おまけ・優斗編4(完)
(どうしよう…いないっ)
急いで一階まで降り、出入り口や外を探しても彼女は見当たらない。
1階や2階フロアに戻って探してみても、彼女の姿はどこにもなかった。
(どうしよう、どうしよう…)
体調が悪かったなんて絶対嘘だ。
絶対オレが何か不快に思うことをしてしまったんだ。
さっきまであんなに笑顔でいてくれたのに…いったい何がいけなかったんだろう。
彼女にあんな顔をさせたままこんな形でさよならになってしまうなんて…
(…そんなの、絶対ヤダ)
デパートを飛び出して、彼女と歩いた駅からの道を逆走する。
長い黒髪、青いカーディガン、おっきなチョコの箱…
見落としの無いように人ごみの中必死で視線を彷徨わせるが、駅についても彼女らしき人は1人もいなかった。
彼女と行った場所はそのくらいしかなく、他に探すべき場所の見当もつかない。
(………どうしようっ)
人ごみの中、余りに情けなくて途方に暮れて…半泣きになりながら立ち止まって俯く。
(…どうすればいい?…考えろ、考えないと…)
焦った頭で考えても浮かぶのはどうしようばかりで、考えることもままならない。
ぎゅっと握り拳を作って深呼吸をすると、視界にふっと探していたあの大きなチョコ菓子が映った。
「……っ」
慌ててパッと顔を上げて、その持ち主に視線を向ける。
駅の改札口付近にあったコーヒーチェーンの店内にいるその持ち主は、手に持った飲み物のカップで顔が隠れてあまり見えないが、髪の毛は短く、青いカーディガンも着ていな上に…どうみても男だった。
(……くそっ)
一瞬で期待が膨れ上がった分、失望も大きかった。
大きなため息をついて視線を下に落とすと、視線の先に見覚えのるスニーカーが。
(…よく見たらズボンも似ている気がする)
まさか、そんな…と、バクバクと心臓が高鳴る中でもう1度顔を上げると…
「……っ」
そこにいるのは、やっぱり男だった。
だけどカップを置いて露わになったその顔は、間違いなくオレが探していた青だった。
考える間もなく足が勝手に走り出し、店内へと向かう。
込み合った店内を進んでガラス張りの壁の方へ向かい彼の姿を探し出すと、躊躇うことなくその肩に触れた。
振り向いた顔は、間違えようがない。オレの探していた人。
「…青、だ。はぁ、よかった、見つかって…っ」
「……っ!」
青にもう1度会えたことに、オレは正直泣いてしまいそうなほど感極まっていた。
そんなオレの突然の登場に驚いたのか、青は呆然と固まっている。
「青、ちょっと話したい。…オレはここでもいいけど、青が嫌なら別の場所でもいいからさ。ちょっと話そ?」
「……っ」
そう伝えると青は急に周りをキョロキョロ見回してから、ガバッとすごい勢いで立ち上がった。
さっきみたいに逃げ去るような雰囲気ではないから、きっと話すならここじゃなくて別の場所に移動したいということなのだろう。
「…荷物はオレが持つよ」
オレが青の大きなカバンとチョコ菓子を手に持つと、青はゆっくりオレについて歩き出した。
どっか話しやすい場所ないかなぁと歩きながら周りを見回し、個室のありそうな居酒屋へ入店する。
その道中青は無言で俯いてたから、オレも何も話せなかった。
個室に案内してもらい、お互い向き合うように座り、それから目の前にいるその人の顔をもう一度よく見る。
「………」
「………………」
(…やぱり、男だよなぁ…?)
…間違いなく、目の前にいるのは青だ。
だけどやっぱり、今の青はさっきと比べて"男の子っぽい"とかではなく、どうみても"男"だ。
しかし不思議なことに、さっきまで心動かされていた彼女が男だったという事実に、全くショックを受けていない自分がいる。
それどころか向き合って座ってるだけなのに相変わらず心臓はめっちゃバクバクいってるし、緊張で手汗もダラダラだ。
もっと近くへ寄って、触れ合いたいとさえ思ってしまう。
(オレ女は苦手だとは思ってたけど…男いけるんだな)
女性恐怖症になってからは恋を全然してこなかったが、そうなる前は普通に女が好きだったし、何より恋は異性を好きになるもんだっていう先入観みたいなものがあった。
別にゲイやレズに偏見をもってるワケじゃないが、自分が同性に恋をするという発想がなかったというか…
だから同性にときめいてる自分に驚きすぎて、
(てか青が男ってことは…さっきまでは女装ってこと…??)
