第六夜 接触

【Ⅰ】

麻尾は公園を出ようと歩きだす。

一応、現在地が探知できる状態にしておいたので回収に困ることはないだろう。

伸びたままのメンバーがいつまでもそのまま放置というのは、チームとして恥さらしと同じ事であるため、何れ必ず此所に誰かがやってくる。

その前に退散するか、と思いながら煙草を吸おうとすると、視線らしき気配を感じ、その方向を見た。


「あっ」

「........あ?」


先に声をあげたのは麻尾ではない。

公園のベンチに腰掛けて、こちらを見ていた青年の声だ。


「............」

「...........」


麻尾はまず制服を見た。

見たことがない物だ。ということは、この周辺の高校ではないのだろう。

中学生というには体は確りしているものの、日々乱闘を繰り返すといった生活等無縁のような体つきだ。

穏やかな顔付きに、汚れ知らずの清潔感のある黒髪。

直ぐにわかる。自分と同じ側の人間では、ない。


(『あっ』ってなんだよ)


変な奴、と思い、麻尾は何も考えずに通り過ぎようとしたが、


「っ!」


素早く腕を捕まれて瞠目する。


「あ、そうでした。........間違えてしまいました。何でもありません」


青年は自分自信の体を見回すと直ぐに麻尾を解放した。だが、麻尾はその場を動けずにいた。


腕を捕まれた?

雑踏のなかでもない、息遣いすら聴こえるほど静寂なこの空間で安易に腕を捕まれる?


(この俺が?)


「有り得ねぇ......」

「ごめんなさい、失礼しました」

「そうじゃねぇ」


今度は麻尾が青年の腕を掴んだ。

気のせいだろうか?一瞬腕に触れる前に青年の体が反応したように見えたのは。

しかしそんな事より、腕を掴まれただけで“瞠目”してしまう程の理由が麻尾にはあった。


「お前、何者だ?」


安易に接触されるなど、考えられない。

しかも不意討ちではなく、麻尾は相手の場所や存在までハッキリと認知した後である。

気配が無かったわけでもなかった。

つまり、認識より遥かに相手の動きが“速”かったということである。

青年は静かに口を開いた。


「───凄い」

「は?」


青年はゆっくりと数回瞬きを繰り返した。


「これが殺気ですか?」

「はぁ?」


いきなり何を言い出すのかと麻尾は面喰らった。というよりも、眼の前の青年の纏う空気が異質だと感じた。


(こんな人間の相手をしたことがない)


恐れもしない、媚びることもない。

かといって、いきなり襲いかかってくるような空気を感じるわけでもない。


「ああ、その前にあなたの質問に答えてないですね。...僕は山霧と言います。。。。あなたの名前を伺ってもいいですか?」


「俺のことを知らないのか?」と言い返そうとして、やめた。

この青年はどう考えてもこの周辺の地区の高校生ではない。麻尾のことを知らなくても当然だ。


「麻尾........」


だが、相手が自分を知らないからといって名乗る義理はない。

こんな異質な青年、放っておいて去っても構いやしないのに、律儀に答えている自分はどうしたんだ、と麻尾はやや戸惑っていた。


「アサオさんですか、...アサオさんは強いんですね」

「え?」


青年─山霧は少し先で倒れている男を指し示す。

先程難癖を付けて襲い掛かってきた身の程知らずの馬鹿だ。


「───三十八秒」

「三十八秒?」

「アサオさんがあの人を倒すまでの時間です」

「お前.....見てたのか?」


あのとき、付近に居た人間にいただと?

時間を計測していたということは、初めから居たということになる。

麻尾は眉を顰めた。


「はい。流れるように無駄な動きがなかった...、参考になります。それに、」


山霧は続けた。


「非常に楽しそうでした...人を倒すというのは、あなたにとって楽しいことなのですか?」


麻尾はしばし山霧を見詰めていた。


楽しいかどうかだと?

そんなの...


「ああ」


口角を上げて山霧を見た。


「楽しいぜ。お前には到底理解できなさそうだけど」


麻尾は素早く山霧の目前まで伸ばし、


「─っ」

「逆に訊いてやる、答えろ」


拳を突きつける。


「今から、俺の娯楽のために殴られるとしたら...どんな気分だ?」


どんなバカでもわかるだろう。今、明らかに喧嘩を売られているということが。

麻尾はこの山霧という男の顔が歪む姿を見たくなってしまった。

相手を倒すことは楽しい。

それと等しく、目の前の青年を好きなだけブチのめしたら..楽しいのだろうか?


