第二章 右顧左眄 編

第十五夜 余韻

【Ⅰ】

弱い奴には興味ない。

常に頂点でなくては意味がない己にとって、突然現れた“夜叉”は驚異になり得るそんざいだった。

ある種この世界の風紀を乱す者である“夜叉”の正体を暴き勝敗をつけた今、“夜叉”─山霧という男に関わる必要などはなくなったのだ。

利益もなければ不利益もない。


だというのに、どうして。


「そこまでして山霧と繋がる事に何か理由があるのか?」


まさに、麻尾は自問自答している事を至極真面目に矢嶋に問われ答えられずにいた。


約束の日から一週間。

一応授業と呼ばれる時間、窓際の一番後ろの席とその直ぐ隣の席に二人は着席していた。

教室内は教師が教鞭という名のBGMを流しているだけに過ぎず、最前列に座る稀少なごく一部の“生徒”と呼ばれる人間以外、席というものの概念を無視して各々の時間を過ごしていた。


その中で、麻尾は苦い顔をしてスマホの画面を見詰めていた。東のトップと名高き男は、普段ルックスも兼ねて威厳のある雰囲気を纏っているのだが、今その様なものは何も見えない。


「知らねぇよ......」

「えぇ?」

「ただ.......槙だけ、なんて気に食わねぇ。それだけだ」


フン、と麻尾は戸惑いを苛立ちで覆い隠してポケットにスマホを捩じ込んだ。


そして、矢嶋から目を反らすように机に伏せた。


「どうした」

「寝みぃんだよ、話し掛けんな」

「あっそ」


矢嶋は考える。

この一週間、変にソワソワしている麻尾。その理由は間違いなく山霧のことだ。

だが何故山霧のことを引き摺っているのかわからない。

麻尾は自分と違って勝者なのだ。最早正体もわかり、驚異も薄れた山霧を気にかける必要などない。

今麻尾は槙だけが連絡先を持っていることが気に入らないからと言い訳したが、その事も引っ掛かる。


あの約束の日の夜、槙と喧嘩をしてまで揉めるほど山霧の連絡先を手にいれようとするなんて矢嶋は信じられなかった。


そして、矢嶋はその時の山霧とのやり取りを思い出す。

槙と麻尾の乱闘を見詰めながら山霧は言った。


『彼等は今何のために闘っているのでしょう』

『さぁ.....?俺の方がききたいけど』

『話から察するに、僕が連絡先をお教えすればすむように感じるのですが』

『.......お前さぁ』

『はい?』

『以前言ったよな、『今行っていることがバレること』がまずいって。連絡先なんざホイホイ教えていいのか?麻尾は兎も角、槙はお前に勝ってない。次に会うためだとしてもアイツが外部に漏らさないという確証もないぞ?』

『.......』

『それに、お前わかってるか?槙と浅尾。この世界じゃこの二人を知らない人間は居ない。居るとすればこの世界の人間ではないか、新参者か。だがそれ以外の人間がいた。誰か。それがお前だ.......山霧』

『.......』

『お前は新参者にしては手練れ過ぎる。負けたとはいえ、麻尾と張り合う闘いが出来るだけで大したものだ。アイツはまさに規格外だからな』

『.......』

『今だから言うが、お前はこの世界の“異端者”として有名なんだよ。この世界に精通していない。チームも属さない。なのに喧嘩が並み以上に出来る。そんなお前が正体をさらす様に連絡先なんか手軽に教えたら親友達にバレるどころか、お前に興味を抱いてる連中が束になって襲ってくるぞ。

.......そのあたりを自覚してんのか』

『.......ふふ』

『おい』

『貴方、優しいんですね』

『...........ハ、ハァ!?』

『......まぁ、正体云々は割りとどうでもよくなりました。例えバレても無闇に人を傷つけはしてませんし、普段それなりの行いをしてますからなんとでも言えます。僕はそれより束になって遅いかかかってくるという状況をまさに渇望するようになってしまっているのです。より強い相手と闘いたい。その為なら今僕は時間など惜しまない』



「...........」


青い目が優美に感じたのを覚えている。

偽装のためのコンタクトの色だが、芯の強いものを感じて、一瞬だが怯んだ。

この俺が。

仮にも東のナンバーツーだ。そう簡単に物怖じなどしない。


なのに、本能的な何かが矢嶋より山霧が勝っていたように感じられたのだ。


今まで感じたことのないもの。


(まさか...........麻尾もそうだってのか...........?)


