはすぐに理解された。双方にとって受け入れられるものとは思えない通信文だったが、受け入れざるおえない状況が実現されていた。

 地上侵攻機械は<スピラ>の宇宙観測網には一切かからなかったことから、そもそも<スピラ>がやってくる前から第二惑星の海底下に配備されていた可能性が高かった。もちろん同水準の文明の隠蔽技術に対しては<スピラ>と言えど索敵に限界はあるが、そうであれば同様にスーリーの恒星船が捕捉されなかった理由もわかる。彼らは実際には先客で、外縁天体の氷の中に隠れてエディラカ文明を接収する機会を伺っていたのだ。

「一体全体どうしてくれるんだ?お前の言うとおりの結果になってしまったぞ、リニヒット」

 シャウォは各種情報を表示する景観スケープ内で目一杯の身振りでそう言った。どれだけ大きな表現を用いてもこの状況を表現するには不十分だった。

「それは過大評価だよ。私は既に他の文明が紛れ込んでいる可能性を考えていなかった」

 リニヒットが答える。

 シャウォは衝撃を受けつつもまだ冗談半分でこのようなことが言えているが、外交決定にも参加していたリニヒットは状況を遥かに重く受け止めているはずだ。しかしリニヒットは冷静に状況を分析して続ける。

「スーリーは現地人を参政させることには一切の興味を払っていないようだ。我々外交部はエディラカ人側の協力者を彼らが作っていないかを真っ先に検索した。何も見つからなかったよ」

 シャウォはスリューカラランドを思い出した。もし<スピラ>に敵対的な文明が現地文明を政治的に誘導しようとすれば、それは反<スピラ>政策を煽動せんどうさせるものになるだろうか?いやそうならない。むしろスリューカラランドは<スピラ>の目論見通りにエディラカ内の敵愾心てきがいしんを制御する役割を担うようになった。<スピラ>はエディラカ人を対等な文明として扱おうとしたからこそ、反感感情を根絶やしにしなかった。完全に自陣営に取り込もうとする文明ならあらゆる抵抗を奪うにちがいない。敵愾心を利用して二つの文明を引き離せば、次に自分が文明を併合する際それが邪魔になるからだ。

「向こうは我々とは正反対の統治を考えているようだ。見たまえ」

 そう言ってリニヒットは惑星の都市を拡大する。

 主要な都市圏には侵攻機械が築いた自己増殖プラントが根を張っており、地上軍を持つエディラカ各軍の攻略目標になっている。増殖プラントは都市部の中心に付き出した真っ白な尖塔で、表面は侵攻機械同様地殻と都市圏の元素から採れる物質からできている。極めて強固で自己修復やセンシングなどの機能を併せ持つ高度機能性ナノテクノロジー素材だ。エディラカ地上軍の兵器はこの表面素材をほとんど貫通できず、蹂躙されるがままになっている。

 また<スピラ>はこのレベルの技術を地上に持ち込んだことはなく、彼らの態度がうかがい知れる。

 常時放射される素粒子の観測から、大深度の地下に核融合炉を備えていると思われた。塔からは地上型や飛行型の機械が吐き出され、修理のために戻っていく。

 さらに厄介なことに塔は垂直に伸びたマスドライバーを装備していて、時折プラント自身を複製する機械を惑星の他の地表に向けて発射し続けている。それを低軌道で迎撃するのは<スピラ>の役目だ。

「この自己複製する塔は侵略拠点であり、衛星軌道上で制宙権を持つ我々に攻撃させないためエディラカ人を人質にする役割もある。そして戦争終了後には、これがそのままエディラカの全都市圏を統治する植民地政府になるはずだ」

 リニヒットはそう評価する。

 機械による強力なトップダウン統治、常に分裂に苛まれるであろう大規模恒星間文明はそのような統治をするのだろうと。高度な技術を隠すつもりのない態度も、その統治が同化に近い手法になることを示唆している。

