第四十一夜 秘密

【Ⅰ】


ダンダンダンダン!


「っ、るせーんだよ!」


ダンダンダンダン!


「こらっ、槙!」


─ヒュンッ!


「っぶっ....?!」


角谷は雑誌を槙に向かってぶん投げる。

が、それは当たらず、後ろの生徒が被害を受けた。


昼休みの教室で、槙は携帯を睨み付けて苛々していた。

貧乏揺すりというか、足癖が悪い槙は、その長い足で机の脚を蹴りつけて苛立ちを表している。

前の生徒が可哀想にびくついているが、助けてやろうとは角谷が思うはずもない。


「っにすんだテメェ」


角谷の一撃雑誌スラッシュの標的になったことは流石の槙も気が付いている。

苛立ちと相まって、槙の三白眼が爬虫類の瞳のように光った。

それは、相手によっては失禁モノでも角谷に効果は今一つ。

角谷は舌打ちした。


「....うるせーっていってんのぉ。たかだか相手が電話に出ないだけで」

「あ?あれから何日経ってると思ってんだ」


何日、というのはつまり。

角谷は猫背の上体をピンっと伸ばした。


「....もしかして、山霧にかけてるの?」


槙は名前を聞くと舌舐めずりをした。


「俺はなァ、もう我慢ならねーんだよ....気が狂いそうな程───惚れてルんでな」


惚れる、というのは文字通りの意味ではない。槙にとっての格好の暇潰し、という意味だ。

角谷は未だ腫れたままの頬を擦る。

あのタイマンから槙は節操無く暴れていた。

東に引き渡したという現状説明をするのに桂と角谷が苦労したのは、今から六日前─


─槙とのタイマン翌日のことだった。


++++


『─ア?もっぺん言ってみろや』


槙の足で吹っ飛ばされた桂は物凄い音を立てて倒れこむ。

静かに桂は呻くとそれでもゆっくりと立ち上がった。


「相手の動きを知るために、あの日は麻尾へ引き渡しました」


─ガァンッ!


教室に備え付けられているスチール製のゴミ箱が対角線上に吹き飛ぶ。

それは、立ち上がったばかりの桂の腕を掠めていった。

角谷は飼育員では拉致が明かない....と両手を上げながら一歩踏み出す。


さながら、猛獣使いのお出ましとばかりに。


『落ち着け、槙』

『....』

『桂は悪くねぇーよ。俺が....そうしたんだからな』


槙の目の色が変わった。


....あー、無傷での説得は無理か。


角谷がそう思うや否や、頬に激痛が走る。

右ストレートを、諸に受けた。


桂と違い、両足を踏ん張ってその場にたったままの角谷。

鉄の味が口に広がった。

シャツで拭うと袖が血で染まる。

今の一撃に手加減は無かった。余所者を殴るのと同じくらい─否、


“怒り”という感情が今の槙にあるからこそ、それ以上の力があるかもしれない。


角谷が立ったままでいられるのは、予め来ることが想定されていたからだ。そして、下手に動けば舌を噛みきる恐れもあった為、受け身を取るという手段に出た。

しかし、歯を食い縛っても頭が揺れるような反動。


これは、何度も受けないように話を進めなくてはならない。


角谷は堪えきれないとばかりに一つ咳をする。

すると、槙が角谷の髪を一束掴んで後ろの壁に縫い付けた。


『っ....ぐ..』

『言え....テメェにしては小賢しいことをしてんじゃねぇか、あ?』


確かに、理由あって敢えて山霧を〈鬼爪〉に渡すといった判断は桂がしそうなことだ。それは角谷も自覚している。角谷もどちらかと言えばその場の欲求で動く男だからだ。


そもそも角谷も山霧を手放すのは納得してはいるが気は全く進んでいない。この発案自体が自分ではなく兄の八馬の考えであり、またあの状況ではそうせざるを得なかったからだ。


また、麻尾を迂闊に刺激するのは面倒でリスクが高い。それは、余程の馬鹿でなければ対峙することがない人間でも判ること。対策が不十分である中、相手の要求に取り敢えず応じる形を取ったのは仕方がなかった。


しかし、それはチームという所属グループ単位での問題であって、今槙が心頭していることは“山霧が手元にいない何時でも闘える状態でない”現状に対して、である。


今回は、チームとしての問題が多いという部分を理由にして説得するしかないのは分かりきっていることだった。


そして、この説明の際に、絶対に言ってはいけないことがある。


山霧の麻尾への異様な従順さ、だ。

行かなければいけない、と何度も言っていた。思い出すだけで....腹立だしい。

これを話せば、槙が手に負えなくなりそうなので言うつもりはない。というか、桂にも言っていないことだった。


“相手から要求があった。一度公的に面識(タイマン)を持った山霧なら、再接触は可能。だから、内城を知るために游がせる”


この流度だけを桂にはあの日に伝えている。

同じ様に槙に説明しても、やはり顔は全く納得していなかった。


槙にとっては〈我牙〉など、好き勝手する為の権力掲示でしかない。


槙は、角谷の髪から手を話し、腕を組んで見下ろした。


『再接触....ネェ。....根拠はあんのかよ』


桂と角谷は視線を交わす。

そして、角谷は口角を上げた。


『ある。....俺の妹が使える』


++++


「アイツは最近どーしてんだよ?怪我は治ってんのか?治ったんなら会わせろや」


槙は頬を高揚させる。

角谷はわざとらしく携帯を見た。


「サァーね....でも、あの腹のダメージは一週間そこらじゃ消えないだろうね」


槙はそれを聞くとどっかりと椅子に座って脚を組んだ。


「っ....クソ、我慢できね....」


相当苛々している。

まるで依存性の薬物を手にしてしまったかのように。


しかし、角谷は“山霧の回復を待った後、直ぐに槙とのタイマンをセッティング”とは考えていなかった。


あの槙を変えた山霧と───闘っヤッてみたい。


どうにかして、その機会を得たくて堪らなくなっていた。



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