第二十二夜 隠顕
【Ⅰ】
「お前、昨日何処行ってたんだよ」
高校から近いファミレス。
ここは、麻尾等にとってかなり都合の良い場所であった。
一夕方になると家族連れは姿を消し、禁煙席ですら煙草の匂いがついてしまいそうな程近寄りがたい客が増えていく。明らかに素行の悪そうな高校生ばかりがたむろする場所になってしまうためだ。
このように、客層が一日一回ガラリと変わる此処は、居心地の良さとして申し分無い。
自分達のような人間を邪険に思う人間が自らの意思で退いてくれるほど楽なことはない。
そんなファミレスで、チープな味がお気に入りのホットティーをのみながら矢嶋は目の前に座る麻尾に言う。
「忘れてたのか?昨夜は〈
「............〈鎌鼬〉ィ?なんだそれ」
麻尾はやや不貞腐れたような態度をとっていた。
それは、麻尾がこの場に好んで居るわけではないということを示している。
矢嶋が半強制的にこの場に連れてきた為だ。
強制的に連れてきたのには勿論理由がある。それが起因して、表情に出すことはないものの、矢嶋も矢嶋でかなり苛立っていたのだが、
とうとう麻尾のその態度で堪忍袋の尾が切れた。
矢嶋のこめかみに青筋が浮かぶ。
そして、灰皿をテーブルに叩きつけた。
「それを訊くより!先ずは俺の質問に答えろ!
アァ?昨日はチームの威厳をかなぐり捨ててまで無断逃走。
何処で何して油売ってたのか説明しろや」
カァン!と耳に響く音とともに周囲の人間が二人の着くテーブルに注目した。
しかし、その二人が麻尾と矢嶋であることを認識した途端、「巻き込まれまい」という考えが一致し、直ぐに視線をそらす。
矢嶋がここまで怒りを露にするのには、チームに関わりのある事態が起こったことが原因だった。
昨夜、麻尾が山霧に会っていたせいでチームの頭がいないというとんでもない事態を引き起こしていたのである。
何をするにも頭が居なければならないということではない。
なのに、何故麻尾が居ないことが“とんでもない”ことだったのか。
というのも、昨夜は南部最大勢力〈鎌鼬〉との顔合わせがあった。
これは、抗争とは違う。
西と東で別れているこの地区は言わずもがな其々〈我牙〉と〈鬼爪〉が仕切っていた。
実は、他のチーム同士の関係性とこの二つのチームの関係性は異なっている。
個人が掲げる概念や信念に同調した者同士が集まり、それはやがてチームという集団になる。
そして、力を付けていったチーム同士が、自分達が自由に過ごすことの出来る
敗北することによる“解体”、勝利することによる“吸収”を繰り返すことで、チームごとの優劣や権威が激動し、その結果、最上位にその地位を頂くチームが謂わば〈我牙〉や〈鬼爪〉という地区ごとの長となるのだが、地区同士の長は互いを解体すべく争うことはすれど、それ以外で公的に争うことはしない。
つまり、西地区と、東地区が統合することは有り得ないのだ。
あまりに大きな地区を仕切るのはリスクが大きい。
目の行き渡る範囲には当然限度があり、それを越えるとチームの統率がとれず破滅にすら陥る原因になるからだ。
よって、自己満足により闘うことはあれど、チームを吸収して統合する、ということは禁じられていた。
禁じる、というのは御互いに決めたルールと言った生易しいものではなく、地域管轄である警察から課せられているもの。
大きなチームが一つだけ、というのは無法地帯化と変わらない。そのような状況になれば一括制圧にかかる。
一般人に手を出すのと同じくらい御法度な事なのだ。
分かりやすく言えば、同じ市場分野の企業間に敷かれる独占禁止法と似たようなものである。
話を戻すと、“挨拶”というのは、そういった意味で争うことのないチーム同士が互いを認知すべく行う行為である。
チームの頭が変わった時、新たにそのような立ち位置のチームが確立された時などに行われるのだが、今回はチームの入れ替わりによるものだった。
