第10話 デスゲームに集う者
薄汚れた狭い一室に、八人の男女が閉じ込められていた。
正確には、その内の一人は既に事切れていた。
まだ、ゲームは始まっていないというスピーカーから流れる合成音声の忠告を無視し、ドアのノブを壊そうとしたら、高圧電流が流れたのだ。
黒い煙を噴き出す死体の異臭に、彼らは鼻を押さえる。
「おいおい、マジかよ……」
「本当に……死んでるの?」
「触るな。感電死だ」
そんな声が、彼らの中から漏れる。
同じように鼻を押さえていた
「…………」
根拠はない。
ないが、直感で分かった。
自分を閉じ込めたのは、あの男だ。
狭い部屋に、八人の男女が閉じ込められていた。
そのほとんどが、不安そうな表情の中、短い金髪に耳ピアス、サングラスをしたチンピラ風の男が自分、堂本孝造を見上げていた。
男は、不敵に微笑んでいた。
「…………」
高級デスクに組み込まれたモニターを眺めていた堂本は、ゾッとした。
チンピラ風の男、ナンバー2こと
得体の知れない不安に、いつもの癖でネクタイピンを撫でてしまう。
「どうかしましたか、社長」
後ろから、秘書の
「いや……何でもない。何でもないが……」
「お疲れのようですけれど、そろそろ……」
「ああ、そうだったな。すまん」
堂本は気を取り直し、顔を上げた。
壇上に立つ彼の眼下では、長く大きなギャンブル用のテーブルが横たわり、札束が積み重ねられている。
賭けているのは、選ばれた富豪達だ。
彼らの背後では、スタイルのいい美女達が給仕をし、壁際には黒服のボディーガード達が並んでいる。
堂本は不安を振り払い、営業用のスマイルを作った。
「皆さん、いよいよゲームの開始です。どの番号に賭けるかは決まりましたね? それではこれより生き残りを賭けたデスゲーム『エスケープ』の開幕です!」
歓声が沸き起こり、高らかにブザーが鳴る。
そして、モニターの中の男女に、説明の合成音声が流れ始める。
彼らには、生き残りのゲームをしてもらう。
生き残った者には、莫大な賞金が支払われる。
だが、大抵の場合は、生き残るのは0か1人。このゲームはそういう風に出来ている。
もっとも、自分が賭けるならば、あのナンバー2だろうが。
ラリアットホテルの一室。
ベッドに気怠げに横たわっていた菱野乙女は、上体を起こした。
相手の男は情事が済むと、自分とは違い、さっさと着替えを始めていた。
「本当に、そんなのでいいの?」
「ああ、ありがとう」
金髪にピアスをした青年、青山二郎はシャツに袖を通すと、乙女から受け取ったUSBメモリをポケットに入れる。
そして、自分のバッグの中から分厚い札束を出すと、テーブルに置いた。
「これ、ささやかだけどお礼」
「あのゲームを勝ち抜いた貴方にとっては、確かにささやかね」
「もうちょっとあった方がいい?」
「くれるならもらうわよ?」
乙女は苦笑し、ベッドから出る。
「……それよりも、貴方の事をもっと知りたいわ」
あの、死のゲームを余裕で勝ち残る胆力。
彼は人を殺しても、眉一つ動かさなかった。
まるで、テーマパークのアトラクションを楽しむかのように悠々と、青山二郎は賞金を獲得したのだった。
「そっか。ところでこのライターだけど……」
背後に近付く乙女を振り返りもせず、青山二郎はライターに火を点けた。
その火を見た途端、乙女の意識は不意に暗くなった。
「あら……?」
菱野乙女は、周囲を見渡した。
どうやら、夜のホテルのロビーのようだ。
造りからして、どうやらラリアットホテルだろうか。
社長である堂本の供で、何度も出入りをしているので憶えている。
「ちょっと、大丈夫?」
彼女が戸惑っていると、金髪にピアスのチンピラ風の男が声を掛けてきた。
姿こそ、このホテルにはあまり相応しいとは言えないが、心配そうなその表情は根がいい人のようで、乙女は安心した。
「え、ええ、ありがとう」
「タクシー、呼ぶ?」
