第七夜 咀嚼

【Ⅰ】

桂は生徒会室に向かっていた。

ドアの前までいくと、話し声が聞こえるので、どうやらひとりではないようだ。

数回ノックをして、入室する。


「失礼します」

「お、桂」

「こんにちは、角谷さん」


中央に座る槙の隣にいたのは角谷だ。

ツーブロックの金髪なんてそうそういない。そんな奇抜なヘアスタイルが角谷のトレードマークである。

以前は刈り上げ部分がピンクだった。


「....また穴抜いたんですか?」

「おっ、わかる?」


そして何より目立つのがピアスの多さ。

耳は勿論、口、舌。見えないが臍にもあるらしい。


本題。

〈夜叉〉の行動にはパターンがあった。

目視したあの夜の襲撃から一週間が経っていた。


「ここ数回は全て〈我牙〉に襲撃されてます」

「......東じゃねーのか?」


槙は疑問に思った。

ここのところ〈夜叉〉の襲撃が東地区に目立っていた印象があったからである。


「〈鬼爪〉の元橋っていう一年がやられて以降は無いですね。それで、此方に限らず〈夜叉〉が現れてからなのですが、何日おきかに一日一度か、もしくは二度襲撃している様です」


襲撃頻度がおおよそ出せたのは、東地区での情報が容易く手に入ったことが大きい。というのも、一番の脅威である〈鬼爪〉が襲撃にあった当初、そこまでの話題性が無く、噂話のネタレベルで情報が安易に扱われていた。

もし、今の段階で〈鬼爪〉が襲撃されていたら、その事実さえこちらで認知するのは難しいだろう。


基本的な考えとして、地区内での情報は慎重に扱われる。

チームに依存する情報であればあるほど機密性が高くなる傾向が強く、地区外に漏れることがないように動くということが一般的だ。だが、〈夜叉〉の脅威性がまだ不透明であった襲撃当初はどうしても情報の扱かった...というのが正直なところだろうと桂は推測している。


おかげで、話題性が高くなった今、比較的容易に〈夜叉〉の動きをある程度掴むことができたのだ。


「へぇー頑張ったね、桂」


よしよし、と然り気無く頭を撫でようと伸ばしてきた角谷の手を桂は叩き落としたいのを堪えて、やんわりと払い除けた。


「〈鬼爪〉が下手に絡んできていませんからね、この件に対してどう扱っているのか...また扱うべきか...計りかねています。が、こちらも襲撃を数件受け始めている以上、〈夜叉〉の正体特定や奴への粛清についての動きは取らないと示しがつかないかと」


桂がここに訪れた理由は、定期的な情報共有とこの〈夜叉〉の件をどうするか。

それをボスである槙に仰ぐためだった。

もっとも、指示を仰ぐことを期待するというよりは行動への許可を得るという方が近い。槙に指示を出してもらうということは彼の気質、性格からして期待できないからである。


「ま、そうだよね。こんだけうろちょろ勝手にされちゃたまんないよ...俺も早くお話したいところだね」

「ふん。テメーに“話”ができんのか?」

「できるよ!だって、......口さえ動けば問題ないんでしょ?」


空気的には〈夜叉〉への注力を強めていく方針は問題なさそうである。

桂は話を続けた。


「今後のことですが、動きが少しずつ変わってきているようで、追う反面すこし注意したほうがいいです」


東ではチームに依存せず手当たり次第食い散らかしていたようだが、西に移動してからどうも〈我牙〉を狙っているように感じる。

そして、もう一つ重要なことがあった。


「注意?そこらの連中よりは骨があることは聞く限りわかるけど」

「脅威が増した..というよりは戦い方に変化があるんです」

「...変化?どういうこと?」


食い付いたのは角谷だ。

が、槙も気になるらしく少しばかり前屈みになっている。


「今までは気絶させたり、腕を麻痺させたり、人体構造を続いて動きを止めるような闘い方でしたが、相手によっては急所を叩き込まれてます。完全に“打撃”です」

「へぇ...闇雲にヒトのエリアにずかずか踏み込んで荒らしまくってる割には頭いいんだね。途中から痛みを与える楽しさに目覚めちゃった感じ?わかるわぁ」

「....」


発言の内容はともかくとして、角谷の言うとおりだ。

何をきっかけとしたかは定かではないが、相手に痛みを与えることを覚えたように感じられる。

愉快そうに槙が鼻を鳴らした。


「急所を狙うなんて判ってても出来ることじゃねぇ。だけの能力があるってことだ」


方法は誰でも知ることが出来るが、自由自在に扱えるかどうかは話が別だ。

器用にもそれが可能である人間がいることに槙は明らかにテンションが上がっていた。

だが、トップの人間が好奇心にかられて好き勝手に行動されてもチームとしては困る。


(特に、角谷さんも属性的には槙さんと変わらないですし...)


