第2話 穏やかな朝

 雀のさえずりが聞こえる。

 窓からの日差しに、目が覚めた。

 広い部屋――自分の部屋だった。

 どうやって昨日、自分の部屋に戻ったかも憶えていない。


「…………」


 何故か目覚まし時計がないので、壁の時計を確認する。

 ……起床は。いつもより少し遅いようだ。


「昨日は激しかったからなぁ……」


 もちろん、夫婦喧嘩の話だ。

 二人の間に夜の営みなど、もう何年もない。

 同居こそしている物の、寝室も別。

 普段はお互い、他人同然の生活を送っている。


「う……」


 頭痛がするのは、昨日飲みすぎただろう。

 何だか記憶が曖昧だ。

 ひとまず、部屋を出よう。

 廊下の向こう、キッチンから包丁の音が聞こえる。

 この時間ならもう、通いのお手伝いの鳴戸なると有紀ゆきが既に仕事を開始しているのだろう。

 廊下には、黒いゴミ袋がいくつも並んでいる。

 記憶が少し甦る。

 昨晩の、妻との喧嘩はかなりやりあった。

 大体、散財が激しすぎるんだ、アイツは……。

 そう思い、また怒りがぶり返してくる。

 俺は、アイツに浪費させる為に、金を稼いでいるんじゃない。

 これまでにも我慢に我慢を重ねてきたが……。


 頭痛がして、一瞬、思考が止まる。


 とにかく耐えきれなくなって離婚の話を持ち出したら、法外な慰謝料を要求してきた。

 だから俺は――。


 ――どうしたっけ?


 よく思い出せないまま、キッチンに入った。

 メイド服を着た女性に声を掛ける。


「おはよう、鳴戸君」


 彼女は、鍋の火を止め、フライパンの目玉焼きを皿に移した。


「おはようございます、旦那様」


 有紀は、春の花のような温かな笑顔を彼に向けた。

 彼も思わず和んでしまう。


「ありがとう。どうやら、掃除を済ませてくれたようだね」

「はい。見苦しくない程度にですが。散らかっていたモノは片付けましたが、後で雑巾がけと一緒に本格的に行います」

「そうか。助かるよ。そうそう……その、目覚まし時計なんだけど」

「はい。壊れてましたので、買い出しの時に補充しておきます」

「うん」


 そして彼は気になった事を尋ねた。


「……ところで妻なんだけど、どこにいったか知らないかい? 何だか静かだと思ったら、あいつがいないんだ」


 もう出掛けたのかな。だったらいいんだけど。

 すると、彼女は笑顔のまま答えた。


「はい。壊れた目覚まし時計や割れた酒瓶、探偵の報告書やあの写真の束と一緒に、車のトランクにまとめて運んでおきました。あとで、棄てておきますね」

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