第13話 狼男の最期

 通り魔、通称『狼男』の脅威に市民は怯えていた。

 狙われるのは主に若い女性。

 満月の時期に出没する事と、幸いにも逃げる事が出来た女性の目撃証言から狼のマスクを被っていた事、被害者を爪で八つ裂きにする事から、そのあだ名がついたのだ。

 もっとも、今晩からはこの犯人に怯える必要はない。

 何故なら今宵、『狼男』とおぼしき人物は路上に倒れて死んでいたからだ。




 現場は薄暗い路地だった。

 犯人は髭面で筋肉質、服は工員なのだろうかグレーのツナギを着ていた。

 捲られた両腕も毛むくじゃらで、全体に毛深い印象を受ける。

 なるほど、『狼男』のイメージからは外れていない。

 そして、傍らには狼のマスクが落ちている。

 そんな事を考えながら、新米の鑑識官、和泉いずみれいは屈み込んで死体の胸元を眺めた。


「何探してるんだ?」


 同じような態勢で、中年の先輩鑑識官、藤井寺ふじいでら吾郎ごろうが尋ねてくる。


「いや、銀の弾丸で貫かれた様子はないっすね」

「……阿呆、ゲームのやり過ぎだ。死因はどう見てもここ、首筋からの出血多量による失血死。他に傷なんてほとんどないだろが」


 藤井寺は、真っ赤に染まった首筋とアスファルトに広がる血の海を指差した。

 強いて傷と言えば、腕に擦り傷があるぐらいだ。

 おそらく、彼を殺した人物と揉み合いにでもなったのだろう。


「……えーとつまり周囲の状況を考えると、女性が襲われそうになった所を第三者が乱入。その人物が今回の事件の被疑者で、狼男を倒したと」

「この被害者も、身元が分かるようなモノは、何も持ってないな……まあ、服がどこの工場のモノかは、狭山警部に当たってもらうとして……」

「しっかし、何だってこんな犯罪引き起こしてたんでしょうね、この犯人も」

「西洋の方じゃ、月は狂気を誘うっつー言い伝えがあるらしいし、実際統計でも満月近くに事件は多いらしい。犯罪者の心理なんて知らんよ。何にしてもこの爪の鋭さは、ただ者じゃないな」


 おそらく、ヤスリか何かで磨いたのだろう、被害者の爪はまるで刃物のような輝きを放っていた。


「って言うかいつからこの街は、アメコミのヒーローやヴィランが闊歩するようになってるんですか」


 礼の呟きに、藤井寺は首を傾げた。


「ヴィランて何だ?」

「悪役の事っすよ。ほら、磁力操るのとか口の裂けた道化師みたいなのとか。あ、そうそう、今度新しい映画が上映されるんすけど……」

「待て」

「はい」


 あっさりと、礼は言葉を止めた。

 藤井寺は何かに気付いたようだ。

 どうやら、死因となった首筋の傷口に問題があるらしい。


「これ、凶器は刃物じゃないな」

「えっと……」


 よく見ると、そこには二つのやや大きめの穴が開いていた。


「どう思う?」


 藤井寺の言わんとしている事が、礼にも分かった。


「すごく……咬み傷っすね」


 そして、気付いた。

 後ろで倒れているもう一つの死体――若い女性――に振り返る。

 そう、今晩の被害者は二人いるのだ。


「あの、もしかしてあっちの被害者って……」

「腑に落ちたな。獲物の奪い合いだ」

「つまり犯人は」

「……ああ、吸血鬼。しかも犯人の本命は『狼男』じゃなくて、向こうだったようだ」

「……某国の超人兵士でも北欧の雷神でも何でもいいから、誰か助けて」




 こうして、『狼男』の脅威は去り。

 この日からしばらく、満月の夜には新たなる通り魔、通称『吸血鬼』の脅威に市民は怯えている事となった。

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