第二十四夜 乱舞

【Ⅰ】

角谷は信じられなかった。

やはり、あの青年は“夜叉”だというのか。


桂から耳にしていた情報は、あの槙の頬に傷をつけることが出来る程の移動スピードを持っているということ。

自身の戦闘スタイルも似たようなものだから、気にはなっていたのだが、


今目の前で見ていてわかる。


─並大抵の実力じゃない。


率直な感想を角谷はぽつりと呟いた。


「本当にアイツ......“夜叉”なのか」

「そうです。今見ていても疑いますか?」


疑いはしない。

疑う余地もないほどの光景を見ているから。


角谷は否定した。


「いや、そうじゃないよ。

只、あまりにもギャップが凄くて脳ミソが理解を拒もうとしている......」


すると、表情が読み取れないながらに桂が嗤ったのがわかった。


「一度は貴方の性的対称にされかけた人間が、潮サンと戦っているのですからね」

「............」


完全に嫌味でしかない。


二人は視線を槙と山霧に向けたままお互いの合わせることもなく会話をする。

目をそらしてしまうことが、惜しいとでも言うように。


当たり前だ。何せ、


─槙があんなに興奮しているのは久々............


珍しく、今後見られるやもわからないほど狂気じみている槙を目の当たりにしているからだ。


それは、“乱舞の大蛇”の異名の如く。


それから暫く戦闘は続き、角谷はこの勝負の結末を、ある程度の根拠をもってして予想した。


その根拠となるのは、その人間の戦闘スタイルにある。

実は、自分の得手不得手を把握し、ベストの戦法がとれる人間は少ない。

それを理解し、使いこなす領域まで達してる人間だけで全体の5%にも満たないだろう。

そして、相手の戦法を理解し、その上で自分がとれる手法を選択することが出来る人間は1%居るか居ないか。


頭の回転に関してはそれなりに優れている角谷は正にこの戦闘を見ながら山霧の本質を見抜こうとしていた。


戦闘スタイルもその戦法ならではの強みと弱点が存在する。


例えば、槙と麻尾の関係は光と闇だ。

お互いの強みがお互いの弱点になる。

槙の特徴である大降りな動きは威力と引き換えに速度が落ち、麻尾のような動体視力の優れ動きも速く鋭い相手にはまず当たらない。

しかし、麻尾は細かな手足の動作が素早く、連続的な攻撃を得意とするため、当然接近戦を取るしかない。

となると、リーチのある槙の攻撃最中では避けることは出来ても攻撃をすることが難しいというわけだ。


一方、麻尾と山霧の戦闘はというと、これは現在進行形で見る山霧の戦法から分析するに、打ち消し合うものではなく、優勢劣性を分ける関係になっていた。


山霧の動きは速い。だが、同じくスピードが速いと言われる麻尾とその性質は異なったものである。

山霧は、麻尾のように動きが機敏であるというより位置から位置への移動速度が素早いというタイプだ。

相手から距離をとり、空いた角度から動きを止めるような攻め方をする。

つまり、常に間合いをとるような戦法の相手にはそれだけ一度一度の攻撃に時間が必要だということだ。


角谷が思うに、山霧は“攻撃の受け”は得意でも、“攻撃の与え”は不得手に見てとれる。故に、攻撃を感覚で打てない山霧はどうしても“思考”する時間が必要になってしまう。


それを補うべくとっている戦法だと考えれば、それは対麻尾戦において最も相性の悪い戦い方だ。

攻撃を与える時間をとることができない接近戦に一度でももつれこんだ場合、ほぼほぼ山霧の敗北は確定する。再び間合いをとる余裕が生まれるようなどんくさい相手なら良いが、麻尾相手ではそんな余裕など一寸たりとも与えないだろう。避けるだけが精一杯の筈。


