第五夜 追跡

【Ⅰ】

「ちわっす....矢嶋さん」

東地区の最も勢力が強い高校に、麻尾率いる〈鬼爪〉のメンバーは集約していた。

悪名高いこの高校には、それだけの強者ばかりが集うため、毎年力に自信のあるものが入学してくる。


その内の一人が元橋瑞樹モトハシミズキだ。

頭は良くない。勉強もできない。けれど、体力には自信があった。だからここに入学しはいったのだ。

想定通り、人並み以上喧嘩慣れしている元橋は一年のトップになり、麻尾や矢嶋にも認知されるほどになる。


だが、先日あっさりと敗けを食らった。

相手は何処にも所属していない、ふらりと現れた得たいの知れない奴。


そんな相手に文字通り、手も足も出なかった。


「よ、元橋」


高校近くのファミレスは夕刻を過ぎた辺りから一般客の客足が極端に減る。

それは、高校生の溜まり場と化すからだ。

アルバイトで入る連中もこの時間になると顔見知りが増える。恐らく、これを見越してある程度場を扱うことの出来る人材にシフトを任せているのだろう。

つまり、夜になれば完全にこの場所も立派な〈鬼爪〉の巣窟となる。


先に席でホットティー片手にスマホを弄っていたのは矢嶋。

一礼してから元橋は向かいの席に腰掛けた。


「.......」

「そう湿気た顔するな。なにかいるか?」


元橋としては、食欲はあまりなかった。それは、単純に気分に作用されるもの。

だが、それだけでメンタルがやられる奴だと思われたくないし、ここで断るのは長居することに好ましく思っていないことにもなる。


たまたま開かれていたメニューのページの真っ先に目についたパエリアを注文するとさっそく矢嶋は話始めた。


「麻尾と話したんだけど、やっぱり放っておくのは良くない」

「潰すんですか」

「いや..それはまだわからない。でも、まず正当な理由としては、勝手に喧嘩を吹っ掛けてきた時点で“お返し”をしてやらないと示しがつかない」


これはどの相手にも言えることだ。理由もなく喧嘩を仕掛けてきたのであれば、それなりの“お返し報復”をしなくては面目が立たない。


「けど、余りにも情報が少なすぎる」

「やっぱり、アイツ、単独で?」

「東では六件ほど姿を確認している。〈鬼爪〉で一件、他で五件.....誰かと一緒に居た姿を誰も見ていない」

東地区此所だけなんでしょうか、西地区あっちでは?」

「どうかな..。西は槙の管轄だし。そう簡単に情報は来ないだろう、西の桂って奴の情報管理は徹底してるからな。漏れることも期待できないだろう。とはいえ、漏れてこないということ自体が既に情報ではある」

「......?」


「取り敢えず冷めないうちに食えば」と言われて元橋は既に注文した料理が来ていることに気が付いた。一口食べるのを確認して、矢嶋は再び話始めた。


「どうでもいい、と感じている事程些細なきっかけで漏洩する。どんなに隠していようと完全に全てを隠すことなんて出来やしないからな。故に情報の比重がわかりやすい」


矢嶋の言うとおりだが、元橋は釈然としない。


「.....ですが、そうだとしても結局のところそれではアイツ....〈夜叉〉が出たのかどうかはわからないですよね」


出ていなければそもそも存在を知らないし、

出たとすれば“脅威”としてトップシークレットとなる。

相手にとって、共有したくない“何か”を〈夜叉〉が持っているということが推測されるが、可能性の一つに含まれる推測に過ぎない。元橋が言いたいことは、推測止まりで何も掴めていないことと同じなのではないか?ということだった。


「ま、そうだな。だからこそ今、お前をここに呼んだんだ」

「え?」

「...........わかりやすい喩えは、」


矢嶋は元橋の飲んでいた水の入ったグラスと自分の飲んでいたホットティーのカップを並べた。そして、ティーバッグを出す。


「このグラスとこのカップ。使ったあとのティーバッグが外に摘まみ出されていたとして、それはどちらから取り出された物かわかるか?」

「.........カップですね」


矢嶋は頷く。


「正解。じゃあ、もう一つ。このティーバッグは誰が使ったもの?」

「矢嶋さん…ですね」


矢嶋はカップの中にティーバッグを戻した。


「一番初めの設問は、“誰でもわかる”問題だ。けれど、二番目に出した設問は“お前にしかわからない”。

〈鬼爪〉ウチで“夜叉”と接触したのは幸島とお前だけ。つまり、がわかるのは現状お前らだけだと...俺は思ってる」

「それを言うために?」

「奴が西地区で動いているのかどうか、それを掴むための確実な情報は〈夜叉〉本人に聞くことがもっとも確実だ。だが、一度も接触したことのない俺がたとえすれ違ったとしても気がつくことができるどうかはわからない。お前なら、一度見かけるどころが戦闘までしている。言葉では共有しきれない感覚的な情報はお前しか持っていない。だから、ある程度の人間を巻き込んでも構わない。〈夜叉〉に関する情報か───本人を..」


