おまけ・優斗編3

彼女の手をさっと取り歩き出すと、彼女は握り返すことなくぎょっとした顔で握った手を見つめるのが分かった。

(デートしたことないって言ってたし…もしかして手を繋ぐのも初めてなのかな?)

そう思うとなんか嬉しくて、小学生のようにブンブンと繋いだ手を振ってしまった。


しかしそんな喜びもつかの間。

(…どうしよう、めっちゃ手汗かいてきた)

手を繋いでまだ5分も経たないというのに、ドキドキのあまり手のひらから出る汗が半端ない。

そのせいか彼女はいつまで経ってもオレの手を握り返すことはなくて…手を離したほうがいいのか、いやでも今更離すの不自然だし、繋いでたいし…と会話を続けながら悶々としていると、彼女が微笑んでからやんわりと手を握り返してくれた。

あまりの嬉しさにぎゅうっと握る手を強めてブンブン振りまくっていると、彼女と肩がぶつかったりよろけたりしたが、彼女は嫌な顔一つせずに笑ってくれて。

はしゃぎ過ぎてるオレの方がデート初めてなヤツみたいだなぁと思った。




そんなことをしながら彼女のリクエストの映画館があるデパートへ到着。

エスカレーターを上りながら「どこが映画館なんですか?」と聞かれたので

「上のフロア一帯が映画館なんだよ」と答えると彼女はきょとんとしていて、映画フロアへ着くと、彼女は見るからに驚いた顔をしたのであまりの可愛さに笑った。

どうやらこういう映画館は初めてらしい。

売店や動くタイムスケジュールも初めてらしく、目に映るものすべてにイチイチ目を輝かせる彼女はあまりにも新鮮で、可愛かった。


「ふふ。何か食べたい物あった?」

「…ポップコーン食べたいです。映画館でこんな沢山売ってるの見るの、初めてで…」

「そっか。味もいっぱいあるから、チケット買ったら選びにいこっか。…まずは映画何見るかだよね。ちょうどいい時間のはどれかな…」

初デートなんだし、ドキドキするような恋愛ものかワクワクするような冒険ものとかがいいんだろうけど…タイムスケジュールを見ると、それらしきものは今上映中か、夜の時間帯しかなかった。


「…15時半から始まるのがアイドルのアニメので…15時45分からのが海外のホラー映画ので、16時05分からのは…なんだろう。聞いたことないヤツだ」

「え…」

残念なことに、今の時間帯は丁度初デートにしては微妙なものしかやっていない。

時間的にはアニメがちょうどいい感じだが…彼女の表情を見ると彼女にとっても微妙なラインナップだったようだ。

さっきまでの楽しそうな顔を消して、少し戸惑っていた。


「…このアニメんの、今上映中ので1番人気らしいよ。これだったらさ、映画終わった後も時間できるし、アニメにしてみる?オレはホラーも好きだけど…これ2時間以上あるみたい。それか青の見たいのないなら、映画じゃなくて違うことしに行くでもいいんだよ?」

無理に映画を見る必要はないし、と思ったが、彼女は

「……じゃあ、アニメにしてみよっかな。こういう機会じゃないと、多分見ないし…」

そう言いながらオレの様子を窺うように見てきたので、青の好きにしていいんだよと伝えるようににっこり笑った。



そうと決まれば上映時間も近いのですぐにアニメ映画のチケットを買って売店へ向かう。

「ポップコーン何味にしよっか?」

「え…こんなにいっぱいあるんですか…?優斗さんは何が好きですか?甘いの苦手とかありますか?」

「今回あるのはどれも好きかも。青の好きなの選んでいいよ」

定番の塩やキャラメルの他に、今は期間限定で4種のチーズやバーベキュー、チーズカレー、いちごミルク、チョコレートなど、全部で10種類ほど選べるようになっていた。


「チーズもいいけどカレーもいいし…甘いのも美味しそう…」

彼女は独り言のような小さな声で呟きながらあっちを見てこっちを見て、またあっちを見て…そうして5分くらい悩んだ挙句にやっとチーズカレー味を注文した。

注文したその顔にはやり遂げた感と商品が届くのが楽しみだという感情がありありと浮かんでいて、思わず笑ってしまう。

「……?どうしたんですか?」

「…ポップコーンの味選ぶのに目輝かせ過ぎでしょ。めっちゃかわいい」

そう答えると彼女の顔はぽっと赤くなって、俯いた。

(…青さんは不思議だなぁ…)

女性といてこんなに普通に話せるだけじゃなく、嬉しくて楽しくて自然に笑顔になって、ましてや可愛いと思うなんて。

この時くらいからオレは完全に仕事であることを忘れて、自分のデートとして楽しんでしまっていた。




商品を受け取りスクリーンへと移動すると、開演直前とうこともあり人はほぼ着席していた。

自分たちの座席は壁の横とその横の2つで、その隣には20代くらいの男性が着席している。

(…彼女は壁際だな)

