第15話 甘い考え
動機は、と問われれば一言で言えば、とにかく何か大きな事をしたかったというしかない。
私にだって、これぐらいのことは出来るのだぞと。
被害者の方々は、まったく気の毒だと思う。
もう一つ、あるとすれば純粋な好奇心。
自分の目で確認出来ないのが残念だが、ニュースや新聞でも影響力は分かる。
つまり、私が精製したこの毒薬は人間に使った場合の効果はどれほどのモノか。
まさか、被験者を募る訳にも行かない。
そう、高尚な言い方をすれば学術的興味である。
だから、非合法な手段で試すことにした。
ちょうどいい催し物も近くのデパートであるようだし、そのイベントを利用させてもらおう。
被害に遭われる見知らぬ方々は、本当に申し訳ない。
けれど、私の中に沸き起こるこの好奇心が、貴方達に降りかかる悲劇を上回るのだ。
南無南無。
3月14日、夜。
マンションの廊下を歩きながら、鑑識官の
地上の方では野次馬でごった返している。
「……何か、一ヶ月前にも似たような事件なかったっすか?」
「いるか、お返し?」
彼女の隣に立っていた、無精髭の中年上司、
「……もらえるモノは頂いておきます。中身は……キャンディー?」
もちろんこんな所で包みを解いたりはしない。
が、手の中でコロコロと転がる中の感触で、大体のモノは想像出来るのだ。
「すまん。タイミングが悪すぎる」
藤井寺は素直に謝罪した。
言わんとしていることは分かる。
「っすねー。まさかこれも、毒入りじゃないですよね?」
今回の仕事、すなわち現場マンションの一室で発生したのは、集団中毒事件なのだ。
どうやら、父親がデパートの催し物広場で買ってきた、ホワイトデーのお返し用キャンディーに毒が混入されていたのだという。
「何なら、署に戻ってから調べてみるか? 調べる為の道具なら、山のようにあるが」
「……ちょっと、マジで調べたいかもしれません。事件が事件っすからねー」
黄色のロープを潜り、2人は扉を開いた。
玄関から正面に狭い廊下があり、その向こうがリビング兼キッチン。
そこが、事件の現場だという。
「これで何件目でしたっけ?」
廊下を歩きながら、藤井寺はバインダーの調書をめくった。
「三件目」
「無差別殺人っすか」
「だろうな。デパートの青い包装紙、キャンディのメーカーは要チェックだ」
「いえっさ」
「人数多いぞ。5人だ」
「5人!?」
「一家まとめてだ」
2人は、リビングに入った。
テーブルに突っ伏す夫婦、ソファで眠るように倒れている女の子、キッチンの方にも少年が横たわっている。
そこから少し離れた電話台に寄りかかるようにして、地味な二十代ぐらいの女性も死んでいた。
先着していた鑑識官達は、既に作業に取りかかっている。
「見ての通り」
「……まるで、押し込み強盗みたいっすね」
「だから、俺達にも応援要請が来たんだよ。何しろ同じような毒殺事件が、ここの他に後二件あるし、もしかしたらもっと増えるかも知れない。テレビやネットじゃ、大急ぎでキャンディー食うのやめるよう呼びかけてるみたいだけどな。とてもじゃないが、非番だなんて言っていられる状況じゃないのは分かるだろ?」
「ああ、なるほど。……おのれ、毒殺魔。せっかくの師匠とのディナーを台無しにしてくれちゃいやがって」
グギギ……と礼は歯ぎしりした。
その後頭部を、藤井寺はバインダーで軽く叩いた。
「私怨は置いておけ。5人の内訳だが、例のホワイトデーフェアで件のキャンディを購入したのは父親。嫁さんと一緒に食ったって事は、仲はよかったんだろうな。それから、中学生の次女と小学6年生の長男」
「両親が食べてるのを見て、頂戴ってパターンっすかね」
リビングを見渡し、礼は評する。
「ま、この仕事、予断は禁物なんだが、多分な。で、これがちょっと奇妙なんだが……」
少し戸惑ったように、藤井寺は自分の額を掻いた。
「はい?」
「その4人からかなり遅れて、そこの長女が死亡」
指差した先は、電話台に寄りかかる女性だった。
「……状況から考えると、何が起こったかは一目瞭然っすよね?」
テーブルに置いてあるキャンディ。
そして、死んでいる家族。外傷はなく、どうやら中毒死っぽい。
となると、どう考えたって、テーブルの上のそれが怪しいに決まっている。
「病院じゃなくて警察に一報あったらしい。『ごめんなさい』と謎の言葉を残して、その後――」
藤井寺は、もう一度、女性の死体を指差した。
そして唸る。
「――後追い自殺かねぇ」
「じゃないっすか? ま、その辺は狭山警部に任せて、とにかく仕事しましょう。ボク、この長女さんやります」
そして、礼は調書に目を通した。
「ええとなになに、
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