だから、結果として麻尾に敗北した。


そして今。

槙との戦闘ではどうかということだが、


槙の戦闘方に対しては麻尾とは異なり、完全なる山霧の優勢が見込まれる。


互いにリーチをとる戦法。

結果としてそこにスピードが絡むとなると当然、優れている方に優劣の天秤は傾く。


当たれば致命的な打撃を得る槙の攻撃も、当たらなければ意味がない。


勿論、御互いに時々で繰り出す細かな拳による打撃は不意打ちなどで当たったりしているものの、動きをとめる攻撃としては不十分だ。


いくら化け物呼ばわりされている槙でも、連続で大降りな回し蹴りが決まらないと疲労がたまってくる。

もし、山霧がそれを狙っているのだとすれば間違いなく勝利の盃は山霧の手に渡る。


つまり、槙が勝つとすれば正攻法では先ず不可能だということだ。


しかし、角谷は槙が完全に敗北の苦汁をみすみす舐めに行くとは思っていない。

槙が相手の特性を体で理解し、それに適応すれば勝てる可能性が大いにあるからだ。


寧ろ、それくらいの臨機応変さがなければチームのトップなど勤まらない。


これは、新参者の山霧には出来ない領域になってくる。


「どうする…?槙............」


【Ⅱ】


今回槙と山霧が設けたルールはいたってシンプルだった。


『時間無制限。起き上がれなくなった方が負け』


制限の多かった麻尾との闘いとはうって代わる。

この条件において山霧は『時間無制限』の点において勝利の可能性を一つ見出だしていた。


それは、当初とっていたベースとなる戦法が使えることにある。

相手の攻撃を的確に流し、時にカウンターもとれるスタイルは、長期戦になればなるほど効果を発揮する。

それに、この方法にはもう一つの山霧ならではのメリットがあった。


それは、今だ知り合いの少ない山霧にとって初めての相手の癖や戦法を見出だす時間として得られる。

正に、今回の槙戦においてもよりよく槙を分析する時間として価値が大いにあった。


槙は次第に息が上がっていく。

興奮と悦楽の中で疲労が溜まっていることが誰の目にも見てとれた。


このまま下手に近付かなければ山霧の勝利。


まさかの西地区頭の敗退を想像してしまう人間が増える中、


桂は表情を変えずに静かに呟いた。


「時期に、決着が着く」


角谷も同意見だった。



槙の攻撃を軽やかに流していく山霧。

オーディエンスにとって、コレほど白熱しない闘いもそうなかった。

もっと血飛沫上がる骨肉の闘い。それが見られると思ったのに、テンションの上がる大降りな槙の動きもヒットがなければ虚しくすら見える。


山霧は集中力切らすことなく、淡々と攻撃を丁寧かつ的確に流していった。


殆どの人間がこの闘いに飽いてきた。その時だった。


槙は回すような動きから一変して高く飛ぶとそのまま槍の如く山霧に滑空するように突っ込んでいった。


その動きは十分すぎるほどに山霧には見える。

鋭い槍を避け、それは起動をぶらすことなく人工芝にめり込んだ。


が、これが槙の狙いだった。


脚が囚われやすい人工芝に踏み込むことで、安定した軸を体に与える。

軸は、山霧の直ぐ側だ。


槙は、瞬時に戦法を切り換える。


そっと山霧に囁いた。


「お前の弱点がわかった」

「っ!」


隙が出来た。

いや、隙がなくとも既に槙のフィールドは出来上がったも同然。


突き刺したを軸に自由な片脚をまるで鞭のように槙は奮った。


蛇の尾の如く奮われたその脚は殺人的な威力を持ってして、


「─────ッガッ.......!!!」


槙のちょうど踵部分が山霧の腹部に命中した。


せりあがる胃液と唾液が山崎の口から出る。


そのまま五メートルほど山霧は飛び、地に叩き付けられた。


槙の猛攻は止まらない。


「もう終いかぁ?!」


山霧の胸ぐらを掴んだ。

咳き込む山霧は槙の片方の腕力のみで宙に浮かぶ。


槙の目は最早猟奇的だった。

獲物を弄ぶ姿そのもの。


再び地面に山霧は叩き付けられる。


「起きろ!闘え!まだ終わりにはしない............!」


最早山霧は動かない。

槙より明らかに弱い体に物凄い殴打をくらい、完全に気を失っている。


動かない相手だろうが関係無い。

再起不能まで叩きのめす。


それが槙の真の恐ろしさだった。


槙の槍が再び貫かんばかりに持ち上げられる。

再び腹部への攻撃が命中しそうになったが、それは人工芝に叩きつけられ、芝が派手に舞い上がるだけに留まった。


そして、終了の合図。




「「これ以上はルールに反する」」




気絶した山霧を両手で抱き抱える角谷と、

その前に立ちはだかる桂。


二人から発せられたものだった。

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