第21話 甦る英雄達

 戦いの場は天河市郊外にある超巨大ショッピングセンター『エト・ケトラ』の舞台ホールだった。

 少年は戦いに巻き込まれ、邪神主ヤクシロの人質となっていた。

 そして、世界の平和を守るヒーローはたった今全滅したのだ。

 赤の戦士は高い跳躍時に妖術を受け、バランスを崩して墜落。首の角度を変えたまま、動かないでいる。

 青の戦士は爆発に巻き込まれ、黒焦げになっていた。

 黄色の戦士は床に作られていた落とし穴に転落し、戻ってくる気配がない。

 緑の戦士は天井から落ちてきた巨大看板の下敷きになった。

 桃色の戦士は床に張り巡らされたケーブルが絡まり、邪神官の術で電撃を食らわされてしまった。


「正義は死んだ! 百鬼戦隊ヨウカイジャーは滅んだ! これで我ら真神宗まじんしゅうの天下だ! ふわっはっはっはっは!!」


 見上げると、隈取りをしたヤクシロが憎々しげに高笑いをしている。

 少年はポロポロと涙を流した。

 この世界を守ってくれる人が死んじゃったのだ。

 だが、その時だった。

 照明が暗くなったかと思うと、スポットライトが5つ当てられる。

 赤、青、黄色、緑、桃色。

 死んだはずの戦士達だ。

 ふと周りを見渡すと、死体はもうどこにもない。


「おのれヤクシロ、よくもやってくれたな!」


 赤の戦士が代表して叫ぶ。


「ば、馬鹿な……お前達は死んだはずだ! たった今、我の奸計にはまったではないか!」

「あんなちゃちな罠で俺達が死ぬかよ……さあ、こっからは俺達の反撃だ!」


 ババッと5人がポーズを取る。


「猛る鬼の血ヨーカイレッドッ!!」

「――怒濤の竜ヨーカイブルー」

「変幻の妖狐ヨーカイイエロー!」

「疾風の天狗ヨーカイグリーン!」

「眠りし幽霊ヨーカイピンク」


 名乗りを上げた所で、照明は完全に復活した。


「闇夜に潜む悪を討つ! 百鬼戦隊ヨーカイジャー!!」


 背後で5色の花火が高らかに舞い上がった。

 舞台をハラハラしながら見ていた子ども達が、一斉に歓声と拍手を送る。

 人質になっていた少年もまた、叫ぶ。


「がんばれ、ヨーカイジャー!」


 たとえ邪神主に捕まっていても、もう怖くなかった。

 だって、ヨーカイジャーがいるんだから!




 『エト・ケトラ』でのヒーローショーが終わって、沢木さわぎ宗道むねみちは邪神主ヤクシロの衣装を脱ぎ捨てた。

 開いている会議室を転用してくれたらしい控え室には他に、照明係や舞台演出のスタッフもいる。


「はー……スタッフさん、ナイス判断っした……!」


 パイプ椅子に座る沢木に、監督がペットボトルのお茶を差し出してくる。

 もちろん、テレビで放映している本物の『百鬼戦隊ヨーカイジャー』の監督ではなく、こうしたステージを主に運営する、スタント事務所の若い監督だ。

 バイトで入っている沢木とも、それなりに長い付き合いになっている。


「いや、沢木さんもよく合わせてくれたよ。ひとまずは、上手く誤魔化せたと思う」

「本人達いないのに、声とかどうやってたんですか?」

「あ、その辺はテレビの声を適当に編集してね。代役はまあ……クグツ衆のみんなを多めに呼んでおいてよかったよ」


 クグツ衆、というのは悪役である邪神主ヤクシロが率いる、部下の戦闘員達の事だ。


「伊達にステージ数こなしてませんし、みんな、歴代ヒーローのポーズぐらいはお手の物ですね」


 沢木は頷き、小さく溜め息をついた。


「……とにかく、あの場はああやって乗り切るしかなかたですよね」

「うん、子ども達にトラウマを与える訳にもいかないからねぇ……」


 まさか、本番の最中に、ヒーロー5人が全員、行動不能に陥るなんて事になるとは思わなかった。

 もちろん、これは芝居上の演出ではない。

 ステージショーの最中に起こった、事故なのだ。


「まあ、後で警察にみっちり叱られることは間違いありませんけど」

「だね」

「……で、連中、どうなったんですか?」


 沢木の問いに、監督は首を振った。


「ガチで死んでる。黄色も床下で後頭部強打してた。けど、こんな事故ありえる? 同時に5人だよ?」


 ……少し迷ったが、沢木は切り出すことにした。

 どうせ、警察が来たら同じ事を話すのだ。


「……それなんすけど、あの連中、天河大学の同じサークルのメンバーらしいんですよ。あ、俺も同じ大学通ってますけど、俺は事務所の方からじゃないですか。ほとんど交流自体はないんですけど……ちょっと、微妙な話がありまして」

「何が言いたいの……?」

「聞いた話によると連中、三角関係どころか五角関係だったらしいっす。赤と青は桃色が好きで、桃色は緑が好き、緑は黄色が好きで、その黄色は赤が好きという」


 ちょうど壁にホワイトボードがあったので、それにマジックで書いていくことにした。

 赤・青→桃色→緑→黄色→赤

 書き終えてから、星形にしてもよかったかな、と思わないでもなかったが、書き直すのも面倒臭い。

 ただ、自分で書いてて、何だか分かりづらいなと思った。

 案の定、監督は唸った。


「待って待って。えらく混乱するよそれ!?」

「俺もですよ。えーとだから、こういう事じゃないかと……いや、あくまで想像ですよ?

 赤は桃色が好きなので、青が邪魔だった。ステージ演出用の花火に細工をした。

 青も桃色が好きだったから赤……と言いたい所ですが、こっちは桃色が好きな緑を始末したんじゃないかと。緑が死ねば、自分に振り向いてもらえるかも知れないと考えて。で、看板が落ちるように仕向けた。

 黄色は赤が好きだから、桃色が邪魔。感電するようにケーブルをいじって桃色の移動ラインに電流が剥き出しで流れるようにした。

 緑は黄色が好きだったので、青の考えと同じように赤を始末するべく、宙づり用クレーンが途中で不具合を起こすようにした。

 桃色は緑が好きなので、黄色を亡き者にした。

 振り返って考えてみれば前日の設営やリハーサルの時、アイツら挙動不審でした」

「……それは他のスタッフにも聞いてみるとして、やっぱり、ややこしいね」

「……俺もそう思います」


 沢木は素直に頷いた。


「とにかく、沢木さんは事故じゃないと」

「その疑いがあるというか、あんな事故が5つ立て続けに起こるほどスタッフがヘボと考えるよりは可能性が高いと思います」

「僕達、戦隊ヒーローのショーやってたんだよね?」

「サスペンス劇場やってるつもりはなかったんですけどね……今回の事故で、放映が中止とか大丈夫でしょうかね?」

「んんー、結局の所ここのステージは全員バイトだし、多分ないと思うけどねぇ。何より……死者が出ててこういうのも何だけど、こんな下らない事で僕は終わって欲しくないね」


 監督の言葉に、沢木も力強く頷いた。

 何だかんだでこの仕事を続けているのは、沢木もヒーローが好きだからだ。


「……ヒーローには、死んで欲しくないですからね」

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