第7話 目には目を

 白衣の老人の死体。

 その死体には、両目がなかった。



 ふと、鑑識官の藤井寺ふじいでら吾郎ごろうが隣を見ると、後輩の和泉いずみれいが顔を青ざめさせていた。

 ……まあ、無理もないわな。

 そう思いながら声を掛ける。


「吐くなら、外でやれ」

「……いえ……その……大丈夫です」

「全然大丈夫そうには見えないけどな」


 とはいえ、まともな人間なら和泉の反応がまっとうだろう。

 仕事柄、見慣れてなければ(見慣れてても)この光景はかなりキテいた。

 薄暗い地下室に等間隔の幅で作られた棚には、大きな瓶が並べられている。

 それら一つ一つにホルマリン漬けの臓器が浮かんでいた。

 三つ目の頭蓋骨、指が七本ある左手、半陰半陽の股間部……。


「悪趣味極まるな……それと、和泉。目つぶってたら仕事にならんぞ」

「そ、そんな事言われても師匠、ボクぁ、理科準備室とか苦手だったんですよぉ」

「……なあ、前から聞きたかったんだけど、何でお前、鑑識官やってんだ?」


 まだ、指紋を調べていないので明かりのスイッチを入れるわけにもいかない。

 しょうがないので、死体に近づくことにした。

 地下室の棚と棚の間、通路に仰向けになって白衣の老人が倒れていた。


「こ、こ、この人が集めたんですか、これ?」

「らしいな」


 白衣の老人の本業は外科医であり、趣味は畸形臓器の蒐集だった。

 医者としての評判は相当によく、見ただけで悪いところを言い当てられるぐらいに腕がよかったという。

 もちろん、趣味の方は誰にも知られていなかったはずだ。


「まあ、コレクションには一番向いてる職業だな」

「こんなコレクション、いりませんよ!?」

「趣味は人それぞれ。……何が迷惑かってこの人、生きてる人間から集めてたってのが最大の問題だ」

「つまり、変態さんっすね」

「……否定はしない。一種の病気なのは確かだ」


 重要な器官を引っこ抜けば人は死ぬ。

 そして、この家では大型の犬を何匹も飼っていた。死体処理用だろう。

 さて、老人が殺人犯なのは分かったとして、重要な問題は別にある。


「誰がこの老人を殺したんでしょうねぇ……」

「それを調べるのが、俺達の仕事」


 礼の問いに応えながら、藤井寺は老人の脇にしゃがみ込んだ。

 目玉のない死体に、ふと藤井寺は思い出した。


「あー……」

「師匠、どうかしましたか?」

「目玉が抉り取られているのは分かるな?」

「そ、そうっすね」


 傍らには、血まみれのスプーンがあった。

 目玉をくり抜いた凶器はおそらくそれだろう。

 落ちている黒眼鏡サングラスは、近所の人間から聞いた話によると弱い色盲だったという。

 ……よくそれで、外科医をやっていられたなあと、礼は内心思った。

 いや、それよりも、目玉の事だ。


「どう思う?」

「そ、そりゃー……犯人が持っていった?」

「阿呆。そんな話じゃない」

「ア、アホはないでしょう!?」

「俺が言いたいのは、他に外傷がなく、薬品が使われた痕跡も……ない」

「そ、そうっすね」

「という事は、考えられる一番妥当な死因は?」

「…………」

「つまり、この被害者は生きたまま目玉を――」

「やーめーてー……」


 礼はその場に突っ伏した。

 この被害者の死因は、生きたまま目玉をくり抜かれた事によるショック死だった。


「そこで、ようやくお前のさっきの疑問に到達する。何で持っていったかって言うと――いや、こんな推理するのは刑事の仕事であって、俺達の仕事じゃないな」

「いやいやいや」


 礼が藤井寺の裾を引っ張った。


「……伸びるだろうが」

「師匠、もったいぶらずに続きを」

「続きって言ってもなぁ……単に心当たりがあるだけだぞ」

「その心当たりが気になるんですよ。このままじゃボク、夜も眠れなくなっちゃいます」


 藤井寺は少し悩んでから口を開いた。

 そして、死体を指さした。


「猟期殺人犯」

「ですね」

「――を専門に殺す猟期殺人犯ってのが、狭山警部の話によるとこの街にはいるらしい」

「え?」

「猟期殺人犯専門の殺人鬼。正体は不明。特徴は対象の相手と同じ手口で、殺人を実行するのと、殺した相手の所持品を何か一つ必ず持っていくんだと」

「何でそんな事するんですか?」

「俺が知るか。この爺さんと同じで、集める癖でもあるんだろ。まあこれまでのは、その犯人が使ってたナイフだとか、毒薬の瓶だとかそんなのだったんだけど」

「縁起でもないモノばっかりですね」

「死体を損壊させて持っていくケースは初めてだから、そいつだって断定は出来ないわな」


 そもそも、そう言う断定をするのは狭山警部の仕事であって、鑑識が推測で物を言うべきじゃないだろう。


「あ、でもししょー。何で目玉を持っていったかは何となく分かるような気がします」

「ほう?」


 礼は資料を藤井寺に手渡し、被害者の顔写真を指さした。

 上にあったアルバムから取り寄せたモノだ。


「これっす」

「……なるほど」


 黒眼鏡のない老人の両目は、まるで全てを見抜く魔力でも秘めているかのような黄金色をしていた。

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