第十七夜 束縛

【Ⅰ】

「『こっち』.....とは......」


麻尾の真意を読み取るべく、その黒曜石のような瞳を山霧は詰つめる。


麻尾もまた、じぃ、と山霧を見返す。

否、見下ろす。


「お前は今〈無所属〉状態だ。この世界で個人で動いている人間は限り無く少なく、今では殆ど所在はわからねぇ。何故だかわかるか」

「.....いえ」


山霧の方に、麻尾は一歩踏み出した。

そして、山霧と首とも肩とも言えぬ位置に触れる。


「一人で好き勝手するほどここは甘くねぇってことだ。多勢に無勢、てのか。個人がチームに勝つことなど殆どねぇ。負ければ吸収されるか再起不能、追放が良いところか。だから居ない。居ても、直ぐに消える。だがお前は..............」


麻尾は一度言葉を飲み込む。

そして、麻尾の親指が山霧の喉仏の下に僅に食い込んだ。


「.......」

「...........一心不乱に暴れまわっていた。暴れまわることが出来た、という方が良いかもな」

「...........」

「で。そのまま思い通りに過ごせると思ってんのか?」


麻尾はハッキリと自覚している。

最早“夜叉”など恐るるに足りぬ。勝敗を付け、今は自分が強者である。


“夜叉”が異端者として警戒対象にあったのは、その目的、行動経緯、その実力が計れなかったからだ。


今、それらは既知の事となっている。


浅尾自身がそれでも山霧に対してを感じ、暴く必要があると感じているのは、


目的、行動、実力がどの様に彼から生まれているのかということにある。


簡単に言えば見た目や発言からのギャップが激しく、得た情報との因果関係が上手く結ばれていない様に思えてならない。


それらが起因するこの異端者を野放しにすることは麻尾にとって我慢ならなかった。

この一週間、勝利を掴んだ筈なのに何か気が急いで仕方がなかったのは、山霧が目に届かない状況にあったからだ。

それは連絡先や本名を知っていたとしても拭えず、浅尾をこの場所に誘うこととなったのである。


ならば、目の届く所に置いておけばいい。


その方法は、至って簡単だ。


肌触りがやたらいいその首筋に力を込めた。


「んなわけねぇーだろ?」

「.......っ.......」


流石に能面を崩して山霧は苦痛に息を吐く。


しかし、麻尾は山霧のその目が次第に見たことのあるものへと変化していることに気が付いた。


まさに、闘っていたときと同じ目。

普通の人間なら自分よりデカい男に首を取られ、なまじ整った顔で威圧されれば恐怖に縮み上がるものだ。


だが山霧はそれどころか、顔こそ身体的な苦痛に歪むもその目だけはまるでを期待するかの様だ。


流石に男が男子高校生の首を掴んでいるとなると周囲も訝しげな視線を向け始める。

しかし、誰もそれを止めはしない。


人が多く、雑踏が激しい場所であるほど人は冷酷になる。

自ら火に入ることはせず、傍観してその場を去るのだ。


誰にも邪魔はされない。それを二人は分かっていた。


「...........この状況でその態度かよ、お前」

「.......残念....ながら、っ、この状況で逃げられる術を僕は持っていない.......。最も、ここから逃れる権利は....なく、僕、はそれを...........望んで、ない」


