第十六夜 敵意
【Ⅰ】
予備校で講義の後、日課として山霧は自習を閉館まで行うことにしている。
しかし、これは山霧に限ったことではなく予備校生は皆殆どその様なスタイルだ。
家では集中できない、家でまたやるくらいならここで済ませてしまう、そういう考えが割りと多いのではないかと山霧は生徒間での会話を聞いて思っていた。
閉館時刻になり、身仕度整えてフロアを降りると、出入り口付近で生徒がすこしざわついていた。
普段もこの時間は退館ラッシュの為騒がしいが、その騒がしさが何時もとは少し違うと感じがした。
山霧は特に気にするでもなくそのまま人混みを掻き分けて駅へ向かおうとする。
しかし、急に腕を捕まれて無理矢理引き留められた。
「おいシカトすんな」
「...........!」
振り返ると、居るだけで相手を魅了する程の整ったマスクをもった男、麻尾透がいた。
「.......こんばんは.......」
流石にまさかここで遭遇するとは思っておらず、山霧はあいさつだけ取り合えずした。
疑問符が多数浮かぶが、下手に質問して答えを制限したくなかったので、相手が話すのを待った。
「...........」
「...........」
「...........」
「...........」
「...........おい」
「はい」
「なんで黙ってんだよ、なんか言え」
はて、と山霧は首を傾げる。
「麻尾サンが引き留めたのですから、貴方が僕に用があるのではないですか?」
「...........っ!!」
山霧の言っていることは正論も正論。
しかし、麻尾もまさか山霧が『こんばんは』から一言も話さず只こちらを見返してくるだけ等とは思っていなかっただけに、急に黙りこくられて戸惑った。
麻尾は、少し唸ると目をそらしてぼそりと言う。
「怪我は」
「怪我?」
「...........だから、腹の打撲!」
「ええと...........それが何か」
察しが悪い!!
麻尾は形のよい眉を吊り上げた。
「治ったかって訊いてんだっつの」
麻尾との戦闘で出来た打撲。
あの後、やはり物凄く腫れた。そして、今も腹筋を使うような場面では少し鈍痛を覚える。
一昨日までかなり青黒い痣があったが、いまは薄れ始めてきた。
帰宅して直ぐに冷やしたことが幸いしたのか思ったより治りは早い。
もしかして心配をしてくれたのかと思うと山霧は僅かに口角が上がるのを我慢できなかった。
「治りかけていて問題ないですよ。そもそも骨に響くような受け身はとってませんから大事には至ってません」
「ああ...........そう.......」
「それで?」
「...........あ?」
「治ったことを確認してまた僕を潰しに来ましたか?」
たっぷり十秒は停止していたと思う。
麻尾は瞬きのみを幾度か繰り返し、「ハァァァ?」とガンを飛ばす勢いで詰め寄ってきた。
すると周囲がまたざわつく。
そういえば、まだ予備校付近だ。位置的には予備校事務職員が見えるほど近い。
流石にここでいつまでもこうしているのは頂けないと察した山霧は、麻尾の突き刺さるような眼光を浴びながらもまるで意に介さず、
「、な、おい!」
麻尾の腕を掴むとそのまま駅の方向に歩いていった。
駅前はわりと賑やかで、この時間帯でもまだ帰宅ラッシュの尾を引いていた。
ターミナル駅に属するこの駅はロータリーも広く、多少大きな声であっても変に人目を引くことはないと山霧は考えた。
しかし、麻尾の容姿は派手だ。
制服を着ていてくれればそこまで目立つこともないだろうが、私服を来ている為か高校生にはとても見えず大人びていることもあってか余計にすれ違う人の目を奪っていた。
が、当の二人はそんなことを知りもしない。
「先程の場所ではやや僕にとって都合が悪かったので」
麻尾は急に腕を引かれて何事かと思ったが、話が続行したのを確認して先程の山霧の発言に反発する。
「そんなことはどーでもいい、なんで俺がまたお前を潰しに来なきゃなんねぇんだ」
すると、山霧は目を丸くした。
「えっ...........違うんですか?」
「何でいきなりそんな考えに.......」
麻尾は自分が墓穴を掘っていることに気がついていない。
山霧はいよいよ本格的にわからないと表情をやや曇らせた。
「じゃあ何で態々予備校の場所を調べてまで来たんですか?」
「!」
「そこまでして貴方がしたいこととなると、僕を潰し足りないとしか思えないんですが...」
「あー...........」
「まぁ、生憎この格好で応じるのはやや遠慮したい所ですが」
山霧は制服を指し示す。
麻尾は山霧の制服をじっと見た。正直見たことがない制服なので、やはり自分等とは疎遠の学校に通っているようだ。
改めて考えると不思議だった。
いかにも殴り合い等とは触れ合いもしない人間がどうして喧嘩等...........
興味があるとか何とか言っていたが、何か企んでいるのではとすら思う。
結局、名前や連絡先を訊いたところで山霧卓弥という人間を暴けてなどいないのだ。
麻尾は自分のなかで一つの結論を立てた。
今だ正体不明のコイツを放っておくわけにはいかないんじゃないかと。
ならば、目の届く所に置いて、少しでも不審な動きをすれば近くで直ぐにぶちのめしてやればいい。
一度呼吸をすると、麻尾は山霧を見下ろした。
「.......そうかもしれない」
「?」
「お前をまだ完全に潰していない」
「...........」
「時間制限など要らない、どちらかが倒れるまで、だ」
宣戦布告に近いものか、決意表明か。
麻尾はまだ山霧から目を反らすことはできない。
「そうですか」
「だが、直ぐには闘わねぇ」
闘うのは、正体を暴いた後だ。
本性を知るまでは。
「山霧」
こんどは確りと覚えていた名前を言う。
「
【Ⅱ】
「そうっすよね...........麻尾さんが負けるはずないっすよ」
元橋はスマホの画面を見て安堵の溜め息をつく。
ソーシャルネットワークアプリケーションのメッセンジャー画面。
麻尾と“夜叉”が闘うとかで、その結果を矢嶋に訊いたのだ。
答えてくれなければそれでいい。そう思っていたが、直ぐに簡潔な返事が帰ってきた。
そもそも矢嶋ともあろう方に連絡が許される立場であることですら十分なのだ。
一年や、一部の二年を従える権利と権威を持つが元橋だが、矢嶋には敵わない、
麻尾は、最早畏怖の念すら抱かせる。
そんな孤高の存在、麻尾の勝利。
あの人に限って負けなど有り得ない。
それに、そんな簡単に麻尾に接触しよう等という“夜叉”が許せない。
許せないが、自分は“夜叉”に負けている。
それが元橋を余計に苛立たせていた。
「山霧.......卓弥.......か.......」
いきなり出てきて麻尾に会って、闘う。
そんなやつが拳を交わす機会を容易に手に入れている....
ギリ、と歯軋りの音が夜道に響いた。
もう一度、自分の力を見直すべきなのかもしれない。
このやり場のない感情を吐き出すには、まだだ。
まだ、未熟。
「俺は、.......いつか、お前を」
お前を倒す。
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