方針を固めておいたほうがよさそうだ。

いずれにしても他のメンバーにも周知しておかないと更に被害がでる可能性も高い。


「戦い方を変えてまでこちらを襲撃してくる理由。そのあたりがつくまではあまり不用意に手がだしにくい。もし、角谷さんの仰るとおり何か彼の中で変化があるのであればそれを明確にしておく必要があるかと」

「確かにね。行動の根拠は気になるところかも」


そもそも、変化しているということは何にしろ目的がある。

まずはそのきっかけなり目的なりを特定する動きをこちらから取る必要があるかもしれない。


「示しがつかないので...何かしらの体裁をもってしてどうにか身柄をこちらで抑えたいところです」

「解体して吸収するっていう形がとれればいいけど、そもそもチームではないもんね。...っていうか、所属もしないで個人で行動するってやっぱりキモが据わってる。普通はじめましてするなら適当にどこかに入るってのが一般的だしね」

「一匹狼の状態でっていうのは...目的と何か関係はしていそうですし」

「単純に無知ってこともあるよね?」

「確かに、一度〈ラーテル〉との交戦で遭遇したときは、...あまり精通していない印象でしたので、その可能性が高いでしょうね」

「一旦は身柄の拘束でいいのかなー?」


角谷は槙の方をちらっと見た。

槙は視線だけ合わせた。


「....病院送りにだけはするな?俺の前に連れて来い」



【Ⅱ】


「どーしたの麻尾」


屋上で寝そべり、ぼんやりと流れる雲を見詰めるだけの総長にやや呆れながら矢嶋は声をかけた。


「麻尾?」

「─矢嶋」


テンションが低い。

こんな麻尾は滅多見ない。


「何。ていうか、暗くね?お前大丈夫?」


ポカン、としていてもそれだけで様になる顔を持っているのだから世の中は不公平に出来てるよなぁと矢嶋は考えた。と思っても僻みはしない。自身も人並み以上の容姿をしていることは認識しているからだ。


すると、麻尾は突拍子もないことを言い出した。


「俺の体に触ってみろ」

「?...触る?」


寝そべったままの麻尾を矢嶋は見下ろした。真意がわからない。

矢嶋は小さくため息をついた。「何のために」と問うたところでやり取りが回りくどくなるだけのような気もするのでおとなしく従う。


「何、触れば良いのか?」


矢嶋は、自分の直ぐ側で寝そべっている男の腕に触れようとした。

ただ触れるつもりだったが。


「っ!」


麻尾は音もなく矢嶋をかわし、音もなく矢嶋の胸ぐらを掴むと─


──ガシャン!


麻尾は矢嶋をフェンスに押し付けた。


「......どういうつもり?」


流石に矢嶋は声のトーンを下げた。胸ぐらを掴まれることをした覚えは...多分ない。

普通の人間、否、そのあたりの不良ですら粗相をしてしまう程の眼光で麻尾は矢嶋を睨むが、直ぐに胸ぐらから腕を話して大きく溜め息をついた。


「駄目だ、ダメダメ。お前じゃ何もわかんねぇ」


触れと言われて従ったのに、胸ぐら掴まれて挙げ句、駄目だと言われる。

流石に矢嶋はムカついた。


「あァ?テメェなに好き勝手して溜め息ついてんだクソが」


一発叩き込んでやろうと思い切り踏み込むが、やはり〈鬼爪〉トップだけあってさらりとかわされる。

そんな所も腹ただしい。


「お前ですら俺には触れられねぇ」

「は?」

「けど、俺は簡単に腕を取られた」

「......?」


矢嶋は麻尾の言わんとしていることが判らない。


「何が言いたい?」

「昨夜、普通の高校生に腕を捕まれた。気配もあった。場所も把握してた。目を放した隙でもなく不意打ちでもない。

──見ていたんだ。この目で。なのに、この俺が避けられなかった」


矢嶋は信じられない、というように麻尾を見詰めた。

麻尾がスピードで負ける?にわかには信じられない。


「...確信はないがマークしておく必要がある奴に俺は会っていたのかもしれない」

「それって....」

「ああ、まだ何とも言えないが....例の〈夜叉〉だと思う。

俺が『殴る』と脅しても顔色一つ変えやしない。それに、この辺りでは見ない制服だった」

「おい......」

「そうすればの合点がいく」

「ちょ、ちょ.....ちょっと待て。てことはつまり〈夜叉〉と遭遇したかもって...そういうことだよな?」

「多分。けど、ほぼ確信に近い」


まさか、〈夜叉〉として遭遇する前に本体が先に接触してるかもしれないだなんて.....


「だとすると...迂闊には手が出しにくいな...」


手が出しにくいというのは、ここ一帯で見ない制服である、ということだ。

ここ一帯の高校はそもそも不良のたまり場そのもので、多少の殴り合い程度であれば公的機関─警察の厄介になることはまずない。

というのも、地区ごとにお互いが抗争という名のもと抑制しあうことで、近郊が保たれ、不良の無法化を防いでいるからである。

チームとして関係している人間はおおよそ高校名とともに交番勤務の警官に把握されているため、身内及び規定地区内での抗争は実質容認されているが、容認されないケースが『規定地区外に影響しかねる被害』が発生した場合─


つまり、この地区以外の無関係な人間に対して被害が出た場合である。


「一応、マークをしておくか。何れまた〈夜叉〉とは接触しておかないといけないしな....」


とはいえ、一方的にこちらにも被害がでている以上、地区外だからとはいえ黙っているわけにはいかない。

矢嶋が独り言を呟いていると、またしても麻尾から驚くべき内容が告げられる。


「その高校生、多分今から二週間としないうちに接触するかもしれねぇ」

「...........はぁぁぁぁぁ?」


矢嶋はまず情報整理をしなくてはならないと思った。


「急展開過ぎる.......」

「─お、良いところに来たな」


そして、その情報整理の軸となるべく、元橋が屋上に姿を現したのだ。

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