第八夜 境界

【Ⅰ】

試合終了のホイッスルが鳴り響く。


「気を付けっ、礼っ!」


山霧の通う高校では球技大会が開催されていた。

各種目でクラスごとのチーム編成によるトーナメント形式で行われる。

山霧はバスケットボールの種目で参加をしていた。

現在第二試合が終わったところで山霧のクラスがトーナメントの先に進むことを許されたが、クラスメイトは勝敗結果を差し置いて、驚きを隠せない視線を山霧に向ける。


「や、山霧.....?」

「何ですか?」

「お前って、実は運動できるかんじ?」


山霧は勉強ばかりしてきた男だ。

そのせいか、目は悪くなり、視力矯正を余儀無くされた。

運動に眼鏡は邪魔だということもあって、スポーツの類いに力をいれたこと等無く、強制的にさせられる体育ではそれなりにこなしてきていた。


が、ここ最近体を動かす頻度が増えていたのも確かで、基礎体力や動体視力、筋力が強化されていたこともあり、スポーツ特待生ともある程度は張れるほどの実力が付いていた。平均よりも短期間でここまで実力がついたのは山霧の持ち前の器用さのおかげである。


加えて眼鏡からコンタクトレンズに移行したのも他の人間にとっては驚きだったようで見た目に対しても言及する人が数人いた。


何がきっかけか?等とは誰も聞かないが、想像に及ばないことだろうと山霧は思っている。


第三者の目線で言うと、山霧は変わった。

元々背丈はそこそこある方だったことが幸いしたらしく、トレーニングを積むほどに山霧の体は比例して変化を遂げた。

やらなかっただけで、鍛えればそれなりになる体質ではあったのだ。

只、所謂“マッチョ”には及ばないが。


曰く、“するっとした”だとか“ひょろっとした”等の表現が合う体型が、“確りとした”ものに変化したのだ。


もとよりスッキリした顔立ちも、眼鏡を外すことによって“薄い”印象から“清潔感のある”物になり、


一部ではザワザワと騒がれる程であった。


【Ⅱ】

最近、異性に話し掛けられることが多くなった、と思う。


「山霧くん、山霧くん」


そして、球技大会が終わった頃からその頻度は増した。確実に。


「...........ああ、角谷さんですか」

「ちょっとー!名前くらい覚えてよね」


授業終わりに次の時限のテキストを鞄から出そうとしている所を同じクラスの女子、角谷七日スミヤナノカに声を掛けられた。


「どうしましたか?角谷さん」

「.......あのね、さっきの数学でちょっとわからないところがあって、お昼休みに教えてもらえないかなって」

「それは構いませんが、ご飯を食べなくて平気ですか?」

「あ、えっと、その...........」

「?」


七日は顔を少しだけ赤く染めるがそれに気が付くのはその周囲の男子だけであり、山霧が気がつくことはなかった。

敢えて言うなら、身体能力の向上が認められた今、山霧に足りないものはそういう部分なのかもしれない。


「本当に、もし、良かったらなんだけど....お昼ご飯も、その、一緒に食べながらじゃ駄目?」

「...........ああ、成る程。それは名案ですね。そうしましょう」

「本当!?嬉しい!ありがとう!」


常に一人で食べている山霧にはなんの問題もなかった。

周囲から向けられる好意や羨望等は、山霧の知るところではない。


昼休みが訪れ、ノートとテキスト、筆記用具を持った山霧と七日は中庭に来た。

ここは、木製のテーブルと椅子が幾つか設置されており、昼休みは大人気のスポットである。

割合女子の方が多いため、必然的に男子はあまり見られない。もっぱらガールズトークに花を咲かせるにはうってつけの場所なのだが、


「角谷さん」

「なに?」

「僕、何か顔についてますか?」

「ええっ......ううん。特に変なところは無いけど....何で?」

「何と無く見られている気がするので......変じゃなければ構いません。角谷さんが僕のせいで変に見られたら申し訳ないですし」


そんなスポットとは知らない山霧。

まさに、球技大会から“話題の人”となっている山霧は周囲の女子を色めき立たせる。

だが、それを正しく解釈していないようだ。


「そんなことないない!それよりあそこが空いてるから其処にしよ!」


山霧の手を引っ張って、席に座らせると早速問題について質問し始めた。


【Ⅲ】

昼休みが終わる15分前。


「ありがとう、よかったー、スッキリした」

「それは良かったです」


角谷の言う問題の部分は山霧によってサクサクと解説された。


山霧はまだ食べ終わっていない弁当をモグモグと夢中で食べる。

先に食べ終わっていた角谷が話題を振った。


「山霧くんでさ、何で敬語なの?」


質問して暫くは返事が返ってこなかった。

答えにくいことかと角谷は思ったが、単に咀嚼中だったようで、お茶で口直しをすると山霧は直ぐに答えた。


「目上の人と接する機会が幼少期から多くて....恥ずかしながら僕には友達と喚べるような間柄の人間は居ませんから」


山霧家は、地域でちょっぴり有名だ。

代々法務省に勤める家系で、財閥のお嬢さんを花嫁として向かえた為にバックが色々と凄い。

そんな両親の間に生まれた次男が山霧卓弥だった。

年の離れた兄も法務省に勤めるほどで、山霧は遅くに生まれた子供とあってか随分甘やかされて育てられた。

只、環境が余りにも浮き世場馴れしすぎて、過保護な環境がかえって山霧の自由を制限していたのだ。

結果、勉学に一身に励むという選択肢しか脳裏にはなく、“遊びたいけど遊べない”という概念が存在してなかった。

そもそも、“遊ぶ”、“サボる”という選択肢が無かったのだから当然だ。

そして、そんな山霧に何かしらの違和感を得た周囲は徐々に距離をとる。


─必要なときに声をかけるだけ。


必然的に“友”と呼べる人を作ることが出来なかった。

だから、山霧は“タメ口”を知らない。

いつも使っていたのが“敬語”と呼ばれる話し方だった。だからそれを使っている。


そのせいで人は距離を置くのかもしれない。

恥ずかしながら、という表現を用いたが、山霧はそう思ってはいなかった。

何故なら友達を、


「じゃあ、私が」


欲しいと、


「友達になりたい」


思ったことすら無かったからだ。


でも、友達というのをつくって、経験しても言いかもしれない。

新しい楽しみがあるかもしれない。


「良いですよ」


面白いと感じることができる場面に出会えるかもしれないのだ。


友達になることを承諾した山霧を見て七日は笑った。


「今日一緒に帰ろうよ」

「今日....」


山霧は僅かに俯いた。

今日は、約束の日。


「すみませんが、今日は用事がありますので」


アサオさんとの約束を─


「えー?そっかぁ...じゃあまた今度ね?」

「はい」


今夜、実行する。

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