そう思って振り返ると、彼女は既に男性の隣の席に荷物を置いて半分着席しかけていた。

「…ちょっと、青はこっち」

男性と並んでいることにイラっとし、ちょっときつめの口調で隣の席を指さすが、彼女はきょとんと首を傾げるだけで全く伝わった様子がない。

空いてる手でグィっと彼女を引っ張り、隣の席へと無理やり移動させてから彼女のいた席へどかりと座った。

それでも相変わらずきょとん顔の彼女に

「…こっちだと反対隣が男になっちゃうでしょ。青の隣はオレだけ」

と伝えると、彼女は少し目をぱちくりさせたが、そのまま部屋が暗くなり映画の前の注意説明やCMが始まってしまった。


飲み物やポップコーンの入ったトレーを飲み物ホルダーに差し込んでからもう一度彼女を見ると、彼女は既に画面に釘付けだった。

まだCMだっていうのに全然こっちを見ようとしないので、少しでもこっちを見てほしくて手を繋いでみたり、ポップコーンをあーんしてみたりすると、彼女は戸惑いながらもはにかんで受け入れてくれたが、オレにあーんをしてくれることはなかった。

始まった映画は流石今1番人気とあってなかなか面白かったが、彼女は画面にばかり夢中だったので、なんか悔しいというか…ちょっと妬けた。

100分近い映画が終わりやっと彼女がオレの方へ顔を向けた時の胸の高鳴りは、もうなんて表現したらいいかわかんないほどだった。




映画の後は特に彼女の行きたい場所はなかったようで、オレの「映画の半券使える!」という提案からゲーセンへ行くことになった。

心を開いた相手にだからこその「半券使える!」だったのだが…デートでそれはなかったろうか。

(…せこい男とか思われたらどうしよう)

そう思って彼女をチラ見すると、彼女は優しく微笑み返してくれたので、オレの不安は一瞬んでどっかにぶっ飛んだ。


「青どれか欲しいのある?オレこーいうの得意なんだよ」

UFOキャッチャーの前に行き自信満々でそう言うと、彼女は少し戸惑ったように視線を彷徨わせた。

(…もしかして、ぬいぐるみとか好きじゃないのかな?)

そう肩を落としそうになった時、「…こ、これ!」と彼女の声が聞こえた。

「え?どれ」

彼女の指さした先を辿ると、ぬいぐるみではなく大きなパッケージに入ったチョコ菓子。

これでいいのか確認しようと彼女の方を見ると、彼女は映画館の時と同様にチョコ菓子を見つめる目を爛々と輝かせていた。


「っふ…はは!青はポップコーンといい…お菓子大好きなんだね」

余りの可愛さに吹き出して笑ってしまう。

「それは半券使えないみたいだから後で取ったげる。あ、半券はこれ良くない?青にピッタリ!」

チョコ菓子の近くにあったのは、小さな青い兎のぬいぐるみがついたキーホルダー。

青い色もそうだけど、兎のちょっと切なげな顔というか、寂しげだけど愛くるしい顔がすごく青っぽく感じたのだ。

彼女が小さく頷いたのを見てから店員さんを呼んで2回遊べるようにしてもらう。


「よっしゃ見てて!あそことあそこの人形の向きがいいから、2回ともいけると思うよ」

UFOキャッチャーに真剣に向かったオレは、有言実行で兎を2つと大きなチョコを取ることに成功。

「すごい……ありがとう」

「どういたしまして」

よっぽどチョコ菓子が嬉しかったのか、キラキラと羨望の眼差しでオレを見つめてくれた。

そんな彼女の笑顔とおそろいの兎の人形をゲットしたことでオレは調子に乗って、いつもは出てこなかった欲が出てきてしまった。


「…ねぇ青、せっかくゲーセン来たんだし、一緒にプリクラ撮らない?」

「え…」

いつもなら写真を撮ろうとお願いされても拒否しているのに、もっともっと、形に残る彼女との記念のものを欲しくなってしまったのだ。

「初デート記念にさ!」

「え、ちょ…」

彼女の返事を聞くよりも早く、すぐそばにあったプリクラ機の中へ彼女の手を引いていく。

100円を何枚も投入していると彼女は写真が嫌いなのか「…や、やだ」と小さい声を出したが、「いいじゃん1回くらいさー」とオレは呑気にお金を入れきった。

画面が撮影用に切り替わり自分たちの姿が映りオレが体を寄せると、彼女は急に顔を硬くしてオレの手をバッっと振りほどき外へ出て行ってしまった。

「……っ」

「青…?!」


慌てて彼女を追いかけるように外へ出ると、彼女は手をぎゅっと握って俯いていた。

(どうしよう…そんなに本気で嫌がってると思わなかった…)

「…ごめん。そんな嫌だと思わなくて…ごめん」

そう言って彼女へ触れようと手を伸ばすと、パシリと手を叩き落される。

「……っ」


(どうしよう…怒らせた…?)

さっきまでの楽しさが嘘のように頭が真っ白になる。

もう一度謝罪しようと口を開きかけた時に、先に俯いたままの彼女が口を開いた。

「…すみません。急に体調が悪くなって…ちょっと早いですけど、これで終わりにさせて下さい」

「え…?」

「楽しかったです。ありがとうございました」

「え、青…!」

彼女は言い逃げるようにして顔も合わせることなく走り去って行ってしまった。



慌てて追いかけようとするも、日曜日のせいでエスカレーターは混んでいて、うまい具合に追いかけることができない。

必死に走って追いかけたが、2階へ着くころにはすっかり彼女を見失っていた。

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