という疑問は、ここに着いて5分くらいしてからやっと出てきくらいだ。
オレがそんな風にぐるぐる思考を巡らせていると、彼が沈黙を破った。
「………あの、なんで青って、わかったんですか」
そう言った青は、少し俯き気味で目線だけをこっちに向けているせいで、上目づかいになっていた。
そんな顔は男でもなんか綺麗で可愛いままで、心臓がどくりと跳ねたのが分かった。
「…青と話したくて、そのチョコ持ってる人探してたんだ。でっかいから目印になると思って。…最初見た時男だから違うかと思ったけど、よく見たら靴とパンツ同じだし…顔もよく見たら、青だし…」
そう説明しながら自分の行動を振り返ると、自分めっちゃ必死じゃん!と恥ずかしくなり少し視線を落として俯いた。
そんなオレを見て彼は何か勘違いしたのか
「…すみませんでした。男が利用したらダメだって、規約違反だってわかってたのに…どうしてもデートしてみたくて…ほんとすみません。もう2度としませんので…」
そう言って急に頭を下げた。
「え!や、うん。大丈夫だよ?規約違反かもだけど…オレは別に関係ないし、気にしてないし…会社にも言わないから。そんな、謝らせたくて声かけた訳じゃないんだ」
慌てて訂正を入れると顔を上げてくれたが、その顔はあまり納得していないようだった。
(……なんて言えばいいんだろう、えっと、どうしよう…)
「……っ」
「……あの、もう18時過ぎてますけど、オレ、延長料金とか持ってないですよ?」
「え?あ、そういうんじゃないから!お金なんかいらない!お金かかるんだったらむしろオレが話したいって頼んだんだから、オレが青にお金払わなきゃいけないよね!」
「…はぁ…?」
オレが悩んでる間に、なぜか彼はオレが延長料金を欲しがってると勘違いしたようだ。
彼は結構マイナス思考?なのか…オレが黙ってれば黙ってるほどなんか変な方向に進んでいってる気がする。
そう思って、まとまりきらない頭のまま意を決して口を開いた。
「…デートをさ、予定時間より早く切り上げたのは…体調じゃなくて気分が悪くなったんでしょ?オレ、なんかまずいことしたかな?」
そう聞くと彼は目を瞠って黙り込んだ。
(…やっぱオレのせいなのか…)
いたたまれなくなって俯くと、
「…優斗さんは、何も悪いことありませんでしたよ。むしろすごく楽しくて…なんか、夢のようでした」
そう彼がぽつりと呟いた。
その言葉はきっと社交辞令だろうと思ったが、彼の表情はとても穏やかな笑顔で、その言葉に嘘はないだろうと思えた。
「……じゃあなんで急に切り上げたの?」
続けて聞くと、彼は少し躊躇ってからゆっくりと口を開いた。
「…オレは、あの、ゲイなんですよ。だけど…今まで男に好意を寄せてもらったことが無くて、デートとかもしたことないんです。だから有料でもフリでもいいから、男とデートしてみたくてこのサービスを頼んだんですけど…なんか自分のデートしてる姿見た途端、急に空しくなって。
優斗さんが恋人のフリしてくれるのも優しいのも、オレだからじゃなくって…オレが女のフリしてるからなんだろうなって。きっと男ってわかってたらお金払ってもこんな風に優しくなんてしてもらえないんだろうなって。
…でもオレは男とデートしてみたかっただけで、女装したいわけでも女になりたいわけでもないのに…お金払ってまで何やってるんだろうなって、思って…
…本当に、優斗さんは悪くないんです。オレが馬鹿だっただけで…」
ぽつりぽつりと紡ぎ出されるその言葉は、彼の悩みや葛藤が伝わってきたが、それだけじゃなくて、まるで男のままでオレに恋人になって欲しかったと言われてるようにも聞こえた。
「…うん、そっか。じゃあ青は、デートがつまんなかったとか、オレが嫌になったとか、そういうんじゃないんだね?」
「はい…」
「…なんだ、よかったー!」
(よかった…よかった…!)
青はオレを嫌ったわけじゃない。しかもゲイで男がOKなんて…
嬉しすぎてどんなに顔を引き締めもにやけてしまう。
(そうと分かれば押すしかないだろう…!)