〈鎌鼬〉というチームが、以前のチームに打ち勝ち、その立場を乗っ取った。ということである。
南部の地区は、〈我牙〉と〈鬼爪〉の居る地区ではない。
〈我牙〉と〈鬼爪〉は同じ地区だが、その地区があまりにも規模がデカいということと、素行の悪さが有名な高校が立ち並ぶことで、二分化を警察から強いられるというイレギュラーな例だった。
本来はその地区でトップは一つというのが普通。
あまり規模としても大したものではなく、そこまで目立った噂の聞かない南部において新たにチームがのしあがるというのはさして驚くような事でもなかった。
というより、地区最大勢力チームの入れ替わりが寧ろ当たり前、
〈我牙〉や〈鬼爪〉というチームが揺るがないことが、如何に恐ろしいことか。
規模も大きい上に、頂点不動。
それこそがまさに脅威で、イレギュラーなのだ。
他の地区トップを把握することはチーム存続においても重要なこと。
そんな時に頭がいない。
下手すればナメられるような事態を自覚していないこの目の前のスカした男に矢嶋は苛立っていたのだった。
矢嶋がこれだけ威圧すれば大概の人間は縮み上がるが、麻尾は表情をピクリとも動かさない。
頬杖を着きながら煙草を吸い、紫煙を吐き出すとうんざりという様に口を開いた。
「山霧に会ってた」
矢嶋は「どうせ女だろ!」という言葉をすんでのところで飲み込んだ。
............山霧?
「......山霧?」
最後に闘ったあの日から、山霧に対して何かしら抱くものがあるのを麻尾の態度から薄々感じてはいた。
だが、それがどの様な類いの気持ちによるのかまではわからない。
矢嶋の考えが及ぶ範囲は、“夜叉”こと山霧が一般人よりかけ離れ、自分達のような人間にも似つかぬある種特異的な人間であり、その山霧に勝利してもなお興味を惹かれる部分が麻尾を離さないということだ。
その考えが及ぶのは、矢嶋自身もそうであるからに他ならない。
「山霧に会って............お前、何した?というか、偶然会ったのか?それともまさか、」
矢嶋の態度がやや変化してきたのを察すると、フン、と麻尾は短く嗤って矢嶋に紫煙を吹き掛けた。
矢嶋は顔をしかめる。好みの銘柄ではない副煙流程不快なものもそうそう無い。
「会いに行った」
「まさか、態々会いに行ったのか?」と訊く前に麻尾は自ら笑みを浮かべて言ってのけた。
「............」
いくら興味が惹かれるとは言え、今までの麻尾からは見られない行動だ。
昨夜に対する苛立ちは薄れ、変わりに異なる感情が矢嶋の中で芽生える。
「会いに行った、って......何のために」
ホットティーは温くなっていたが、その温度を気にせずに口に運ぶ。
不意に矢嶋を襲い始めた焦りが間を取り繕うべく、そうさせていた。
いつの間にか、この場の主導権は麻尾に移っている。
「俺が奴に抱いている燻りが何だったのかを知るために......会いに行った」
実際は、違う。
衝動的に会わずには居られなかった麻尾が結果として知ることになっただけ。
だが、それを態々説明することに理由を感じられなかった。
麻尾の言葉を聞き、矢嶋は目を細める。
「会いに行った、って何処まで」
「予備校。御丁寧に、テメェが拡散した連絡先に色々纏めて入ってたんだよ。住所やらなにまで、な」
成る程それで終わる時間に合わせて待ち伏せた......というところか。
しかし矢嶋は別に麻尾が何処で山霧と会ったかどうかよりも気になることがあった。
「で?その『燻り』は何だった?」
何故。
俺は何故こんなに焦っている?
というか、何に対して焦っている?
どうして、麻尾が山霧に抱くものがこうも気になっているのだろうか─
麻尾は答えた。
「教えねぇーよ」
否、答えになってはいなかった。
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