第20話 葬儀通い

「…………」


 鏡の中にある自分の唇がキュッと窄まる。

 玄野くろの結衣ゆいは自分の化粧の具合出来映えに、満足した。

 本当はもっと映えるメイクも知っているのだが、向かう先が先なだけに、派手なモノは好ましくない。

 黒のワンピースに、同色のポシェット。

 準備は万端。

 手帳を開いて、スケジュールを確認すると、今日の『式』は三件ある。

 最初の式で当たればいいのだけれど……とも思うが、こればかりは運だ。

 時計を確認し、彼女は部屋を出た。




 青木葬儀社がこの日受けた葬儀は、三件だった。

 その内の一件、交通事故で亡くなった若い男性の葬儀は、真新しい一軒家で行なわれた。

 社長である青木あおきたばねと高卒の新入社員である笹ヶ谷ささがやあかりが担当している。


「笹ヶ谷ちゃん、そっち終わった? なら次は、お寺の人が来たかどうか確認してね」

「は、はい……ひゃわっ!?」


 眼鏡に三つ編みという文学少女といった風情の笹ヶ谷あかりは、うっかり転びそうになったが、何とか踏ん張った。

 それを見て、今年五十五になる青木は太鼓腹を揺らした。


「ああ、慌てちゃ駄目だよぉー。行動は静かにかつ迅速にね」

「す、すみません……あの、社長は今、何を……?」


 あかりの見た所、社長は煙草を吸って、休憩中しているようにしか見えなかった。


「うん? 式に不審者がいないかチェック中。まあ、何か失敗しても僕がフォローするから大船に乗っていていいよ。ははは」

「わ、分かりました」


 入ったばかりの新入社員では、強い事も言えないのである。

 が。


「ま、不審者と言えばいつもの人も来ているようだけど」

「え?」


 青木の呟きに、あかりは目を瞬かせた。


「ほら、あの人見覚えない?」


 煙草を指に挟んだまま、青木は葬儀の列を指差した。

 正確には、これから帰ろうとしている人物だ。

 まだ始まったばかりだというのに、その若い女性は既に葬儀に興味をなくしたのか、そのままタクシーを呼んで去って行った。


「えっと……」

「不思議なんだよねえ。昨日の別の式でも見たし、その前にも」

「はぁ……お知り合いの方が多いんですね」

「…………」


 あかりの呟きに、青木はちょっと驚いたように目を見開いていた。

 そうなると、逆にあかりの方が不安になってくる。


「え? わ、私、何か言いましたか?」

「いや、うん、そういう見方も出来るねぇと思ってね。ははは」




 青木葬儀社が受けた二件目の葬儀は、病気でなくなった幼児の葬儀だった。

 場所は団地の公民館だ。

 ここを任されていたのは、30代半ばになる長身の青年、赤坂あかさか駿一郎しゅんいちろうと、20代半ばの女性、円城えんじょう窓歌まどかだ。

 2人とも、仕事は慣れたモノで、やるべき仕事はほぼ終わっている。

 と言う訳で休憩しながら、2人は同時に、タクシーから降りてきた若い女性に気がついたのだった。


「来たな」

「そうですね」


 葬儀に頻繁に現れる、若い女性。

 この件について、ちょうど赤坂は窓歌の仮説を聞き終えた所だった。

 それは、笹ヶ谷あかりとほぼ同じ見解だった。


「円城の説も一理ある。が、それにしたってこれまでの数が多すぎる。一日何人関係者が死亡するって言うんだ」

「これまでの遭遇率から考えると、一日平均2人ぐらいはお亡くなりになっていますよね……」

「その可能性もゼロじゃないが――殺人鬼の判定試験というのがある」


 赤坂の唐突な話題転換に、窓歌が小さく驚く。


「いきなり物騒ですね」

「こういう場で不謹慎、でもあるがね。内容はこうだ」


 ある男が死んだ。

 男には妻と息子がいて、葬式には男の同僚が参列した。

 妻は同僚に一目惚れをし、数日後、彼女は息子を殺害した。


「ここで問題だ。妻が息子を殺したのは何故だ?」


 赤坂の問いに、窓歌は戸惑いながら首を傾げる。


「……よく、分かりません」

「それでいい。模範解答は『子供が死ねば、また葬式をする事になって、再び同僚に出会えるから』だそうだ」

「……旦那さんの知人としてきたのですから、子供が亡くなってもその同僚さん、来ないですよね?」


 だよな、と赤坂もため息混じりに頷いた。


「ああ、破綻しているのは分かっている。ナンセンスだ。だが、このネタは、割と都市伝説として有名だったりする」

「つまり、あの人もそういう流れなんですか……?」


