第四十二夜 不協
【Ⅰ】
山霧は、午前中の授業が終わり、昼休みに入るとぐるりと教室内を見渡した。
視線で捜していたのは七日の姿だ。
何故なら、今日の登校時に「お昼に時間もらってもいい?」と言われ、その申し出を受け入れたからである。
示し合わせたように無言で二人は教室を出た。途中、七日は友人たちに声をかけられては何かを返していたが、山霧には聞こえなかったし聞こうとも思ってはいなかった。
七日の後をついていくと、そこは校庭が見える中庭で、他の生徒の往来もそこそこある場所だった。
「…ごめんね、卓弥君。急にこんな約束して」
「いえ。別に構わないのですが……友達は良いんですか?先程も何かお話されてたようですが」
「あ…いいのいいの。それより………」
七日は顔を赤くした。
「その、先日は…ちょっと恥ずかしいところを見せちゃって」
「……」
七日の言う『恥ずかしいところ』が何なのかは山霧にははっきり言ってわからない。
流石に、先日というのがいつの事なのかくらいは流石に判るが。
あの日、角谷家であったことの何かが彼女にとっては“恥ずべきこと”なのだろうが、本人にとってそうであることを態々説明させるのも本意ではないため、山霧は気にしていない、と首を横に振る。
「今、ここに卓弥君に来てもらったのは、言いたいことと、聞きたいことがあったから」
「…はい」
「もうわかってるかもしれないんだけど、私にはお兄ちゃんが二人いる。一人は八馬。もう一人は九一。ちなみに九一とは本当は双子で…ただ、生まれた日が跨いだ上に年度の変わり目だったから学年も別れただけなんだけど」
七日は唇をやや尖らせる。その事実はどうやら不本意らしかった。
「正直、九一が変な奴らと絡んでるのは……すっごいムカつく。だって、お店に変な人ばかり来るし、あんなチャラチャラしたカッコがイケてるとか思ってるなんてどうかしてる。お兄ちゃん…あ、一番上のだけど、お兄ちゃんも何も言わないし。奴が兄妹っていう事実がスゴい嫌」
ため息混じりに言う姿は本当に溜め込んでいるものを垣間見せた。
だが、山霧は驚かなかった。あの日の七日の態度でその気持ちはある程度認識できていたからである。
「そんな九一と卓弥君がどうして……一緒にいたのか…ううん、どうしてお互いに知っていたのか…訊いてもいい?
だって、わかるでしょ?あんな奴といたって、どう考えてもメリットがない。なのに卓弥君が一緒にいる理由が私は理解できないし、納得できなかった」
一度呼吸を整えた七日は、先程までのややヒートだった状態を冷まして、苦笑しながら話し始めた。
「といっても、…私が納得するかどうかなんて卓弥君には関係ないしね…
つまり、これは私の興味本位ってこと。
もし教えてくれるなら…教えて欲しい。だって、私は卓弥君のことが……好きだから」
空気の流れが、一瞬滞った…気がした。
【Ⅱ】
「別に隠すような事ではないので。教えます」
例えば、
「今日はいい天気ですね」「そうですね」と、答えるくらいのテンポで山霧は七日に回答の意思を示した。
「まず、事実から」
「『事実』…?」
「はい。客観的に見ても認識できる部分です。前提、と言っても良いでしょう」
少しばかり、頭を整理する。
そのために、山霧は一拍置いた。
「角谷さんと一緒にいたのは“成行”であり、意図して起きたものではありません」
「えっ、じゃあ…単なる偶然?」
「偶然では無いと思います。が、そこに論点を向けると前提の話が出来ないので後程」
「ごめん」
「少々聞き辛いこともあるでしょうが…そこは承知で。僕もあまり人に口述することに長けてはいないので、すみませんがお付き合い願います」
そう。山霧はこういう人間だ。
丁寧で、頭が良くて。
とてもあんな奴と話が合うなんて思えない。
なのに…
だからこそ七日は九一と接触していることが納得できず、それに足る理由が知りたかった。
例えそれが事実でも、憶測でも、
「意図して起きたものではない、というのはあの日僕の目的は別にありました。槇さんという方をご存知ですか?」
七日の表情が固くなった。
「知ってる」と短く答える。
「あの日に限っては、彼に用事がありました。槙さんを知っているということは…言うまでもないでしょうが、彼に会いに行ったら角谷さん…即ち九一さんにお会いしたという訳です。ですので、成行で知り合うことになった、というのが彼と僕の関係性です。ここまでは?」
「うん。わかった……
でも、多分奴はそれより前に卓弥君のことを知ってそうだったけど」
「そこから先は前提ではなく単なる憶測になりますが、恐らく槙さんから伺っていたのではないでしょうか?何故なら、槙さんとは僕は進んで会おうとしていましたし、槙さんもまた僕との約束を忘れず前向きに会って下さいましたし」
「えっ、訊いてもいい?」
「はい」
「なんで…卓弥君はその……槙ってヤツに会いたかったの?」
「ああ……」
山霧は笑った。
「闘いたくて」
七日は首を傾げた。
「僕は最近体を動かすことにめっぽう惚れ込んでいるんですよ、そう…高揚と苦痛スレスレを掻い潜る爽快感?なんとも言語化し、尚且つ相手に共有する程の理解がまだ足りていないのもありますが。兎に角、槙さんは僕を夢中にさせてしまう」
七日は次に眉を寄せた。
おかしい。確かに、理解が難しくなっていくのがわかる。
「夢中って…ていうか、闘うって何で…」
「コレ、ですよ」
山霧は片手で拳をつくり、空で数回振る。
「勿論、当たればお互いにタダではすみませんが。それに恐れることもまた僕にとっては何故か楽しくて仕方が無いわけです」
流石に、七日は不安な声を出す。
「そんなの…危ないよ…!それにっ、あいつらホントに頭おかしい!あの桂ってやつも気味が悪いしッ」
けれど、山霧は七日のキャパオーバーに難色を一切示さない。
それは、七日を納得させることを求められている訳ではなく、あくまで質問に解答しているに過ぎないからだ。
納得するかしないか…それは、七日の願望でしかない。
「喧嘩などとは…程遠い暮らしをしていましたから。僕にも兄は居ますが年が離れているせいで酷く甘やかされて。…
今更そういったものに僕は興味を惹かれているのかもしれませんね」
山霧は笑みを浮かべ、七日は渋い顔をしていた。
喧嘩、なんて。
九一や槙が、そんな甘さで住む人種ではないことを、七日はよくよく知っていた。
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