第4話 逆さテルテル坊主

 暴風と共に、強い雨足がその市を襲っていた。

 住宅街家屋の一つに、逆さまに吊られたテルテル坊主があった。

 強烈な風と大粒の雨が、そのテルテル坊主を大きく叩き続けていた。


『昨晩から崩れ始めた天気は、記録的な大雨となり……』


 リビングからニュースの声が聞こえる。

 窓の外は快晴、電線からは雨水が滴っていた。

 日景ひかげはぎという男の子なのか女の子なのかよく分からない名前を持った少年は、ヒビの入った眼鏡を掛けながら、窓際に飾っていた逆さテルテル坊主を回収した。

 机の上に、水を吸って重くなったテルテル坊主を置く。

 萩は、それをしばらく見つめ続けた。

 教科書とノートをランドセルに詰めて階段を下りると、玄関では二人の兄を母が見送っているところだった。


「行って来まーす」

「いってきます!」

「はい、行ってらっしゃい」


 萩は母の横をすり抜け、靴を履いた。


「行ってきます……」

「さあ、食器を片付けなきゃ」


 母はキッチンへ戻っていった。




 小学校の校門に、先生が立っていた。

 子供たちは校舎に向かいながら、元気な挨拶を先生にする。


「おはようございまーす」

「はい、おはよう」


 先生は、笑顔で子供達に返事をする。


「……おはようございます」


 萩は先生に挨拶を済ませ、自分の教室に向かった。

 自分の席に座る。

 しばらくすると、ホームルームの時間になり、先生が教室に入ってきた。

 その表情は暗い。

 先生の雰囲気に、最初は騒がしかった子供たちも、異常を感じたのかやがて静かになった。


「先生、どうかしたんですか?」


 生徒の一人が手をあげて質問した。

 先生は、意を決し話し始めた。


「……皆さんに、悲しいお知らせがあります」


 静かにしていた子供たちが、話が進むに連れてやがてザワザワと騒ぎ始める。

 昨晩、この教室の生徒四人が家に帰らなかった。

 昨夜は大雨でとても捜索できる状況ではなく、雨が止み始めてからようやく捜索隊が組織された。

 彼らが発見されたのは、すぐ近くの裏山だった。

 半ば土に埋まった深い古井戸に落ちてしまったらしい彼らは、脱出できず一晩をそこで過ごした。

 井戸には雨水が溜まり、彼ら四人の中で生存者は一人もいなかった。

 先生が話し終えると、女子の何人かが啜り泣きを始めた。


「くっ……」


 萩は肩を震わせた。


「うっ……く……」


 何とか堪えようと努力したが、無理だった。


「ぶはっ……!」


 萩は耐え切れず、爆笑した。


「ははっ! ははははっ!!」


 全員が萩の様子にギョッとした。

 険しい顔をした先生が萩に近づき、その頬を強く叩く。

 眼鏡が弾け飛び、彼は椅子から落っこちたが、腹を抱えて笑い続けた。


「ざまあみろざまあみろ……あはははははははははははははははははははははははは……げほっ、ごほっ……いーっひひひひひ……っ!」


 狂ったような笑い声が、教室にこだまする。

 クラスのみんなも、先生も、誰も身動きひとつ出来ず青ざめた顔で萩を見ていた。

 誹謗中傷で傷だらけの机とボロボロの教科書を見れば、誰だって彼がクラスメイトからイジメに遭っていた事が分かるだろう。


 クラスの全員がその事を知っていた。

 もちろん先生だって知っていた。


 萩のランドセルは土まみれになっていた。

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