いつか山霧と闘いたい。そして、曖昧ではなくハッキリと勝敗を着けたい。

今はまだ拳を交えていないから雰囲気だけで少し気持ち的に迷いがあるだけだと思っていた。

だが、麻尾は勝敗をつけたのにこの有り様。


だからわからない。


山霧...........お前はいったい...........?


【Ⅱ】


浅尾と同じく、槙もまた苛立っていた。


「ッチ、出ねぇ」


昼間からコールをかけること十三回目。

三時間経った夕方、尚もコールをやめず根気よく鳴らす。


そして漸く十五回目にして相手と繋がった。


『.......はい、何方でしょう』


槙はその瞬間口角を跳ね上げる。


「山霧か!」

『ええ、そうですが.......槙さん?』

「万全か?腹は?」


麻尾のつけたダメージのせいで長引いている。それだけで腹正しいと槙は思った。


『まぁ問題ありません』

「なら今日俺と会え」

『今日ですか.......無理です』

「アァ?テメェこれ以上焦らしてどうしてぇんだ、こっちは狂いそうになってんのによぉ」


槙の貧乏揺すりが酷い。

電話越しに小さく溜め息が聞こえた。


『予備校があるんですよ。こればっかりはどうしようもないです。.......が、明日なら構いませんよ』

「明日かよ.......」

『ていうか、こんなに電話掛けられても困ります。授業中ですよ?それに学校内では携帯電話の使用が禁止されているんです。かけるとしても十七時以降にしてください』

「んなの知るか」

『とりあえず明日の夜なら時間とれますから』

「明日だな?忘れんなよ?ぜってぇだかんな」

『勿論です。楽しみにしてます。詳しい時間はこちらで指定しても?』

「バックレなけりゃ何でもいい。な?まじで明日だからな?」


槙は一週間待ちに待った日取りを取り付け、先程の不機嫌さ一辺、機嫌がかなり良くなった。


「槙センパイ機嫌チョーいいっすね!オンナっすか」

「あ?んだテメェ」

「一年の道野ッス~この間の〈ヴェレス〉シメて来たんで報告に」


その機嫌のよい槙を見て〈我牙〉に所属する後輩が報告がてら絡んできた。

正直槙は立場を利用して好き勝手に暴れているに過ぎない。どこを潰し、範囲を拡げるか等、戦略的なことは角谷や桂に任せている。

なので、槙は心底どうでもよかった。


「あっそ」

「で?やっぱ、オンナすか────ぶっ」


横から殴られて後輩の体は吹っ飛びはしないものの傾いで倒れる。


殴ったのは槙ではなく桂だった。


「一年の分際で潮サンに話し掛けんな、前歯へし折るぞクソが.......」


「す、すいやせん.......!」と言いながら報告を済ませると早々にこの場から去っていった。


槙がいるこの構内の視聴覚室もまた〈我牙〉メンバーの溜まり場と化している。

幹部だけが入室許可の降りる生徒会室は、角谷がお気に入りの娘と只今情事に励んでいるとかで入室不可だ。

なので、メンバーであれば誰もが入り浸るこの視聴覚室で槙はスペースの三分の一を陣取り、桂を待っていた。


目的は勿論、山霧。


桂に殴られた一年を目の当たりにした他のメンバーが凍り付く中、桂は淡々と話し出す。





「潮サン、お待たせしました」

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