「リニヒット?」

 シャウォは先祖型アバターから何も出力しなくなってしまったリニヒットに言葉を投げかけた。

「私の意志も所詮は感情の従属物なのだな、精神形成モデルの正しさを実感した気分だ」

 ようやく言葉を再開する。

「私は文明の生存性を最も優先した意志と論理を持っていたはずなのに、いざエディラカ文明を前にして、その社会を破壊する意志を持ち続けることができなかった。他のメンバーと同じだ、エディラカ文明を壊さないようにゆっくりと改革させる、安全で失うもののない融和案に賛成してしまっていた。私は理解しながら間違ったんだ」

「我々がこのような策をとったのはエディラカ文明を自分たちと対等なものと扱おうとしたからだ。何も間違いじゃない」

 そう慰めの言葉をかけながら、シャウォ自身もリニヒットに同意していた。

「わかっている。それに私はこれに対する贖罪しょくざいを求めるつもりもない。なあシャウォ、君はこの文明交流を通じて手に入れた数々の知見を、これからも増やし続けることに賛成するか?」

 リニヒットは再びアバターをシェルに直結して表情を作り、シャウォに尋ねる。

「<スピラ>が求める目標のための研究として、文明に接触し続ける・・・いや、消費し続けることに対してか」

 そこでしばらく言葉を切って、その意味を反芻はんすうする。そうなのだ。もし<スピラ>が大命のために活動を続けるなら、文明の一つや二つの末路は痛くもかゆくもない。答えを見つけるまで、これからもコンタクトは繰り返されるだろう。研究対象として文明に接する姿勢は変わらないだろう。

「おれもそうだな、そのつもりはない」

「私は外交部のメンバーの一部と共に、<スピラ>を離脱するつもりだ」

「それは、エディラカに残るという意味ではなく、<スピラ>のエディラカ星系撤退に歯向かうという意味でもないのだな?」

 現時点で<スピラ>はスーリーの要求を受け入れ、エディラカ星系を去ることを決定していた。スピラ憲章はそのように定めていたし、スピラ憲章をそう定めた価値観を持つ<スピラ>住人にとって、徹底抗戦かスーリーへの従属の選択肢は共にありえなかった。

「もちろんそうだ。独自の活動を開始する」

「おれも参加しよう」

 シャウォは即座に答えていた。思考を何往復も巡らせて検討する余地もない程度に、その考えは今や自分にぴったりと収まっているように思えたからだ。


    ***


 ラムリエャは十人まで減った<星教>の中枢会議の主教たちを見渡した。残りの半数は戦闘に巻き込まれて死亡したことが<スピラ>の観測網で判明した。

「まず二度の攻撃で失われた一億八千万の人々に哀悼の意を。彼らをこの社会が記憶し続けられますように」

 主教たちは各々の規範と宗教に祈った。そのあと、本題に入った。中枢会議室のスクリーンにラムリエャは<スピラ>側が収集した現在の戦況を表示させた。

「軌道上からの観測によれば、惑星に存在する全ての大都市圏は敵侵攻機械の侵入を受けています。総人口の八十パーセントが制圧下に含まれています」

 エディラカ文明は惑星の気候から、人口密集地域が沿岸部に集中している。かつ、人口の大半は大都市圏に集約されていた。

「現在軌道上の<スピラ>は惑星間弾道兵器による第二波攻撃を防御、および地表から打ち上げられている敵増殖機械を迎撃しています」

 ラムリエャが淡々と連ねる言葉は、エディラカ人的感覚でいうところの彩度を欠いていた。<スピラ>は何もかもわかっていて、この会議は新しい解決策を見い出すものですらないのだ。

 <スピラ>が収集している全ての戦略情報によれば、惑星全土で戦闘が行われている。敵がプラントを自己複製させるために打ち上げる機械の描く無数の弾道軌道が惑星の周囲を覆う。最初に侵攻機械が捕捉された海底の増殖プラントは全て軌道上からの爆撃で殲滅せんめつされたが、今更何の意味もない。敵侵攻機械の活動は地上だけで完結するようになっていた。

