第十一夜 狂喜
【Ⅰ】
深夜過ぎ。
喘ぎ声とベッドの軋む音。
テンションは最高潮─
そこに、空気の読めない電子音と振動音。
「っ...........ねぇ、鳴ってるよ?」
「っせー、このままヌイていいのかテメェは」
「それはイヤだけど──」
シカトしようとしたが、電子音は切れてもなお再びかかる。
その音の鳴るスマホの持ち主である麻尾は、舌打ちをするとサイドテーブルにおいてあるそれをとり、電話に出た。
「テメェ...........いま最中なんだよ出ねぇ時点で察しろやじゃあなもう掛けてくんなよ」
矢嶋からの電話を早口でまくしたて、さっさと切ってやろうとした。
『“夜叉”から伝言だ。『三日後の二十一時に公園にこい』だと。邪魔して悪いな精々楽しめよ』
「!!!!─おい待て切るな─」
が、内容を聞いて聞き過ごせないワードが幾つか聞こえ制止をかけたものの、虚しく聞こえてくるのは通話終了の電子音のみ。
(“夜叉”から.....そして、『公園』...........『三日後』...........)
通話相手である矢嶋からの伝言。
それは、余りに衝撃的で麻尾はスマホの画面を暫く見詰めたままだった。
「ねぇ」
「...........」
「ねぇってば」
「...........」
「もうっ!透!」
「っ!お、おお....」
さっきまで一緒に楽しんでいた女に腕を掴まれて我に帰る。
「電話誰?」
「.............」
「透ってばぁ!」
伝言の内容が内容なだけに一気に思考がそちらへ傾く。
ヤってる場合じゃない。
「後戯はなし」
「は?」
「金は置いといてやるから」
「...え?は?何、もしかして帰んの?」
「用ができた」
「用ができたって.....もう終電なくない?」
麻尾は答えずに衣類を次々に着用していくと、文句を背中に浴びながらホテルを出た。
麻尾は矢嶋の元へ向かった。
【II】
麻尾は都内のクラブに入る。
当然未成年かつ学生である麻尾は入店お断り対象だ。だが、麻尾はいわゆる顔パスが効いていた。
出迎えたのは、ゆるく巻いたロングヘアを揺らす女性。麻尾の顔を見るとパッと表情を明るくして出迎える。
「あ!透じゃん」
「こんばんは〜
「ママ呼ぶ?」
「あー.....いや、あいついんだろ?矢嶋」
「サラちゃん?てか確かちょうどママといた気がする....」
入店してから受付に出てくれた娘と話していると、奥の方から何やら荒々しい声が聞こえてきた。
「マジサイッアク!一時間半もかかるってどういうこと!?」
「仕方ねぇだろ...こっちの都合だよ」
「にしても!連絡一つくれればいいことだっつんてんのよ!!あーもう萎えた萎えた今日はやらないから」
「...................」
口論を繰り広げていたのは、長い黒髪を高い位置で一つに結いあげたストイックな雰囲気を持つ女性と先ほどの電話の相手、矢嶋だ。
女性は麻尾の姿を確認すると表情固いまま溜息混じりに呟いた。
「...あら、透じゃない。珍しい」
「店中に声響いてるぞ、姉貴」
女性の名前は麻尾
「何しに来たのよ、客としてなら今みんないっぱいいっぱいなの。追い出すわよ。金曜日で混んでるんだから」
「ちげぇ。矢嶋に用があるんだよ」
麻尾は矢嶋を指し示す。
矢嶋は黙って麻尾を見上げた。
何しに来たのか当然、説明などしなくても矢嶋にはわかっていた。
矢嶋と理沙の居たテーブルに麻尾も加わり、その一角だけ空気がまるで異なっていた。
「ねぇねぇ、さっき来た男の子ってママの弟なんでしょ?」「すっごいイケメン〜」「あそこの茶髪の人は?」「え?知らないの?たまに来てるわよ、サラちゃんっていうの。でも本人の前ではこういう呼び方しないほうがいいわ。コンプレックスらしいから」「嘘ぉー可愛くていい名前なのに」
麻尾も矢嶋も人目をひくほどの容姿を持ち、高校生離れした雰囲気も兼ねているため、一部の人間しか未成年だとは思わない。見た目だけは極上の客に見とれ、テンションを上げていることなど当人達は知りもしない。
理沙を席に置いたまま、麻尾は先ほどの伝言に対して詳細を伺った。
「矢嶋、俺が何しに来たかわかってるだろ」
「それに関して話せる時間ができてよかったよ」
先ほど起きた一部始終を説明する。そして、矢嶋は地震のスマホを麻尾に差し出した。
「何」
「会話を録音してある。俺が聞き逃している重要な情報があるかもしれない。それに、声覚えてるだろ?同一人物かどうか確認してくれ」
麻尾は再生ボタンを押し、三分ほどの録音を聞いた。
聞き終わると、麻尾は静かに矢嶋のスマホをテーブルに置く。
