第12話 勝ち取る方法
朝の早く。
冬場の凍った池は、子供達の格好の遊び場だった。
その氷の一部は今ひび割れており、その底には一人の少年が沈んでいた。
既にもう、動かない。
スケートシューズを履いた氷上の少年は、彼を無言で見下ろしていた。
――その出来事は、十分ほど前に遡る。
まさしく、天の恵みというべきだろう。
氷上を滑る勇次郎は、ほくそえんだ。
後ろには、一歳年上である兄の
(……けど、あのスケートシューズは欲しかったな)
勇次郎は、自分のシューズを見下ろした。
両親がくれた靴は、少々ださいのが不満だった。
それは靴だけではなく、コートも同様だ。
両親のセンスは少々古い。これぐらい、自分で選ばせてくれればいいのに、と思う。
そう、兄のように。
そもそも、自分が兄に殺意を抱くのは、それも一つの理由だ。
慎一郎は、何でも出来る。
成績は優秀で、運動神経は抜群、通っている中学では生徒会の役員もしているという。
そして、優秀な兄を持つ弟の例に洩れず、自分は常に比較されてきていた。
「ああ、あの氷室の……」
が、兄を担当した教師達の決り文句だった。
自分だって、勉強ぐらい出来る。兄ほどではないが、運動神経だって悪くない。
けれど、常に兄の方が上だった。
それがムカつく。
それを些細という人はいるかも知れない。
けれど、勇次郎にとっては充分な動機だった。
周囲に人はおらず「助けようと思ったけど力が足りず無理だった」という言い訳は利くだろう。
後もう少し。
勇次郎は目立たないように薄く赤い目印を、チョークで書き込んであった。
自分はそこで止まる。
疲れたと口実を取って、そのまま兄は進めさせる。
そしてその先は――と、考えていたら、急に足下が無くなった。
「!?」
顔が冷水に晒される。
コートも靴もあっという間に水が染みこみ、全身が水に浸かってしまう。
足下の氷が、沈んだのだ。
でも、何故?
割れるポイントは、ここよりもっと先だったはずだ。
頭上を見上げると、太陽を背に兄が自分を見下ろしていた。
助けて。
そう叫ぼうとするが、水の中では当然無理だ。
水面に上がろうにも全身が冷たさで麻痺した上に、服や靴の重さが邪魔をする。
そうしている間にも、どんどんと体温は見ずに奪われ――。
氷室慎一郎は、自分を罠に嵌めようとしていた弟の凍り付いた表情を、ジッと見下ろした。
弟が、自分を憎んでいる事は気付いていた。
だが、逆は考えなかったのか。
常に「お前はお兄ちゃんなんだから」と、弟に譲歩させられてきた。
勉強や運動は、自分なりに努力してきた結果だ。妬みをブログに載せるのは構わないが、ああいうのは誰にでも読めるって事は考えておいた方がいい。
第一、お前勉強してないだろう。親に褒められるレベルが60点台じゃ、比較されて当たり前だ。
そもそも、お前が使ってたパソコンにしても、俺が小遣いと爺ちゃん婆ちゃんちの手伝いでもらったバイト代で稼いで組み立てた、自作PCだ。お前が強請り、父さん母さんの決り文句「お前はお兄ちゃんなんだし」で奪われたがな。
小遣いだって、お前の方が多い。
俺は、顔見知りの近所のスーパーや酒屋を手伝って、自力で稼いでいる。このコートもスケートシューズも、その金で買った。
新品を買ってもらっておいて、贅沢言うな。
もっとも、もう二度と、その口を叩く事は出来ないだろうが。
お前が薄氷を使って、俺をそこに鎮めようとしていた事も気付いていた。
駄目だよ。
目印なんて用意したら、そこに罠があるなんて、丸わかりじゃないか。
お前の敗因は、全部周りから与えられてきたって事だ。
本当に欲しいモノがあるなら、多少の努力は必要だよ。
氷室慎一郎は、念のために割れた氷の周囲を確かめた。
慎一郎が夜明け前に打ち込んでいた太釘の痕跡も、もう完全になくなっているようだった。
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