第8話 相性のいい死
夫婦の死体を発見したのは、妻の友人だった。
観劇の待ち合わせ時間になっても現れないし、連絡も取れないというので、最初は怒り、やがて心配になって邸宅を訪れてみたところ、ダイニングテーブルに突っ伏した二人を発見した、というのだ。
時計は午後八時を指している。刑事が来るまではまだ少し時間があるようだ。
ダイニングでは鑑識班が何人も、忙しく働いていた。
「心中、ですかね?」
死体周りを調べていた新米鑑識官、
「心中? そんな訳ないだろ。アホか」
「ア、アホ? 前にも言いましたよね、それ!?」
「大阪では親しみを込めて言う罵倒語だ、喜べ。……いや、本当に顔を赤くしなくていい」
「し、してませんよ! それよりもこれ! ほら、二人とも服毒自殺だし! 揃いのマグカップだし!」
礼はテーブルの上に転がっている二つのカップを指差した。白いテーブルクロスに、黒い染みが浮かんでいる。
どちらも死体の手のすぐ傍に倒れていた。
それに対し、藤井寺はふん、と鼻を鳴らした。
「遺書もなく、朝食はテーブルに並んだままで心中をするか。第一、それ以外は全部バラバラじゃないか」
「バラバラ? いや、惨殺死体じゃないじゃないっすか」
「馬鹿」
「……親しみは?」
「ある訳ないだろが、大馬鹿者。部屋をよーく見ろ。何かおかしくないか?」
「えーと……」
礼はまず朝食の並んだテーブルを見た。
ナイフやフォークの形が、二人とも違うのに気が付いた。夫のはまっすぐ飾り気のないのに対し、妻のは螺旋の模様が刻まれている。
皿も、夫のが大きいのに対し妻のは小さいもの。
パンの種類も違えば、同じ苺ジャムの瓶やバターの器が二つずつあった。
……少し時間を置いて、礼は藤井寺を見た。
「……バラバラ?」
やっと分かったか、と藤井寺は頷いた。
「ちなみに寝室も別。車は二台あった。形だけの夫婦だったんだろうな」
「でもマグカップ……」
礼は不満そうに唇を尖らせた。そんな彼女の脳天に、藤井寺はチョップを食らわせた。
「うぅ~~~~~」
礼はのたうち回る。
構わず藤井寺は、二つの死体を眺め続ける。
「感傷かもな」
「感傷?」
「……お互い、最後だからって事で。大方、結婚した時の引き出物か何かじゃないか? ……大体、こいつらの顔よーく見ろ」
藤井寺の指摘に、礼は首を傾けた。テーブルに突っ伏した死体は、どちらも顔を横向きにしていたので、顔色はちゃんと伺える。
夫は赤色、妻は青色。どちらもおそろしく苦しげな表情で死んでおり、礼は嫌な顔をした。
「い、色が違いますね」
藤井寺は別の部下が持ってきた調査書類をめくった。
「使ってる毒が違うんだよ。二人とも、どう死体を処理するつもりだったのか知らないが、保険金目当てだったんじゃないかね。……あ、二人とも、バツイチ同士の再婚だな。前の連れ合いの死因も、狭山警部に調べてもらった方がいいかもしれない」
「……やな夫婦ですね。ボクぁこんな家庭は持ちたくないっす」
「まず相手を見つける事だな」
「…………」
礼は白い目で藤井寺を見た。
「反論がないな?」
おや、とちょっと意外そうな藤井寺だった。
「する気力もないっす」
「……それにしても惜しいな。同じ日に相手を殺す計画立ててたなんて、愛情さえあればさぞかし気のあった夫婦だったろうに」
すかさず、礼が突っ込んだ。
「夫婦に一番大事な物が欠けてるじゃないっすか」
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