矢嶋は、次第に変わる麻尾の表情を見て確信していた。
「矢嶋....」
「.........」
「三日後....てことは月曜日か」
「どうするつもりだ」
くつくつ笑いながら麻尾は言った。
「決まってんだろ、
————————ぶっ潰してやる」
理沙はそんな弟の姿を見て思った。
いつになったら餓鬼じゃなくなるのだろうか、と。
【III】
「場所提供感謝しろよーん」
角谷のアホっぽい髪型とそのテンションの高さに「ウゼェ」と呟いたのは槙だった。
角谷は唐揚げとフライドポテトを厨房から運んでくるとそのまま槙の座る座敷の横にしゃがみ込む。
場所は角谷の自宅兼、飲み屋。
角谷と槙、そしてその正面に座るのは桂だった。
「昨夜、金曜日に“夜叉”の姿を確認しました。珍しく西地区ではないですが、それだけじゃあないですよ」
桂はスマホの写真を見せる。
「......これ、〈鬼爪〉の矢嶋じゃん。後ろのいかついのは知らねーけど」
「そいつは今年からあっちに入った元橋っつー狗だ。よく動くし、よく噛み付くが、バカじゃないから一応覚えておいた方がいいぜ」
「槙が言うなら覚えとこ」
写真は、“夜叉”の後ろ姿と、その奥に見える正面を向いた矢嶋と元橋が見えるアングル。
「で?この状況は?」
槙が問いに対して桂は話し始めた。
「元々、俺は元橋をマークしていました。東でかなり暴れているのが目につきましたから。所構わず暴れている狗を〈鬼爪〉が理由なく野放しにしているわけがありませんからね、そうしたらやはり“夜叉”について探っていたらしいです。こちらでの情報が嗅ぎ付けられるのももしかしたら時間の問題かもしれません。それを危惧して元橋の動向を探っていたのですが、そしたら思わぬ場面に遭遇しました」
「それが、この写真って訳か」
「“夜叉”はどうやら麻尾を探しているようです。もしかしたら、“夜叉”の活動範囲の拡大と、おしゃべりの数が減った理由の一つは麻尾の捜索にあったのかもしれません」
「そこまであっちの頭に固執する理由ってなんなの?一回会った時に惚れた的な?」
角谷の発言に対して、桂は首を横に振った。
「それはありません。〈鬼爪〉の中で遭遇したのは一年の有力候補である元橋と、同じく一年の幸島という男。そして、昨夜の矢嶋。この三人だけです」
「じゃあ、一度も接触したことのない人間を探してるってわけ?」
「そういうことになりますが.....“夜叉”にとって麻尾は気になっているというくらいで、固執とまではいかないようですね」
「なぜ」
「これは矢嶋と“夜叉”の会話から読み取れたことですが、麻尾が捕まらなかった場合、『麻尾の代わり』でも問題が無いようなのです」
角谷がそれを聞いてゲラゲラと笑い出した。
「『麻尾の代わり』ダァ?あっははは!あんな奴がホイホイいてたまるかよ」
「俺は、もっと骨のある奴が増えて欲しいと思ってるからな、むしろ麻尾くらいのパワーがねえと俺は欲求不満だ。めっぽうテンションの上がる相手がいなくて溜まりっぱなして困ってるくらいだ」
対称に、槙は今の現状を憂うような発言をする。
桂はその解釈に一理あると思っていた。
「おそらく、“夜叉”は槙さんと同じ考えなのではないでしょうか」
「は?どういうことだよ」
「これは完全に推測です。証拠はありません。けど根拠はあります。“夜叉”は強い相手を求めているのではないでしょうか。槙さんと対峙した時、後は“夜叉”が出現した直後....この時は『面白い』『興味深い』と発言していたのが無くなりました。彼は飽きたのだと思います。そして、新しい刺激を求めている.....だから、貪欲に喧嘩を仕掛けているのではないかと。戦闘スタイルの変化もそれに伴い新しい刺激を求めるためだとすれば....俺の持っている彼に対する情報の合点が行くのです」
西地区での食い散らかすような暴れ具合。
麻尾か、『麻尾の代わり』を求める“夜叉”。
槙はつぶやく。
「......立候補すっかな」
「あ?どしたよ槙」
わかってない角谷は置いといて、桂はマスクに隠れた口元に笑みを浮かべた。
「だと思いました。そこで美味しい情報です」
「何」
「来週月曜日に、“夜叉”はある場所、ある時刻にて麻尾と対峙します。もし、俺の推測が正しければ、麻尾でなくとも実力者であれば問題はない。横取りをして、潰すチャンスですよ」
見えない桂の笑みは美しいほど弧を描いていることを誰も知らない。
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