断然やる気の出たオレは、話も終わったから帰ろうとする青をなんとか引き留めて、このまま一緒に夕飯を食べることに成功した。
「何が食べたいんだ?お兄さんになんでも言ってみ?」と青の好みを聞き出しながらも、ついでに酒を注文。
青は残念ながら酒に弱いということはなかった(っていうかオレのが断然弱かった…)が、酒が進むにつれてとろんとし始めて…なんつーか、可愛さと言うか、色気が増した。
オレはというと、そんな青と酒に酔わされていい感じのテンションになって青の隣の席に移動。
ベタベタスキンシップをしながらあれこれ聞き出し、連絡先までゲットした。
(青が途中で帰った時はすげぇショックだったけど…なんだ今日最高じゃん…!)
青の連絡先が入った携帯をにまにま見つめていると、
「あれ、もう20時すぎてるんですか…?オレ、終電が…田舎で、特急乗らなきゃいけないんで、もう帰んないと…」
そう言って青が荷物に手を伸ばしたので、はっと慌てて青の荷物を遠くへ追いやる。
「何言ってんのー?こんな酔っぱらって、夜中に帰るなんて、襲われたらどうすんのー!危ないでしょー!」
(こんな色気垂れ流しの状態で1人で夜道を帰らせて無事に帰れると…?帰れるわけがない!)
馬鹿なこと言うなー!とぺしぺし青の背中を叩くが、
「何言ってるんですか?襲われるわけないじゃないですか…オレ、男ですよ?」
と呆れ顔で顔される。
(ダメだ全然伝わってない…今まで男に好かれたことないって言ってたけど…絶対気づかなかっただけだろ…)
オレは青のことが色んな意味で心配になった。
「だーめだめだめ!危ないったら危ない!ど―――…しても帰るっていうならオレが家までしっかり送ってくー!」
「何言ってるんですか…ここから特急で2時間ですよ?」
「送ってくー!それが嫌ならオレんち泊まってきなさい。明日祝日だから休みでしょ?泊まっていきなさい。うん、そうだ。それがいい」
そう言ってオレが納得していると、青がふっと優しく笑った。
「…優斗さんいつもこうなんですか?サービス満点ですね。だからきっと人気NO.1なんですね」
「…違うから。青だけ特別、青にだけだよ!」
「はいはい」
…なんか全然伝わってる気がしないが、取り敢えず帰宅を諦めて家に泊まってくれることになったから良しとしよう。
フラフラした足取りで自宅アパートに到着し、何とか入浴と歯磨きを済ませ、客用の布団なんかないので一緒にベッドに入り込む。
「…ねぇ、次いつ会える?」
そう尋ねると、青は眠そうな顔をきょとんとさせた。
「え?またサービス利用していいんですか?でもオレしばらくはもう金欠で…優斗さんNO.1だから料金高いし…」
「え?何言ってんの?お金なんていらないから!てかもう有料彼氏サービスなんて辞めようかな…青だけの無料彼氏になりたいし」
「はは、優斗さん面白い」
(ダメだ、やっぱり伝わらない…)
酒を飲んでどんなに怠くて眠かろうとも、気になるこの子を隣にしながらすぐに眠れるわけもなく。
すやすや隣で安らかな寝息をたて始めた青に、こっそりすり寄ったのはオレだけの秘密だ。
翌日青はすんなり帰ってしまったが、その後マメに連絡を取り、ついには青の地元へ遊びに行くとこまでこぎつけた。
「青、逢いたかったー!」
「本当に会いに来てくれたんですね。こんな田舎なのに、ありがとうございます」
「青のためだもん!」
「はは。優斗さん面白い。そんなこと言ってると惚れちゃいますよ?」
「いい加減惚れて下さい」
「はは、またまた~」
「………」
相変わらず全然伝わる気配がないが、青がオレの隣で楽しそうに笑ってくれるから、まぁ今はこんな関係でもいいかなぁとも思ってしまう自分がいる。
終 2015.8.13
「優斗さん、これ」
「ん?なに?」
「この間優斗さんが来た時、兎のキーホルダーを家のカギにつけてるの見たんで、オレも家のカギにつけてみました。おそろいです」
そう言って、兎のキーホルダーのついたカギを見せながら青はふわりと笑った。
(…あぁ!もぅなにその可愛いの…!)
「おそろいとか、超嬉しい!恋人同士みたいじゃんっ」
嬉しさをこらえきれずにそう言うと
「え?そうですか?」と、めっちゃきょとん顔で返された。
(無自覚恐るべし)
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