 星系外縁部からは、もはや遮光セイルを展開することなく発射された線形加速砲の発する、水素核融合爆発の閃光せんこうが観測されている。

「君らの技術で応戦はできんのかね、その、自己複製機械で」

 状況についての問答のうちで一人がそう問うと、ラムリエャはその試算結果を答える。

「敵と同じ自己複製兵器を用意して地上戦を続けることは可能です。その場合、大都市圏の増殖プラントを攻略するために総人口のほとんどを失います。同様にプラントを宙対地兵器で破壊すれば、全ての大都市圏が焦土化します」

 別の一人が「それでも勝てるなら」と言い掛けるが、他の九人にとってはありえない選択肢であったようで、厳しい視線を浴びた。人口密集地を狙う侵攻機械はエディラカ人を盾にしており、エディラカ軍に対しては進軍を躊躇ちゅうちょさせ、<スピラ>に対しては都市への爆撃を抑止していた。

「私の政府内では、<スピラ>の全部または一部が対等な地位を得ようとする我々の意志を挫くために機械を送り込み、応戦している振りをしているのではないかという疑念が広がっている。どうかね」

 そこにスリューカラランドが疑念をぶつけた。

 <星教>側の暗黙的な目標だった対<スピラ>政策を言い放ったことに他の主教はお互いに目を見合わせたが、スリューカラランドは全くそれを気にする様子はなかった。彼の今の立場はむしろ<スピラ>がお膳立てしたものだとわかっていたからだ。

「証明は不可能です。ですがもし私達<スピラ>があなた方を服従させようとしていたなら、あなた方に対等な立場を与えるうる協力を行わなかったはずです。それに関する政策シミュレーションを提示することならばできます」

「わかった。ではその前提で質問したい。スーリーと名乗る存在の目的は何なのかね?」

 ラムリエャはそれに対する回答、少なくとも恒星間宇宙における現状について述べる。

「彼らの目的は、簡単に言えば自己の宇宙文明の維持だと思われます。新たに発起する恒星間文明は潜在的には敵対関係になりうる。そこでエディラカ文明が宇宙文明として自立する前に自己の勢力に取り込みたいのでしょう」

「我々の文明の足元には、最初から我々の宇宙進出を監視する機械が置かれていたのか・・・」

 主教たちは落胆する。

「私達<スピラ>があなた方の文明を支援したことによって、彼らが動き出すタイミングが早まったことは疑いようのない事実です。その点に関しては私達の落ち度であり、謝罪申し上げます」

 だが初めからスーリーに目をつけられていたとするなら、エディラカ文明が接収されるのは単に時間の問題だったわけだ。どうにもならない。

 長い沈黙が会議を支配した。

 やがてラムリエャは改まって話し始める。

「私達<スピラ>は交流を行う文明の全てを尊重することを信条として、あなた方の文明と文化を急激に改変することを慎みました。数百年紀をかけてあなた方が独自の宇宙文明の高みに登っていけることを信じていたのです。ですがこの銀河系は争いに満ちており、私達が交流のために接触したのと同じように、他文明が接触を試みることはいつでも有り得ました。私達が検討していたもう一つの選択肢は、あなた方が早期にそれらの文明と対等に渡り合えるように進歩を進めることで、あなた方から見れば完全な侵略に映ったでしょう。スーリーと名乗る彼らが試みようとしていることはまさにそれなのです。私達はこの選択肢をあなた方に最初から提示するべきだったかもしれません」

 続いて現在の<スピラ>のこの戦争に対する見解をスクリーンに示した。

「<スピラ>の見解を申し上げます。この戦争はあなた方がこれまで行ってきた如何なる戦争とも性質が異なります。生きた兵士や文明の工業施設で作られる機械による戦争と違い、システム内部に工場を備える完全自律型自己複製機械による戦争は、空間内の利用可能な資源とエネルギーが尽きるまで停止しません」

