第14話 貴女の為に出来る事

 薄暗い、今はもう経営が放棄されたプールバーの奥。

 事務所兼仮眠室に、きし玲子れいこの親友である姫宮ひめみやほとりはいた。

 清麗女学院の制服こそ乱れているものの、他は特に異常はないようだった。

 ほとりの衣服には返り血が点々と付着していたが、それでも血まみれの玲子ほど酷くはなかった。

 制服の上に、ソフトボール部から拝借したプロテクター一式。

 スクーターで使用していた半ヘルメット。

 靴は、鉄板入りの安全靴。

 下級生から「お姉様」と慕われる麗しさとは無縁の格好である。

 使用した武器は、金属バット、サバイバルナイフ、カッターナイフ、シャープペンシル二本、催涙スプレー、敵から奪ったジャックナイフとブラックジャック(革製品に砂を詰めた殴打用の武器)、そして警官から強奪した拳銃一丁。


 地下への入り口になっている地上に、射殺体が二つ。

 階段にも死体が二つ。

 プールバーにも、何体も死体が倒れている。

 清麗女学院2年生、岸玲子。

 このプールバーで殺した人数は、14人を記録した。


「大量殺人って、何人が記録だっけ?」

「玲子ちゃん……」


 とぼけた事を言う玲子に、ほとりは布団の上にへたり込んだままだった。

 玲子の足下には、事切れたチンピラの死体。

 今回の諸悪の根源であり、ほとりにほとんどストーカー並に執着していた男だ。

 死因は太股の銃創――ではなく、金的への十数回に及ぶ爪先蹴り。口元から嘔吐、小便を漏らしながらいつの間にか事切れていた。

 振り返ってみると、やはり最初、見張りを相手に拳銃を使ったのが大きかったのかもしれない。

 あれで、相手の戦意を根こそぎ奪い取る事が出来た。

 中には反撃してくる者もいたが、玲子にも武道の心得があったし、その多くは拳銃の脅威で腰が退けていたようだった。

 だからといって、玲子は彼らを相手に手加減をするつもりは、微塵もなかった。

 もしも一度でも捕まれば、間違いなくただでは済まない。

 何よりも、玲子が圧倒的人数の敵に勝利し得たのは、その「相手を殺す」覚悟にあったのかもしれない。

 油断をせず、一人ずつ殺していった結果、皆殺しである。

 この場で生きているのは、彼女と親友だけ。

 それを確認し、玲子は小さく息を吐いた。


「人間、殺す気でやれば何とかなるものね。あたしの事、怖くない?」

「そんな訳ないよ。大切な友達だもん!」

「……そう言ってくれると、救われるわ」

「そ、そんな事より玲子ちゃん、血だらけだし怪我してるよ? 大丈夫?」

「骨が何本かイッたわ。あとはまあ、刺し傷切り傷……命に別状はないわね。ほとりこそ、無事? 貞操は守れた?」


 多少の傷みはあるが、我慢出来ないほどではない。

 玲子は、ほとりの前に屈み込んだ。


「あ、う、うん……何かアクツさんとかいう人が来るまで待てって言ってて……」


 布団の周りには、カメラが複数用意されていた。

 それで、彼女を乱暴する様を録画するつもりだったのだろう。

 机の上には、怪しげな薬の粉末と注射器もあった。


「多分、途中で殺したヤクザだわ。……そう、辱めは受けずに済んだのね。間に合ってよかった。そうそう、あたし、お巡りさんの拳銃奪っちゃったし、間違いなく少年院行きだから、情状酌量の署名募るのよろしく頼めるかしら」


 軽い口調で言うが、ほとりは涙目で首を振った。


「だ、だ、駄目だよ。玲子ちゃん、わたしを守ってくれたんじゃない! そんな、少年院行きなんて……」

「この国の法じゃ、そういう事になるのよ。やった自分で言うのもなんだけど、さすがに過剰防衛だわ。裁判所で殺意の有無を問われたら、絶対否定出来ないレベルだし」

「でも……」


 ほとりは何か言いたげだったが、玲子はもう、それに関しても覚悟していた。

 実際、躊躇していたら、二人揃って酷い目に遭っていたかも知れないのだ。


「後悔はしてないわ。あいつらは生かしておいたら、また絶対にあなたに危害を加えてくる。何かコイツ」


 尻を突き出したような格好で死んだチンピラを、玲子は指差す。

 よく見ると、男のサングラスや革ジャン、ネックレスもブランドモノだ。


「偉い政治家さんの息子らしいしね。逮捕されてもすぐ釈放されちゃってたわ。ここで殺しておいて正解よ。私が何年で少年院から出られるか分からないけど、時々面会に来てくれると嬉しいわ」

「何とか……ならないの?」

「そうね、この手の事件の犯人のお決まりの手としては、銃口を口に咥えての自殺だけど」

「そんなの駄目!」


 玲子が手に持っていた拳銃を、ほとりは血相を変えて奪い取った。


「冗談よ。第一、もう弾切れだし。そうね、海外逃亡って手もあるわね」

「だ、だったら、わたしも一緒に行く!」

「そういう事するには、コネがないのよ。普通に逃亡するんじゃ、この国の警察は優秀だし、すぐに捕まっちゃうわね。大人しくしとくのが、一番罪が軽くなると思うわ」

「…………」


 玲子の淡々とした物言いに、ほとりはしょんぼりとした。


「だから、ほとりは自分が被害者である事を主張してれば……」

「あるよ」

「ん?」


 玲子は首を傾げ、ほとりは顔を上げた。


「少しだけ、罪が軽くなる方法、ある。おまけに、わたし達も離れ離れにならずに済むの」


 そして、ほとりはその『方法』を、玲子に告げた。


「それは……でも、ほとりはいいの?」

「いいよ。もう決めた」


 ぐ、とほとりは両拳を作る。


「……説得は、難しそうね。あなたって、こういう時、すごく頑固だもの」


 初等部からの付き合いだ。それぐらいは分かる玲子である。


「うん、時間もないしね。それよりも辻褄を合わせる為には、口裏を合わせないと」

「そうね。……貴方の方がちょっと厄介そうだけど、じゃ、さっさと始めましょう」

「うん!」




 数分後、サイレンの音が鳴り響き、地下に押し寄せてきた警官達によって玲子は逮捕された。

 清麗女学院2年生、岸玲子。

 同じく清麗女学院2年生、姫宮ほとり。

 このプールバーで殺した人数は、それぞれを公式に記録した。

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