第5話 チョコレート・チョコレート

 目覚まし時計の日付は、2月14日。

 勢いよく鳴り始めた目覚ましを止め、ベッドから飛び降りた和泉いずみれいが真っ先に開いたのは、冷蔵庫だった。

「よっし」

 中段に鎮座している型にはまったチョコレートの具合を見て、彼女はグッと拳を作った。




 ラッピングした包みを持った礼は、職場である鑑識課の扉を元気よく開いた。


「おはよーございまーす。あれ、師匠どうしたんっすか」


 見ると、彼女の上司は机に突っ伏していた。

 その状態のまま、無精髭の中年親父、藤井寺ふじいでら吾郎ごろうは礼の方に気怠そうな顔を向けた。


「なあ、和泉。お前、チョコ好きか?」


 慌てて、礼は包みを後ろに隠した。


「え? ななな、何のことでしょうか!?」

「俺は今し方、大嫌いになった」

「えーーーーーっ!? そ、そりゃないですよ、師匠?」

「あ? よく分からんが、とにかく行くぞ」


 のっそりと、藤井寺は立ち上がる。


「は、どこへですか?」

「仕事に決まってんだろ……たまらんなぁ、おい」


 頭を振りつつオフィスを出て行く藤井寺の後を、礼は慌てて追い掛けた。




 藤井寺曰く、「和泉の運転は荒っぽいから却下」との事で、現場へ向かう車の運転は、いつも藤井寺の仕事だった。


「亡くなったのは二十代前半の男性。死因は毒物」


 助手席に座った礼は少し考えた。


「……話の流れからして、チョコレートに入ってたんですね」

「まーな。バレンタインデーらしい事件じゃないか」

「そ、そうですねー。あはははは」


 どうしようかね、この包み、と礼はまだ手に持ったままのチョコレートの処理に困った。

 その様子に、藤井寺は怪訝な表情を向けた。


「どうした。何か挙動不審だぞ。誰か殺したのか?」

「殺してないですよぅ。でも、師匠。刺殺事件が起こったからって言って、ナイフや包丁を使わないわけにも行かないでしょうに、何もチョコレート嫌いになる事はないんじゃないっすか?」

「馬っ鹿。普通の事件ならそうかも知れないけどな。資料よく読め。特に職業の所」


 促されるまま、礼は資料を凝視した。

 そして顔をしかめた。


「……………………げ」




 二人揃って『それ』を見上げた。

 そのまま、礼は手に持った包みを、藤井寺に差し出す。


「ししょー、よければこれ、上げます」

「嫌がらせか?」


 眉をひそめた表情で、一応受け取る藤井寺。


「気分的に、一個でも負担を減らしたい気分なんですよ」

「タレントってのは、すごいよなぁ。お前、ドラマとか見るか?」

「いやー、学生時代ならともかく、最近のは全然駄目っすねー」


 二人の前には、山のようにチョコレートを積んだトラックが鎮座していた。

 それも三台。


「……あの、これ全部調べるんっすか」

「……他にも、あるかも知れないからな、毒入りチョコレート」


 藤井寺はポケットからラムネを取り出し、三粒口に入れた。

 ガリガリとやりながら、プラスティックの瓶を礼も受け取る。


「動機は何なんすかね」


 同じようにガリガリ噛みながら、礼は尋ねた。


「顔がいいってのはそれだけで恨み買うぞ。男の俺が言うんだから間違いない。あと、女性から恨まれるような事なんて、楽に想像出来そうじゃないか。遊ばれたとか、捨てられたとか。ああ、そうだ、金属探知機もいるな」

「へ? そんなモン、何に使うんすか?」

「……毒だけじゃなくて、爆弾入ってるかも知れないだろ」

「げー……ボクぁ、当分チョコレート見たくないっす」


 トラックはまだやってくる。

 それを眺めながら、藤井寺がボヤいた。


「タレントってのはモテるねえ、まったく」

「……そうっすね。何もバレンタインデーに殺されなくてもいいのに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る