 表示された幾種類もの敵侵攻機械は、どれも同じタイプであるにもかかわらず細部の構造や素材の色合いが異なっていた。それぞれの地域にある材料で自己を複製した結果、その場で調達できる材料に合わせて柔軟に適応しているのだ。

「仮に全ての都市圏を破壊して地上の第二次攻撃を凌いでも、宇宙空間で同様の自己複製宇宙機による攻撃が行われるものと我々は推測しています。それに対して応戦を行った場合、惑星上のみならずこの恒星系の全ての資源が兵器に消費されてしまうことになるでしょう」

 そしてラムリエャは、<スピラ>の決定を伝えた。

「このような状況において、私達は可能な限りあなた方の文明を尊重する選択を検討しました。その結果、私達はスーリーの勧告に従いこの星系を去ることを決定しました。全滅か降伏か、他に余地はありません」

 <スピラ>がエディラカ文明を保全する手段は既知の工学には存在しなかった。意地に任せた全面戦争は、第二惑星を生命のない焦土の惑星に変えるだけなのだ。エディラカ人からすれば魔法のような科学力を持っていたはずの<スピラ>が、今に及んで全く策がないという結論を、自分たちの逃避の決定と共にエディラカ人に伝えるのはラムリエャには二重の苦痛だった。

 スリューカラランドが他の主教を見回しながら言った。

「ラムリエャ大使、私はあなた方の寛大な意志に感謝している。ここまで我々を導いてくれたことに感謝を表明する。そして私は、いかなる苦境に陥ったとしても”エディラカ人自体”の存続を優先すべきだと考える」

 それは<スピラ>の方針を認め、降伏を選択するという意味だった。

 その後も幾らか話し合われたが、遂に有望な他の選択肢は出ず、スリューカラランドの出した選択について主教内で評決が行われた。このような種族の存亡を決定する判断には、本来全エディラカ人の意志を問う必要があったが、全大都市圏が戦火に飲まれあらゆる情報網が破壊された現在、その判断を仰ぐことは不可能だった。

 主教全員がこれに賛成し、エディラカ文明は<星教>の権限でスーリーに降伏することを決定した。

 評決が終わったあと、スリューカラランドは個人としてラムリエャに言った。

「あなた方の描く未来に参加できないこと残念に、また惜しく思う。だが我々の子孫がまた宇宙の何処かであなた方に遭うことがあれば、よろしく頼んでもいいだろうか?」

 それに対してラムリエャは精一杯明るく返事をした。

「約束しますよ」


    ***


 セプタが地表へ降下したのは完全撤退の数時間前だった。

 研究所の敷地に直接飛行艇で着地した。研究所のある小さな都市は攻撃こそ受けてはいないものの、空港施設は大陸間弾道弾によって破壊され使用不能になっていた。

 <スピラ>のエディラカ星系からの撤退が決まる前の段階からすでに、地表の<スピラ>住人の多くはステーションに避難していたが、中にはエディラカ文明に残留して<スピラ>を離脱する者もいた。逆に少数のエディラカ人が<スピラ>への加入を希望した。個人や共同体の意志を尊重するスピラ憲章は、そのどちらも受け入れた。

 セプタが飛行艇から降りると、メシエとガッディンゲルの二人が出迎えた。

「やあセプタ、呼びつけてしまって悪かった」

 メシエはエディラカ残留を決めた住人の一人だった。

「用件を伺おう。その前に理由を聞かせてくれないか」

 セプタはそう尋ねた。もしメシエから連絡がなくても訳を問いたかった。メシエはステーションには何も通信を残していなかったし、大半の残留者と異なり自分のコピーを<スピラ>に残す選択もしなかった。