麻尾は山霧の状況理解の早さに感心した。

この世界について何も知らないと思っていたが、敗者であることで力量を悟った為か酷く従順だ。


内心何を考えているかわからない。寝首をかこうとしているのかもしれないし、それは単に麻尾の思い過ごしかもしれない。


だが、だからこそ暴きがいがあるというもの。


麻尾は山霧のその中身に夢中だった。

そのブラックボックスを懐で抱え込もうというそのスリルと、


強者であるためにこの世界では正当に従えることができる優越。


なんと愉快で堪らないことか。

誰の手にも渡らせず、俺が、


この俺がテメェを暴いてやるのだ。

そして、いつかこの手で再起不能にする。


完全に“夜叉”という存在を消したとき、その後どうするか─


矢嶋ならば考えるかもしれないが、麻尾はそこまで考えが及ばない。

いや、考える必要がない。


その後、等というのは。

エンディングの後のエピローグに過ぎないからである。




長く、────長く長く長く。

麻尾は息を吐いた。


それは、酷く満足気に。

それは、熱に浮かされたように。


「そうかよ」


首に込めた力を弛め、その手は滑り落ち肩の位置で止まる。

意図して肩を掴むのではなく、力を弛めたことによって自重で下がった腕が自然と止まった位置が肩であっただけだ。


「─っ、は、ぁ...........」


急に押さえられていた気管が解放され、空気がどっと肺に流れ込もうとする。

山霧は噎せそうになるのをどうにか抑え、呼吸を整えた。


肩に置かれた手は、まだ山霧を解放する気はない。


「お前は俺から離れることは許さない」

「...........」

「逆らうなら、俺に勝て。勝って、逃げろ。─なぁ、社外向こうの世界で頭が良いお前に此方この世界のルールを教えてやるよ」


麻尾は片方の腕で山霧の肩を押さえたまま、もう片方の手でその顎を捕らえ、上を向かせた。


何を考えてやがるのかわからないその顔が見たくて堪らない。


自分の顔を僅に寄せて、麻尾は言う。


「“負けた〈側〉の人間は、勝った〈側〉の人間に従わなくてはならない”」

「...........その様、ですね」

「“そして、それは絶対であり、破ったものは追放”だ」

「そうですか」


麻尾は逃す気もなく、

山霧は逃げる気が無い。


だから麻尾は遠慮なく山霧に鎖を巻く。

それは、一重目。


「俺に勝たない限り、俺が何時でもわかる場所に要ろ。そして変化を見せろ」

「変、化...........」

「勝手に姿を眩ませるようなことをすれば、お前が二度とここで“遊べないように”してやる」


今度は山霧が満足げに喉を鳴らした。


「それは....困ります。まだ楽しみたくて仕方がないのに取られてしまってはたまりませんね。...........ですが、誰からも殺意を向けられるスリルも中々魅力的だ。貴方の側で“遊び”に陶酔するか、貴方から逃れてこれ以上ない数多という殺意や敵意を浴びるのも悪くない」


普通の人間なら考え及ばぬ解釈と行動が、実は麻尾を縛る鎖にもなっていることなど、


まだ、本人には自覚がなかった。


「お前、実は馬鹿だな...........」


【Ⅱ】


同じ日の夕刻、角谷のお楽しみタイムが終わった所で、生徒会室はとても使える状況でないことは一目瞭然だった。


「角谷さん....」


流石に桂は角谷に苛立ちを含む視線を隠すことなく向けた。

桂は何時も鼻先から口許を大きな黒いマスクで隠しているため、唯一見える眼光からその苛立ちを向けられるのは違った意味で恐怖だ。


僅にたじろぎながら角谷は謝る。


「すまんて、換気してっけどわりとノリノリになっちゃって」

「角谷さんだけノリノリなんでしょう。相手の方白眼向いてましたよ。まぁそれは良いんですが、そこまでやるならここではやらないでください。お願いします」


命令できる立場でないので、お願いする姿勢をとってくる。

それが、より角谷の居所を悪くした。


桂と角谷、あと数人の二年で生徒会室の後始末をした後、残りを任せて二人は視聴覚室に戻った。


桂が視聴覚室について無礼を働く一年を殴った後、山霧について調べつく限りの事を報告しようとした。

だが、それには人が多すぎる。

そう思い、少し言い淀んでいると丁度槙宛に角谷から“終わった”ことの連絡が御丁寧に入った。

てっきり占領していた生徒会室を明け渡してくれるべく御丁寧に連絡を入れてくれたのか──と思ってしまった桂が馬鹿だった。


相手は“道化師御調子者”角谷九一。


生徒会室につくと、鼻につく独特の臭いに失神した女子高生一名。

明らかにさっきまで致してました、という惨状で、とても此所で真面目に話など出来るわけもなく。


『片付け手伝ってくんね?』


と言ってのけた角谷を一度槙が殴ると、その後槙は先程居た視聴覚室に戻っていってしまった。


そして、片付けを一通りして今に至る。


視聴覚室は先程まで居た数多のメンバーが居なくなっていた。

唯一居たのは、槙のみ。


人払いは済んだ後。


「あららららぁ、全く、お手数お掛けしました」

「全くだ、このパツキン猿」

「ひでぇ」


ゲラゲラ笑う角谷は居ないものとして桂は話始めた。


山霧の家について、学校、予備校の場所等々。


わりと簡単に情報が手に入ったのは、山霧という苗字が中々に珍しいことが幸いした。


「だから、本名を名乗るのを渋っていたのですかね」

「渋ったのか?この間も言ったが連絡先を安易に拡散した奴だぜ」

「あの夜と、あのとき俺が偶々矢嶋に遭遇していたのを見た時とは状況は違います。あの夜の時点で既に山霧は麻尾に逆らえない。身元を明かせと言われれば、明かすしかない。逆らえば此方でのルールに乗っ取り“夜叉”は全力で潰されます。彼の行動から察するに、新たな遊び場であるこの世界を奪われるのは恐怖ではなく単純に困ることです。それは、バレる可能性と比較しても比較にすらならない程重要だった。

だから、本名を明かした後であれば連絡先など最早教えても教えなくても時間の問題で手に入る情報だったでしょう。

あえて時間をかけさせることにメリットなど彼方にとってもありませんから」

「何故だよ」

「簡単ですよ」


槙は、壁に寄りかかっていた上体を離し、桂の言うことに傾聴した。


「潮さん、貴方と再び闘うことを望んでいるからですよ」


そうだ、明日、闘える。

槙は胸が熱くなるのを感じた。


「ですが、なるべく早く会った方がいいです」

「...........あ?」


桂は少し不安そうに瞳を翳らせる。


「〈鬼爪〉に...........いえ、麻尾に取られてしまう前に...........。彼は、山霧卓弥を従える唯一に、なってしまった....」


手遅れか、否か。

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