「わかりました」


そうだ。自分はやられたのだ。その借りを...返す。返さなければ。そのために。


「でもその前に....質問してもいいすか」


矢島は頷いた。


「矢嶋さんみたいな人が.....何でこんなことしてるんですか」

「......................どういう意味?」


矢嶋が聞き返すほど難解な質問をしたわけじゃない。

矢嶋ほどの頭の回転が早い人間が、どうして社会のハズレこの高校にいるのか.....


「いや、何でもないです。変なこと聞きました」

「そう。...呼び出して悪かったな。それ食い終わるまで居ていいぞ」


矢島は二千円伝票において先に店を出た。


【Ⅱ】

麻尾はスッキリしていた。

他人から横取りした女で溜まったものを吐き出すのは体も心も快感に満たされる。

とはいえ、横取りしたのではない。相手がこちらに寄ってきて、勝手に向こうを切り捨てたのだ。だから麻尾は何も悪くない。


それでも逆恨みという形で降りかかる。それは麻尾にとって煩わしくも何ともない。防衛という正当な理由を持ってして、好きなだけいたぶることが出来るのだから。


「ハハ、もう終いか?」


この公園は比較的大きな遊具が外側に位置されている。

住宅地に埋もれるようにある公園は、園児が母親の目の届くところにいられるように見通しが良くなっており、それでいて、誤って外に出ないよう柵が高めに設置されているのだ。


園児のためを思って配慮されたこの公園は麻尾のような人間にとっても格好のロケーションになっていることを市は知らない。


内部の見通しがいいことで暴れるには最適であり、高めの柵や外側に設置された大きめの遊具が外部からのカムフラージュにもなる。

麻尾にとって地の利が感じられるお気に入りの場所だった。


最早抵抗もしない相手を見下ろす。相手の携帯電話を抜き取り、電話履歴を開く。


「ロック位かけろって」


履歴の一番新しい男に電話をかけた。

見たことのある名前─いや、忘れる筈もない名前だ。


「..........」


何度コールしても出ない。

繰り返し麻尾はコールした。


「お」

『.......誰だてめェ』


麻尾は笑いたくなるのを必死にこらえた。

が、


『......イタ電か?』

「切んじゃねーよ─槙」

『.....は?』


たっぷり十秒は数えただろうか。


『なんでテメェが』

「お前んトコの犬さぁー、ちゃんと躾しとけっつーんだよ」

『意味わかんねぇ』

「このケータイ。誰のかわかるか?お前の駄犬のうちの一匹の所有物」

『.....................』


槙は察したらしい。聞こえよがしに舌打ちが鳴らされた。


「場所わかんだろ?ちゃんと回収しに来いよ」

『好きにしろ粗大ゴミはいらねぇ』

「粗大ゴミを放置しとくのは罰金対象って知ってっか?」

『動けねぇ程潰したテメェがワリィんだろ』

「言っとくが俺から仕掛けたんじゃ.........切りやがった」


最後の部分が重要なので、しっかり聞こえていることを麻尾はねがった。

これで報復されても困る。こちらから仕掛けてきた訳ではないのだし。


(それに...こっちはんだからな)


「ん?」


そういえば。

麻尾は若干の違和感を覚えていた。それは先程の通話での槙の態度である。

察するに、あまりこちらに関心が向いていないようだった。

なにかきっかけがあればすぐに交戦したがる交戦中毒者ファイトドランカーの槙がさほど食いつきもせずあっさりと引き下がったように思える。


喧嘩を吹っ掛けるチャンスでもあったこのやり取りに殆ど無関心だったのだ。

とすると、なにか他に関心が向くような出来事があるのだろうか?


「.....」


地面に伸びたままの名前も知らぬ犬のスマホのGPSをオンにして、腹の上に落とすと麻尾は踵を返した。


もし、西地区でもあの〈夜叉〉が接触していたとすると...すこし、いやかなりまずい。

こちらのもしないまま西の〈我牙〉に奴が吸収されようものなら迂闊に交戦できないではないか。

特に、あの槙が〈夜叉〉と接触をしたらほぼ間違いなく興味を持つだろう。

そもそも〈我牙〉が接触したかどうかもわからない状態ではやや早計な推測だと思うが、このまま悠長にして、〈夜叉〉と接触困難な状況にはしたくはない。


チームとしての面目もあるが、それ以上に麻尾は個人として未だ見ぬ〈夜叉〉に興味があった。

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