第九夜 等号

【Ⅰ】


─時は、麻尾と山霧の接触した日の夕刻まで遡る。

矢嶋と会った日から三日ほど経っていた。


元橋は高校近くのレンタル倉庫の前にいた。

そこは、“夜叉”と接触した場所。


あの夜のことを思い出す。

その日は、下手なチンピラモドキに喧嘩を売られて、お釣りがたんまり返ってくるほど良い値で買ってやっていた。


同じ一年である幸島駿介コウジマシュンスケと二人で、相手をした後。

奴は現れた。


『貴方達は強いんですね』


始め、何処から声がしているのかわからなかった。

周囲を見渡し、調度チンピラ数人が地に折り重なっている中央で佇む黒いコートを着た人間がいる。

声の主はどうやら彼のようだった。

フードを目深に被り、立てた襟は鼻先まで覆うほど。

見えるのは目許だけ。それも、暗がりで漸く見えるくらいだ。


変な奴、と思ってシカトしようと歩きだした。

その瞬間。


『瑞樹─』


元橋が幸島の声に気が付いて振り返った時にはだった。

一瞬見えたのは、幸島の右腕が掴まれていた所。


その腕は直ぐに解放されていたが、幸島のようすは明らかにおかしい。

幸島は右腕を凝視していた。


『どうした.....?』


幸島は元橋の声に反応して顔を上げた。

そして、“夜叉”を見た。


『腕の.....感覚がない』

『.......‼』


幸島は舌打ちして“夜叉”を睨み付ける。

再び彼は口を開いた。


『大丈夫。五分と立てば直ぐに動けるようになります』


元橋程ではないが幸島も同じく喧嘩馴れしている。だが、それは殴る蹴るといったある種正攻法でぶつかる相手に対してだ。


『アンタは.......?』

『僕は絶対に貴方方あなたがたに怪我はさせません』

『ハァ?』

『明日までには必ず元通りになる保証をします。

なので、これから僕と手合わせしてください。

先程、彼等と遊んでいたように』


(『“元通り”』.......)


元橋はあの時を思い出していた。

『“元通り”』。その時意味がわからなかったが今では判る。

“夜叉”は明日に響く程のダメージを与える攻撃をしてこなかった。


けど、歯が立たなかったのだ。

攻撃を加えることが出来ず、全て流すようにかわされる。

言葉通りの暖簾に腕押し。触れても力が加わった気がしない。完全に受け流されていたのだ。


当たらない、空振りばかりが続くと体に変な負担がかかり続け、次第に疲弊していく。

攻撃が当たるよりそれは早く、それは加える側にとって身体的なストレスとなるのだ。


幸島と自分。

その二人を相手しても傷を付けることが出来なかった。


(あの時、てっきり西のやつだと思ってた)


元橋は自分の力を理解していた。

麻尾や矢嶋には到底敵わないが、簡単にやられるほど弱くないし、そこそここんな暮らしをして時間は経つ。


そんな自分が何もできないほどの相手なのだ。

〈我牙〉の奴等と思いたくもなる。


しかし相手はチームに所属してないどころかチームの概念も知らない。

喧嘩の真似事にしては....悔しいが、実力は桁外れ。


元橋と幸島は自身の持久力が尽きたところで“夜叉”を見送った。

去っていくのを見ることしか出来なかったのだ。


『面白いのはわかりますが、まだ全てを見ていないような気がします....まだ、僕はここの事をわかってない』


去り際に呟いていた独り言を思い出す。


(『全て』....?)