 喪服の女性はしばらく周囲をキョロキョロと見回し、一度は赤坂達とも目が合ったが、すぐに興味をなくしたようにそっぽを向いてしまう。

 そして、そのままあちらへ行ってしまった。


「実はもう一つ仮説があってな。穂村が言っていたんだが……ああ、ここもハズレか」


 女性はタクシーを呼ぶと、どこかに行ってしまった。


「ハズレ、ですか?」

「……いや、荒唐無稽ではあるが、確かに筋は通っている話だった。だとすれば解答は社長の所か、香取の所のどちらかという事になるが……さて」




 青木葬儀社が受けた葬儀の三件目は、大きな和風の屋敷で行なわれていた。

 一〇〇歳を過ぎた老人の葬儀で、参列する人の数もかなり多い。

 年齢層も、年配の人間が相当数を占めるようだ。


「穂村君。お車の準備は出来ているの?」


 いかにもやり手の社長秘書、といった風な女性は香取かとりまとい。

 そして携帯電話を取り出したのは、今年バイトする事になった学生の、穂村ほむら千吉せんきちだ。


「あ、はい。終わってます。今は出前の注文を取っている最中で」

「そう。それが終わったら、車椅子を2つ用意しておいて。天気も降りそうだから、傘の手配も」

「は、はい」


 ハッキリ言って、まといの人使いは荒い。

 がしかし、彼女もやるべき仕事をしているのは見ていて分かるので、文句を言う訳にもいかないのだ。


「……それから穂村君」

「はいっ!?」

「……式の最中だから、声は小さく」

「……す、すみません」

「南方君はどこに行ったのかしら」


 南方みなかた美佐雄みさお

 現役の大学生で、まるでホストのような青年だ。

 彼もここの仕事を任されていたはずだが……。


「え……? あ、そう言えば……」

「…………」


 まといは無言だが、不機嫌なのは明らかだ。


「さ、探してきましょうか」

「貴方は自分の仕事をしていなさい」

「はいっ!」

「穂村君……」


 つい勢いよく返事をしてしまい、まといに眼を細められてしまう。


「こ、ここ、声は小さく、で、ですね……?」


 顔を引きつらせ距離を取っていると、視界の端に見慣れた人物が入ってきた。


(って、いた……!!)


 南方美佐雄はまといの死角にある柱にもたれかかり、のんびりとサボっていた。

 しかし、まといは全然違う事に気を取られているようだった。

 何だろう、と振り返ってみる。


「……あの人は……」


 まといの視線の先には、喪服を着た若い女性がいた。

 タクシーから降りてきたばかりのようだ。


「よく見かける人ですよね」

「知り合いが多いのね」

「……まあ、そういう見方も出来ますけど、どっちかというと違う目的があるような気がするんですよね」

「どういう事かしら?」


 携帯電話をポケットにしまい、千吉はまといに尋ねてみることにした。


「いや、香取さんは学生時代、好きな人を目で追ったりとかした事ないですか?」

「ないわね」


 一蹴である。


「そ、そうですか」

「学生時代には、ないわ」


 ジッと千吉をみたまま、続けて言う。


「……何故、2回言うんですか」

「それよりも話を続けて。経験談がないにしろ、そういう事が珍しくない事は分かるわ」

「じゃ、じゃあ、つまり、そういう事なんじゃないかなと」


 なるほど、とまといは首を傾げた。


「つまり、葬儀に参列している人に、彼女の好きな人がいる、と。だから彼女も頻繁に葬儀に出ている」

「はい」

「だとすると、その人も同じ頻度で葬儀に出ているんじゃないかしら」

「いえ、それなんですけど、例外が1つだけありまして……」


 女性に注視していると、その動きが自分達でピタッと止まった。

 いや、正確にはそのずっと後方。

 千吉とまといが振り返った先には、柱にもたれかかった南方がいた。

 彼も女性に気がついたのか、ヒラヒラと手を振った。

 女性の方はその場から動けないのか、真っ赤な顔のまま立ち尽くしている。


「……どうやら、ビンゴだったみたいっすね」

「そうね」


 まといは無表情だった。

 ヒールの先を、コンコンと石畳に叩く。

 そして、南方の方にゆっくりと歩いていった。


「あ、あの……お手柔らかに……」

「分かっているわよ」


 南方の膝に、まといお得意のローキックが炸裂したのは、それから5秒後の事だった。

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