男が、ガラスの向こうにあるタクシー乗り場を、親指で差した。
「あ、いえ、平気よ。自分で乗り場まで行けるわ」
「そっか。それじゃ、お大事に」
まったく、何でこんな所に、と戸惑いながら、乙女はホテルを出るのだった。
翌日。
春星高校の制服を着た少年が、大きなビニール袋を手に引っかけ、探偵事務所や未認可の幼稚園の入った雑居ビルの廊下を歩いていた。
3階は
そのドアを、彼は開けた。
小綺麗な部屋の一角は、モニタールームのようになっており、そこにでっぷりと太ったでっぷりと太った二十代の男、根岸が座っていた。
「よう」
「やあ。おや、黒須、もう髪を戻しちゃったのかい?」
根岸は振り返り、目を瞬かせた。
「あの髪じゃ、学校に行けないだろ」
もちろん、耳のピアスももうない。
「確かに。やっぱり君には黒髪がよく似合う。そうだ、黒髪と言えばやっぱり女の子は黒髪だよね。わざわざ茶色に染めるなんて僕にはまるで理解出来ない。茶髪の巫女なんて絶対に認められないと思うんだ」
「お前の趣味はどうでもいい。とりあえず餌買ってきた」
黒須一郎は、根岸の前にビニール袋を下ろした。
中身は、様々なメーカーのジャンクフードと飲み物だ。
「うん、匂いで気付いてた」
ガサゴソと中の紙袋を開き、ハンバーガーを取り出してかぶりつく。
「後、これ」
黒須一郎は、モニターの前にUSBメモリを置く。
「ああ、ご苦労さん。わざわざすまないね。どうもこのデータだけ別の場所にあってさぁ。多分、ネットに繋がってないコンピュータにあったんだろうね」
ジュルジュルとバニラシェイクを啜りながら、根岸はもう一方の手でメモリをコンピュータのスロットに挿した。
「いいさ。元々、俺の趣味に付き合わせてるんだ。これぐらい、大した手間じゃない。で、どうだ?」
「ふむ、こんな感じだけど、どう?」
片手で器用にキーボードを操り、根岸は正面にある特大モニターにデータを表示させた。
それは、建物の図面だった。様々な英語の書き込みが死のトラップである事は、読める人には分かるだろう。
「契約は切れてる。今は廃屋だね」
黒須は壁にもたれかかり、それを眺める。
「今までで、一番いいな」
「確かに色々組み込めそうだ。採用?」
「採用。参加者のデータは?」
「バッチリ。賭けてた連中も見る?」
「そっちは暇潰しに遊ぶ」
「そっか」
気がつけば、堂本はこの部屋にいた。
身に着けていた財布や腕時計、携帯電話ももちろん無くなっている。
撫でようとして気がついたが、何故かネクタイピンもなくなっていた。
横たわる、感電死した死体。
モニターから視線を外し、ふと思い出す。
そういえばこの死んだ男、どこかで見覚えのある奴だ……そう、暴力団の若い組長ではなかったか?
自分のような非合法な生業をする者は、自ずとその筋とも知り合う事が多いのだ。
「さっきの声……私の所で使っていた、合成音声だわ……」
女の一人が呟くのが、耳に入る。
この女、確か大手金融会社の女社長。
「このトラップは……ウチで使った奴ではないか」
言った老人は、大企業の会長。
どちらも、裏の世界でも、それなりに知られた人物だ。
まさか、と堂本は思った。
この、集められた面子に共通するのはもしかして。
『フライングがありましたが――』
スピーカーからの合成音声に、全員がハッと顔を上げた。
『――ようこそ、様々なゲームの主催者の方々。これより生き残りのゲームを始めます』
生き残った者には莫大な賞金を支払う事、身につけていたモノも全て返却する事などが説明される。
ふと、堂本は周りの人間の視線がスピーカーの方を向いていない事に気がついた。
視線を追うと、それはさっきまで彼が見上げていた、監視カメラのレンズだった。
彼らの表情は凍り付いていた。
まるで、このゲームの『主催者』に心当たりがあるかのように、怯えていた。
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