「僕を止めないんだね?」

「俺が最初にお前を惑星上から引き上げた時も任意だったからな」

 セプタは<スピラ>先祖型のアバターでその時表現するだろう表情をエディラカ人型有機身体に翻訳して表現した。

「あれが任意同行だったのか言い包められたのかは今でも判断に迷うのだけれど。それは置いておこう。先ず断っておくと、僕は最初からここに留まるつもりはなかった。僕がエディラカ文明に入り浸っていたのは事実だけど、それは単純に君との性質の差だよ、セプタ。この交流でも<スピラ>には様々な交流深度を求める意見があったことと同じさ」

 メシエは交流直後からガッディンゲルの研究所で共同研究を続けたあと、各地を飛び回っていた。<スピラ>住人の中でも特にエディラカ人として生活を続けていた住人の一人だった。

「では何故エディラカが攻められてから決意した?支配下に置かれるこの文明で役割を見出したのか?」

 メシエはそれをエディラカ人の仕草で否定した。

「もしかしたらもう少し献身的な理由のほうが格好は良かったかもしれないけど、残念ながら僕個人の欲求だ。それはかつての僕にはできなかったもう一つの選択を行うチャンス、僕が考えられる自己の完結のために求めていた機会がやってきたからだ」

「自己の完結?」

「そう、自己の完結。僕は無目的に永遠に生き続けるつもりはなかったし、約束された理想郷にも興味はなかった。と言っても、まだどこまで生き続けるかはわからないんだけどね。僕は君に助けられて母星の仲間たちを置いて脱出して<スピラ>に参加した、それが一つの生き方だった。もちろん感謝してもしきれないぐらい満足しているんだよ?でももう一つ、あの状況で母星の仲間たちと共に過ごす生き方を僕は選べなかったんだ」

「それはコピーに二つの生き方を選ばせることとは違うのか」

「コピーを作ることは、どちらか片方しか経験しなかった一人ずつの僕が残るだけだ。それぞれの僕にとっては同じことさ。だから僕は<スピラ>にコピーを残さないことに決めた、きっとコピーは自分がコピーになってしまったことを嘆くだろうから。僕は、自身の精神の中心にあり続ける二つの生き方を共に体験して、今の僕の自己の完結とすることを考えていた。それはすなわち、かつての第一星系の、残された者達の生き方だ」

 一瞬、セプタはメシエが自己の完結によって自己の消滅を選ぼうとしているのではないかと考えたが、今の状況は絶望的だった第一星系とは違うことに気づく。

「それは・・・いや自殺ではないな。エディラカ文明はこれからも新しい統治と秩序の下、存続していくだろうから」

「その通り、僕は自殺がしたいわけじゃない。僕がこの星で生きていくことが望んでいたもう一つの生き方だと思ったんだ。その先はまだ考えてない。もちろん残るからにはエディラカ人の一員として働くつもりだけどね。君はこういうことを考えたことはある?」

「ない。俺は<スピラ>にすっかり順応して、疑問に感じなくなったのかもしれないな」

「なら君はまだ<スピラ>に残るべきなんだろう。それに、少し君に対して安心感を持てるようになったからね。納得してくれたかい?」

「ああ」最後の言葉の意味はいまいちわからなかったが、セプタはそれ以上の後腐れを残すことはないと思った。

「それで、用件はこれで全てなのか、それとも半分なのかね」

「半分だ。僕の隣に<スピラ>亡命希望者がいる。彼を連れて行ってほしい」

 メシエは調子よく言って、話に加わっていなかったガッディンゲルを前に押し出した。肩書きは今では元所長だ。

「今更なのですが、メシエからたくさんの話を伺いました。是非私を<スピラ>に迎えていただきたいのです。今から加入の理由を説明する必要がありますか?」

「いいや。その気があるなら<スピラ>でゆっくり話せばいい」

 セプタはガッディンゲルが差し出した片側二本の腕を取り、飛行艇に迎え入れた。


    ***


 移出者を送り出し移入者を迎えた<スピラ>は、星系外縁部のステーションのアンテナをステーションを置く別の星系に向けて、エディラカ星系を後にした。

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