“全て”とは何だ。

言葉から推測されるに何かを知りたがっているのだろうか。


ここ最近の、食い散らかすような襲撃の数々。

そして、東でパタリと止んだ今。


「何か、わかったということか....?それとも西で模索をしているのか....」


推測されるのは、

ということ。


「一体何が知りたいんだ.....」


意味不明。

気味が悪い。

だが、気味の悪さを覚えるほど一筋縄では倒せない。


何が知りたいのかなんて検討もつかないが、少なくとも自分より上の人間と闘うことが叶えば何かを掴むことができるのではないだろうか。


多分、こちらから探し出さなくてもいつか麻尾あの人と対峙するだろう。


けど、矢嶋はその“いつか”を出来るだけ早めて〈我牙〉に遭遇させる前に捕らえろと言う。


隠し撮りした“夜叉”の画像を見た。


何処にいるんだ....“夜叉”。


【Ⅱ】

その翌日、元橋が屋上へいくと麻尾と矢嶋が居た。

居たというよりも、居ることを確信していたし、寧ろ二人に会うために向かったのだから居なければ無駄足だ。


「お、調度良いところに来たな」


元橋を見た麻尾が言う。

元橋と矢嶋はやはり“夜叉”について話していたようだ。

矢嶋は元橋がここに来た意図をすぐに理解した。




「─只の愉快犯じゃないってことか?」


元橋の述べた推測に対して矢嶋は言う。

ちょっかいをかけるだけに引っ掻き回すにしては大分質の悪い相手だとは思っていたのだ。


目的らしきものがあるかもしれないという推測だけでも今後の方針をたてられる。

赤の他人に土足で暴れられるのを黙認擦るだけで矢嶋は歯痒くて仕方がなかったのだ。


元橋が矢嶋に話す内容を聞いていて、麻尾はある共通に気が付いた。


「矢嶋」

「ん?」

「さっき、俺が昨夜変な奴に会ったって言ったろ?」

「.....ああ」

「アイツも言ってたんだよ、『面白い』って」


『面白い』

『面白い』

『面白い』


本当に喧嘩を楽しむだけにしては、何かしらの意図を感じる、ということには麻尾も元橋の話しに同意する。


「けど、話の節々から察するに、アイツはまだ暴れることをやめないだろう。興味があると言っていた。まるで、喧嘩知らないまっさらな人間が興味本意で聞くのと同じ調子で訊ねてきやがる。自分なりの解釈が得られるまで奴は動く筈だ。矢嶋、お前西で動いてるかどうかわかんねーつってたけど」


西で動いているという確実な証拠はまだない。

元橋も同様だ。

だが、


「間違いなく動いてる。時間を設けたのには何かしらの理由がある筈だ。こんなに静かなのはおかしい。だとすると西の野郎が隠してるってことだ。だから情報が来ないわからない


情報が来ないことに対して、やはり矢嶋同様、麻尾も考えを巡らせていたらしい。


─だが、麻尾の考えは全て“もし昨夜接触した人間が夜叉であったら”という仮説が成立する場合のみ確立する内容だ。


その仮定が成立したとして、昨夜の話から察するに、そこで初めて“情報が来ないこと”イコール“西で動いている”ことになるのだろう。


だが、一つ元橋は気になった。


ってどう言うことです?」


昨夜の話をよく知らない元橋には引っ掛かるワード。


「...俺は昨夜“夜叉”と思わしき変人に会った。詳しくは言わねぇけど、そいつが只者じゃないってことはわかるくらいの接触は果たした。その時点ではわからなかったが、お前の話を聞いて確信したんだよ。アイツは“夜叉”だ。つーか、あんな変人がたくさんいてたまるかってんだ」


言い切る麻尾に対し、矢嶋は慎重になる。


「えー?どうかな.....言い切って良いものか?」

「お前、否定できる立場かよ?テメー別に会ってねぇーだろ」

「煩いね、断定するには早計じゃないかって言ってんだよ」

「何も決めつけて奴を取っ捕まえる訳じゃねー

どうせ近いうちに合うんだ、そんときはっきりさせりゃ良い」


早計だ、と心配する矢嶋の心中を理解していない訳ではない。

一般人を捲き込むのは御法度。


何故警察は〈鬼爪〉を始めとした俗に言う“不良グループ”を黙認しているのか。


それは、力に序列をつけ、統率を図るといった効力をもつチームのシステムによって不良が無法化するのを抑制する働きがあると知っているからである。

ルールを破れば、袋叩きに合う。

そういった相互監視によって均衡は保たれているのだ。


麻尾の言う奴が、一般人なら〈鬼爪〉は立場がない。


麻尾は嘲笑わらった。


「....度々思うが、お前はどうも〈鬼爪〉この名前に固執する風があるよなぁ」

「........」

「こえーっつの、睨むなよ」


矢嶋にこんなに軽口叩けるのは同じ学年だけでも麻尾だけ。

総長という立場でなくても性格的な問題としてそう感じる。


矢嶋の表情を見て、元橋は思った。


【Ⅲ】

『最後に奴が言った、二週間くれと。二週間あれば十分だとな』


元橋は屋上から去り、ある目的を持って歩いていた。

その間、麻尾の話を思い出す。


『殴ってやろうかって脅したのに、顔色一つ変えるどころか、食い付いてきやがった』


矢嶋には悪いが、元橋も麻尾が出会った人物が“夜叉”である気がしてならなかった。

麻尾が言う“あの夜の人物”の言葉が、“夜叉”の吐いた言葉だとしても違和感がなかったからである。


もし、麻尾が会った人間が“夜叉”だとすれば。

予想した通り、麻尾という強者を相手にしたか、もしくは接触により何かを感じ取ったことによって彼の中の何かを刺激したのだろう。


だから、次の接触を公言した。

何かによって、また麻尾に会いたいという気持ちを抱かせた。


確かに、麻尾や矢嶋といった人間には“選ばれた”人間である惹き付けるような魅力がある。

集団において頂点に君臨する浅尾。その次に立つ矢嶋。

西の頭、槙。


会った瞬間に感じる畏れと敬意。

きっと、“夜叉”も似たようなものを感じたのではないだろうか。


(二週間以内....か)


だとすると、彼はどちらの姿で現れる?

“あの夜の人”として麻尾に会うのか。

招待を明かして“夜叉”として会うのか。


「おーい、そこの一匹狼ー?」


元橋はピタリと歩みを止める。

T字路の右から一人現れた。


見えない、が、

前方に三人、後方に二人。


「ここが何処だかわかってんのかー?」

「狼じゃねーよ、迷い混んだ羊だって」

「ギャハハハハ、ウケる」


そうか。

考えていたら既に“縄張り”に入ったか。


さて、情報収集をしなくては。


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