回答を待つつもりはなかった。

気配を感じさせることなく接近を許してしまったこの山霧という青年の本心を暴きたい。もう後一秒と待たず首を締め上げるなり鳩尾を殴るなりで苦痛に顔を歪めた姿をみてやろう、そう思っていた。


だが山霧は、突き付けられた拳をゆっくりと自らの手で包んだ。


「‼」

「どうでしょう...殴られたことがないのでわかりませんが、痛い思いはしたくないと思いますね」

「....」

「ですが、痛いかどうかよりも、あなたと戦ってみたいとは思いました」

「はぁ?お前ナメてんのか?」

「『ナメ』...?あ、不快な思いをさせてしまった発言があったのであれば謝罪します。...あなたはとても強い。いままで何人かの方とお手合わせいたしましたが、あなたはその中でも際立って強い方のうちの一人だと思いました」


山霧は微笑んだ。


「あなたが相手を倒すことが楽しいということが...僕はなんとなくわかりそうです。そのために、僕はあなたと戦ってみたい。ですが、...今あなたと戦っても間違いなく僕は倒れてしまうでしょう。それは先程の戦いを見てわかっていることです。


二週間、時間をください。そして、二週間後にあなたと戦ってもよろしいでしょうか?」



【Ⅱ】

「おーい、槙ー、お前の番ー」

「るせぇ」

「つか電話?大分色々言ってたけど誰からぁ?」


槙はめんどくさそうに裏表で白と黒と色分けされている五百円玉程の大きさの円盤を格子状に仕切られた四方の盤上に置いた。


〈我牙〉の元メンバーOBが経営する飲み屋に転がり込んでいた槙は、何故か今オセロに付き合わされている。


「麻尾」

「えっ」


相手は角谷九一スミヤクイチ

〈我牙〉のメンバーの一人であり、トップである槙にタメ口張れる程度にはそこそこ人脈のある男だ。

そして、その角谷の兄が経営してる飲み屋兼自宅がプライベートな溜まり場になっており、


「はい、追加のぼんじり」


兄である角谷八馬ヤツバは元〈我牙〉のトップに君臨していた男だった。


「八っちゃんー灰皿交換して」

「はいはい」


追加メニューを持ってきた八馬を“八っちゃん”と呼べるのはやはり弟だからだろう。

高校が被ったことのない槙だが、“角谷八馬”の武勇伝は耳に入っている。


八馬が灰皿の交換にいくと、角谷は揚々としてオセロを打った。


「で?あちらさんのトップはなんて?」


ぼんじりとビールをがつがつ飲み食べながらオセロの一手を打ち角谷は聞く。


「...........只のイタ電」


.....めんどくさ、桂に粗大ゴミ回収させとけ


槙は素早く桂に連絡を入れると携帯の電源を切った。


【Ⅲ】

「そういや訊いてもいい?」


槙は、もう何戦目か判らないオセロに辟易していた。

盤を破壊してもいいだろうか。


「.....んだよ」


槙は髪ゴムを外して座敷に仰向けになった。

角谷が槙の頬を指差す。


「その傷って例のやつ?」


〈ラーテル〉との抗争の時、動きが他と違う奴がいた。

あんな動きが出来る奴、そうそう要るもんじゃない。だから、単純に欲しいと思った。

だが、まさか襲い掛かってくるとは。

しかも、〈ラーテル〉に所属してなかった。


「...........」

「いやー、槙の顔に傷を付けるとはねぇ....俺ですら髪の毛一本ぶち抜くのが精一杯.....」

「...........」

「.....おいおい、んな恐ぇ顔すんなって」


角谷に言われて槙は無意識に傷をなぞった。

傷と言うほどの傷でもない。だが、それが問題なのではない。


この、という事実こそが問題なのである。


物凄い形相で傷に触れる槙を角谷は見下ろしてくすりと笑った。


「.....ま、槙の弱点が諸につかれたってトコか」

「......弱点だぁ?」

「あ?自覚してねーの?」

「...........」


ごろりと槙は寝返りを打つ。


「マジレスするとね、」

「...........」

「例の“夜叉”、話を聞く限り並外れたスピードを持ってる。槙より幾分か小回りの利く体型だけに大振りなお前の懐に簡単に滑り込む。対策打たねぇーとまた負けるよ?簡単に言えば相性が悪いね」

「...........」

「確かに困るよねぇ、身分のわからない奴が色んな所で好き勝手」


むくりと槙は状態を起こした。

煙草を加えて火を着ける。


「桂に任せてる........西こっちはどうやら俺との接触が初めてらしい。ま、あの様子だと西とか東って概念もないんだろうが」

「そんなに何もわかんねぇ奴なの?」

「変な奴だった」


槙はぼんじりの刺さっていた竹串を折った。

そして僅かに歯を見せる。


「.....が、久々の相手だ」


角谷に、槙の赤い髪が艶やかに見えた。


「へぇ?」


その髪に触れようとして、思いっきり槙に叩き落とされる。


「ってぇ!」

「気安く触んな、臭いが移る」


それを聞いて、角谷は「はぁぁー?」と嘆く。


「なにそれぇ」

「また遊んでただろが、香水くっせぇ。女の趣味マジでクソだな」

「俺は綺麗とか香水の臭いがどうとかより耐久力があるかどうかだから」

「...........このドSが」


槙は角谷に背を向けた。

お前に興味がない、というように。


言い換えれば、関心の全ては渦中の人に向けられているということだ。


「.....よかったじゃん」


退屈しなくて。


そんな槙に角谷は呟いた。

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